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第七十六話 慌ただしい時間

――ミノス氏、ウシドン牧場にて


「と、とうとう勝負の日が来たべ。ミノリちゃん」

「ミノスっち、頑張るだよ!」

「だどもなぁ……やっぱり行かないとだべだべか」

「だべです」

「おらたちの代わりのもんを行かせ――」

「だべです」

「アルクんがダメになってるわよ」

「僕よりもミノスさんが心配です」

「アルクちゃん、大丈夫だべ。ミノスっちは、おらが鼻に輪っかつけてでも連れていくだよ!」

「……おら、ウシドンじゃねえだよ」



――ソーサ氏、河童族の村にて


「とうとう関節が決まりましたか。骨折待ったなしですな」

「……面接ですよ。関節でも骨折でもありませんから」

「ええ。近接勝負にならないよう注意一生。一緒に一生」

「いや、ですから面接です」

「何度も親切にすいませんな」

「面! 接!」

「あらあら、緊張のあまりいつも以上におかしくなってるわね。明日は、私が責任を持って連れて行きますわ」

「近接戦の中、関節技が決まった! 悶絶する表情が痛々しい!」

「確かに痛々しい」

「……とうちゃん」



 そんなわけで二人に、明日、面接があることを知らせてきた。

 二人とも奥さんのほうがしっかりしているので大丈夫だろう。

 ……たぶん。


 河童族の村を出たところで、ヨヨさんが心配そうに話しかけてくる。


「あの二人、大丈夫かしら」

「大丈夫でしょう。面接には可愛いお嬢様が同席されます。来ないなんてことあるはずがないじゃないですか」

「……アルクんこそ、大丈夫かしら」


 何がです? と聞き返しながら僕は『執事ゲート』を開くのだった。



 ミノスさんとソーサさんの要件が済んだ僕は、シュリーカー族の村に立ち寄った。

 ここに来たのは、フトックの件で僕たちを手伝ってくれたお礼と、そのフトックが逮捕されたことを改めて伝えるためだ。


「すれ違いにならんで良かったの」


 そう話すジュロウさんは、夕方から行われる魔族認定式に出席するため、昼頃までにアルティコ伯爵の屋敷に行く予定だったそうだ。

 どうやら認定式では、シュリーカー族代表として魔王様に謁見するとのこと。そのための儀礼を伯爵に確認するのだそうだ。


 ジュロウさんは頭の傘にある傷をさすりながら言った。


「こういうのは面倒くさいんじゃが」

「まあ、格式張った式典や行事も時と場合によっては必要ですよ」

「アルク殿は相変わらず達観しておるな」


 アルティコ伯爵が魔王さまを急かしたおかげか、シュリーカー族が魔族として認定されることが早々に決まった。これによってシュリーカー族は魔王国法の庇護下に入る。それと同時に義務が発生するわけだが、代わりに公的サービスの利用や権利が守られることになるわけだ。愚かな連中が、シュリーカー族を襲ったとしても、合法的にフルボッコすることができる。もちろん、法が許す範囲で、だ。

 『殺るのなら、まずはやろう、正当防衛』である。


「せっかくじゃから侯爵領へ誘ってくれた件の返事を伝えておこうかの」

「もうよろしいのですか。以前、お話ししたように僕たちが侯爵領に戻ってからお返事いただいてもいいのですが」

「いや、かまわん。侯爵領に新しい可能性を見出し、ぜひとも行きたいという者がこの村の三分の二を超えたのでな」


 三分の二以上が侯爵領に?

 僕が思っていた以上に侯爵領に来てくれることに驚いた。

 もともと肥沃な土地を求めて移動するとは聞いていたが、まさかそれだけの方が来てくれるとは思いもしなかった。もちろんこの村が悪魔に狙われたことを気にした者もいるはずだ。しかし、どういう理由であれ、嬉しい誤算である。


 シュリーカー族は、力が強く、知能も高い。畑を作るノウハウも持っており、キノコ栽培については右に出る者はいない。よりスムーズに作物が育てられること間違いなしだ。


「ただ、向こうで住む家を先に作らねばならん」

「確かにそうですね。そうなると侯爵領に戻ってから迎えに来るのでは遅すぎますね」


 少し悩んでいると、ジュロウさんが首を振る。


「いや、戻ったあとでかまわん。そのときに、家を造る者を先に送らせてもらえば十分じゃ。二度手間になるが、家が完成してから『ゲート』の魔法で残りの者を迎えに来てもらうことはできるかの?」

