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懐かしい顔

「こっちだッ!!」

「チッ……ここじゃ 広すぎる!」


 恐らく研究用のスペースなのだろう空間は、逃げ込むには都合が良くなかった。そのため、俺は近くにあったドアへと飛び込むことにした。

 駆け込んだ先は、配管が張り巡らされた部屋だった。恐らく、空調を司る場所なのだろう。


「コイツは……良いな」


 自然と笑みが浮かぶ。

 これだけ狭くて金属製のパイプが並んでいれば、跳弾を警戒して銃など撃てるはずもない。


「よし、今のうちに……」


 これだけ見通しが悪くて広ければ、奴等を巻くのにも苦労はしないだろう。俺は逃走経路を考えつつ、慎重に歩を進めた。



……………………

………………

…………

……



「はあっ……はあっ……!!」


 本当に、今日は全力疾走をする日だ。

 まあ、その苦労も あと少しで終わるが。


「ボス、こっちだッ!!」


 そんなことを考えていると、少し離れた場所に車が急停車する。助手席から降りたトニーが、片手で小銃を構えながら大きく手招きをした。


「ラストスパートだッ……!!」


 自分を鼓舞するように言うと、俺は勢い良く地を蹴った。

 だが、その直後――


「ボス、上だッ!!」


 トニーが工場の上階を指さす。

 反射的に視線を向ければ、そこにはライフルを構えた兵士がいた。


(止まったらダメだッ!!)


 後ろからは、あの兵士達が追い掛けてきているのだ。例え撃たれる危険性があったとしても、ここは駆け抜ける以外に選択肢はない。


「行ってやろうじゃねえか!!」


 そう叫んで走り出す。

 しかし、その瞬間――


『―――――――――ッ!!』


 ライフルの弾丸が地面を抉る。

 それによりバランスを崩した俺は、危うく転びそうになった。


(クソッタレが……!!)


 自分と相手に毒づく。

 このままでは、狙い撃ちされてしまうからだ。だが、その心配は杞憂に終わった。


「ボス、走るんだッ!!」


『―――――――――ッ!!!』


 トニーによる援護射撃。

 それにより身を隠さざるを得なくなったスナイパーの隙を突き、俺は何とか車に乗り込むことが出来た。


「瀬尾、出すんだ!!」

「了解であります!!」


 トニーの指示を受け、瀬尾が車を急発進させる。

 不格好な形で後部座席に突っ込んだ俺には結構な衝撃だったが、助かるならば安いものだった。


「ボス、大丈夫か?」

「ああ、問題ない……でも、少しだけ待ってくれ」


 そう言うと、俺は狭い車内でモゾモゾと動いて体勢を整えた。


「ふう……やっと落ち着けたぜ」


 ドッカリと腰を下ろして、俺は一つだけ溜め息を吐いた。それを見て、トニーが笑みを浮かべる。


「しかし、これだけ苦労して収穫は無しか。やるせないな」

「ああ、しかも謎が増えたしな」


 俺の言葉にトニーも瀬尾も頷いた。


「あの連中、何者なのでしょうか?」

「分からん。だが、真っ当な奴等でないのは確かだな」


 その通りだ。

 ヘリを飛ばし、練度の高い兵士を連れ歩き、見た者を見境なしに攻撃する――これを まともと言えるはずがない。


(もしかしたら、大学のことも奴等が?)


 独走の果てに粛清された研究者たち。

 現れたのが同じような研究を行っていた場所だけに、その予想は間違っていないかもしれない。


「何にしても、ヘリと兵士を持ちながら救援活動も行っていないんだ。注意はしておいた方がいい」


「そうだな……」


 新たな敵となるのか、これから交わることもないのか――どちらにしろ、今は休むことにしよう。



 ―――*―――*―――*―――



  ~数時間後~



 夕暮れに染まる廊下を、華菜は1人で図書室へ向かって歩いていた。


 理由は簡単。井川に命じられたからだ。

 図書室にいるメンバーで、少しばかり遠方へ偵察に出ろと。


(はあ……泊まりの任務か……)


 気が重くなる。

 例え意識を取り戻すことがなくても、耕太の傍に居てやりたいのだ。

 しかし、その耕太を生かすため井川に従わなければならないのが現状だ。何ともスッキリしない話だが、それを覆す力もないのだから大人しく従うしかない。


(さて、到着しましたよ……と)


 そんなことを心の中で呟きながら、図書室のドアを開けた。

 今となっては見慣れた室内。

 しかし、そこに居たのは ある意味では見慣れていて、ある意味では忘れかけていた人物だった。


「あっ、華菜ちゃん……」


 呟くような細い声で楓が華菜の名を呼ぶ。

 だが、華菜の目は彼女を見ることはしなかった。

 その隣に立つ少年へと視線を注いでいたからだ。


「アンタは……修一……!?」


 子供じみた正義感で彼に楯突いてばかりいた男。そして、彼を追い出す原因を作った人間でもある。


「どうしてアンタが……」


 井川に取り入っていたのだから、学校に居るのは理解できる。しかし、《彼》のグループにいるときは、いつも戦闘メンバーには含まれなかった修一が この場に居るのは理解できなかった。


