第二十九話『黒魔導士は注目の的です』
どうする……? 話しかけるか? いや、たぶん話しかけたらびっくりするだろうしなぁ……そもそも話す内容がないし。
というか白魔導士にコミュ力って必要な――要るけどっ! 要るけどこんな感じの人と無理やり話すような強引なコミュ力要らないと思う。
「あ、あの……」
いやお前が話しかけてくるんかいっ?! 話しかけられてビクついてんのに自分から話しかけるのはアリとか人間って難しいね。
「な、何でしょう? もしかして生き別れた弟とかですか?」
我ながら素晴らしいジョークだと思
「そんな話両親から聞いたことないですけど……」
まさかのマジレスっ?! こいつ手強いぞ。でも会話の糸口は掴んだ。
「ちなみにここへは何しに?」
「……」
うーん、まぁ赫々然々あってここまで来たんだろうからね、話せば長くなるのもわかる。うん。たぶん今脳内で話すこと整理してるんだろうね。糸口が手からすり抜けた可能性は……考えないようにしよう。
「……」
ちょっと赫々しすぎかな? あと然々もしすぎだと思う。まさかこいつがそこまで話せば長いような経験をしてきたとは想像できないし、思考回路がショートしたっていう可能性は――それは考慮に入れておきたい。しかも結構高い可能性として。
「……」
「ごめんそろそろ話してもらってもいい?!」
「あひっ!」
俺の大声に彼はドタンッという音を立てて椅子から飛び上がろうとして机で脚を打って痛そうにしていたけど、その痛そうな顔のまま話しだす。
「あ、あの……その前に自己紹介しなきゃ……とか思ってたりしてまして……質問に答えようか『先に自己紹介しませんか』っていう提案をしようかずっと迷ってまして……」
あーなるほど、そっかそっか。確かに自己紹介はすんごいだいj――にしても葛藤が長すぎる! この沈黙の間に運ばれてきた出来たてサンドイッチのパンの柔らかさが三割くらい損なわれたぞ。
「うん、じゃあ、自己紹介からでいきましょうか。えっと、もう胸張って自分のこと主張しちゃってください。じゃないとこのサンドイッチ顔にブチ撒けた挙句に代金払わせますよ?」
まずい、いやサンドイッチがじゃなくて。結構俺イライラしてんなぁってこと。いつもならサンドイッチ顔に投げるだけで済むのに、今回の俺は代金まで払わせないと気が済まないっぽい。
『いやいつも投げてんのかいっ! 君ね、ダメでしょそんなことしたら! 食べ物を粗末に扱うなど、貧困層に対する冒涜だということに気づかんのかね、全く!』
いや誰だよクソ天使お前。そういえば最近悪魔の出番少なくない?
『「誰だよ」の後に「クソ天使」が入るんならその「誰」は俺だ! ――コホン。あー、悪魔ならね、一時間くらい前に前頭葉から出発して、あと二十分で着くらしいよ』
勝手に俺の脳内旅行すんなっ! それとちゃんとツッコんでくれてありがとう。
『いえいえ、ツッコミなんてお安い御y』
「あの、顔だとまだ美味しく食べられる可能性があるので、腕や背中に当てる方がいいかと……」
目の前の彼に話しかけられたことで天使との脳内会話を強制シャットアウト。それより――
「自分がされるかもしれねぇって時に呑気に当てられたら嫌なとこ発表してんじゃねぇよ!」
そして天使もこいつも俺が想定してた論点からズレてる。なんで誰も代金払わせることにツッコんでくれないの?
「代金がどうかなさいました?」
いやウエイトレスさん、あんたは「代金」ってワードに寄ってきただけかよ!
ダメだここ、ボケが俺に集中砲火で降りかかってきてツッコミで捌ききれないっ! 賃金貰わないとやってられないくらいだ。
「えっと……本当に自己紹介してもいいですか?」
「うーん、空耳でしたね……」
「うん、金の亡者もいなくなったし、存分にやっちゃって」
なんかもうこの人に敬語使うのに気が引けたからタメ語でいく。
「ありがとうございます。えっと……僕の名前はリオン・シュヴァルツ――」
その名前が彼の口から放たれた途端、騒がしくて俺のツッコミもたった少し離れたところですら雑音の一部となってしまっていただろう周囲が、一瞬にして騒ぐのを止める。沈黙の帳が食事処に重く降りる。
「――あ、あれ? 静かになりませんでした?」
――世の中には、「カクテルパーティー効果」なるものがあるらしい。喧騒の中でも、自分に必要な事柄を脳が感知することができるというものだ。
ってことは何? みんな名前がシュヴァルツなの?
まぁそれは冗談として、こいつ――リオンってみんなの脳が感知するほど知名度高いってことは、結構ヤバいやつ?