「執事ゲートですね。もちろん大丈夫ですよ」

「その……執事という言葉はどうしてもいるのかね」

「僕はゲートの魔法は使えませんから」

「何を言ってるのかさっぱりわからんのう」


 執事魔法についてはなかなかご理解いただけなかったが、引っ越しの段取りは順調に決まっていった。


 最初に、家や畑を作るシュリーカーを侯爵領に迎え入れ、ある程度環境が整ったら希望するシュリーカーたちの引っ越しを行う。もともと壁のない彼らの家の建築はそれほど時間もかからないだろう。


 もちろん、この村に住むシュリーカー全てが侯爵領に来るわけではない。

 残りの三分の一のシュリーカーたちは、この森でこれまでどおり暮らしていくそうだが、シュリーたちジュロウさん一家はどうするつもりだろうか。


「ジュロウさんたちは来てくださらないのですか?」

「わしらは息子が帰り次第、そちらに行くつもりじゃ。家を作る作業にはワシも参加するがの」


 族長になるための旅に出ているというシュリーの父親が、そろそろ帰ってくる時期らしい。ジュロウさんを始め、シュリーと母親のシュナさんも侯爵領に来ることが決まっているが、家族が合流してからということになったそうだ。

 シュリーが侯爵領に来てくれれば、お嬢様もお喜びになるだろう。


 残ったシュリーカーらをまとめる新しい村長もすでに決まっているそうだ。

 もともとジュロウさんの下で働いていたシュリーカーなので、すでに引き継ぎ等は滞り無く終わっているとのこと。


「ところで引っ越し先なんですが、どういった場所がご希望です?」

「この森と同じような雰囲気が一番じゃの」

「侯爵邸のあるウスイの街の北側に大きな森があります。あとは侯爵領の西側にあるモフォグ大森林とか」

「侯爵領というのは森が多いのかね?」

「自然が多いのは確かですね」


 魔王国の地理は、ほとんど頭に入っている。

 これもセイバスさんによる執事教育のおかげだ。なぜか獣道や裏道、隠し通路的な何かも教えてもらっているが、使うことはあるのだろうか。


 僕はジュロウさんに説明するため、簡単な地図を紙に書いた。


 侯爵様が治めるミストファング侯爵領は魔王国の北西に位置している。

 山脈、森、海に面しており、豊富な水と肥沃な大地に恵まれている土地だ。もともと侯爵様の一族が自然を愛する家柄ということもあり、手付かずの場所も多い。


 侯爵領の北には、雲をも突き抜ける山々が連なる『ドラゴンフォール山脈』がある。山脈は、西にある人族の国から続いており、侯爵領北部をかすめ、魔王国の最東端まで伸びている。この山脈はドラゴンも超えられないほど、高く、険しいため、並の人族では超えられない。まさに自然の城壁といえるだろう。

 山脈を超えた北の大地には、人族らが帝国と呼ぶ国がある。


 侯爵領の西側いっぱいに広がっているのが『モフォグ大森林』だ。このモフォグ大森林は侯爵領よりも広く、森の北はドラゴンフォール山脈、南は『ダーゴン湾』まで伸びている。森を超えた場所にある人族が治める西の国と侯爵領を大きく隔てるモフォグ大森林は、人族と魔族の国の緩衝地帯とも言えるだろう。

 年中深い霧が発生しており、森の中心部には凶悪な魔物が多く住んでいる。霧や魔物のおかげで、山脈同様、人族の侵入及び通り抜けは事実上不可能だ。


 また侯爵領の南には、西の『モフォグ大森林』と接している『ダーゴン湾』という深い湾がある。この湾には海竜が住んでおり、「海竜に許可を得た」専用の船でないと通ることができない。湾沿いには港町リバシールがあり、侯爵領の物流の重要な拠点となっている。


 東にはアルティコ伯爵が収めるアルティコ伯爵領がある。


 北のドラゴンフォール山脈が屋根となり、西のモフォグ大森林が壁となり、南のダーゴン湾が土台となって、魔王国や侯爵領を人族の侵入から守ってきた。

 魔王と勇者の戦いで魔王さまを退けた人族の勇者も森を抜けることができず、追撃できなかったと言われている。


 そんな勇者すら退ける自然あふれるミストファング侯爵領だが、そこに似つかわしくない街がある。


 それが侯爵のお屋敷がある『城壁の街ウスイ』だ。

 侯爵領でも北西に位置するこの城壁の街は、街と言っても王都に比べれば人口はそれほど多くない。どちらかと言えば牧歌的な雰囲気が漂う、のんびりとした都市だ。『レインウォーター』という名の大きな川が街の中を流れ、街の周辺には広大で肥沃な平原が広がっている。


