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第七十五話 出会いは土の香りから

 エルフのニーナさんが住んでいるのは、王都の中にある住宅街。その中でも大通りに面した場所にある賃貸集合住宅だ。

 今、僕とヨヨさんは彼女の部屋の一室にお邪魔している。


 掃除が行き届いた部屋には、いろいろな観葉植物が所狭しと並んでいた。森に住むエルフらしい緑多き部屋だ。その中でも僕のふとももくらいまで育った植物がひときわ目を引く。長さ三十センチほどの太めの幹から、若葉のような緑色をした細長い枝が何本も伸び、その先に手のひらを広げたような葉が生えている特徴的な観葉植物だ。


「大きな観葉植物ですね」

「パキラって言うのよ」

「ああ、これがパキラですか」


 確か前世でも同じ名前の観葉植物があったはずだ。


 そんな植物あふれる部屋の中で自己紹介が始まった。


「私は妖精族のヨヨ。急にお邪魔してごめんなさいね。アルクんから聞いていると思うけど隊商のリーダーをまかされているわ」

「はじめまして。世界を渡る自由の民、妖精族のヨヨ。私はニーナ。グリバルトの民よ。ニーナって呼んで」

「ああ、やっぱりそうなのね。妖精と取引があるところって、今じゃグリバルトくらいだもの。ちょうどよかったわ」


 ヨヨさんはニーナさんの故郷のことを知っているようだ。ニーナさんに会いに来たのも、口ぶりからして彼女の故郷が関係しているに違いない。

 話を聞くと、グリバルトはエルフの集落のひとつだそうで、ニーナさんはそこの出身だと教えてくれた。


「何がちょうどいいんです?」


 やや憮然とした態度でヨヨさんに問う。

 お嬢様と過ごす貴重な時間を割いてまで、ヨヨさんに付き合ったのだ。ぜひとも納得できる説明が欲しい。


「アルクん。ちょっと待っててね」


 むう。

 そう言われては仕方ないので、おとなしく待つことにする。

 何気なしに周りの観葉植物に目をやると、どの観葉植物も元気に育っていることがわかる。ニーナさんの育て方がいいのだろう。


「ねえ、ニーナ。貴方に頼みがあるの」

「なんでしょうか」

「アルクんに紹介状を書いてくれない? 私も用意するから。あの子に会わせたいのよ」

「あー、……なるほど。それで私のところに。私も友人の一人ですから、かまいませんよ。それにしても自由の民である妖精族の貴女がそれほどまでアルクくんを信用されているとは思いませんでした」

「アルクんのことは、いろいろ頼まれているからね」


 あの子? 紹介状?

 うーん。さっぱり意味がわからない。ヨヨさんが僕のことを信用してくれているのは嬉しいが、紹介状というのはどういうことだろう。誰かを紹介してくれるというのであれば、ヨヨさんの紹介だけで十分だと思うのだが。


 ニーナさんは紙とペンを用意するときれいなエルフ文字で手紙を書き始めた。

 どうやら二人の話はこれで終わりのようだ。二人はわかっているようだが、僕にはさっぱりわからない。


「あの、よくわからないのですが」

「あ、ごめんごめん。実はアルクんに紹介したい子がいるんだけど、その子に会うためにはエルフと妖精、二通の紹介状がいるのよ」


 会うために、エルフと妖精の紹介状がいる?

 しかも、準ひきこもりのエルフに加え、真・ひきこもりともいえる妖精の紹介状まで必要だという。


 それに紹介状というのは、紹介する者、今回で言えば僕を信用していないと書くことはできない。ある意味、保証人のようなものだ。当然、その子とやらに紹介される僕も二人に迷惑をかけないよう接することになるだろう。

 もちろんエルフや妖精と運良く出会ったとしても、紹介状を書いてもらえるほどの信用を得られる保証などないし、よほどのことがない限り時間もかかる。


 僕はたまたま運が良かったが、そうまでして紹介状を必要とするのはなぜだろうか。

 もしかしてその子はエルフや妖精以上のひきこもり体質かもしれない。


 (そんな子を紹介してもらってもねぇ)


 まさか、その子のひきこもりを治してほしいとか、そういう話なのか。

 だとしたら僕も甘く見られたものだ。


 不特定多数の者と接することの多い執事だからといって、他者との付き合い方を教えろと言われても困るのだ。確かに、白の賢者様からいただいた知識や技能の中に、そういったカウンセリング技能もあることにはある。だが、僕はお嬢様の食材探しで忙しいし、執事は仕えるご主人様のために存在しているのだ。

 いくら僕とヨヨさんの仲だからといって、僕がうなずくと思ったら大間違いである。そんな甘い考えをしてもらっては困るのだ。


 (ヨヨさんの頭の中は砂糖菓子でできているに違いない)


 僕が怪訝そうな顔をしているのに気づいたのだろう。

 苦笑したヨヨさんが口を開く。


「以前、食べられる花(エディブルフラワー)を商売にしてはどうかと教えてもらったわよね。そのとき、葉や実が食べられる植物を紹介して欲しいって、言ってたのを覚えてる?」

