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二度目の別れ


「どうだ、よく眠れたか?」


 翌朝、喫茶店に呼び出された俺に能美が問い掛けてくる。


「ああ、閉じ込められてるって感じがない部屋は快適だからな」

「そうか、それは良かった」


 嫌味をサラッと流される。


 昨日のデパートでの一件以来、俺は能美のグループに客人として扱われるようになった。とは言っても、俺が寝泊まりしたのは相変わらずの空きテナントだったが。


 しかし、待遇が改善されたのは間違いない。事実、ここまで来るのに見張りの一人もいなかった。ただ、喫茶店で能美が待ってると伝えた後、普通に去って行ってしまったのだ。


「お前を呼んだのは他でもない。個人的な頼みがあるからだ」


 そう言えば、デパートに行く前も そんな話をしていたはずだ。つまり、俺は能美のお眼鏡に適ったということだろうか。


「個人的な頼みね……どうせ、俺に拒否権はねえんだろ?」

「いや、そうでもない。断るなら それでも構わない。強制しては意味のないことだからな」


 どこか思い詰めたような口調。いつもの他を圧倒するような雰囲気が感じられず、逆に俺の方が調子を崩されてしまった。


「……内容次第だな。昨日みたいな無茶はゴメンだよ」

「内容か……」


 珍しく口籠る。そして、言葉を選ぶように少し間を空けた後、能美は口を開いた。


「まあ、一言で言えばゾンビ退治だ」

「ゾンビ退治 それなら、アンタの部下にでも――」

「奴等ではダメなんだ……アイツ等では……」


 俺の言葉を遮るように、能美が首を振る。どうやら、俺でなければならない何かしらの深い理由があるらしい。


「……ソイツを受けることで、俺に見返りはあるのか?」

「ああ、完璧にこなしてくれたなら、俺に出来る限りでお前の望みを叶えよう」


 思い掛けない報酬。俺が思っているよりも、この頼み事は能美にとって重要なことのようだ。


「マジで何でもか?」

「ああ。さっきも言ったが、俺に出来る範囲でな」

「じゃあ、自由にしてくれと言ったら」

「構わない」

「武器・弾薬、それに車を寄越せと言ったら?」

「用意してやる」


 どうやら、本当に出来る限りのことを叶えてくれるようだ。もちろん、額面通りに受け取ることなど出来ないが。


(さて、どうするか……)


 能美から視線を外して思案する。

 ここまで好条件の依頼というのは、得てして遂行が難しいものだ。命を落としかねないほどのものだからこそ、それだけのことを言えるということもある。


 だが、それを見越した上でも、美味しい依頼であることに変わりはない。華菜たちのことを考えれば、いつまでも こんな所に長居はしていられないのだから。


「……分かった、受けよう。だが、幾つか条件がある」

「何だ?」

「一緒に行くのはアンタだけであること、すぐに俺用の武器を用意すること、アンタは手ブラであること――以上だ」


 吹っ掛け過ぎたか――言った後で そう思ったが、意外にも能美は迷わずに頷いた。


「分かった、いいだろう」

「……マジか?」

「ああ。元より他の人間を同行させるつもりはなかったし、どちらかが武装していれば事は足りるからな」


 だとしても、何も知らないに等しい人間と二人きりで、相手にのみ武装する事を認めるなど、普通の人間なら許しはしないような条件だ。


「他にはないか? ないなら、そろそろ出発したいのだが?」


 どこか急かすような口調。俺の中には未だ疑念が残っていたが、問うべき言葉も見当たらず、提示された条件にも不満がないとなると、頷く以外に選択肢はなかった。


「では、行くとしようか」


 それだけを言うと、さっさと歩き出してしまった。俺は訝しげな視線を能美に向けながらも、その背中を追うように歩みを始めた。



 ―――*―――*―――*―――



 ~10分後~



 能美の運転する車で、俺達は住宅街を走っていた。ここら辺の地理に明るいのか、彼の運転には淀みがなかった。


「……………………」

「……………………」


 静寂が包み込む車内。耳に届く音と言えば、路面の凹凸に合わせてカチャリと鳴る手元の銃ぐらいだ。


(慣れない空気だな……)


 いつも傍に居る華菜が賑やかだった分、こうした空気には馴染みがない。そのため、どうしても居心地の悪さを感じてしまう。


「……着いたぞ」


 言いながら、能美が丁寧に車を止める。そして、外の安全を確かめる事もせず、そのまま車を降りてしまった。


「お、おいッ……」


 俺の方が焦って車を降りる。しかし、能美は俺に意識を向けることなく、一件の家を見上げていた。


 怪訝に思いながらも、彼の隣に立つ。

 そして、何気なく家の表札に目を向けると、そこには意外な――いや、ある意味では当然な名前があった。


(《能美》か……コイツの家か?)