「城壁の街とは物々しいのう」

「もともと数千年以上前に作られた対人族用の防衛拠点だったそうですよ。モフォグ大森林やドラゴンフォール山脈を抜けてくる人族を警戒して作られたそうです。まあ、誰一人として抜けて来られなかったそうですけど」

「臆病というべきか、せっかちというべきか。おっと、わしらも今日から魔族か。それはそうと新天地は、ウスイから少し離れた北側にある森が良さそうじゃな」

「そうですね。ここならキノコも育ちやすいでしょう。山沿いの森ですが、風通りも良いはずです。シイタケも生えてそうですね」

「今、なんと言った?」

「え? キノコが育ちやすいと」

「いや。そこではない。『シイタケ』と言わんかったか」

「言いましたけど?」

「あるのかね?」

「あるのかねって、ここにも……あれ?」


 そういえば、ジュロウさんたちシュリーカー族からもらったキノコは、マツタケ、黒トリュフ、しめじ、えのき、ひらたけ、まいたけだ。

 シイタケはなかった。


「もしかして、シュリーカー族の家に壁が無いのって……家の中にシイタケの胞子を付着させるためだったとか?」

「一族に伝わる伝説のシイタケ栽培法まで知っているじゃと!」

「……ジュロウさん。この森でシイタケ栽培は難しいと思いますよ?」

「な、な、なんじゃとー!」


 ジュロウさんの驚く声が村中に響き渡った。



 (なぜ、こんなことに……)


 現在、族長であるジュロウさんの家には、村中のシュリーカーが集まっている。当然、入りきらないため、庭もシュリーカーたちでいっぱいだ。子供たちも集められており、村に入った途端、シュリーとシュリーカーの子供たちに捕まっ……遊んでいたヨヨさんとも合流することができた。


 前世では、原木栽培や菌床栽培といった人工栽培が主流だった。

 ジュロウさんたちがやっていたのは、鉈目法なためほうという昔ながらのやり方だ。原木に傷をつけ、シイタケの胞子が付着するのを待つという、ある意味博打のような方法である。

 実際には、原木ではなく加工した家のはりや柱を原木に見立てていたようだ。


 マツタケですら人工栽培しているシュリーカー族に、シイタケが生える場所や栽培方法について講義をお願いされ、僕は急遽きゅうきょ作られた教壇に立っている。

 ちなみにシイタケが育つ大まかな環境は、高温多湿を避け、風通しが良く、直射日光の当たらない場所だ。


「――と、まあこんなところです」


 簡単な説明が終わり、僕は教壇から下りる。

 原木に使う木の種類や栽培の方法などを説明し、なぜこの森での栽培が難しいか話した。もともと魔王国の中心に近い森であることに加え、森の奥深い場所にあるこの村には、シイタケの胞子は飛んできにくい。絶対に無理とは言わないが非常に厳しいはずだ。


 目の前では族長を中心に、シイタケ会議が始まっている。

 まさか、シイタケひとつでここまで話が盛り上がるとは思ってもみなかった。以前、ジュロウさんが言っていた一族の悲願というのは、このシイタケ栽培だそうだ。


 ジュロウさんの息子さん、シュリーの父親に当たる人だが、彼が旅をしているのもシイタケを手に入れるためだという。シュリーカー族の族長となるためには、シイタケを見つけ出し、持って帰ることが絶対条件なのだそうだ。当然、ジュロウさんも過去にシイタケを見つけ出している。そのシイタケで、人工栽培を試みたが成功しなかったそうだ。


「アルク殿。先ほど、例の森にはシイタケがあると言っておったな」

「あくまで可能性ですよ。僕はウスイにある侯爵様のお屋敷からも出たことがないので、あるかないかは憶測です」


 なにせ屋敷を出て、初めて王都の街を歩いたのも最近の話だ。

 お嬢様がご両親以外と屋敷の外にお出かけになられることはないし、普段の買い物はラミさんたちメイドさんの仕事なので街に出る必要がなかった。

 侯爵様御一家に付き従い、これまでも王都と侯爵領を何度か往復しているが、基本的には馬車に乗ったまま、セイバス執事長の『執事ゲート』で移動している。そのため外に出る機会が全くなかった。