「覚えてますよ。毒がないことが条件ですけど」

「そういった植物を扱っているのが、その子なのよ」


 そういえば、そのときのヨヨさんは、「考えておく」と言っていた。なるほど、ヨヨさんだけでは紹介できなかったからか。僕を信用してくれたエルフの紹介状も必要なら、彼女だけの判断でどうこうできるものではない。


「本当ですか! ぜひ紹介してください! そしてごめんなさい!」

「……なぜ謝るのかしら」とニーナさんがペンを止める。

「どうせ、『また』失礼なことを考えてたのよ」

「そんな顔してますものね」


 あれ? もしかして僕の心の内がヨヨさんやヒミカさんに丸わかりなのは顔に出ていたからなのか。だとしたらこれからは表情にも気をつけることにしよう。


「ねえ、ヨヨさん。あの顔は、表情に出さないようにしようって顔でしょうか」

「アルクんのあの顔は、表情にも気をつけようって顔ね」


 (な、なぜそんな微妙なことまでわかる! しかも気をつけていてもバレてる!)


 彼女らの鋭すぎる指摘に、僕は動揺を隠しながら平静を装う。


「ととと……と、ところでどんな植物を扱っているんです」

「何、動揺してんのよ。そうね。香りの強い植物かな」

「アルクくんならわかるんじゃない。バジル、ローズマリー、セージ――」

「フレグラーンっす!」

「……たまにおかしくなるわよね。アルクくんって」

「そんなことないっす。それって、ハーブですよね!」


 ハーブとは、香りづけや味付けに使われる植物だ。主に葉の部分を使うのだが、その効用は料理だけでなく、虫よけなどにも使われている。なかには薬草として使われているものも多い。


「それはすごい! 味のわからない魔族でも香りはわかりますからね! これも立派な商材になりますよ」


 僕の言葉に二人は顔を見合わせる。


「少しは融通してくれると思うけど……売ってくれるかしら」

「……無理でしょうね」


 ヨヨさんの否定的な言葉にニーナさんも同意している。


「と、いいますと?」


 詳しい話は本人から聞いてね、と前置きしてからヨヨさんが話し始める。

 その子、と呼ばれた方は、大規模にハーブを育てているわけではなく、魔王国の市場に出せるほどではないという。

 ただ、取り扱っているハーブの種類はかなり多いらしい。こんな機会はそうそうないだろう。ならば商売を抜きにしても融通してもらいたいところだ。


「お嬢様や侯爵家の分があれば十分ですよ。魔族との直接取引に難があるならニーナさんやヨヨさん経由でかまいません」

「あら、あっさりしてるのね」とニーナさん。

「無理強いはできませんからね。その方にも事情があるのでしょう」

「……フトックさんのときと全く対応が違うのね」

「ニーナ。アルクんは、お嬢様の敵には容赦しないわよ。私のことも最初はずいぶんと疑っていたから」

「でもフトックさんとお嬢様との接点なんてなかったはずですよ」

「侯爵家は彼の店からいくつか食材を購入してましたから」

「え! たったそれだけ?」

「タッタソレダケトハ、ドウイウコトカ」


 ニーナさんにしてみればたったそれだけのことかもしれないが、お嬢様の離乳食に使っていた食材には、彼の店から仕入れていたミルクなどがあったのだ。

 お嬢様の口に入るものを扱っている店が、食べ物を粗末にしたり、食品偽装を働いたりするなど言語道断。店の掃除を二億年ほどやって、床板を雑巾で剥ぎとってから出直してこいと言いたいくらいだ。

 彼女も可愛らしいお嬢様にお会いすれば、僕の怒りがわかるはずだ。


「嫌な殺気を感じたわ。アルクくんが高位魔族だってことを忘れてた」

「やだなぁ、ボクまだじゅっさい」

「あ、それはもういいから」


 しっしっと手を振るニーナさんもニーナさんだ。その邪険な態度は、高位魔族の僕を怖がってる様子はなかった。僕程度の殺気など、なんてことないという態度である。

 大人の余裕が戻ってきたのだろう。

 おかえりなさい、大人の余裕。


「さて、書けたわ」

「ん、ありがと。ニーナ」


 ニーナさんから手紙を受け取ったヨヨさんは、くるりとその場で回転すると妖精界への扉を開く。そのまま中に入って行くと思いきや、二通の手紙を放り込んだあとその扉を閉じるのだった。


 (あれで届くのか)


「ニーナ。彼女が来るまで待たせてもらっていい?」

「もちろんよ。私もひさしぶりだしね」

「えっ? ここにいらっしゃるのですか」


 彼女ということは女性のようだ。

 しかもこれからここに来るような口ぶりである。どうやらひきこもりではないようだ。

 もしかしたら彼女というのも、妖精族なのだろうか。以前、自然に咲いた花から花蜜を採ると言っていたから、花を管理している妖精がいても不思議ではない。ハーブには、花そのものを利用するものも多いのだ。


「その方も妖精なんですか?」

「来たらわかるわ」

「あ、きたわよ」


 ニーナさんがそう言って指で示したのは、部屋で存在感を示すあのパキラだ。部屋の中で風もないのに、葉がゆらゆらと揺れている。次第にその揺れが大きくなり、太い幹の部分も揺れだした。


