第七十二話 河童の決意
ミノスさんの牧場をあとにした僕たちは、ソーサさんに会うため、川沿いにある森の小道を上流に向かって歩いている。木々の隙間からこぼれる陽の光が、小道をキャンバスに様々な文様を描いていた。彼の住む村はこの川の上流にあるらしく、そろそろ村が見えてくる頃だ。
ソーサさんは、ウシドンパーティーをやっていたときに知り合った河童族の男性だ。絵に描いたような河童の彼から、おわびの品として水引で結ばれたキュウリをもらった。彼は、キュウリのことを河童族が誇る野菜のひとつと言っていたことから、ほかにも毒のない野菜を村の畑で育てているのでは、と期待している。
ただ彼の畑もフトック食肉協会が引き起こしたファンガス養殖によって、白いキノコが大量発生したと聞いている。ソーサさんの畑に生えた白いキノコもファンガスの幼体である可能性がある。念の為、命の水を持ってきているが、畑の状況が気になるところだ。
「本当、素晴らしいお肉だったわね」
「確かに素晴らしいお肉でした。ほとんど食べてませんけど」
川を流れる水音が耳に心地よく、食後の散歩にもちょうどよい。
僕の隣を歩くニーナさんの足取りも軽く、鼻歌交じりに景色を楽しんでいるようだ。
それにしてもミノスさんのところで見せた彼女の食欲はすさまじいものがあった。決して食べ方が下品というわけではなく、むしろ上品で上流階級の食事会に招いても恥ずかしくないレベルだ。それにも関わらず彼女が食べた量は驚愕の一言である。肉だけで四キロ以上を平らげ、それに加えてパンまで口にしている。あれだけ食べても体型は変わっていないようだし、食べたものはどこに入ったのだろうか。
エルフストマック、恐るべしである。
だがしかし、食べる量よりも驚いたことがある。
エルフが食べる食事は激辛料理が基本なのだ。ミノスさんの牧場では、彼女が使った激辛ソースのせいで大変な目にあった。文字通り、眼球的な意味で。
「そういえば、あの激辛ソースってなんて名前なんです?」
「みんなモルスソースと呼んでいるわ。地方によってはウータソースと言ってる場所もあるみたいね。各家庭で味と刺激が違うのよ。でもやっぱり家庭の味が一番ね」
「へぇー」
「いつかモルスソースに包まれて眠りたいわ」
「死んじゃいますよ!」
「幸せ過ぎて死んじゃうかもね」とニッコリ笑う彼女。
だめだ。エルフに激辛はご褒美だ。
死のソースに包まれたいとか、なんの拷問だろう。想像しただけで体中の粘膜が爛れそうだ。
「それにしてもトウガラシ以外に何が入っているんですか」
「さっきも言ったけど家によって味が違うのよ。でも基本的にはトウガラシ……ねえ、魔族のアルクくんに材料の名前を言ってわかるの?」
「執事ですから」
「執事って食材大辞典のことじゃないんだけど。まあ、いいわ。ほかには、カラシ、ワサビ、サンショウ、ショウガ、ニンニクが基本。あとはお酒と油かな。トウガラシの種類や材料それぞれの分量は各家庭によって違うし、隠し味にいろいろ入れているわね」
ふむ。白の賢者様が話していたとおり、本当にそのままの名前だ。僕と同じ国から来た人が食材の名前を付けたと聞いていたけど、なんのひねりもないようだ。わかりやすくて助かるけど。
「ほとんど薬味じゃないですか」
「あら、本当に食材の名前をわかっているのね。それに使い方まで」
「執事ですから」
「食材の名前を知らなくても執事になれると思うけど?」
「執事たるもの、食材の名前くらいわからなくてどうするのですか」
「それも執事長の言葉?」
「違います。執事長は普通の魔族ですし」
残念ながらセイバスさんは食材の名前を知らなかった。なんでも完璧にこなす執事長だが、魔族であることに変わりはない。それに料理長のレイゴストさんですらほとんどの食材の名前を知らなかったのだ。食材店の店員も自分の店で扱っている食材の名前は把握していたが、ウシドンなどの食材は聞いたことがないと言っていた。
「そういえばエルフって、主食とか普段食べてるものは何なんです?」
彼女に、聞こう聞こうと思っているうちにとんでもないことが起こったので聞きそびれていた。まあ、あのソースが主食と言われても不思議ではない。
「基本なんでも食べるけど、主に小麦粉を使ったパンや麺ね。あと豆も良く食べるわ」
「ポッ! ポッ! ポゥッ!」