「外に出たことがないのに、生えている場所がわかるのかね」

「執事ですから」

「相変わらず納得いかん答えじゃのう」

「そろそろ暑くなる時期ですので、もう生えてないかも」


 確か、原木シイタケの収穫時期は、初春と秋だったはずだ。

 夏のような熱い時期になると、ほとんど生えてこない。


「なんじゃと!」


 僕の一言で、第二回シイタケ会議開催のお知らせである。

 議題は、「シイタケは暑くなる前に採れ」だ。


「……帰りたい」


 ポツリとつぶやいた僕の言葉にヨヨさんが反応する。


「何言ってんのよ。全部、アルクんのせいでしょうに」

「シイタケ至上主義な種族だったとは思いもしませんでしたよ」

「だったらアルクんが探してきてあげればいいじゃない」


 こっそりと耳打ちするヨヨさんに、小声で返事をする。


「悲願だそうなので下手に手を出さないほうがいいですよ」

「それもそうかもね」


 それに族長になるための試験も兼ねているとあっては、余計に手を出しにくい。下手に手を出すと、族長になれとか言われそうである。


「よし、決まったぞ!」


 ヨヨさんと密談していると、議長であるジュロウさんの会議終了の声が聞こえてきた。どうやら会議で決定したことがあるらしい。

 集まったシュリーカーたちが、キラキラした顔でこちらを見ている。


「アルク殿! この村のシュリーカー全員で侯爵領に行くことが決定した!」

「「「きゅっきゅきゅー!」」」

「……はいぃ?」



「ふう、なんとか間に合いそうだ」


 シュリーカー族の村から王都の北門前に帰ってきた僕は空を見上げた。太陽はすでに真上に差しかかっていたが、お嬢様のご昼食の時間には間に合いそうだ。早くお屋敷に戻り、お嬢様のお世話をしないと執事力が低下してしまう。


 しかし、今日は朝から慌ただしかった。

 卵の発見に始まり、ドラゴとの出会いがあり、ミノスさん、ソーサさん、ジュロウさんに会ってきた。移動は『執事ゲート』で、あっという間なのだが、いろいろと濃密な時間だったと思う。


「なるほど。アルクんの意味のわからない執事魔法には、その執事力とやらが関係しているのね。で、執事力ってなーにー?」


 頭の上で座るヨヨさんが口を開いた。

 お嬢様成分が低下しているせいか、無意識のうちに声に出していたようだ。いよいよ悪い影響が出始めたのかもしれない。言っておくが、禁断症状ではない。


「いえ、執事力なんてありません。気持ちの問題です」


 ヨヨさん、髪の毛を思いっきり引っ張るのは、やめてください。

 地味に痛いんですよ、それ。


 僕の髪に八つ当たりするヨヨさんだったが、しばらくすると飽きたのだろう。「まったくもう」とつぶやきながら、僕の頭に座り直した。


「それにしても全員来るとは思わなかったわね」

「まったくです」


 侯爵領にある山沿いの森にシイタケがあるかも、と僕のつぶやきを聞いたシュリーカー族。一部の者は森に残るという話だったが、結局、シイタケを求めて全員で移住することになったのだ。

 シイタケに釣られたと言ってもいいが、シュリーカー族にとってシイタケの栽培は一族の悲願だ。なにせ族長になるためには、シイタケを手に入れる必要があるというのだから驚きである。


 引っ越す手順は変わっていないが、最初に来るシュリーカーたちの数が一気に増えた。家を作るグループとシイタケを探すグループを派遣するらしい。家とシイタケ、どちらが大切なのかは不明だが、少なくても同列扱いしているのは間違いない。彼らにとってシイタケとは、そういう存在なのだろう。


 族長のジュロウさんに至っては、侯爵領でシイタケが見つかり次第、即日引退してシイタケ栽培に生涯を捧げるとか言い出す始末。どれだけシイタケが大事なのだろうか。


「干しシイタケみたいなのにお元気ですよねぇ」

「誰が、干しシイタケじゃ。褒めても何もでんぞ♪」


 隣を見ると、嬉しそうな顔をしているジュロウさんがいた。


 (そういえば本人ジュロウさんも一緒だった)


 干しシイタケは褒め言葉ではないと思うのだが、本人が喜んでいるなら、まあいいか。シイタケに例えたら、なんでも喜んでくれそうな雰囲気全開だ。まあ、確かに干しシイタケは、味も深くなるし、戻したあとのダシも美味しい。特に原木栽培のシイタケは格別だ。


 おっと、話がそれた。


 ジュロウさんが一緒なのは、夕方から開催される魔族認定式に出席するためだ。僕たちが帰るついでに『執事ゲート』で、王都まで送らせてもらった。


「……じいじ、嬉しそう」


 ポツリと喋ったのは、ジュロウさんの孫のシュリー。幼い彼女は、ジュロウさんと手を繋いでいる。彼女は認定式には出ないが、ジュロウさんについてきた。

 お嬢様とヒミカさんに会いたいと、ジュロウさんを孫パワー全開で説得したのだ。まあ、ジュロウさんも可愛い孫娘に、デレデレした顔をしながら即答でOKを出していたので説得もなにもないが。