 突然、鉢植えからボコっという音がしたかと思うと、パキラの根がズルズルと土の中から出てくる。まるでパキラそのものが植木鉢から出てこようとしているかのようだ。


「「あれ?」」


 ヨヨさんとニーナさんから戸惑ったような声が同時に上がった。


 揺れ動くパキラは、まるで風呂からあがるかのように植木鉢のふちに根を伸ばす。そして、「よっこらしょ」と言いながら自らを引き抜くと、先端が二又になっている太い根の部分を足代わりにして鉢の上に立つ。それは、まるで人のような形をしており、パキラの根ではない。

 人の形をした根は、部屋の床に土をこぼさないよう自分の体に付いた土を丁寧に払うと、「どっこいしょ」と言いながら植木鉢から飛び降りた。


 鉢から降り、直立する姿を見てそれが何か理解する。


 (マンドラゴラ、か)


 全体は茶色く、根の部分を手足のように器用に動かしている。ちゃんと顔までついており、頭からは、先ほどまで鉢に植わっていたパキラが生えていた。マンドラゴラ本体の大きさは、ヨヨさんよりも二回り大きいくらい。ただ、出てきた植木鉢の深さより大きいのは間違いない。頭から生えているパキラ部分を足すと一メートル以上になるだろう。


「ふむぅ、パキラの鉢植えでしたか」


 (声低っ!)


 鉢から出てきたマンドラゴラは頭の上の幹を手で触りながら、野太い声で言った。地の底から出てくるような重低音だ。柔和な笑顔をヨヨさんとニーナさんに向けている。


「おひさしぶりですな。ヨヨ様とニーナ様。お二人は以前からお知り合いで?」


 右手を胸に置きながら二人に一礼するマンドラゴラ。

 その声のあまりの低音さに耳の奥がかゆくなってくる。


「ひさしぶり、ドラゴ。珍しいわね、貴方が来るなんて。ニーナとは今日知り合ったばかりよ。彼女とは長い付き合いになると思うわ」

「おひさしぶりです。今度、ヨヨさんと一緒に働くことになる予定なの」

「それはようございました。して……」


 ドラゴと呼ばれたマンドラゴラは、足らしい根を器用に動かし、頭上に生えているパキラの葉を揺らしながら、僕へと近づいてくる。そして目の前に立つと、手のような根で僕の頬をペチペチと叩きながら、ニーナさんに向かって言った。


「ニーナ様。とうとう念願の少年を飼――」


 あっという間だった。

 いつの間にかニーナさんの手がドラゴの口を塞いでいた。彼はモゴモゴと口を動かしているが何を言っているのかわからない。ニーナさんは、笑っていない笑顔を向けながら、「なんのことかしら。面白い冗談よねぇ」と『言い』、『聞かせる』ように頭から生えているパキラの幹をわしづかみにして持ち上げた。

 エルフハンドのわしづかみは効果的だ。


 でも、そのパキラ。

 ニーナさん本人が育てていたパキラだけど、そんなに力を入れても大丈夫なのだろうか。


「も、もちろん冗談ですとも」


 空中でぶら~んと揺れながら弁解する根っこの声は実に弱々しい。まるで水分が抜け、しなびているようにも見える。


「その方が例の方……ですか?」


 違うだろうなと思いつつ、一応確認しておく。


 紹介されるのは女性だと思っていた。だが、名前や声の低さ、それに話し方を聞く限り、ドラゴは男性に思える。

 しかし、声や話し方だけでは本当の性別はわからない。

 もしかしたら超ハスキーな男勝りな女性かもしれないのだ。

 まあ、マンドラゴラに性別があればの話だが。


 ニーナさんに水をもらったマンドラゴラは不機嫌な顔をしながら、またも手のような根で僕の頬をペチペチと叩き始める。


「マンドラゴラの勇者である私を姫様と見間違えるとは、少年に変身できるとはいえ、頭の悪い魔物ですな」


 ペチペチペチペチ。


 根でペチペチされても全く痛くないのだが、かなりウザい。


 ペチペチペチペチ。


 (それにしても、マンドラゴラの勇者ねぇ)


 そんなマンドラゴラに魔物呼ばわりされたが、動く根っこには言われたくない。


 話しぶりからすると、このマンドラゴラのドラゴは姫とやらに仕える従者のようなものなのだろう。ヨヨさんやニーナさんが待っていたのはその姫様のようで、どうやらドラゴは代理の者らしい。


「はじめまして。僕はアルクと申します」

「ほっ。魔物がしゃべりおったわ」


 (うわぁ、ウザったい)