「ね、ねぇ、今『リオン』って言わなかった?」
「え、あの一人で強力魔獣を何体も討伐してるっていう黒魔導士の?」
ん? 噂を聞く限りこいつ……俺と真逆じゃね?
「おい、リオン」
声をひそめて呼ぶ。こいつがどれだけの人気者か、はたまたお尋ね者なのかはわからないけど、とりあえず言っておきたいことがある。
「どうしました?」
お、人のひそひそ声にはひそひそ声で返せる能力くらいはさすがに持ってた。でも、「言っておきたいこと」、ひとまずこの雰囲気では言いづらいので、状況を前のように戻したい。
「え、それで理論がなんだって?!」
「なーんだ、聞き間違いか」
「リオンくんいると思ったのになぁ」
ふぅ、なんとか騒がしさが戻った。
「それで、何ですか?」
あ、通常のトーンに戻してきやがった。
「ごめん、このトーンで話してもらってもいい?」
ニーヴェくんのおてほんトーン発動。これでリオンも同じトーンに――
「何でです?」
「ならないのね?!」
「は、はい、さっきは普通のトーンで話すのが恥ずかしかったですが……今はそんなことないですし」
その普通のトーンでお前を呼ぶと俺がせっかく再構築したこの空気がまた崩れんだよ。
「なんかお前、結構知られてるみたいじゃん? だからちょっと声落として話そうかなとか思ったりした」
「あ、なるほど。確かに僕、名前だけはよく知られてるんですよね……そういうことでしたらそのトーンで話しましょうか」
こいつ、物分りいいとはお世辞にも言えないけど、こいつの坂のような物分りが今ちょうどてっぺんに来てて助かった。
「ありがとう。さて、自己紹介続けよっか」
なんか俺ばっかり会話の主導権握ってて申し訳ないな。でもリオンって主導権握る握力すらなさそうだしな。
「あ、はい。えっと……僕の職業は、さっき囁かれた通り黒魔導士です。対象を呪う魔法、種々のデバフ付与、あとは……他の黒魔導士には出来ませんが、何故か僕、魔獣の召喚ができちゃいます」
ふむふむ。黒魔導士という役職があるのは聞いたことがあったけど、実際に出会ったのは初めてであんまり知識もなかったからありがたい情報だ。俺の雇われ人生でこれまで一度も出会わなかったってことは、もしかしたら黒魔導士ってレアなのかな? 白魔導士はレアって聞いたけど。それより、魔獣の召喚ができるのなら聞いておきたいことが――って、
「ま、ま、ま、魔獣の召喚っ?! 闇魔導士の特権じゃねぇのか?!」
叫んじゃったけど「リオン」っていう単語じゃないから大丈夫。でも魔獣の召喚なんて真似をしたら、真っ先に王国の敵にされるぞ?
「あ、ご心配には及びません。闇魔導士は召喚した魔獣を操れますが、僕は全く意思疎通できませんので」
「確かにダークサイドに堕ちた闇魔導士は魔獣使って悪さするけどそういうレベルじゃない危険発言したよ今! え、じゃあ召喚した魔獣は野放しってこと?! めちゃ危ねぇじゃねぇの?!」
「あの……トーンはどうされたんです?」
今それどころじゃ……なんて、もし大声で「リオン」なんて呼んだら何が起こるかわかんないし、「言いたいこと」にも支障が出るから一旦トーンは落とそう。
「ごめん、忘れてた」
「いえいえ。あ、あの……すごく笑える話があるんですけど……聞きます?」
絶対笑えないやつじゃねぇか。
「どんな罪を犯したんだい? 正直に言えば俺から直接は何もしない」
「ひえぇっ?! 駐屯兵への引渡しだけはご勘弁を!」
これから俺のすることがよくわかってるじゃないか。
「えーっとですね……実は僕、ここに着いたのが今日の朝で……昨日まではソロップからこちらへ繋がる道にいたんですけど……一昨日間違えてエルレクドを何体か召喚しちゃいまして。あはは、笑えるでしょう? それであのエイラ・ポースさんにも手伝ってもらって対応に追われてたんですよぉ」
「よし、抵抗しなけりゃ優しく連行してやる」
「やめてくださいっ! 離してくださいっ!」
こいつが俺たちを殺そうとした魔獣テロリストか。本当なら三途の川に沈めてから釜茹でするプロセスを三回繰り返すまでは許さないけど、「言いたいこと」のためには我慢して無罪放免しかない。
「わかったわかった。ごめん。それよりリオン、言いたいことがある」
「ふぇぇ……ありがとうございますっ……ぐすん……それでなんですか?」
よし。言うぞ、一世一代の勇気を出した俺の「言いたいこと」っ!
椅子から立ち上がり、頭をテーブルに打ちつけ、言葉を発する。
「俺を弟子にしてください!」
だってこんな俺の目標の体現以外の何者でもない人との関わり方なんてこれしかないっしょ。