 そんな二人はキノコ型ではなく高位魔族と変わらぬ姿に変身している。

 シュリーは、白いワンピースに赤い髪のおかっぱ頭。髪の一部に純白のメッシュが入る、いつもの容姿。

 ジュロウさんは、ややくすんだ赤茶色の短髪に、鋭い眼光。額から右目にかけて、縦に大きなキズがあった。キノコ姿のとき傘の一部が欠けていたが、その傷跡によく似ている。着ている服はゆったりとした……道着だ。本人は作業着だと言っているが、どんな作業をするというのだろうか。ジュロウさんの見た目を一言で言えば、目を合わせたら死合が始まりそうな武闘派老拳士である。


 本来であればキノコ姿で構わないのだが、今日はこちら姿のほうが都合いいはずだ。特に王城の階段を登るときは、キノコのままでは足の長さ的に大変だし。


「ジュロウ様、ご無沙汰しております。お待ちしておりました」


 二人を連れ、北門をくぐったところで身なりの良い青年魔族に声をかけられた。胸には森林管理局を示す記章がついている。ジュロウさんも軽く笑みを浮かべながら、うなずき返す。どうやら二人は顔見知りのようだ。


「局長のお屋敷までご案内するよう言われております」

「孫もおるが、構わぬかな」

「もちろんですとも。それとアルク様には、森林管理局からお願いがございます」

「どんなお願い?」

「詳しくは局にいる係の者が説明しますが、フトックがらみですね。局にお立ち寄りくださると助かります」

「いまから?」

「できましたら」


 (……な、なんだと)


 あの脂肪の塊め。せっかく間に合った僕のお嬢様タイムを邪魔するつもりらしい。ろうそくの材料にでもしてやろうか。


「私も伯爵様のお屋敷に行っていいかしら」

「局長のご友人のヨヨ様ですね。もちろんですとも」


 ヨヨさんは僕の頭から、シュリーの頭へと移動する。

 シュリーのおかっぱ頭にダイブして、そのさらさら髪を堪能し始めた。


 (……逃げたな、ヨヨさん)


「アルク殿。送ってくれたこと感謝するぞ。またあとで会おう」

「はい。お気をつけて」

「……行ってくるの」

「アルクん、ばいばーい」


 僕は手を振りながら、笑顔で見送る。

 ヨヨさんの裏切りものー、と心の中で叫んでみるが、すでに彼らの姿はない。ヨヨさんの護衛役もジュロウさんがいるから問題ないだろう。


「はあ、仕方ない。森林管理局に行くか」


 お嬢様のご昼食のお世話ができなくなったことに、思わずため息をつく。


 せめて、おやつを召し上がるお嬢様成分を補給するため、面倒な用事はさっさと済ませることにしよう。

 そう気合を入れ直し、僕は森林管理局へと向かうのだった。



 森林管理局。

 ここでは、王都周辺にある森の警備及び魔王国にある森を管理、保護している。森で罪を犯した者を処罰する権限を持ち、魔王軍に匹敵する実力を持った局員が揃う管理団体である。


 僕は今、その森林管理局内にある、取り調べ室の隣の部屋でお茶を飲んでいる。

 この部屋と取り調べ室の間にある壁の一部は、魔法によって可視化されており、取り調べの様子や声が聴こえるようになっていた。マジックミラーならぬマジックウォールといったところか。


 僕がお願いされたのはフトックの取り調べの立ち会いだ。

 なぜこの僕が取り調べに立ち会う必要があるのか、と担当の局員に理由を聞けば、『特別』捜査員の一人として協力を仰ぎたいとのことだった。

 彼と直接、接触した捜査員として、彼の発言に嘘や齟齬そごがないか確認して欲しいらしい。


 これもアルティコ伯爵からもらった指輪のせいだろう。やはり返しておくべきだったと今更ながらに後悔している。


 隣の取り調べ室では、すでにフトックの取り調べが行われている。


 可視化された壁を見れば、見たくもない脂肪の塊が否応いやおうなく目に入ってくる。取り調べをしている男性局員さんに必死で言い訳をする脂ぎった男の姿など面白くもなんともない。