 ペチペチペチペチ。


 僕が困ったような顔をヨヨさんとニーナさんに向けると、二人とも、「またか」といわんばかりの顔をしている。その顔から察するにどうやらコレの態度は毎度のことのようだ。


「ドラゴ。いい加減にしなさい」とヨヨさん。

「そうよ。アルクくんに失礼です」

「ほっ。何をおっしゃる。こんな下級レベルの魔物の子供など、マンドラゴラの勇者たるドラゴめにかかれば、毛虫のようにぺぺんのぺんです」


 ペチペチペチーン。


 ぺぺんのぺんに合わせて、僕の頬をリズムよくペチペチと叩く。


「アルクんは魔物じゃないわよ」

「アルクくんは高位魔族ですよ」


 二人の言葉を聞いたドラゴの手がピタリと止まる。


「今、なんと?」

「アルクんは高位魔族。ここは魔族の国、魔王国」

「はっはっは。魔族とか魔族の国とか、ご冗談を」


 僕たち三人は、誰一人として彼の言葉を否定しない。

 否定の言葉を待つドラゴの額から、一筋の汗がツツッと流れていった。


「やあ、マンドラゴラの勇者ドラゴさん。『初めまして』。高位魔族のアルクと申します。ところでマンドラゴラはお酒につけるといい薬になるそうですね。ドラゴさんは、ワインとラム、どちらがお好きですか。短いお付き合いになりそうですが、どうぞよろしく。そして、さようなら」

「ギヒィヤァァァァアア」


 さすがはマンドラゴラである。

 僕のお別れの言葉と同時に、部屋中に耳をつんざくような大きな悲鳴が響いた。その悲鳴に手元が狂い、彼を捕まえようとした僕の手が空を切る。僕の挨拶に感動したのか、彼はそのまま仰向けで倒れてしまった。ピクリとも動く気配がない。

 どうやら僕が手を下すまでもなく本当に短い付き合いになってしまったようだ。


「キミの死は無駄にはしない。きれいに洗ってからラム酒に漬けて立派な滋養強壮薬にしてあげるからね」

「生きとるわ!」


 ものすごいスピードで起き上がったドラゴは、瞬時のうちにニーナさんの後ろへと隠れる。僕に向かって、シュッシュッと手(根?)でパンチを繰り出しているのは威嚇しているつもりらしい。


「ドラゴ、アルクんに謝りなさいな」

「貴方、本当に変わらないわね」


 ため息をつくヨヨさんとニーナさんに責められ、渋面を浮かべたドラゴは嫌々といった様子で、隠れていたニーナさんの後ろから出てくる。


「お前のような坊主が、マンドラゴラの勇者たるドラゴ様から言葉をかけてもらえることに心から感謝しろ。我が言葉を一生の宝として受け取るがよい」

「はぁ」

「ふっ。そのちっこい頭で理解できるかわからんが、我が誕生して六年もの長きにわたり蓄積された至極の知識を持って、貴様にもわかりやすく話してやろう」

「六年物か。お酒に漬けたらさぞかしいいエキスが出るだろうね」

「笑止。児戯に等しい脅しなどに我が屈すると思うたか」


 そんな猛々(たけだけ)しい言葉を放つドラゴは、頭を床に擦り付けながら絶賛土下座中だ。


 それも非の打ち所のない見事な土下座である。完璧と言っていい。発言と態度が噛み合っていないが、謝罪として受け取ってもいいだろう。

 それにしても生まれて六年とは。まさかの年下だった。


「見たか小僧。この完璧なる姿勢、角度、そして品位。この美しい姿を目に焼き付け、感動に打ち震えるがいい」

「ヨヨさん、ニーナさん。こいつら一族の住処教えて下さい。ちょっと収穫してきます」

「はっはっは。冗談がうまいものよ。このドラゴ感服した。褒めてつかわそう」


 別に冗談のつもりもないし、冗談の要素など一欠片もない。

 土下座のまま器用に揉み手をするドラゴだが、その姿は感服というよりも屈服である。先ほどのまでの居丈高いたけだかな態度と違い、ずいぶんと腰が低い。


「アルクん。その辺で許してやってよ。それでも悪気があってやっているんじゃないから」

「悪気がないから、タチ悪いけどね」


 紹介状を書いた二人が口をそろえる。


「まあ、許すつもりですけどね」

「坊主は観葉じゃのう。見るだけなら苦しゅうないぞ」

「微妙に言葉の意味が違う気がしますね」

「ほっ。寛容という言葉を知っておったか」

「……あのぅ、コレ。どういう性格なんです?」


 どことなく憎めないドラゴに戸惑いつつ、僕は尋ねた。


 ある者は、マンドラゴラをマンドレイクと呼ぶ。

 古来より魔法や錬金術に使われていた植物系の『魔物』で、主にその人型になった根の部分が薬や儀式に使われる。土から引き抜かれるときに相手を発狂させる悲鳴を上げるのは有名な話だ。はるか昔、人族に乱獲された時代があり、それが原因で種族全体がひねくれてしまったらしい。

 ニーナさん曰く、マンドラゴラはもともと臆病な種族だという。


 (態度はともかく、言ってることは臆病と思えないけどね)


「ところで、ドラゴ。リアはどうしたのよ」

「貴方が来るなんてめずらしいわ」

「姫様に代わって参りましたのは、お二人にお願いがあってのこと。……坊主はそこで正座しながら拝聴しておれ」


 (ソーサさん以上に面倒くさいな)