「ポゥ?」
「まーめー! 豆キター! アレですか! よく物語に出てくるエルフ豆ですか! エルフ豆ですよね! エルフ豆と言ってください」
「アルクくん、ポーピーみたいね。大丈夫?」
余談だが、このポーピー。ハトのような鳥である。
大きさもハト程度で、手のひらにエサを乗せて差し出すと、首を前後に振りながらホイホイ近寄ってくるため、子供でも簡単に捕まえることができる。少々、頭の弱い鳥で警戒心を殻の中に置き忘れたと言われているらしい。鳴き声は、ハトそのものだ。
しかし、このポーピー。寄生虫が多いらしく残念ながら食べるのには向いていない。エルフの国では、豆を食べる害鳥として駆除の対象になっているそうだ。「おまえポーピーみたいだな」というのは、エルフの国では、おバカちゃんや警戒心のない者を意味する言葉だとニーナさんが教えてくれた。……って、おい。
「誰がおバカちゃんですか。新しい食材に少しはしゃいだだけなのに」
「ポーピーは食べないわよ」
「そっちじゃないです。豆ですよ、豆。エルフ豆!」
「そもそもエルフ豆なんてないわよ」
「なん……だと」
ニーナさんによるとエルフの国では、パンのほかパスタやうどんのような麺類を主食として食べているそうだ。味付けに関しては、あえて言う必要もないだろうが、パスタのソースも、うどんの汁も、エルフが大好きなアレである。
また作られている豆は、大豆、ヒヨコ豆、ソラマメ、インゲン、ラッカセイ、アズキなどなど。特に加工しているわけではなく、主に麺と一緒に入れたり、激辛スープの具材であったり、トウガラシと一緒に炒ったりして食べているとのこと。
ほかにも、肉、魚、野菜、果物とエルフはなんでも食べる。個人の好き嫌いや体に害のあるもの以外は食べるのだ。もちろんポーピーのような例外はあるが、食生活という意味では前世の人族と近いように思われる。
ただし、味付けは致命的だ。
「故郷から持ってきた豆も食べちゃったし、魔王国に来てからずっと食べてないから豆料理が食べたくなったわ。アルクくんの知り合いの妖精さんに頼めないかしら」
「あ、そういえばニーナさんの故郷って、妖精と取引してると言ってましたよね」
「ええ。言ったわよ」
「何を取引してたんですか」
「何って、砂糖と花蜜以外、妖精が何を売るって言うのよ」
ん? 脳みそまでトウガラシ化していそうな激辛嗜好のエルフが、砂糖や花蜜を何に使うというのだろう。もしかして罰ゲームとか、子供のしつけに使うのだろうか。激辛じゃないと精神に異常をきたすというくらいだから可能性として考えられる。犯罪者を砂糖漬けにして罪を償わせるくらいのことはやってそうだ。
「脳みそまでトウガラシとか、犯罪者を砂糖漬けとかなんてこと考えてないでしょうね」
「や、やだなぁ。そんなこと考えてませんよ」
「まあ、いいわ。砂糖を入れるとモルスソースに深みが出るのよ。入れる家庭もあれば入れない家庭もあるわ。花蜜も同じ理由ね」
(ソースに深み、ねぇ)
このことからも激辛種族が味を理解していることがわかる。味を理解しているのになぜ魔族ですら昏倒する激辛料理が発達したのだろうか。
(ん? そういえば)
「コンペイトウのことを褒めてくれましたけど、食べても大丈夫だったんですか」
「もちろんよ。デザートとして素晴らしかったわ。カリカリとした食感と辛さのハーモニーは最高ね」
「……あー、やっぱりそう食べるんですね」
味を理解しているエルフだが、やはり激辛ソースは欠かせないらしい。甘いものも食べられないわけじゃないが、激辛ソースをかけないと無理らしい。かき氷的な感覚に近いのだろうか。妖精の激甘嗜好にしろ、エルフの激辛嗜好にしろ、理解し難い嗜好なのは間違いない。
「そういえば、ソーサさんってどんな方なの」
「面倒くさい方です」
「はい?」
「面倒くさい方です」
「どんなふうに?」
「ニ、ニーナさん! その言い方はまずいです」
「え?」
「おやおや、これはアルクの旦那。今日は何しにこちらまで? これはこちらであれはあちら、それはそちらでどちらはどこへ?」
ほら、やっぱり来ちゃったよ。
『あとで行く。俺を残して先に行け』や『俺、帰ったら結婚するんだ』と同じである。『どんな人?』と聞けば、『こんな人』が登場するというお約束なのだ。
