私→彼→←友人
シリアスです。
白い息が天へと昇っていく。
夥しい数のそれは、空気に溶け、空に昇る前に大気へと帰ってしまう。
空へと逝ってしまった彼女には――届くことがない。
「……」
そっと、彼女の名前を呟く。明るくて優しくて天使の様な彼女は、天使に攫われてしまったというのか。
―――悲劇は白きものがチラつく寒い夜に起こった。
バイトからの帰宅途中、飲酒運転の車両にひき逃げされたそうで。凄まじい音を聞きつけた近隣の住人が救急車を呼んでくれたそうだが、懸命の治療虚しくあの優しい双眸が再び開くことはなかった。
事の全貌を聞くだけで背筋がぞっとした。
彼女の最期を想うと、言葉も何も出てこない。…隣にいる人も自分と同じであろう。身近な人物の唐突の死は……死への恐怖と、現実を受け入れたくない拒絶感を与える。
無機質なお経をバックミュージックにしつつ、隣を盗み見れば…彼の横顔は予想外にも――涙が溢れ出ていた。
使い慣れない小さな黒い鞄から、あるものを取り出して彼の膝に乗せる。
「…っ」
息をのむ音が横から聞こえる。どうせこちらを驚いたように見ているのだろうから、あえて彼の方は一切見ない事にする。
隣からは膝の上に乗せられたハンカチを取ろうか、とるまいか迷っている気配がする。
複雑な心中を想うと苦笑が零れる。私は彼女が事故に合う少し前に、彼に告白して振られた。振られる事なんて解っていた。彼は―――他の男子達と同じく、彼女が好きだから。けれど何もしないで彼女の友達でいる事も、彼の友達でいる事も辛くて。思い切り玉砕した。
そして、彼女に振られた事を告げた。彼女もまた彼が好きだった。お互い好き合っているのに、間にいる私の所為で空回りしていた彼らの恋がやっと始まるかと思った。…結局、始まる前に強制終了させられるとは――運命の神とやらだいるのならば実に憎らしい。
そうしているうちに、彼女のお葬式は終わる。彼は、ハンカチを使わなかった――…。
棺の一部分が開き、隣の彼をさし置いてこれから焼かれ、空へと還る彼女を最期に見る。
綺麗で、切なくて、儚い。
唐突に、胸の奥から何かが湧き上がる。
この何かの名前は「喪失感」というものだ。彼女の顔を見て、やっと現実だと実感がわいたのだ。――遅すぎる、実感であった。
「――――ッ」
棺から離れ、壁に寄り掛かって俯く。
目からでるものは拭わない。頬を伝い、顎から床へ雫が落ちていく。
「…日南子」
「……何」
「これ、使えよ」
「ハンカチ?」
私が彼に渡したものかと思えば、柄も大きさも全然違うハンカチが彼から渡される。
もしかしなくても、彼の自前のようだ。
「……」
「おい、何故無言で俺に返すんだ」
「私の涙はあの子のものだから、いらん」
「へっ、そうかよ」
にやり、と彼が笑ったかと思うと…彼のハンカチで目元を思い切り拭われた。
「な、や、やめてよ!」
「折角、貴斗くんが涙を拭いてやっているというのに!その言い草はなんだ!」
「言い草も何も、メイクが落ちる!」
「あ、そりゃそうだな」
急接近してきたかと思ったら、あっさりと引いたので少々拍子抜けする。
小さくため息を吐いて、「どうしたのよ」と問いかける。
すると、彼は無理矢理テンションを高めていたのか…よわよわしい笑みを見せた。
「俺、アイツに振られてたんだ」
「…え」
「俺よりも、お前の笑顔を選んだんだよ」
涙が引っ込んだ。
今、神楽は何と言った…?
「私の中で神楽君は日南子ちゃんより大事じゃなかったみたい、って…滅茶苦茶衝撃受けた」
「……うわ」
すみません、と言いかけて飲み込む。
今、彼は私に別の言葉を発するよう導いている筈だ。
「つまりは俺の涙より、お前の笑顔がいいって言われた」
「何よ……それっ」
「いや、泣くなって」
「わ、私……私も神楽何かよりあの子にすりゃあ良かった…」
「おいっ!お前もかよ…」
心底悲しげに肩を落とした神楽に、涙でぐしゃぐしゃな笑顔を見せる。
「…私は神楽を選んで告白しちゃった裏切り者だよ」
「う」
「何後ろめたい顔してんの」
まあ、振った張本人を前に気にさせちゃうことを言ってしまった私が悪いのだろうけど。
何故だか手元に残っていた神楽のハンカチでメイクが落ちないよう、気をつけて涙を拭う。そして、彼の手首をとって前へ歩きだす。
「あんたの取り柄は馬鹿みたいに明るい笑顔なんだから、―――一緒に笑って見送ろう」
「―――おうっ」
神楽の明るい声を背中越しに聞き、彼女を見送りにいく。
空は灰色で、あの子の門出には少々相応しくはない。
だが、私たちの門出には相応しい灰色の空だった―――。
ぶっちゃけますと、この話は元々二次創作用の話でした。
しかし、あまりにも暗い重い内容なので真田日南子と神楽貴斗、そして亡くなった"彼女"の三人の話に変更致しました。
身内に不幸があった時期に泣きながら打った話でした。一月経って落ち着いてからでしたが、やはり故人を想うと何ともいえない喪失感が胸を過ります。故人との思い出があればあるほど、辛くて傷は深くて。
さて、一応設定をば。
真田日南子
彼女、の友人。友人の想い人である神楽貴斗を好きになってしまい、罪悪感を彼女に抱いていた。自らに希望が無いと解っていても友人への友情、気持ちの折り合いの為に告白して玉砕する。
神楽貴斗
彼女へ想いを寄せていたが恋<友情となってしまった彼女に敢えなく玉砕。両想いが擦れ違う原因となった日南子に複雑な感情を抱くも、恨んではいない。
彼女
名前は齋籐茅絵。恋より友情が大事。モテたらしい。話し方はかわいこブリッコタイプっぽい。
ついでに貴斗と日南子は別々の道を歩み、以後数十年擦れ違う。お互いがおばあちゃん、おじいちゃんになった時に同窓会で再会するが、葬儀時に渡し合ったハンカチを最期まで帰す事は無かったとか。