 お願いがある。

 そう語ったのはドラゴが姫様と呼ぶ、ある女性の話だった。

 訴えるかのように切実に語る彼からは深い悲しみが伝わってくる。


「リアの元気がない?」

「はい、ヨヨ様。ただ、原因はわかっております」


 リア。本名リアルル・ライド。

 ドラゴに姫と呼ばれた彼女は若いドリアード。

 彼女こそ、ヨヨさんたちが紹介しようと思っていたハーブを扱っている方だそうだ。


 ドリアードとはドライアド、ドライアードとも呼ばれる樹木の精霊。

 大きな木を住処としており、植物と植物の間を自由に行き来することができる。これは妖精界経由で旅をする妖精族とよく似ている能力といえるだろう。

 また電話のように、植物経由で相手に自分の言葉を伝え、聞くこともできる。

 なにより有名なのは、植物と会話することができるという能力だ。


 精霊とは、物質や元素などに宿る意識や魂のような存在で、有名なところでは、火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノームあたりの精霊が有名である。


 (セイバスさんの授業で教えてもらったなぁ)


 ドラゴたちの一族は、その昔、人族に捕まりそうになっていたところをリアに助けられたらしい。それ以来、彼女を姫様と慕い、仕えるようになったそうだ。

 リアを姫と呼んでいるが彼女は王族ではない、とニーナさんがこっそり教えてくれた。


 今回、問題となっているのは、そのリアが管理しているハーブ園。

 リアがハーブを育てているのは趣味らしい。もともと草花の香りが好きで、いろいろな植物を集めていた。


「近頃、そのハーブが枯れ始めているのです」


 リアの元気がなくなったのは、そのハーブ園で育てているハーブたちが枯れ始めたのが原因だと、ドラゴは言う。

 ハーブが枯れ始めたことに心を痛めたリアは、原因を調べたものの結局はわからずじまい。病気や虫の影響もなく、原因不明のままだそうだ。何もできなかったリアは、悩みに悩んだ結果、心労のあまり体調を崩してしまったそうだ。


「前にも同じようなことがありました」


 紹介状がいらなかった頃の話です、とドラゴは語り出す。


 もともと趣味でやっていたハーブ園だが、リアの噂を聞いたエルフや妖精など多くの種族が彼女のハーブを求めるようになった。

 ある者は薬として、ある者はその香りに惹かれて。

 理由はそれぞれだが、彼女の元にやってきた者たちは皆、彼女と彼女の育てたハーブが好きだったという。そんな彼女もいろいろな種族との交流を楽しんでいた。


 彼女は、どの種族だろうと関係なくハーブを配っていた。彼女の元を訪れる者たちはハーブのお礼にと、美しい花や香りの良い植物などを彼女に贈ったそうだ。なかにはハーブの世話を手伝っていた者もいたらしい。


 だが、そんな交流も突然打ち切られる。

 あるときを境に、リアはエルフと妖精の紹介状を持つ者にしか会わないようになった。そして許可なくハーブ園に入ることも禁じたのだ。今では彼女が許可したものしか入ることができないよう結界が張られているらしい。


 紹介状がなくても会うことができるのは、昔から付き合いのある友人だけ。妖精族のヨヨさんとグリバルトという集落出身のニーナさんはその友人の一人なのだそうだ。


「姫様は、お優しい方です。当時、会う方を制限なさるときも、悩んで悩んで悩み抜いておられました。そのときもよく寝込まれておりましたな」

「結局、なぜみんなと会わなくなったのか、理由は教えてくれなかったなぁ」とニーナさん。

「ハーブたちが昔みたいに育つようになれば、リアも元気になるかしら」とヨヨさんが腕組みをしながらドラゴに聞く。

「ええ。間違いございません。……ふっ。坊主は黙っておれ」

「……いや、何も言ってませんけど」


 聞いているだけのつもりなので、特に話すことはない。

 ハーブの調子が悪いらしいが、病気や虫が原因ではないという。そうなると、密集させてるか、肥料切れか、暑すぎる気温や高すぎる湿気の可能性が高い。

 しかし、もともとハーブを育ててきた方なら、それくらいは知っているはずだ。何より彼女はドリアード。植物のことなら僕よりも詳しいだろう。


「よーし! そこまで言うなら聞いてやろう。さあ、その空虚な頭を振り絞って考えた案を言ってみよ」


 両手と思われる根を顔の前で擦りあわせ、懇願するような姿勢で僕を見るが、言ってることは雲よりも高い、上から目線である。


「わかったことがあります」

「ほほっ。申してみよ」

「あなた、ツンデレでしょう」


 僕以外の三人が、黙ったまま僕を見ている。

 全く動かないが、何かあったのだろうか。

 そんな静寂の中、真っ先にドラゴが話しかけてきた。


「あー、その何だ。悩みがあるなら我で良ければ相談に乗るが」


 まさかの同情である。

 さっきまでの態度はどこへやら。可哀想な子を見るような目で、野太く低い声で優しく声をかけられた。今までの態度より、こちらの態度のほうが、腹が立つのは気のせいだろうか。