「こんな偶然あるのですな。ぐうの音も全然出ない偶然同然」
「あー、なるほど。よくわかったわ」
上流からキュウリをかじりながら仰向けで流れてきたソーサさんが、開口一番、疲労感が増すような口調で話しかけてきた。それにしても見事な『河童の川流れ』である。別に失敗したわけではないのだが、泳ぎが得意という河童族らしい登場であった。
「ソーサさんの村へ行く途中だったんですよ」
「ほほ! それは何より。よりどりみどり。ぜひ河童族が誇る野菜の数々をお見せしたいですな……と、言っていたのも今は昔。今より昔」
「何かあったんですか」
「あれから野菜の生育が日増しに悪くなっております。(パキッ)このままではすべての野菜が枯れてしまうでしょう。(ボリボリ)」
急に真面目な口調になられても調子が狂うが、それだけ切羽詰まった状況なのだろう。彼の目は真剣そのものだ。右手に持ったキュウリをかじりながらでなければ完璧だった。
「例の白いキノコですね。ちょうどその件についてもお話があるんですよ」
「何かご存知なんですか!」
まあ、あれだ。
彼の真面目口調は違和感しかないが、もしかしたら、語尾に『じゃろ』や『じゃけん』がつく河童語独特の口調や真面目な口調こそがソーサさん本来の口調なのかもしれない。ただ最初に会ったときのインパクトが強すぎたのは否めない。
「村まで案内いたしましょう。道を案内、どう案内。村までだから村案内」
面倒臭い口調に戻ったソーサさんが村まで案内してくることになった。結局どちらの口調でも疲れることに気が付いた僕は、彼の面倒臭い話を聞きながらあとをついていくのだった。
――ソーサさんの村
「あんじょううまくいきましたな、アルクの旦那! さすがでんがな旦那まんがな」
「河童語、どこ行った」
ソーサさんの村は、森に囲まれた小さな村だ。小さい村だが、ソーサさんらはここで長い間暮らしてきたそうだ。結婚を期に故郷を出て、出会った仲間とともにこの村を作り、畑を作った。ここが我々の故郷だと彼は胸を張る。
この村に住む河童族は三十人ほどで、それぞれが農業を営んでいる。村の中央を流れる川の両岸に簡素な家が建てられており、畑は家を囲むように広がっている。周りの森を少しずつ切り開いて、畑を広げていったらしく、村全体はドーナツのような形状になっていた。ドーナツの穴が家屋、ドーナツが畑、ドーナツの外側が森、そしてドーナツを縦に割った部分が川だと思えば、わかりやすいだろう。
ニーナさんに村の形状を説明したら、ドーナツのほうに食いついてしまい、後日、作るよう約束させられた。牛乳とバターが手に入ったことで、前回、お嬢様に食べていただいたドーナツよりも格段に美味しいドーナツが作れるはずだ。ニーナさんの分は、お嬢様に作ってさしあげたついでに用意すればいいか。
村の畑に生えていた白いキノコの退治はあっという間に終わり、僕たちはソーサさんの家にお邪魔している。
被害に遭っていたのは村にある畑のおよそ半分で、川に近い畑ほど被害は大きかった。この村にもファンガスの幼体がいたが、すべて退治している。命の水をかけられたファンガスの叫び声に、河童族の子供が驚いて泣き出すという思いがけない出来事があったものの、ひとまずこれ以上、被害が広がることはないだろう。
ただ全てが順調というわけではなかった。
「このままですと来年の収穫に間に合いませんな。来ない来年、穫れない収穫」
「土にまで影響があるとは思いませんでしたね」
ソーサさんが白湯を飲みながら、「ハァ」とため息をついた。
僕は出された白湯を飲みながら畑の現状を思い返す。
白いキノコやファンガスのせいで、枯れてしまった畑の野菜を見ているとき、土の中にも菌糸が潜り込んでいることがわかった。このままでは畑として使えないどころか、しばらくするとまた白いキノコが生えてくる可能性がある。
もちろん命の水で対処できるのだが、さすがに畑全体に撒くほどの量はない。そうなると畑を焼くか、土を入れ替えるのが一番なのだが、その労力は大変なものになるだろう。子供を合わせて三十人程度の村ではきつい作業になる。
なにせ新しい畑を作るにしても、先に今の畑の土を入れ替えてからじゃないと白いキノコが広がってしまう可能性が高い。新しく畑をすぐにでも作らないと来年食べるものがなくなってしまう。それには木々を切り倒し、一から開墾しなくてはならない。