「今では、彼も有力な戦闘員よ」


 驚いている華菜の背後から、そんな言葉が与えられる。反射的に振り返れば、そこには小百合が立っていた。


「コイツが戦闘員……?」


 楯突くだけで争い事を避けていた修一。

 そんな彼が戦うと聞いても、華菜には信じられなかった。


「お前が どう思おうと勝手だがな、今の俺は井川さんの右腕だよ。あの人の理想のために、命を懸けてるんだ」


 大仰な言葉。

 それが華菜の苛立ちを煽る。


「理想? 従わない人間を殺すような世界が理解だって言うの?」


 ここに来て数日。井川の悪行は既に聞き及んでいた。


「井川さんの素晴らしさに気付けない馬鹿どもには、当然の対処だろ。あの人は絶対なんだからな」


 異常なまでの狂信性。

 そして、心からのものとは思えない口調に、華菜は何となくだが修一の心理を理解した。


 詰まるところ、修一は逃げているのだ。

 《彼》に対する敵対心だけで追い出した結果、井川の独裁によって多くの人間が命を落としたのだ。その事実を受け止めることを拒んだ挙句、この様な理論を振りかざすようになったのだろう。


「とにかく、あの人の足を引っ張るような真似はするなよ? 役に立たないようなら切り捨てるからな」


 上から目線の言葉。

 それが華菜の気分を害する。


「随分な言いようだね? 昔は銃も持てなかったくせにさ」

「持つ必要がなかっただけさ。あんな奴のためにはな」


 彼を侮辱する一言。

 それは、今でも華菜にとってタブーだった。


「調子に乗るんじゃないよ……兄を馬鹿にして許されるとでも思ってるわけ?」


 粋がった態度と生意気な口調が華菜の怒りに火を点ける。元より憎らしく思っていた相手だ。着火の速さは自分でも驚くほどだった。


「フンッ……許される必要が何処にある? アイツみたいな雑魚には、どんな言葉を吐こうと構わないだろ」

「言ってくれるじゃない……!!」


 怒りの臨界点――それを修一の言葉が容易く超えさせる。

 結果、気が付けば華菜は目にも止まらぬ速さで後ろ腰から銃を引き抜き、修一の眉間に突き付けていた。


「か、華菜ちゃん、待ってッ……!」

「ダメよ、華菜ッ!」


 楓が必死の声色で止めに入る。

 小百合も制止の言葉を張り上げた。

 その二つが、華菜の心を冷ます――凍えるほどに。


 目の前にいる修一。

 その隣に寄り添う楓。

 自分の隣に立つ小百合。


 1ヶ月前と変わらない光景・状況・面子が、華菜に不思議な錯覚をもたらした。


 グラりと地面が揺れるような感覚。

 その直後、華菜の思考と感情の時計が、急速に逆回りを始める。


(コイツは兄の邪魔になる……敵になる……)


 今 この一瞬だけ、華菜の心は過去に戻っていた。

 耕太もいない、井川もいない……彼と雅也だけが世界の全てだった頃に。


(邪魔になるなら……消さなきゃ)


 トリガーガードに掛かっていた指が、引き金そのものに移動する。その動きには躊躇いも淀みもなく、まるで試し撃ちでもするかのように軽やかだった。


「……………………ッ!!」


 華菜の異変に気付いたのは小百合だった。

 幾つかの戦闘を経験することで得た勘が、発せられる冷然とした空気を察知したのだ。


「華菜、止めなさいッ!!」


 視界の端が、自分に向けられる小百合の銃口を捉える。

 昔だったら気にもしなかったもの。しかし、小百合の怒声により我を取り戻していた華菜は、銃を下ろしはしなかったものの、トリガーから指を離した。


「……何で、こんな奴を庇うの?」


 聞いても意味のない言葉。

 華菜と違い、小百合には修一に対する個人的な恨みなどは無いも同然なのだから。

 しかし、返ってきたのは そんな考えから外れたものだった。


「……《あの人》に、アナタを綺麗なまま返したいからよ」


 あの人――それが誰を意味するのかは考えるまでもない。しかし、この言葉を華菜は素直に受け止めることが出来なかった。


「……アイツに手を貸してる私が、綺麗って言えるの?」


 それこそ、最大の裏切りなのではないだろうか。

 耕太を救いたいという自分の望みのために、彼を窮地に追いやった人間の手先になっているのだから。


「あの人なら、アナタの気持ちを理解してくれるわ」


 ハッキリと言い切る小百合。

 しかし、華菜には余りにも都合が良すぎる言葉に思えた。


(結局、私もコイツと変わらないのか……)


 過去の選択から目を逸らす修一。

 寂しさと恐怖を紛らわせている華菜。

 もしかしたら、同族嫌悪に近いのかもしれない。


(はあ……もういいや、何でも……)


 考えることすら疲れてきた。

 ならば、今は何も考えずに指令を果たそう。

 そうしている間だけは、楽になれるから。


「何となく、アンタの気持ちが分かったよ……」


 決して聞こえないように修一へと呟くと、華菜は図書室を後にした。窓から見える空には、美しい月が淡い光を放ち始めていた――

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