ある日自己紹介されました~本気でいらないんですが
殺される。
冗談抜きでシンカは思った。それ程大男の殺気はすごかった。
震えた両手は仕方ない。でも、抜き身の大刀を構えた大男に何とか声を出そうとした彼女は凄かったのでないだろうか。
「お…」
「…お?」
聞きかえされ、青ざめた顔を更に白めたシンカだったが、ビュッと振るわれたカタナらしき殺傷物に完全に固まる。
「ダメじゃん十郎。切ったらダメじゃね?その娘、どう見ても一般人…」
大男の背後からひょっこりと現れた、大男よりは若干小柄な茶髪な男が口を挟んだ。
今にも大上段からシンカを切ろうとしていた大男は注意深く、漸くシンカを、ジロジロと見た挙句、こう宣った。
「まぁ、問題ないな。弱いし」
これはシンカを傷つけた。
過去の自分を傷けまくった、自分をめちゃくちゃに痛めまくった、自分をなんかに自尊も自本心もなどないと言わんばかりのあの人らの記憶が甦される。
チラと目の前の男達を見る。
ぜんっぜん 力では 負けてる。
でも。
気持で負けてるとは限らないのだ。
ぐぐっうとこみあげる熱さがあった。理性とやでは抑えきれない熱さだった。
「おい、ブス」
?
だが、いきなり暴言を言われたシンカは目を点にした。
さっきの熱もどっかに消える。
初対面である。全然初対面である。
初対面でそんな事言われて唖然としない女子などいない。
「ブ、ブス!?」
目を見開いたシンカが思わず零したとしてもしかたないだろう。
が、しかし構わずその大男は頷いた。
シンカは、初めて、本当に初めて言われた言葉に呆然としながら、言われた当人がするように、だから、ン? て首を傾げた。
「お前だよ」
シンカはもう片方に首を傾げた。
「だからお前だよ」
シンカは後ろを振り返った。誰もいなかった。
「お前だって言ってんだろ、お前しかいねぇだろ、何探してんだ」
大男は相変わらずシンカを冷たい、氷柱の方がマシな瞳で見てからシンカが運んできた篭の弁当を見た。
「・・・・・ああ。それか」
大男は、恐らく殺傷物なモノから漸く手を離し、
「そこらヘンに置いとけ。・・・サインが必要なんだろ?」
失礼も甚だしい、憤怒してもおかしくない事を言われたシンカだったが、この場だけだと無理やり自分自身に言い聞かせる。
騒ぎになってはまずい。…ような気がする。
だが、絶対、二度とここには来ない。強要されるなら辞めてやる。
そんな、ホーリーエンジェルの店長が聞いたらけたたましい悲鳴を上げそうな事を考えているシンカに更なる追い打ちが来た。
「おい、ブス」
「何ですか」
ややげんなりして、シンカは問うた。
他に人はいない。自分の事だろう。
本当にここには来ない。もう絶対来ない。茶髪が頭を抱えている。
「茶、入れろ」
「え、何で私が」
自分はただお弁当運んできた、ただの、全く、ここの特武?とか全然関係ない一般市民なのに。
この大男の部下でもないし、あまつさえ同僚でもない、全く関係ないのだ。
「・・・茶だ」
大男の声がたたでさえ低くなった。
(だから!何故私が!?て言うかホントにこの人怖い!もう帰りたい!そして二度とココに来ない!!)
「…オウ、フクカン」
青ざめ、硬直したシンカの前に柔らかなな声と共に割り込んだ、これまた長身の男。
フクカン、と呼ばれた男がギロリと長身の男を睨む。が、褐色の肌に黄金色の髪色の男は、軽く目を見開いたが余裕をくずさなかった。
「お嬢さん、そんなに怯えなないで。私は貴女の騎士ですよ」
シンカはいきなりそんな事を言われ、ついでに恭しく礼をされ、更に混乱した。
確かに怯え…びっくりはしてるけど…騎士?…騎士?