 この時間、本来であれば僕の目の前に広がるのは可愛いお嬢様だったはずだ。


「何度も言ってるように、私は被害者です」

「貴様が森でやってた行為は犯罪だ。証拠もある。まだ言い訳するのか」

「森での件は違法だと知らずにやっていたこと。それよりも私は、あのガキに騙されたのです」


 彼は、おバカちゃんなのだろうか。

 知らずにやっていても犯罪は犯罪である。

 僕を巻き込もうとして夢中だったのか、自供したことに気がついていないようだ。


 自白が取れたことに、ニヤッと笑った男性局員さんがちらりとこちらに目を向ける。

 もちろん向こうの取り調べ室からはこちらの姿は見えない。

 男性局員さんは、僕が隣にいることを知っているのだ。なにせ僕に協力を要請した元凶……もとい、担当局員さんなのだから。


「彼はアルクくんと言ったか。まだ十歳だそうだぞ?」

「見た目に騙されてはいけません。あやつは悪魔ですぞ」

「十歳に騙されたと言い張るお前は十歳以下か」

「そういうことではありません!」


 (悪魔ねぇ)


 確かに悪魔を使い魔にしているけど、僕は立派な高位魔族だ。

 悪魔のように魂を要求したりしない。


 (証拠を掴んでから契約し、公衆の面前でわざと煽るように契約違反を追求。さらに手に入れた店は、とばっちりが来ないよう組合に押し付け済み。外堀を埋め、じわじわと真綿で首を絞めるその追い込み。我々、悪魔も脱帽です)


 インプが感心したように長々と念話を送ってきたが、ひどい誤解である。

 外堀を埋めようとしたら、彼が勝手に埋まってきただけだ。

 それに僕はもうすぐ侯爵領に戻るため、絞めている時間もない。本当に真綿で絞めるつもりなら、彼を捕まえはしない。


「だそうですけど」


 聞こえてきたフトックの話を聞いて、僕に話しかけてきたのは女性局員さんだ。僕の対面に座り、調書らしきものをとっている。緑がかった髪がきれいな女性で、局員の制服が非常によく似合っていた。


「侮辱罪追加しておきましょう」


 僕の答えに局員さんは、調書に、「侮辱罪」と書き足した。

 調書には、フトック自白済みとすでに書かれており、書き足した侮辱罪の文字の前には『可愛い十歳の男の子に対する』と付け加えられていた。

 局員さんにニーナさんの影が重なったように見えたが気のせいだろう。


 隣の取り調べ室では、フトックの言い訳が続いている。


「あの子が悪魔という証拠はあるのかね」

「あのガキの力は十歳とは思えません。私の身体を片手で持ち上げることなど、子供にできるでしょうか。高位魔族の子だとしても、断じて否です!」


 そう力説した彼のあごの脂肪がたぷたぷと揺れている。


 しかし、異議ありだ。

 僕は、ヒミカさんの魔法で吹っ飛んできた彼を石畳に叩きつけただけである。持ち上げてないし、持ち上げたくない。誰が好き好んで脂肪の塊を持ち上げるだろうか。第一、持ち上げようとしてもその脂で手が滑るに違いない。


 いろいろと力説するフトックだが、彼の罪状は森での違法行為だけではない。そもそも森での違法行為よりも重い罪が残っている。


 それが貴族であるアルティコ伯爵夫妻「たち」への傷害容疑である。


 今回、フトックが行ったファンガスの養殖によって、あるカビが生み出された。そして、そのカビに寄生された動物の死体が動き出した。

 偶然とはいえ、厄介な突然変異種のカビの誕生だ。


 ファンガスの養殖や森での違法行為は先ほど自白しているので、彼の関与は確実だろう。


 その動物と接触したアルティコ伯爵とその夫人が病気になった。

 そして病気になったのはアルティコ伯爵夫妻だけではない。ほかの植物系の貴族たちも同じ病気に冒されていたのだ。

 すでにセイバスさんによって報告書がまとめられ、ファンガスが原因で病気になったと思われる貴族たちへの聞き取りも済んでいる。


 偶然とはいえ、彼が知らずにやったことはバイオテロとも呼べる内容だ。今、その突然変異種のカビは魔王国にある専門部署で解析が行われており、内容によっては、彼は国家反逆罪に問われることになる。


 本人が意識していなくても、今回の件は国の中枢を担う貴族を巻き込んだ大事件なのだ。


 (これ、言ったらどうなるかな)