「これは万事休す。万にやる事が多すぎて休みないっす」
段々、語尾がデキトーになってきた。
そこにソーサさんを呼ぶ子供の声が聞こえてくる。
「とーちゃん!」
「とーさま」
「おとー」
彼、彼女たちは上からカタロー、キリ、ウリンの三兄妹。10歳、6歳、5歳で三人ともソーサさんの子供だ。一番上のカタローだけが男で、キリ、ウリンの二人は女の子だ。三人とも水着である。ソーサさんもそうだったが河童族は水着が普段着のようだ。
「おかえり。ちゃんとお母さんの手伝いはできたかい」
「「「できたー」」」
三人は仲良く返事をするとソーサさんに抱きつきながら、珍しそうな顔で僕やニーナさんを見る。妹二人は好奇心の目で見てくるが、カタローくんはやや挑戦的な目で僕を見ている。
(うんうん、可愛いもんだ)
「そうだ。おまえたち。このアルクの旦那が絶交飴をくれた方だよ」
「初めまして、アルクと申します。べっこう飴ですよ、ソーサさん」
出会う前から絶交してどうなるのだろうか。
「あと旦那って付けるの、やめません? それにしてもやっぱり普通に話せるんですね」
「主人の癖みたいなものなんですよ。人前だと緊張しておかしな言葉遣いになるんです。ほんと不器用で面倒な人なんだから」
「あの話し方、緊張が原因なの!」
そういって子供たちのあとから家に入ってきたのは、きれいな顔立ちをしたビキニ姿の女性。彼女はソーサさんの奥さんで、名前はサラさん。不思議なことに河童族の女性は高位魔族の女性と何ら変わりなく全員が美人だった。もちろん二人の娘も愛くるしい顔をしている。河童族の女性にも甲羅はあるが、頭の上の皿は髪の毛で隠れていた。全員並んでみるとよくわかるが、河童族の子供は大人と違って鳥の雛のようなあどけなさが残っている。……カタローくんはお父さんによく似ている。
(そういえばミノスさんの奥さんの顔も牛じゃなかったな)
それにしてもソーサさんの面倒くさい話し方の原因が、緊張のせいだとは思いもよらなかった。ニーナさんも驚いていたが、緊張しているような雰囲気は一切なかったからだ。真面目な口調こそがソーサさん本来の話し方であることはわかったが、面倒くさいことに変わりはない。
ソーサさんの隣に座った奥さんを見ながら、ソーサさんが照れたように水かきのある手で額を掻いている。
「「ありがとー、お兄ちゃん」」
キリ、ウリン二人からお礼の言葉がかけられる。二人とも満面の笑顔だが、べっこう飴の味をわかっているのだろうか。
「固いメロンみたいで楽しかったー」
「ガリガリメロンだったー」
うん、まあ歯ごたえも十分楽しいよね。本当は舐めるものだけど。……え? メロン?
二人の口から出た食材の名前に驚いた。
「メロンがあるの?」
「あるよー」
「あるのー」
そういえば畑にいるときにそれらしい苗があったような気がしたが、白いキノコの退治に夢中でじっくりと見ていなかった。
「ソーサさん。キュウリ以外にも育てているんでしたよね。メロンもそのうちのひとつですか?」
「キュウリやメロン以外にも、ウリ、スイカ、かぼちゃ、ズッキーニ、ユウガオなどを育てていますな。どれも自慢の野菜ですな。そうだ。畑を救ってくれたお礼に野菜を差し上げますな」
「ちょーっと待った! とうちゃん!」
そこにカタローくんから待ったの声がかかる。さっきから僕のことを睨むような目で見ていたが何やら言いたいことがあるらしい。
「とうちゃん! なんなん! さっきから目上のものと話すようにアルクと話しちょるが、こんなぁが何をしたん」
「カタロー。アルクの旦那は村の畑を救ってくれた恩人だぞ」
「アルク。畑を救ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
姿勢を正し、頭を下げるカタローくん。なんて素直でいい子なのだろうか。両親の教育のおかげに違いない。
「お礼は言った! だが俺はアルクを認めない!」
「カタロー! いい加減にしないか。礼節を忘れるなと前から……アルクの旦那すいませんな」
「いえいえ。十歳の男の子にはよくあることですよ」
「……アルクの旦那も十歳でしたな」
「そうでしたかな」
「とうちゃんの真似するな! アルク! 俺と勝負だ!」
「あらあら、どうしましょうね。あなた」