「ツンデレってなーにー?」


 ヨヨさんの質問にほかの二人もうなずいている。

 どうやらこの世界にはツンデレという言葉はないようだ。

 なんともやるせない気持ちのまま、ツンデレの意味を説明することになった。

 しかし、思いのほかドラゴ本人が気に入ってくれたようだ。踊るようにして根っこを振り回しながら喜んでいた。


「これから、我のことをドラゴ・ツンデレと呼ぶがよい。我が名にお主の考えたツンデレという言葉を使ってやったのだ。子々孫々まで栄誉として伝えるがいい」

「はっ。ありがたき幸せにございます。必ずや子々孫々、未来永劫伝えることを誓いましょう」


 この際、ドラゴ改めドラゴ・ツンデレにノッておく。


「……か、勘違いするでない。お、お主のためではないぞ。だが、お主には特別にドラゴと呼ぶことを許してやろう」


 僕の返しに、ドラゴはなぜか茶色の顔をほんのりと赤く染め、手と思われる左右の根っこを絡めつつ、モジモジと身体をひねりながら言った。


 勘違いしないでよね。あんたのためじゃないんだから。でも、私のことは呼び捨てで呼んでもかまわないわ。いい? 特別なんだからね! と意味は同じはずなのに、どうしてここまで印象が違うのだろうか。


 いや、わかっている。わかってはいるんだ。

 低音ボイス。性別は男。雰囲気おっさん。見た目は茶色の根っこのマンドラゴラ。

 ツンデレは、彼のような者にはふさわしくない言葉だと悟った瞬間である。


「で、アルクん。何か思い当たることはない?」

「ドリアードなら、植物と会話してみて、どうして欲しいのか聞けますよね。それに育て方も詳しいだろうし、僕から言えることはないですよ」

「いや、アルクくん。姫様はまだ植物と話すことができん。よってまだ詳しくはないのだ」


 魔物から坊主に、そしていまや「くん付け」の名前で呼ばれるようになった。まるで出世魚のようだ。苗字をつけてやっただけで、この態度の違いはなんだろう。


 それにしても、話せないから詳しくない、とはどういうことだ。

 樹木の精霊であれば、植物のことはそれなりに詳しいはずだ。


「植物の育て方に詳しくない?」

「うむ。姫様のようなドリアードは、植物と話すことができるようになってから、より植物に詳しくなられるのだ。生まれたばかりの精霊は多くを学び、経験して成長するのだよ」

「アルクん。リアは精霊としてもまだ若いのよ」

「もうそろそろ植物と話ができる時期だと思うのですが」


 年齢というものが精霊にあるかは不明だが、ある程度の年月が立たないと、植物とは話せないらしい。ニーナさんの話では、そろそろ植物と話せるようになるそうだが、いつになるかは精霊本人もわからないという。


「確かにまだ言葉を交わすことはできないが、日頃からハーブたちに話しかけておられる」

「それだけでは、ちゃんと育たないと思うわよ」とニーナさん。

「そういうものですか」

「今まで、よくそれで育ってましたね」

「黙れ! 坊主! 姫さまの愛情を受けて育たぬ植物などおらぬわ!」


 この態度の差はなんだろう。

 そして、アルクくんから坊主に降格である。

 出世の道ははかなくも険しい。


 それにしても現状は基本的に放置ということだ。確かにハーブは手がかからない。だが、状況次第では土の状態や周りの環境に気を配ることも必要だ。


 もちろん彼女も水やりくらいはしているだろう。

 ただ、植え替えたり、間引いたりしなかったため、一部のハーブが好き勝手に増え続けている状態らしい。


 恐らくだが、育ちすぎたハーブのせいで、ほかのハーブに陽の光が当たらなくなり、成長が阻害されている可能性がある。植物である以上、陽の光は必要不可欠だ。自然任せにしておけば、生存競争が激しくなるため、弱い植物から枯れていくのも自然の摂理である。そうならないためにも手を入れてやることが必要なのだ。


「なんでそんなことになったんです」

「もともとハーブの種類は多くなかった。ただ次第に増えていったのだ。訪れる者たちがいろいろ持って来おったからな。姫様は、もらった花や香りの良い植物も大切に育てておった」

「それ、増えすぎて世話ができなくなったんじゃ……」

「姫さまはお優しい方なのだ。断れなかったのだろう」


 手に余る事態になったということか。

 これは推測だが、多くの者が彼女のハーブを求めて訪れていた頃は、それが適度な間引きになっていたはずだ。ところが、彼女自身がその交流を打ち切った。彼女の元を訪れる者が減ったことで、結果的にハーブの間引きができなくなった。

 それにハーブの世話を手伝う者がいたという話から察するに、彼女が全ての世話をしていたわけではないと推測できる。もしかしたら、植物の世話が得意な者が当時はいたのかもしれない。

 冷たい言い方だが、ハーブが枯れたのは己が招いた結果、とも言える。


「リアさんに間引きや土の入れ替えを教えればなんとかなるかな」

「坊主、何を馬鹿なことを。そんなこと許されるとでも思っているのか」

「はい?」

「貴様は、姫さまに力仕事をさせるつもりか!」

「やらないと解決しないじゃないですか」

「そこをなんとかする方法を教えよと言うのだ!」

「じゃあ、ドラゴたちがやったら?」


 僕の提案に、ごくりと喉を鳴らしたドラゴは身体を震わせながらつぶやいた。


「お主、天才か」

「……手伝ってなかったんかい」


 それからは話が早かった。


 ドラゴに基本となるハーブの育て方などを一通り教えていく。

 例えば、間引きの方法や植え替えの方法だ。優しい姫様が間引きを止めるかもしれないが、心を鬼にして間引かないとほかのハーブに影響が出ることもしっかりと説明しておく。日光が当たるように注意すること。

