高みへ−1
「疲れた…」
体を動かしていないのに汗は音を立ててこぼれ落ちる。
上がる息。
両手を床につけ見えるのは自分の影。
使い物にならないほどに細くなってしまった魔道を使える状態にするためにトレーニングを開始して3日が経つ。
イザナによる低速魔法とイコワによる重量魔法をかけられた中、精神集中を30分。できなければ次のステップへ進めない。キシュは15分維持ができるといったところ。視線を横にやると集中するコロッツィオの姿。
既に魔道が完璧な状態のコロッツィオは魔力増強トレーニングをしている。トレーニングを同時に開始したというのに、コロッツィオは一度も中断していない。
「はいは〜い。キシュさんトレーニング始めてくださいよ〜」
だだっ広い真っ白な部屋に響くマリーの喋り口調に似たイコワの声。姿は見えないものの、別室で2人を見てくれている。マリーに似たまったりした口調のくせに、言うことがかなりキツいしやることもキツい。この過酷なトレーニングもイコワ考案だ。優しく甘いイコワの言葉に従わなければ、雷のお仕置きが待っているのはもう経験済みなので急ぎトレーニングを開始する。
− きっっつぅぅぅぅぅ!!!!!
一方広場ではサマーティー、ジョージ、フウゼツ、グビドが2人ペアになって訓練をしている。サマーティー、フウゼツペアーとジョージ、グビドペアー。性質の違うもの同士でペアーを組み戦い合う。ペアーを守りながら攻撃をする。同じようなタイプだとなかなか決着がつかない。
終わりを告げるベルが鳴り響き、皆手を止める。グビド以外の3人の肩は上へ下へ小刻みに動く。胸ポケットからタバコを取り出し一服するグビドはその様子を静観し、口を開ける。
「…お前ら体の使い方悪いな。」
3人とも何も返答出来なかった。その通りなのだ。この場にいる4人は共にマキナの血が入っている。種族による体力の差が無いのに1番歳をとっているグビド1人だけが平然としているのだ。
「フウゼツ。お前はまずはペアーのことを考えろ。確かにいい筋してるが自己中すぎる。ジョージがそれに合わせて無駄に動かないといけなくなる。」
「は…はい。」
「サマーティー。お前も一緒だ。ペアーが俺じゃなかったら周りに迷惑かけるレベルだ。お前の剣は攻撃力はいいが、モーションがでかいし遅い。もう少しコンパクトになるようにしろ。」
「はい…」
「ジョージは…問題ないがなぁ…そのスタイルでいくならもう少し体力上げる必要がある。もう少し自分の力量を理解しろ。」
「…はい。」
痛いことを突かれ落ち込むも、的確な指示と対策を提示してくれてレベルが上がってくれそうだと思う反面。自分たちがそれにちゃんと答えられるかの不安が大きかった。けれどもそんな不安を抱いている暇など今はないのだ。
「今日の立ち稽古は終いにして、体力増加トレーニングするぞ。明日は個人戦だ。」
「はい!」
体力増加トレーニングはイザナが手伝ってくれる。重力魔法による加圧のなか、それぞれのメニューをこなし1日があっという間に過ぎてゆく。トレーニングの時間がキシュたちと違うためか食事もキシュとコロッツィオとは別だ。
男子3人の食事。いつもはトレーニングに疲れしゃべる気力すらなかったが、今日は違った。
「フウゼツの武器って変わってるよな。」
突然のサマーティーからの質問。驚いて声が吃るフウゼツの姿を見て、苦笑するサマーティーとジョージ。
「ちゃんとした自己紹介してないよな?俺はサマーティーで…」
「ジョージだ。」
差し伸べられた2つの手。フウゼツは恥ずかしそうによろしくお願いしますと言って手を握る。
「鎖鎌はこちらでは出回ってないんですか?」
「見たことはないな…」
「大鎌を武器にする奴は南西にいるみたいだけど、小さな鎌自体を武器にしてるのは聞いたことがないなぁ…」