やれやれ。自分の親が、自分と同い年の僕に丁寧な対応をしているのが気に入らないのか、それともただ単に同世代だからこそライバル心に目覚めたのか。なんにせよ、微笑ましいものである。
奥さんはソーサさんと息子を見ながら笑っているし、ニーナさんは面白がっている。ただソーサさんだけが青い顔だ。確かに初めて出会ったときのことを考えれば無理もない。あのとき、たまたま手が滑って力の加減ができず、小石ひとつで川の水を氾濫させてしまった。うん、あれは偶然だ。わざとじゃない。
「アルクの旦那。わかっておられると思いますが、あくまで子供の言うことです。どうか本気になられませんよう」
「ぼく、じゅっさい」
「……旦那ぁ」
ソーサさんが不安そうにしているが、子供相手に本気になるわけがないじゃないか。いくらなんでもそこまで落ちぶれていない。
「アルクくん、ソーサさんの言うとおりよ。相手は子供。本気になったらダメよ」
「僕も子供――」
「子供は隊商を立ち上げたり、エルフを雇ったり、牧場主を勧誘したり、悪徳商人を言い負かしたりしないわ」
「……むぅ」
なんとも理不尽な話である。
ちょっと店もらってくるとか、エルフを店長にしてくるねとか、普通の子供だってこの程度のことなら近所の駄菓子屋に行く感覚でこなすはずだ。ソーサさんとニーナさんが揃って、「ないない」と首を振っているが、目の前に一人いることを忘れているのだろうか。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ! アルク! 勝負だ!」
「あー、すいません。何で勝負しますか」
「スモーだ!」
(スモー? スモーって相撲のことか)
「スモーといいますと、はっけよいで始まるあのスモーですか。相手を倒したり、土俵の外へ出したりすれば勝ちという」
「そ、そうだ。よく知ってたな」
僕が知らない競技だと思って勝負を挑んできたのかな。なかなか賢いようだが、せめて相手が本当に知らないか確認してから決めるべきだった。それにしてもこっちの世界でも河童の相撲好きは変わらないようだ。
それはさておき、カタローくんに負ける気はしないのだが、怪我をさせるのも忍びない。何かいい手はないだろうか。
(うーん。子供相手に気は進まないけど……)
「そうそう。スモーって、突き出しで体に穴が空いても、素首落としで首が取れても反則じゃないですよね」
「……え?」
「喉輪と称して相手を真上に持ち上げ、そのまま首が折れるのが早いか、土俵の外に送り出すまで息が続くのか、試してみたいところです」
「……え? え?」
徐々に顔色が悪くなり腰がひけ始めたカタローくん。さすがにまずいと思ったのか、先ほどまで笑っていたニーナさんも不安げに僕の服を引っ張っている。ソーサさんは変な汗をかいているが、隣の奥さんと妹二人は、僕とカタローくんのやり取りを楽しそうにみている。僕の言葉が本気ではないことをわかっているのが、河童族の女性だけというのはどういうことだろうか。
アルクんのことを知らないだけよ、というヨヨさんのツッコミが聞こえてきそうだが、彼女はここにはいない。
「ですが、残念なことに執事である僕は執事法でスモーを取ることを禁じられているのです」
嘘である。
執事が相撲をしていけないなんて法律や規則はない。
「そ、そうか。執事なら仕方ない」
「ですから別の方法で勝負しましょう。草相撲はご存知ですか」
草相撲とは、オオバコなどの植物の茎を互いに絡ませ、引っ張りあって茎が切れなかったほうが勝ちという遊びである。村のある場所が川沿いということもあってか、雑草などには事欠かない。オオバコらしい植物もあったので十分楽しめるだろう。これなら大人も子供も関係ない。
カタローくんにやり方を説明し、川沿いまでやってきた。ソーサさんたちも草相撲のことは知らなかったようで、興味深そうに一家総出でついてきている。キリ、ウリンの二人もやりたいということで、今は丈夫そうなオオバコを探すのに夢中になっている。ふたり以上に必死になって丈夫なオオバコを探しているニーナさんの姿は見なかったことにしよう。
――その結果。
「優勝はウリンちゃんでーす」
「わーい」
激闘の末、優勝したのはウリンだった。順位は、ウリン、キリ、僕、カタロー、ニーナさんである。