 ハーブの種類によって育て方は違うが、これは経験によって見極めるしかない。もしわからないことがあれば、いつでも相談に乗ることを約束しておいた。


 姫様のため、ハーブの知識を必死になって頭に刻み込んでいくドラゴは、見た目以上に優秀だった。僕の説明を理解し、記憶していく。

 ……マンドラゴラを材料にすれば、頭の良くなる薬が作れるかもしれない。


 また、一人では大変だろうと助力を申し出たが、マンドラゴラ一族で十分だと丁重に断られた。一応、手に負えないことがあれば、いつでも手を貸すと伝えておく。


 彼らマンドラゴラ一族がリアを手伝っていなかったのは、彼女が趣味でハーブ園をやっていたことが原因だ。趣味を手伝うというのもおかしな話で、ドラゴたちも意識していなかったらしい。

 逆に気がついたとしても、僕が『執事ジョウロ』でお嬢様のお花に水をあげようとして怒られたように、断られる可能性もあった。


 それにリアに仕えていると言った以上、手伝うことは奉仕となる。リアも仕えられている側――その意識があるかないかは不明だが――として、自分の趣味に巻き込もうとは思わなかったのだろう。


 ドラゴたちが手伝うことを申し入れ、それを彼女がどう受け止めるかはわからない。

 趣味と奉仕。その行動の基となる意味は全く違うのだから。


 仕える側の心得として、主従関係をないがしろにしてはいけない。

 その上で、同じ目的や志を持つ仲間、同士としてお互いが納得できれば、今以上の関係を築くことができるだろう。


「ア、アルクんが、仕える側の心得を語ってるわ」

「ま、まるで、執事みたいです」

「……執事ですけど」


 たまに真面目な話をすると、なぜか執事であることを疑われる。

 知り合って日の浅いニーナさんはともかく、侯爵家で執事として働く僕を見ているはずのヨヨさんは、いったい今まで何を見ていたのだろうか。


 お嬢様のために食事を作り、ヨヨさんに飴を作り、食材を探し、伯爵の病気の原因を究明し、食材を探し、お店を手に入れ、隊商を設立し、食材を探し……あれ?


 最近、ほとんど食事と食材探ししか……い、いや、だ、大丈夫。

 これも執事たる者の勤めである。

 全てはお嬢様のため。

 そう、お嬢様のお役に立ってこそ執事なのだ。

 何も問題はない。


「あとは、畑に肥料を混ぜたほうがいいでしょうね」


 一部のハーブが増えすぎて土が痩せている可能性があったため、肥料を足しておいたほうがいいだろうと提案する。

 決して何かを誤魔化すために話をそらしたわけではない。


「これは侯爵領の畑で使おうと思っていたんだけど」


 そう言って僕が取り出したのは、アルティコ伯爵家の池にまっていた土だ。この土にはカビやキノコの菌糸がないことは確認済み。ブロック状に固め、ある程度乾燥させてある。養分たっぷりの土なので、肥料として十分使えるはずだ。


「おぉ、なんとこれは……。芳醇ほうじゅんな香りといい、色艶といい、極上物ではないか」

「ほ、芳醇な香り? ただの土の匂いだけど」


 ニーナさんの言葉にヨヨさんもうなずいている。


「何をおっしゃいますかニーナ様、ヨヨ様。アルク殿が持っているこの土、植物はおろか我々にとっても最高級品ですぞ」


 出世おめでとう、僕。とうとう『殿』までついた。


 ドラゴは土ブロックへ近寄ると、若干震えるような声で言った。


「アルク殿。少し味見をしてもよいかな」

「あ、味見!? ど、どうぞ?」


 土ブロックを愛おしそうに撫でるドラゴの姿に、断ったら暴れ出しそうな気がした僕は、若干引きながらも了承する。


 手であろう根の部分を土へと差し込んだドラゴは、うっとりとした表情だ。


「これは……素晴らしい。根にねっとりと絡みつく感覚とまったりとした()触り。それでいて、あっさりとした刺しごたえ。毛根をくすぐる香りと身体いっぱいに行き渡る奥深い栄養。これならハーブも元気に育つことでしょう」

「お、おう」


 種族が変われば食事も変わると思っていたが、さすがに土は食べたくない。だが、ドラゴに言わせれば立派な食事(?)なのだそうだ。


 肥料として使うなら10ブロックもあれば十分ということなので、ヨヨさんに頼んで妖精界経由で送ってもらった。ドラゴに渡した分を差し引いても侯爵領の畑に使う量は十分に残っている。植物系の魔物からもお墨付きをもらった土は、畑でも役に立ってくれるだろう。