意味がわからない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あの、私はただ」
お弁当を届けに来ただけ、なんです。
と言うシンカの真っ当で真実な事は無視された。
「オウ、私とした事が名乗るのが遅れましたね。お許し下さい」
いえ、遅れるとかそれを許すとかではなく。
「私は、マックライ・礼・クロスザンド」
どうぞお見知りおきを。と、うっそりと笑うクロスザンドに舌打ちした大男は金褐色の瞳に睨まれた。
「もしかしてですが、この、なんの罪のないお嬢さんに無礼な口利きをしたり、あまつさえ武器を向けたりしてないですよね?」
返事はふいっと逸らされ不貞くされた顔で返された。
「その様では、名乗ってもいませんね?いけませんね、狂ったクズ共ばかり相手にしているとしても、一般人の、しかもレディにまでとは」
本当にダメですね、とまだ続けたマックライにまた舌打ちがする。
「いやぁ、マックの言う通りだなぁ」
場違いなほど陽気な声で間に入った声は一応最初に大男を止めてくれた男だった。
改めて見てみると大男とマックライよりは低い身長(だがシンカよりは高い)、茶色の髪は目に掛かりそなほど。薄い唇はさっきからニヤニヤと弧を歪めている。イラっとしたシンカだったが茶髪の瞳が左右の色が違う事に目を見開いた。茶髪はそれを目ざとく見、更に笑みを深くする。
「俺の目、気に入ってくれた?そうそうそうだ、自己紹介?だよね。俺、マツ嗤呑 丙壱。よろしくね、お嬢ちゃん」
茶髪…丙壱は前髪に隠されがちな瞳で片目を閉じた。その目は銀と黒だった。
それを呆れた様に見ていたマックライは今度は大男を見る。促すように眉を上げる。それに三度目の舌打ちをして、大男は渋々として名乗った。
「…裂凶待 十郎」
別に名乗るとかいいし…と、一連のやり取りに呆然としていたシンカにマックライが訪ねた。
「それでお嬢さん、貴女は?どうしてココに」
『ココ』という単語がやけに強調されてる様に聞こえる。
びしびしと感じる。
ダメだ。
ヤバい。
この人、この人達 ヤバい。
関わったら絶対ダメだ。
シンカは自身の中で激しく鳴っている警戒音に俯いて、大いに迷ったが、突き刺さまくり穴が開きそうな三人の視線に…負け、眉尻を下げた顔を上げた。
「私は、あの」
ここでなぜか十郎と名乗った大男と目が合い、息を呑む。
短い黒髪、不機嫌そのままにへの字にひん曲がった薄い唇。だが鋭く狭められた黒い瞳は食い入るようにシンカを見つめていた。
「あ、あの、わ、私は、木之元 心カ、です。ここにはお弁当の配達に来ました…」
シンカが小さな声で言い終えると、一拍した後、マックライと丙壱がアッとした顔をした。
「そういやカチョーが昼飯頼んだとか言ってたよね?」
「言っていましたねぇ。彼の仰る事ですから聞き逃していました」
カチョー…課長…それは恐らく彼らの上司だろう…それを言ってた?とか聞き逃していいものなんだろうか…
どうなんなんだろう…公民ていうか社会人ていうか大人っていうか。
シンカが軽く悩んでいると、二人とは違い、全く表情を変えなかった十郎が口を開く。
「おいブス、ちゃ」
「あぁれー!!女の子がいる!めっずらし~なぁ!しかも可愛いじゃないっすか~!ねっねね君俺と付き合わない?あ、俺、壬骰孵 銅蒔!よろしくね~!!」
いきなり大きな声が後ろでして、シンカはびっくりして文字通りちょっと跳ねた。遮られた十郎の眉間に縦筋が増える。
シンカが振り返ると真っ赤な髪をした、シンカより少し背の高い青年が、僅かに赤みがかった銅色の瞳を煌めかせて立っていた。
「職場でナンパしない。それとこの子はお向かいさんのホーリーさんの、やっと居着いた店子だから。妙なちょっかいはやめるようにね」
その青年の後ろからゆっくり現れた、長身の男はそう言いながら椅子に座った。
「やあ、初めまして。ココの特武課の課長の 涙蒲衣 路可壊と言いますよ。重たいモノを有難う。サインが必要なのでは?」
ゆるくウェーブした白髪混じりの黒髪に大きな二重瞼の、その鮮やかな緑の瞳を楽しげに細めた。
サインという言葉に我に返ったシンカは慌てて近くの机に籠を置くと、エプロンの前ポケットから店長に渡された紙を取り出し、路可壊に差し出した。
「…お願いします」
「うんうん。ああー結構溜まってるね。今日にも支払うって言って置いてくれるかな」
「あ、はい」
「ま、何かが無ければ」
「え?」
紙にサラサラっとサインしながら聞き返したシンカを押し返すように路可壊はにっこり笑った。
何だかわからない薄ら寒いものを感じたシンカはぎこちない笑いをそれでも作ると
「ま、毎度ありがとうございました」
言うやいな、くるりと背を返し、そそくさと特武課を後にした。
五人分の、その中でも取分け強い視線を確かに感じながら。
「―十郎。珍しいじゃない。普段は犯罪者とぉ」
「被害者の、しかも死体にしか興味ないんですからねぇ。と言うより、前代未聞なんじゃないですか?」
「なんだ先輩の彼女だったんですか?早く言ってくださいよー」
「君、言うより声かけてたでしょう」
「裂凶待君?」
「…何だ」
「さっきも注意したけど無理矢理はダメだからね?」
舌打ち。
「君、一応警官だからね?わかってるよね?」
「…」
「裂凶待君!?」
「…」
「裂凶待君!!」
舌打ち。