「優勝したウリンちゃんと準優勝のキリちゃんには、コンペイトウをプレゼントします」
妹二人に負けてしまったカタローくんだが、その姿は爽やかであった。なんだかんだいっても優しいお兄ちゃんである。そんな彼が僕に手を差し伸べてくる。
「アルクには負けたぜ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
「煮たり焼いたりするのは食材だけにしておきますよ」
カタローくんの手を握り返しながら、僕は笑う。カタローくんにも友情の証としてコンペイトウを渡しておいた。照れながら受け取るカタローくんの姿に、ニーナさんの、「……いいわぁ、恥じる男の子の姿」という声が聞こえたが、聞こえないふりをする。それと、どさくさに紛れて手を伸ばさないでください。ニーナさんにはあげたでしょうに。
「俺のことはカタローと呼んでくれ。負けたからには付き人だろうが呼び出しだろうがこなしてみせるぜ」
「いや、スモー部屋じゃないから」
「ところでアルク。執事ってなんだ」
おい。さっき執事だから仕方ないって言ってただろうが。
執事を理解していないとか、破門待ったなしだ。断髪式やるから頭出せ、って頭の上はお皿じゃないか。
「そう、それですな。アルクの旦那、執事といいますと貴族様に仕えているのですかな」
「ええ。本日こちらに伺ったのはキノコの件だけじゃなく、ソーサさんたちを勧誘しに来たのです」
「勧誘ですか。勧めて誘う勧誘。Can You 勧誘?」
ソーサさん三十五歳(人族換算)。
ダジャレも歳を感じさせる立派なおっさんである。
そんな彼に説明をする。
僕がミストファング侯爵様に仕える執事であることはもちろん、ミノスさんと同様、侯爵領に来て野菜を作り、商人であるニーナさんの問屋に卸してくれないかと頼んだのだ。あらゆる種族に河童族の素晴らしい野菜を広めたいと付け加えて。
もちろん無理にとは言わないが、来てくれるなら家や農地はこちらで用意することも伝えておく。もちろん面接があることも話しておいた。
ソーサさんから、川の近くに集落を作れるかと質問があったので問題ないことを伝えておく。詳しい場所については侯爵様次第だが、侯爵領は川が多い。きっと満足してくれるはずだ。
「畑の状況からしてもこの村の存続が危ぶまれるなか、いたれりつくせりの条件ですな。それに望むならここの河童族全員もご招待いただける、と。我々の作った野菜を広めるのにもいい機会でしょう。しかし、キュウリに関してはお出しすることはできませんな」
その辺りの事情はわかっているつもりだ。侯爵領に来る来ないは別として、たまにでいいからキュウリをわけてもらえないか相談する。
「とうちゃん! 俺のダチの頼みだぜ。聞いてやってくれよ」
「……まあ、お前がそこまでいうならな。アルクの旦那、商売用でないのなら融通いたしましょう」
「ありがとうございます。それにカタロー、ありがとう」
「おう! まかせておけ。瑞々(みずみず)しい野菜を育ててやるぜ」
「そういえば、河童族の皆さんが作っている野菜の魅力はやはり……
「瑞々しさ、ですな」
やはり味ではなかったか。
だが離乳食に使えるカボチャやメロンが増えたのは大きい。
「ところで返事はいつ頃までに」
「来週には侯爵領に戻ります。侯爵様との面接を考えれば二、三日中がありがたいのですが」
ソーサさんは、「ふむ」と答えると少し考える素振りをする。
「アルクの旦那、この話はあとにしましょう。先に畑に行きませんか。お礼の野菜もお渡ししたいですし、さきほどはキノコ退治でゆっくり見ておられないでしょうから」
ぜひお願いします、ということでニーナさんと共に畑に向かう。
ソーサさんの案内のもと、村の畑をゆっくり見物していると村中の河童族が集まってきた。集まってきた河童たちは、畑を救ってくれたお礼にと、自分たちが育てた野菜を感謝の言葉とともに渡してくる。どうやら河童族でも担当する野菜が違うらしく、持っている野菜はそれぞれ違っていた。しかも、それぞれの河童族が手に抱えきれないほどの野菜を持っており、『執事ボックス』に入れるのも大変な量だった。
もらった野菜は、メロン、ウリ、スイカ、かぼちゃ、ズッキーニ、ユウガオである。どうやら季節に関係なく収穫できているらしい。メロン十個とかスイカ十五個とかどうしろというのだろうか。『執事ボックス』にいれておけば腐る心配はないけれどさすがに多い。
