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和平への提案



「ふわあぁ……眠ぃい」


 盛大にアクビをしながら俺は呟いた。

 一応の警戒として交代で見張りをしていたのだが、ゾンビも井川の手の者も来る事はなかった。


「中一日で徹夜はキツイわぁ……」


 どことなくオジサン臭いことを言いながら、俺は伸びをする。同じ姿勢で固まっていたのか、背中がバキバキと音を立てた。


「お疲れ様……」

「おう、千夏。そっちも お疲れさん」


 同じシフトで見張りをしていたにも関わらず、千夏は平然としていた。まあ、常からポーカーフェイスであるし、眠くて《フニャフニャ》している姿自体が想像できないが。


「そろそろ交代?」

「いや……もう朝だからな。全員起床です」


 下手に生活リズムを崩すと予定が立てにくくなる。そのため、ここら辺は眠気との戦いをしなければならないのだ。


「それにしても、千夏って朝に強いよな……何でだ?」

「朝練で慣れてるから」

「剣道部にでも入ってたのか?」

「違う。自宅が道場だったの」

「なるほどね、それでか……」


 朝と剣術の強さに納得がいき、俺は1人で頷いた。


「それじゃ、放送してくる」


 言いながら、踵を返す千夏。

 ここでの一日の始まりは、放送によるモーニングコールからなのだ。


「さて……俺も気合を入れるか」


今日は、少しばかり忙しくなりそうだ――



 ―――*―――*―――*―――



 ~場所は変わって、井川陣営~



「うむ……やはり、急襲は賢くないな」


 寝起きのリフレッシュにと、井川は今日の作戦を練っていた。

 頭の中に並べ立てている情報は、昨日 修一から手に入れたもの。断片的に語られた《彼等》の状況を繋ぎ合わせ、どのように出るのが最適かを考えているのである。


「守りは固そうだからな……下手に打って出れば、返り討ちに遭いかねん」


 とは言え、どれだけ外壁が頑丈な城であっても、落とせないわけじゃない。知略の前に、物理的な頑強さなど無意味なのだ。


「……私だ。人を寄越してくれ。足が速いのと、口が上手いのをな」


 そう指示を出すと、井川は無線を切った。

 最早 日課となった読書のために本棚へと向かいながら、井川は不敵な笑みを浮かべた――



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~それから2時間後~~~



「隊長~、これ持ってく?」


 言いながら、春喜が狙撃ライフルを取り出す。

 一瞬、どうするかを考えたが、今日の調達任務で使う人間がいないことを思い出し、彼に向けて首を振った。


 本日の任務内容が決まったのは三十分前。

 トニーから弾薬の数が少なくなってきているとの報告を受け、状況が落ち着いている内に調達しようということになったのだ。

 場所は いつも通りの避難所。

 設営箇所は端末からデータを得ているので、近い場所を選んだ。

 向かうのは俺とトニーと春喜の3人。

 昨日の今日で拠点をガラ空きにするのは気が引けたため、少数精鋭で動くことにしたのだ。


「隊長~、これは?」


 言いながら春喜が取り出したのは、分隊支援火器と呼ばれる自動機銃だった。見た目のゴツさと同様、かなりの威力を誇る武器である。


「いや……いらねえから」


 冷静に突っ込むと、俺は必要分の武器と弾薬を手にして部屋を出た。



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~1時間後~~~



「ふう……何とか到着したな」

「ゾンビが い~~~っぱいだったね」

「それだけ人間の数が減ってるってことだな……」


 あれだけの数が溢れていれば、学校が襲撃されるのも仕方ない。答えは得られたものの、何となくスッキリしなかった。


「とにかく、早く入ろう。あそこが元避難所だ」


 言いながら、トニーが目の前のショッピングモールを指し示す。


「武器が盛り盛りだったらいいねぇ」

「ははは……だな」


 春樹の言葉に笑いながら、俺は二人を伴って歩き出した――



 ―――*―――*―――*―――



「まったく……なんて数だ」

「倒しても倒しても、ゾロゾロゾロゾロ」


 憤慨する二人。

 しかし、それも仕方が無い。とにかく、モールの中もゾンビの数が凄かったのだ。それでも何とか群れを切り抜け、俺達は武器庫と簡易的なプレートが掲げられた部屋に辿り着いた。


「ええっと……あれか」


 部屋の奥、乱雑に置かれた複数の弾薬箱。

 それに歩み寄ると、俺達は一斉に蓋を開けた。


「うっほっほ~い、メチャ入ってるじゃん!」


 中に詰められている弾薬を見て、春喜が歓喜の声を上げる。俺も、それに同調して喜びを表そうとしたが、隣で暗い表情を浮かべているトニーが目に入り自粛した。


「トニー……どうした?」

「……喜んでいるところ悪いが、これは使えんよ」


 落胆した口調。

 それだけで、冗談の類でない事は理解できた。


「えっ? 使えないって、どういうこと?」

「弾頭を見てくれ……こいつはゴム弾だ」


 言われ、手に取り確認してみる。

 すると、確かに弾頭がゴムで出来ていた。


「暴徒鎮圧用などに使われるものだ。恐らく、火事場泥棒対策のために持ち込んだのだろうな」

「鎮圧って事は……威力には期待できないか?」

「ああ、残念ながらな。しかも、コイツは純粋なゴムで出来てるから、射程距離も短いタイプだ。少なくとも実戦向きじゃない」

「マジかよぉ……ここまで来たってのに……」


 ヘコむ春喜。

 しかし、ここで全員が落ち込んでも仕方ないと思い、俺は敢えて明るく声を張り上げた。


「まあ、イイじゃねえか。避難所の情報は他にもあるんだ。それに、コイツも使えないってわけじゃない」


 井川陣営が小規模な奇襲などを仕掛けてきた場合でも、人の目を気にせず撃ちまくることが出来る。小さな子供も増えてきた拠点内では、さすがに人を撃つのは気が引けていたのだ。