「そういえば彼、前にもやらかしたことがあったな。あれもきっと知らずにやったことだろうけど」

「まだ、何かやらかしているんですか。アレ」


 アレの行いが招いたこととはいえ、アレ扱いとはなんともアワレである。


「アレが投げた肉の塊が目の前に飛んできたことがありまして」

「あら? それも罪状に追加しておきます? 傷害とかで」

「誰も怪我しなかったから必要ないですよ。あのとき受け止めなかったらヒミカさんに当たっていたでしょうけ――」


 ガタッ。


「――ど?」


 女性局員さんが慌てて出て行った。

 しばらくすると壁の向こう側にある取り調べ室の扉が開いた。取り調べ室に入ってきたのは、今さっきこの部屋を出て行った女性局員さんだ。彼女は、取り調べ中の男性局員に近寄り、なにやら耳打ちする。


「あ゛っ?」

「ひぃっ」


 耳打ちされた男性局員さんの怒気を含んだ声と、女性局員と男性局員に睨まれたフトックの悲鳴が聞こえてくる。局員二人に睨まれている青い顔のフトックは、蛇に睨まれた蛙状態だ。しばらくのち、男性局員は耳打ちした女性局員と二人揃って取り調べ室を出た。

 そして僕のいる部屋の扉が開く。


「アルクさん。先ほどの巫女様の話は、本当ですか!?」


 興奮気味に入ってきた男性局員に聞かれ、僕はうなずいた。

 二人の局員さんに当時の状況を詳しく説明しておく。

 直接、ヒミカさんに聞いてもらえればわかることだし、嘘は言っていない。いざとなれば、ミノスさんも証人となってくれるだろう。


「ヤマさんを呼んでくれ」

「わかりました」


 (ヤマさん?)


 女性局員に、誰かを呼ぶように伝えた男性局員は取り調べ室に戻っていった。ヤマさんとやらを呼ぶよう言われた女性局員さんも慌ててどこかへ行ってしまう。


 (うん。やはりそういう反応になるよね) 


 残された部屋で、僕は一人うなずいた。


 森林管理局は、アルティコ伯爵を局長とした管理組織だ。

 そのアルティコ伯爵の愛娘ヒミカさんは、巫女や上司の娘というだけではなく、森林管理局局員たちから絶対的な人気を誇っている。人気者以上であると言っていい。

 以前、突然変異種のカビに寄生された動物を討伐したときにも感じたことだが、局員らはヒミカさんの『狂信者』である。


 そのヒミカさんに、十キロもあるウシドンの肉が飛んできたことがあった。


 あれは、初めてフトックの店に行ったときだ。

 ミノスさんと知り合い、ウシドンの肉を手に入れた記念すべき日でもある。

 肉の塊を投げてきたのは、取り調べ室で青くなっているフトック本人で、当時の彼は我々に気づいていなかったようだ。

 肉の前にミノスさんが飛んできたことは、言わなくてもいいだろう。


 この話をしたらどうなるのかなぁと、女性局員さんにわざと聞かせたわけだが、思った以上に大ごとになってしまったようだ。

 これからフトックはどうなるのだろうか。

 どうなっちゃうのだろうか。

 不思議なことにニヤケが止まらない。


 取り調べ室に戻った男性局員さんの一挙手一投足を目で追っているが、フトックを睨むだけで何もせず、一言も話そうとしない。睨まれたままのフトックは、何が何やらわからないようで落ち着きがないように見える。


 (あれ? 何も始まらないのか)