(さて、そろそろやるか)
「これはもう少しお手伝いをしなくてはいけませんね」
「と、いいますと?」
ソーサさんたちを侯爵領に招くためにも、彼らに協力する姿勢を見せる必要がある。そこで一計を案じることにした。
それに、これだけの量の野菜をもらうとさすがに申し訳なくなってくる。畑の半分近くがファンガスや白いキノコの被害に遭っていたことを考えると、少々もらいすぎだ。
詳しい説明を求めるソーサさんに、見たほうが早いですよと伝えると、僕は被害に遭った畑まで足を運ぶ。
「ここに生えている枯れた野菜などは処分してもかまいませんか」
「かまいません」
興味深そうな目で見るソーサさんに了解を得た僕は、畑の前に立つ。
(さてと……)
まず僕は執事魔法の『執事食器棚』を使って、畑に一メートル四方の穴を掘る。その穴を覗き込んでキノコの菌糸が潜り込んでいる深さを確認した。
(十センチくらいか。被害に遭った畑の広さがこれくらい……いけるか)
「ちょっと皆さん、畑から離れていてくださいね」
そういってみんなに声をかける。というのも河童族全員がついてきたのだ。みんな僕が何をするのか気になるらしい。ある程度、距離をおいてもらったところで『執事食器棚』を発動させる。
(まずは菌糸のついた土を固めて、と)
菌糸が潜り込んだ畑の土が三十センチほどの丸い塊になっていくつも転がった。畑に全体に丸い土の塊が転がる光景は異様である。まあ、スイカが規則正しく転がっていると思えば不思議ではな……いや、ちょっと無理か。その光景に河童族から、「おおぉっ」という驚きの声が上がる。
次に、土ごと枯れた野菜と菌糸を燃やすための炎を作り出す。命の水を火炎放射器にしたように『執事キッチン』と『執事そよ風』を同時展開。ほかの作物を焼かないように渦巻く炎を操り、しばらくの間、畑の上を縦横無尽に駆け巡らせる。その炎の形はまるで蛇のようだ。なぜか河童族の子供からは歓声が、大人たちからは拍手が聞こえてきた。
しばらく続けていると炎によって土の塊がボロボロと崩れはじめる。全ての土団子が崩れたことを確認し、『執事食器棚』で深い穴を掘り、焼けた土と畑の土を入れ替えれば終了だ。
対岸の畑にもこれと同じ処置をしておいた。
「ふう。今の僕の力だとここまでが限界か。やっぱり執事魔法の威力を高める必要があるなぁ」
おそらく執事長のセイバスさんであれば、菌糸のついた土、全てを一気に焼いて消滅させ、消滅させた分の畑を隆起させて終わりだっただろう。僕もまだまだ執事としての修行が足りないようだ。
「さてと」
これで菌糸を消滅させることができたはずだ。あとの手入れは河童族にまかせるとしよう。ソーサさんに報告するため振り返る。
「ソーサさ――」
(……なんだ、これ)
振り返った先では、宴会が始まっていた。
ゴザのようなものが敷かれ、大人はキュウリ片手に酒を、子供はキュウリを両手に持って楽しそうに騒いでいた。少人数が暮らす村だけあって娯楽が少ないせいか、いい宴会の口実ができたと思ったのだろう。大人も子供も実に楽しそうだ。
(『執事魔法』は宴会芸ではないのだが……ま、いっか)
その宴会場の隣には、ニーナさんとカタローくんが立ったまま固まっていた。もしや食べ過ぎで動けないのだろうか。チラチラと僕を見る二人の目が何か言いたそうだったが、そこへソーサさんがやってくる。
「さすがですな、アルクの旦那。これで今年も畑に作物を植えることができますな。……ですが、よろしかったので?」
「何がです」
「畑をあのままにしておけば、我々を侯爵領へ招きやすかったのでは?」
ソーサさんの言い分はもっともだ。
「確かにそうです。でも侯爵領に来てもらうなら後悔せず、納得して来てもらいたかったのですよ」
「ほほう」
「畑が被害にあったから。このままでは生活できないから。そんな理由で仕方なく侯爵領に来られても困るんです。そんな思いで侯爵領に来ても、いつか望郷の念に駆られるでしょう。それに故郷を捨てるような思いをして欲しくなかった。ソーサさんたちが暮らし、カタローくんたちが生まれたこの場所、この川、この森は捨てた故郷ではなく、出発点であるべきだと思うのです」
「なるほど」