 恐らく間違いない。そうでなければ、来る意味などないのだから。


「……入るぞ」


 言うが早いか、能美は先に歩き出してしまう。またも遅れをとってしまった俺は、少しばかり早足になりながら後を追った。


「遠慮せずに座ってくれ」


 言われ、手近のソファに腰を掛ける。

 人の気配は感じられないのに、何故か綺麗に掃除がされていた。


「……………………」

「……………………」


 またも、無言。しかし、黙っていても事は進まないので、俺は彼に向かって口を開く事にした。


「なあ、どんな用で此処に――」


 言い掛けた、その瞬間――


「あぁああぁぁ…………」


 階上からゾンビの声が聞こえてきた。

 反射的に銃を構えてしまう。


「待てッ……大丈夫だから、待ってくれ」


痛切な響きを含んだ言葉。普段では聞けそうにない口調だったため、俺は思わず動きを止めてしまった。


「……………………」

「……………………」


 またも、沈黙が俺達の間を支配する。

 しかし、それも僅かの間ーー今度は能美のほうから静寂を破った。


「……弟なんだ」

「えっ……?」

「上の階に居るのは、俺の弟なんだ」


 絞り出すような声。もしかしたら、彼の中で最も触れたくも、触れられたくもない部分の話なのかもしれない。

 だが、語らなければ始まらないと理解しているのか、その口から言葉が止まる事はなかった。


「俺の家は両親が留守がちでな、それだけに兄弟仲は良かった。俺は弟を大事にしていたし、弟も俺を尊敬してくれていた」


 とつとつと語られる身の上話。

 その内容に、思わず俺は華菜と雅也のことを思い浮かべてしまった。


「守ってやると約束した……絶対にお前だけは守ると……なのに、なのに俺は……」


 俯き、言葉を詰まらせる。

 語るどころか、思い出すことでさえ彼にとっては苦痛なのかもしれない。

 その気持ちは痛いほどに分かる。もし、俺も目の前で華菜や雅也を失うことになったら、とても耐えられないからだ。


「何で、俺を連れてきた?」


 だから、俺は核心に迫る。余計な質問をして時間を掛ければ、それだけ彼の苦痛を長引かせるからだ。


「……アイツを楽にしてやってほしいからだ」

「自分では無理なのか?」

「ああ……何度も試した。だが……駄目なんだ」


 それも分かる気がした。華菜や雅也が変わり果てた姿で現れたら、この手で楽にしてやれる自信はないからだ。


「どうして、俺なんだ?」

「お前の中には、温情と残酷さが共存しているからだよ」


 相反するもの――しかし、その想いに確信があるのか、能美は俺から目を逸らすことはしなかった。


「ただ殺せる……そんな心が死んだような人間には任せられない」

「……………………」

「だが、情だけで殺されるのも我慢ならない。例えゾンビとなっても、憐れみで終わらせられるのではなく、全力で殺しにくる者に挑んで果てたという誇りを抱かせてやりたいんだ……」

「……………………」

「だから、お前を選んだ。仲間を救うために命を張れる情を持ちながら、ゾンビを皆殺しにする残酷さを持ったお前をな……」

「……過大評価だな」

「それでも構わん。俺が納得できているうちに全てを済ませてくれるなら」


 それなら済ませるとしよう。

 俺には為すべきことがあるし、彼は早く苦しみから救われたいと願っているのだから。


「本当にいいんだな?」

「ああ……行こう」


 俺の言葉に頷くと、能美はソファから立ち上がり廊下へと出た。俺も、その後を追って歩き出す。

 だが、その途中で――


「ちょっと待ってくれ」


 そう言うと、俺はキッチンに寄る。そして、棚や引き出しを適当に開けると、目当ての物を探り当てた。


「何をしているんだ?」

「コイツを探してたんだよ」


 言いながら見せたのは、アイスピックだった。

 いくらゾンビ化していると言っても相手は弟。銃で頭を吹き飛ばされては気分も良くないだろうと思っていたのだ。


「……すまんな」

「仕事は出来る限り完璧にこなしたいんでな」


 色々なものを誤魔化すように言うと、二階へ上がるように促す。そんな俺に頷くと、能美は歩みを再開した。


 そして――


「開けるぞ……」


 2階に上がって すぐの部屋。その扉の前に立つと、俺に言うような、自分に言い聞かせるように呟いた。

 恐らくは、どちらでもあるのだろう。証拠に、ドアノブを握る手が、らしくないほどに震えている。


「昭人……すまないッ!」


 聞いている者の心が苦しくなる侘びの言葉。

 それが終わると同時に、俺の目の前でドアが開けられた。


「ぐがぁぁああ…………ッ!!」


 襲い掛かってくる一体のゾンビ。

 俺は即座に懐に入り込むと、払い腰の要領で床へと投げ飛ばす。


 床に倒れたゾンビ――昭人を押さえ付けると、俺はアイスピックを固く握り締めて頭へと突き立てた。


『―――――――――ッ!!』


 普段なら何も感じない音と感触。

 しかし、今だけは全てを消し去りたい気分で一杯だった。


「……………………」

「……………………」


 一瞬だけ訪れる沈黙。

 だが、いつまでも このままではいられない。俺はアイスピックを引き抜くと、傍に立ち尽くしていた能美の肩を叩いた。


「あ、昭人……」


 見る影もなくなったはずの弟。

 しかし、変わることなく最愛の存在である家族。

 大切な相手の二度目の死を前にして、能美は崩れ落ちた。


「ゴメン……ゴメンな、昭人……」


 亡骸を抱きしめ、嗚咽を漏らす能美。

 そんな彼に俺が出来ることは、しばらく二人きりにしてやるぐらいだった――


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