「そうなんですね…。ラファノの武器は小型の物が多いんですよ。オーランソにいる魔物の種類の違いですかね…」
謎の多いラファノ大陸について知ることができる!とサマーティーが目を輝かせていると、気がついたフウゼツがラファノについて教えてくれた。
ラファノ大陸では主に鳥類系の魔物が多く、オーランソのように大型の陸上系魔物はおらず小型のものが多いらしい。すばしっこい魔物と対峙するには小型武器や遠隔攻撃が可能な武器で、そういうものが発達しているらしい。
弓や銃などの武器もあるが、フウゼツは小型の鎖鎌を愛用しているそうだ。
「チェズ様の魔法とも相性いいんです。」
チェズの名前が出てハッとする。
「フウゼツの中にいるチェズ…って今はどうしてるんだ?」
「今ですか?」
少しの間を置いてフウゼツがはにかむ。
「起きてらっしゃいます。今はかなり喜んでらっしゃいます。」
「…どういうことだ?」
「チェズ様の意識が僕の中にあるだけですよ。チェズ様が体を使いたい時にお渡しするだけです。」
分かったようなわからないような感じの2人の顔を見て、フウゼツが笑う。
「チェズ様が体験してみるか?と言われてますがどうしますか??」
「は?!体験できるのか?」
「ええ。」
驚く2人をよそにフウゼツは首からネックレスを取り出す。エメラルドのようなものがついている。炎の宝珠よりも輝いていて原石と言うよりも宝石だ。
フウゼツはどうぞと言ってサマーティーに手渡す。石が手に触れた瞬間、異変はすぐに起こる。感覚が研ぎ澄まされ、体の隅々まで力が湧き上がるようだった。そしてチェズが頭の中で、体を少し借りていいか?と問いかけられ、あぁと返事をした瞬間。自分とは別の意識が体を使っていた。見ているものは一緒なのに、五感は鈍り気持ちが悪い。知らない自分の声が響く。
大きな声で変わってくれ!と懇願すると、チェズは笑ってわかったと答えてくれた。
その瞬間いつもの状態に戻って、すぐにフウゼツにネックレスを返すと今度はジョージに手渡す。今度はジョージが優しく語り、すぐにフウゼツにネックレスを返した。
「フウゼツはこの状態気持ち悪くないのか?」
サマーティーの質問を不思議そうに聞くフウゼツは、それが当たり前だから気持ち悪いも何もないと返答するが、それが如何に凄いことはサマーティーもジョージも初めて体験して理解できた。
動かしたいのに動かせない。
声を出したいのに出せない。
それなのに意識がある。
止めたいのに止めれない。
それがどれほど苦痛か…。
サマーティーもジョージも顔が曇った。
その後は訓練で見えたお互いの癖だったりを話し合ったりしてみた。フウゼツはほぼ初対面だから、慣れ親しんだ2人が当たり前と思っていた癖を教えてくれりした。逆にフウゼツには独特なクセがあることを伝えたりして、夜は更けていき、お互いの部屋へ戻ってゆくところ、サマーティーがジョージを呼び止めた。
気まずそうなサマーティーの誘いをジョージはいつも通りの冷静な声で受けてくれた。
暗く広い廊下に響く2つの足音。
丁度中庭があったので何気なく足を運んだ。
星だけが広がる空を2人眺める。
「あん時はありがとう。」
答えはなかった。
返事が返ってこないだろうことを理解して、言葉を続ける。
「あんなどーしょうもない状態の俺にちゃんと気持ち言ってくれてありがとう。」
「…お前のためじゃない…」
「わかってる…。けどありがとう」
「…礼を言うのは俺だよ…。結局キシュを助けたのはお前だ…俺は…何もできなかった…」
静かな声は悔しさがにじむ。
「俺はキシュを何があっても守るよ。」
「当たり前だ。」
星から視線を移し初めてジョージを見た。
いつも通りの無表情。
「俺も自分の気持ちに従って動くからな。」
「わかってるよ。」
差し伸べられた拳に拳を当てると、今までにないほど優しいジョージの笑顔が見えた。