ニヤリと笑いながらソーサさんが言った。
「なかなか、うまい口説き文句を考えましたな」
(やっぱりソーサさんは……)
その笑みに僕もニヤリと笑い返す。
「こう言っておけば感動して侯爵領に来てくれると思ったんですよ」
「でも本心でもある、と」
「ええ。もちろん」
面倒くさい話し方をしていても僕の考えなどお見通しなのだろう。前から僕を試しているような感覚があった。それにふざけているようでもやはり大人。いや、それだけではないな。
「ソーサさん。ここの村長さんでしょ」
「どうしてそう思われますかな」
「門外不出だそうですね、キュウリって。ニーナさんから聞きました」
「おや、彼女はどこでそれを? どうやら彼女もただの商人じゃなさそうだ」
「友人への贈り物ならともかく、門外不出の大切なキュウリを初めて会った僕たちに独断で渡せるなんて、ソーサさんがそれなりの地位にあり、何らかの意図を持って僕たちに近づいたと言ってるようなものです。まあ、あとで気がついたことですけど」
僕の話を聞いたソーサさんは目を細めて笑い始めた。それは宴会で騒いでいた河童族を静かにさせるほどの大きな笑い声だった。
「我々のキュウリに対する思いをよくご理解されてますな。あの日、神殿に行く途中で巫女様を見かけたとき、我が村の窮状を知ってもらおうと話しかけた甲斐があったというものですな」
「印象に残る顔見せでしたよね。今日、お会いしたのも神殿に行く途中でしたか」
「おや。バレてしまいましたな」
ソーサさんは静かになった宴会場へと振り返り、宣言する。
「みんな聞いてくれ。ここにいるアルクの旦那は、我々を侯爵様のもとで働かないかと誘ってくださった。さらに使えなくなった畑も今までどおり使えるように戻してくださった。何もしなければ我々を侯爵領に誘致しやすくなるにも関わらずだ。私はこの誠実さに感動している。しかも侯爵領では、今より広い畑と住む家を用意してくださると約束いただいている。そんな侯爵様やアルクの旦那が我々に求めるのは何か? それは、我々河童族が誇る野菜の数々を魔族のみならず多くの種族に広めたいそうだ。これは河童族の名を知らしめる良い機会である。みんなどうだろうか? 侯爵様のもと、我々の作った瑞々しい野菜の力を世界相手に試してみたいと思わないかー!」
ソーサさんの演説に集まった河童族のみんなが、「うおおぉぉ」と一斉に声を上げる。
「やるぞい!」
「試してみたいわ」
「僕も手伝うー」
「あたいもー」
老若男女入り乱れて、賛成の声が上がる。
「河童族の名を広めたいかー!」
「「おぉ!」」
「瑞々しい野菜を作りたいかー!」
「「おおぉ!」
「村長は格好いいかー!」
「「……」」
「……侯爵領に行きたいかー!」
「「おおおぉー!!」」
それにしてもなんというか……ソーサさんも同族の前ではずいぶんと口が達者である。普段の面倒くさい話し方はどこへやら大した弁士ぶりだ。周りの河童族も彼を頼りにしているのだろう。
気の早い河童族の中には、引っ越しはいつだとか、野菜の苗を集めようだとか、すでにやる気満々の者もいる。
ほかの河童族が盛り上がっているなか、カタローが寂しそうにしているのをみつけた僕は、彼の元へ近寄って声をかける。
「どうした? カタロー」
「アルクか。ここは俺が生まれ育った場所だからな」
十年も経てば、その場所に愛着も湧く。彼にとってここは故郷なのだ。寂しいと思うのは当然だろう。
「いつでも来れるだろ。別にここを捨てるわけじゃない」
「でも侯爵領って遠いだろ?」
「馬車で10日くらいかな」
カタローは自嘲気味にフッと笑う。
「簡単に来ることができる距離じゃないな」
「ここに戻りたくなったときは言ってくれ。送ってやるから」
「どうやってさ?」
僕は片目をつぶりながら『執事ゲート』を展開して、目の前に入り口を、そして対岸に出口を作ってやった。ゲートに入り、対岸から彼に呼びかける。
「こうやってかな?」
カタローだけでなく、先ほどまでノリノリだったソーサさんや河童族たちまで突然現れた『執事ゲート』の出入り口に驚いていた。ニーナさんに至っては目と口を大きく開け、直立不動で立ったままピクリともしない。
そして最初に我に返ったカタローが口を開く。
「な、なあ……」
「ん? 何?」
「アルク。いびせぇ子!」