 僕の、どうなっちゃうのだろう感だけが霧散していく。


 何もしないのなら、そろそろ帰ってもいいだろうか。

 あくまでも協力しているだけなので、これ以上待たされるようなら帰りたい。今から帰れば、食後のお茶を楽しまれるお嬢様のお姿くらいは拝見できるはずなのだ。


 局員さんに帰っていいか確認するため、僕は立ち上がり、部屋のドアに向かおうとした。

 そのときだ。


 背筋がゾクリとするほどの強烈な殺気がこちらに向かって近づいてくることに気づく。セイバスさんほどではないが、なかなか強烈な殺気である。


「ど~こ~だぁ~」


 この部屋に殺気が近づいてくると同時に、ねっとりとした声が聞こえてきた。


 僕は、扉の向こうから伝わる殺気に身を固くした。

 殺気の持ち主が、僕のいる部屋の前で足を止めたからだ。どうやら何かを確認しているらしい。だが、しばらくすると隣の取り調べ室の方へと向かっていった。

 殺気が離れたことを確認した僕は、緊張を解き、隣の取り調べ室を覗く。


「こ~こ~かぁ」


 地の底から響くような声とともに、取り調べ室の扉がゆっくりと開いていった。

 僕が透明の壁越しに見たのは、大きな中年の男性局員が窮屈そうに取り調べ室に入る姿だった。

 先ほどまでの殺気はいつのまにか消えている。


 その中年局員さんの顔は、魔王軍に匹敵すると言われた森林管理局局員にしては随分と穏やかで柔和だった。自然体にも関わらず、微笑んでいるようにも見える。

 大きな身体、ゆっくりとした動作。落ち着いた態度。おそらく彼がヤマさんだろう。通り名のとおり、雄大で静かな山を思い起こさせる。


「やあ~、待たせたね~」


 のんびりとした声で、待っていた男性局員に声をかけている。声をかけられた局員さんはどことなく緊張した面持ちだ。


 ヤマさんは、その大きな手をフトックの肩に優しく置くと、先ほどとは一転した声で話しかけた。微笑むような顔つきも、一瞬のうちに憤怒の表情に変わっている。額に青筋が浮かぶその姿はまさに悪鬼を払う金剛蔵王権現こんごうざおうこんげんである。


「おう、われぇ。正直に言わんと埋めて森の養分やど? 局長夫妻だけでなくヒミカのお嬢さんに怪我させようとしたんわ、われか?」

「へ?」

いちびるな(調子に乗るな)。とぼけるとはええ度胸やの」


 フトック氏の肩に置かれたヤマさんの手に力が込められる。その指は、徐々にフトックの肩に食い込んでいくように見えた。


「ぎゃ――」


 フトックが悲鳴をあげそうになった瞬間、透明だった壁が元の壁に戻り、取り調べ室の声も完全に消えてしまった。


「いいところだったのに」


 魔力の流れを感じ、ふと出入り口に目をやると、そこには女性局員さんが立ってた。可視化の魔法を解除したらしい。


「取り調べは終わりです。ご協力――「ドゴッ」――感謝致しますわ」

「……隣では何が?」

「ヤマさんがお話し合いをされています」


 お話し合いの最中に、何かを壁に叩きつけるような鈍い音は鳴らないし、微弱な振動はしないと思う。


「お気になさらず。今日の取り調べはこれで終わりです」

「取り調べ『は』、ですか?」

「ご協力感謝いたします。あとはうまくやっておきます」


 そう言って、にこりと笑う女性局員さん。

 取り調べは終わったけど、別の何かが始まっていることは間違いないし、『やっておく』という言葉の意味を考えてしまう。


 殺っておく……ヤっておく……キルっておく。


 (うーむ。いろいろな意味が頭に浮かぶ)


 思っていたより早く終わったのは結構なことだが、ようやく面白くなってきたところだ。もう少し協力してもよかったのだが、結局、部屋から出されてしまった。

 女性局員さんの、「子供は見ないほうがいいわ」という意味不明な理由に首をひねりながら、僕は森林管理局をあとにすることになった。


 のちにアルティコ伯爵からヤマさんの話を聞く機会があった。

 彼は、森林管理局三番目の地位に就く幹部局員だそうだ。植物系の魔族のため、森での探索には参加していなかった。木に咲く花のように穏やかな雰囲気をしているが、武闘派で、森林管理局で一位、二位を争う犯罪検挙率の持ち主だそうだ。

 僕の予想通り、ヤマさんという名前は『山』からとったものだそうだが、その山は活火山、『噴火する山』だった。白の賢者様の熱狂的な信者であり、巫女であるヒミカさんを心より敬愛する局員の一人である。


 (国家反逆罪の前に刑に処されることになりそうだな)


 そんなことを思いつつ、僕は管理局の出入り口へと向かった。

 外に出て、管理局の入り口前に立っている門衛さんたちに軽く会釈をする。彼らは管理局の若手局員だ。


 時間はすでにお昼を過ぎており、お嬢様の食後のお茶にも間に合いそうもない。 これも全部フトックが悪い。


「アルクさん。お疲れ様です」


 管理局を出たところで、声をかけてきたのはヒミカさんだった。

 微笑む彼女は、まさに巫女にふさわしく、万人に愛される雰囲気を醸し出している。


「ヒミカさんの人望によって、またひとつ悪が滅びました」

「……なんの話です?」

「よくここにいることがわかりましたね」

「アルクさんがこちらにいらっしゃると、ジュロウさんからお聞きしまして」


 僕が森林管理局にいることを聞いたヒミカさんは、シュリーとヨヨさんをお嬢様のもとに送ってくれたあと、立ち寄ったそうだ。侯爵家では、お嬢様たちと一緒にお茶を楽しまれたそうだ。なんともうらやましい話である。

 どうやらヒミカさんは僕に用があるらしい。


「どんな御用でしょうか」

「実は、大神官様がアルクさんをお招きしたいと申しております」

「へ?」



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