「お礼といってはなんですが、アルク様にはこれをさしあげましょう」


 とうとう『様』レベルまで出世することができたようだ。

 そう言って自分が出てきたパキラの鉢から、球根のようなものをいくつか取り出した。その中でも一際大きいものがある。


「これって、レンコン?」

「詳しいですな。よろしければもっと差し上げましょう」


 そう言ってパキラの鉢から何十本ものレンコンを取り出した。どういう手品なのだろうか。鉢の深さとレンコンの長さが合っていない。そもそもその鉢はニーナさんのものだ。マンドラゴラ一族の秘伝ということで詳しくは教えてもらえなかったが、『執事ボックス』のようなものだろう。植木鉢ボックスとでも呼ぶべきか。


「ほかの球根はスイレンのものです。先ほどの土からスイレンの香りがしましたからな。もとはその池に咲いておったのでしょう」

「よくわかるね。ドラゴって土のソムリエみたいだ」

「むむ。アルク様、ソムリエとは?」


 どうやら、また余計なことを言ってしまったようだ。

 ソムリエの意味を聞いて、興奮したドラゴは、今日からドラゴ・ツンデレ・ソムリエになってしまった。


「土のこともわからないですって? 農業を舐めてるのかしら。で、でもアンタがどうしてもって言うのなら教えてあげてもいいわよ」


 ドラゴがこんなことを言い始めたら、僕が責任を持って彼を酒に漬けることにしよう。これも余計なことを教えた僕が悪いのだ。


 それにしてもレンコンとは素晴らしい食材が手に入った。レンコンは離乳食後期に入ったお嬢様の食事にも十分使える。そのままでも、加工しても美味しい食材なのだ。薄く切ってレンコンチップにすれば、立派なお菓子にもなる。


「球根ありがとう。これは池の持ち主にあげてもいいかい?」

「もちろんですとも。大切に育てられておられたようですからな。またきれいな花を咲かせてやってください」

「ヒミカちゃんへのプレゼントね」

「え? アルクくんって巫女様とそういう関係なの」

「ほっ。アルク様も隅に置けませんな」


 意味不明な詮索はともかく、アルティコ伯爵の池にはスイレンが咲いていたとヒミカさんが言っていた。例のファンガスの一件で、球根も台無しになっていたからちょうどいいだろう。ヒミカさんも喜ぶに違いない。


「ハーブについては、ドラゴの姫様が元気になってから改めて挨拶させてもらうよ」

「わかりました。紹介状は預かっておりますので、姫様が回復され次第、こちらから連絡いたしましょう。今回の御礼はまたいずれ」


 ドラゴはそう言うと、パキラの鉢へと潜っていく。


「ヨヨ様、ニーナ様、そしてアルク様。またハーブ園でお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ」

「ドラゴもハーブ園の世話頑張るのよ」


 ヨヨさんの応援に手を振るドラゴは、パキラの鉢へと戻っていった。ドラゴが帰っていったあとのパキラの鉢は元通りになっている。


 いや、少し成長しているようだ。

 僕のふとももくらいまでだったパキラは、腰のあたりまで大きくなっていた。鉢から出入りすることといい、パキラが成長していることといい、なんとも不思議な体験だった。なによりドラゴの言動が一番不思議だったが。


「二人ともありがとうございます。食材も手に入りましたし、リアという方ともハーブの交渉ができそうです」

「魔王国との取引が決まったお礼よ」

「私は何もしてないわよ」

「紹介状書いてくれたじゃないですか、ニーナさん。あ、侯爵様との面接ですが、明日は大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。バッチリ準備してあるわ」

「それはよかった」


 あとは、ミノスさんとソーサさんに面接の日程を連絡すれば、お屋敷に戻れる。ここ数日、お昼をご一緒していないので、お昼のお嬢様成分が不足がちだ。


「じゃあ、ヨヨさん、ニーナさん。僕はミノスさんとソーサさんのところに行ってきます。ヨヨさんはどうしますか?」

「アルクんと一緒に行くわよ」

「私は引っ越しの準備かな」

「合格できるといいですね」


 その言葉にニーナさんがピタリと止まる。

 ごくりと息を飲んで僕を見る。


「もし合格できなかったらどうなるのかしら」

「もちろん隊商で雇いますよ。でも条件クリアにならないのでお店の話等はなかったことに」

「き、気合入れて頑張るわ」

「まあ、ニーナさんなら大丈夫ですよ。不合格になるとすれば、お嬢様に嫌われたときくらいでしょう」

「このときのニーナは、自分がお嬢様に嫌われることなど、微塵も想像していなかった」

「ちょ、ちょっと! ヨヨさん! やめてくださいよ」


 ニシシッ、と笑うヨヨさんは、いたずらが成功した子供のような笑顔だ。ニーナさんの大人の余裕は……ちょっとそこまでお散歩中らしい。


 動揺するニーナさんに、改めて紹介状のお礼を伝えた僕は、ヨヨさんと共に北門へと向かった。門周辺は相変わらず賑やかだ。人々の喧騒を抜け、門を出る。空は青空が広がり、心地良い風が髪を撫でる。


 深呼吸したあと、ミノスさんとソーサさんに会うため、僕は『執事ゲート』を開いた。



修正前)長さ三十センチほどの太めの幹から、何本もの茎が伸び

修正後)長さ三十センチほどの太めの幹から、若葉のような緑色をした細長い枝が何本も伸び


くま軍曹様よりご指摘いただいた箇所を修正致しました。

くま軍曹様ありがとうございます。

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