エピローグ
それから、屋敷に戻ったあとは様々な問題に直面したのだった。
カーティスの家の問題がやはり大きかっただろう。一家の次男が突然吸血鬼になったものだから、屋敷を巻き込んで大変な騒ぎとなった。
しばらくして、突然市民運動が起こり吸血鬼の地位回復をという世論が巻き起こった。
カーティスやその一家が、何やら裏で色々と手回ししてそう仕向けたらしい。――あとから知らされたのだが、カーティスの一家は商店経営だけでなく辺り一帯を管理している大地主だったのだ。
吸血鬼は血液さえ定期的に摂取すれば、人を襲ったりすることはない。そのあとの衝動も特定の野草で抑えられることも周知されることになった。
その結果、時間は掛かったものの吸血鬼を捕らえるという御触れは取り下げられることになった。
吸血鬼は血を提供してくれる相手と同居することを届け出るか、定期的に施設へ行くことを義務づけられはしたが。
カーティスを吸血鬼へと変えてしまった俺に対して、一家から何か報復があるのではと恐れていた。
しかしそれは、カーティスが全力で止めてくれたお陰で起こらなかった。カーティスの仕事の手伝いを今後ともしていくという点で何とか落とし前を付けてくれたようだ。
そして屋敷内外が落ち着きを取り戻してから、数ヶ月が経ち。
レーナは婚約期間が終わり、予定通り使用人を辞めることになった。最終日には皆で祝福をしたのだが、影でこっそりと「リリスちゃんもお幸せに」などと言われてしまった。
シルファも、レーナさんが出て行ったあと暫くして後を追うように出て行ってしまった。シルファには本当に悪いことをしてしまったとは思う。結果的にカーティスを好いているのを知ってから、カーティスを奪うことになってしまったからだ。
負い目を感じて何も言えなかった俺に対して「あんなに見せつけられちゃったら、諦めもついたわよ。気にしないで」とは言ってくれたのだが。
ケイリだけは変わらず、この屋敷に残ってくれている。ケイリ曰く「吸血鬼のカップルに仕えるなんて滅多にないことだから」とのことらしい。いつの間にかカップル扱いされていた辺り、ケイリには全てお見通しだったというか。
そしてカーティスは、俺の身分を奴隷から解放してくれた。
その後カーティスからのプロポーズを受け、正式に結ばれることとなった。ただし吸血鬼同士では婚姻を結ぶことまではまだ認められておらず、いわゆる内縁の関係である。最終的には一家の人間とも普通に話せるようになって、かわいがってもらっている。
☆
日がとっぷりと暮れ、生き物たちが眠りに就くような時間。
俺たち吸血鬼が活動を始めるのは、その時間だ。
以前は皆と起きる時間を合わせていたが、今はもうそんなことをしなくていい。
昼間の屋敷はすべてケイリに任せてある。ケイリが眠る前に起き、引き継ぎを行うのだ。
俺とカーティスは夜起き夜明けとともに眠る。例外の日はあれども、基本はこの生活リズムを維持している。吸血鬼の習性に逆らわない方が、体調はいいのだ。
そしてそろそろカーティスを起こしに行くか、という時間。
屋敷内の廊下にカツ、カツとブーツの足音が響き渡る。歩く度、黒と白を基調としたエプロンドレスがフワフワと靡く。それと同時に、僅かに湿った髪から石けんのいい香りが周りに漂う。
目的の部屋の前へとやってきた俺は、重厚な造りのドアをノックする。一度、二度、三度。――返答はない。ノブを回しドアを開き、部屋の中へと入る。
部屋の中は薄暗い。ランタンから放たれる柔らかい光を頼りに、窓際まで足元に気を付けて進む。まあ先ほどまで居た部屋なので、勝手は分かっているが。
そして窓際へと辿り着き、勢い良くカーテンを開けた。月明かりが差し込み、室内を優しく照らす。
ベッドの方に目を移すと、目的の人物は変わらずそこに居た。規則正しい寝息とともに上掛けが上下している。
ベッドの前へ移動した俺は、上掛けの上から体を左右に優しく揺すって、こう言った。
「ご主人様。夜です。起きて下さい」
しかし、目的の人物からは反応がない。もう一度揺すって声を掛けるが、相変わらずの無反応。それを何度か繰り返したあと――溜息を吐く。
俺はこの行為は無意味だと判断した。いつも通りのことだ。
おもむろに上掛けを取っ払った俺は、ベッドへと上がりカーティスに馬乗りとなった。
そのまま体を前に倒して、首元へと近づく。
「ちょ、ちょっと! またする気かい!?」
歯が当たらんとする直前に目覚めたカーティスが、俺の体を手で押し返した。
惜しい、もう少しで血が飲めるところだったのに。普段は目覚めが悪いのに、こういうときだけ気配を感じ取れるらしい。
「……何のことだかよく分かりません」
そう答えて俺はニッコリと微笑んだ。それを見たカーティスは顔が引き攣っていた。
その情けない顔のまま、カーティスが口を開いた。
「あの、リリス? 最近ちょっと頻度が多いって言うか……」
「何か問題でしょうか?」
「いや、問題とかそういう意味じゃなくて……。リリス、なんだか変わったね……」
「ご主人様が毎日求めてくるからじゃないでしょうか?」
「いや、僕じゃなくてリリスからで……むぐっ」
減らず口を叩くカーティスの唇を、顔を寄せて塞ぐ。
カーティスの言うとおり、この頃は毎晩のように吸血をしているような気がする。
吸血鬼同士の吸血行為でも衝動が解消される。そのあとの衝動は、また別だが。
それを抑える野草――加工して飲み薬にしたもの――は準備してある。が、別に抑える必要がないのでほとんど使っていない。
変わったねと言われたが、確かに思い当たる節はある。立場的にはカーティスの使用人兼内縁の妻なのだが、吸血鬼としての立場では俺の方が上なのだ。カーティスは俺の眷属であるからだ。
まあそれ以上に変わったことがあるんだがなあ、と俺は自身の下腹部を擦る。まだ見た目では分からないが、そろそろ目立ってくる頃かもしれない。
いつ打ち明けようか、と考えているとカーティスは俺の体を持ち上げてベッドサイドに置き、何事もなくベッドを出ようとしていた。
そうはさせない、と指をパチンと鳴らしてカーティスの動きを止める。
再びカーティスをベッドに倒して、馬乗りになる。
次こそは逃げられないだろう。かわいそうなので、声も奪うのは止めにしよう。
「あの、リリス……?」
まな板の鯉と化したカーティスは、声を震わせて俺に話しかけてきた。
そんなに怯えなくてもいいのに。俺は耳元に顔を寄せて優しい声で語りかけた。
「今日も搾り取ってやるからな……♡」
そして俺は、再びカーティスの首元へと犬歯を突き立てた。
――今日も、長い夜になるだろう。
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