「……うむ、確かに そうだな」

「んだね。武器には違いないんだし」

「そういうこと。さあ、今日は帰ろうぜ」


 努めて明るく言うと、俺は弾薬箱を手にして踵を返した――



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~その日の夕方~~~



「ふいぃ……さすがに疲れたな」


 結局、あれから別の場所も探索して武器を調達してきたのだが、さすがに避難所の《ハシゴ》は疲労が溜まるものだった。

 だが、その甲斐あってか収穫量は中々のものがあった。


「さて、そろそろ夕飯かな?」


 時間的に準備は始まっているはずだ。

 重労働と言っても差し支えない行軍だったのだ。そろそろ胃に何かを入れないとガス欠になりそうである。


 だが、その時――


『―――――――――ッ!!』


 辺りに銃声が響き渡った。

 反射的に後ろ腰の銃へと手を伸ばした俺だが、それと同時に無線機から通信を告げるノイズが聞こえてきた。


『私、友恵……』

「おう、どうした? 今のはお前か?」

『うん、正面玄関に怪しい人がいたから』

「分かった、すぐに確認する」


 短く返事をすると、俺は通信を切った。

 そして、音を聞き付けて走り寄ってきたトニーに説明し、正面玄関へと一緒に向かうことにした。



 ―――*―――*―――*―――



  ~~~10分後~~~



「……交渉だと?」


 やって来た不審人物――それは一人の男であり、同時に井川からの伝言係だった。


「あ、ああ……《無闇に争うこともない。だから、和平交渉をしたい》って井川さんは言ってたぜ」


「何を今更……」

「フザけた事を……ッ!」


 声を荒らげる2人。

 その怒気に怯えたのか、男は分かりやすく肩を竦ませた。


「……で、奴の本心は何なんです? 単に和平を望むはずがありませんよね?」


 見透かしたような雅也の言葉。

 俺も同意するところなので男の言葉を待った。


「お、俺に言われても分からねえよ。でも《和平で納得できないなら交換でもいい。そちらの少女と、こちらの少女で》とも言ってたぜ」


「そちらの少女と、こちらの少女……?」

「……華菜とイオナのことでしょうね」

「ああ……間違いないな」


 どこで得たのかは分からない。

 しかし、井川はイオナの存在と特性を知っているのだ。彼女が俺達と共に居ることも。


「下らない……成り立つ事もないのに」


 確かに、その通りだ。

 華菜は耕太がいるから、こちらへと合流が出来ないのだ。彼を救う手段が井川の元へと移ったら、余計に俺達と一緒に居る理由が無くなってしまう。


「論じる価値すらありませんね。追い返しましょう」


 取り付く島もない――といった感じの雅也。

 そんな彼に同調したのか、他のメンバーも男に対して敵意のある視線を送っていた。


 そんな彼等を、どうしてか俺は静かな思いで見ていた。もしかしたら、皆が怒気を吸い取ってくれたのかもしれない。

 だからだろうか……冷静に物事を考え始めたのは。

 確かに、ハッキリ言って井川の提案は論じるに値しない。散々 敵対しておいて、今更になって和平の道を見出せるとは思えないのだ。


 しかし……しかしだ、ここで意固地になることにも意味が無いように思えて仕方がないのである。和平への道が拓けなくとも、何かしらの歩み寄りが出来るのではないだろうか。

 こんな世界で、人間同士が争い合っても真の利益は生まれない。ならば、例え一縷の望みであっても賭けてみるべきだと思うのだ。


(これも一つの機会……そう考えるか?)


 奴と手を取り合えるとは思っていない。

 しかし、互いに抱えるモノがある上で、この窮状だ。もしかしたら、妥協点を見出せるかもしれない。


「……もしかして、行く気ですか?」


 どことなく予想していたかのような雅也の問い。

 それに対し、俺は気楽な感じで頷いた。


「ああ……多分、これが最後の機会だと思うからな」


 これを逃せば、間違いなく殺し合いになるだろう。


「なっ……止めておけ、ボス!」


 慌てて引き止めるトニー。

 その目には、イオナの事もそうだが、純粋に俺を思いやる色が含まれていた。


「奴がクズだということは、お前も分かっているだろ?」

「ここにいる誰も、君を失いたくないんだ。考え直してくれ」

「危険な相手ならば、相手にしないのも策ですよ」

「隊長~、止めとこうよ」


 次々と口にされる否定的な意見。

 しかし、その中にあっても俺の考えは変わらなかった。


「僅かな可能性かもしれない……でも、ゼロじゃないなら賭けてみる価値はあるさ。奴の言葉じゃないが、無闇に殺し合う必要も無いからな」


 そのための一歩……それが、何より大事なのだ。


「おい、交渉の日時や場所は決まってるのか?」

「あ、ああ……了承したら、これを渡せって」


 言いながら、男がメモ用紙を手渡してくる。

 中身に目を通せば、明日の昼過ぎに有名な喫茶店で待つと書かれていた。


「ここで全てが終わればいいがな……」


 そんなことを呟きながら、俺は暮れていく空を見上げた――

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