第七十話 そうは問屋が卸さない
「信じられない。信じられないったら信じられない」
今、僕とニーナさんは王都から出て、ある場所に向かうため街道を歩いている。
ある場所とは、ミノスさんの牧場だ。ウシドンパーティをやったときに通った街道の先にあると言っていたから、そろそろ見えてくるはず。
ミノスさんは、フトック食肉協会の前で偶然出会ったミノタウロス族の男性だ。牧場でウシドンという前世にもいた『牛』を育てている。そのミノスさんの好意でウシドンを食べさせてもらったが実に美味しかった。その柔らかさはもちろんのこと、赤身や脂の味わいは間違いなく最高品質。
その夜、お嬢様の離乳食にウシドンの肉を使ったハンバーグをご用意した。お嬢様はとても気に入ってくださったようで、口いっぱいに頬張っておられた。またステーキをお出しした侯爵様夫妻からも高評価をいただけたのだ。
「なぜかしら。信じられないっ。ほんと、信じられないっ」
一緒に歩いているニーナさんがさっきから連呼している、『シンジラレナイッ』というのは、エルフ語だろうか。『シンジ・ラ・レ・ナイツ』と区切るとなんとなく騎士とか貴族っぽい名前になる。
……ツッコミ役不在のため、これ以上はやめておこう。
「せっかくのお店を商業ギルドに売ってしまうなんて」
商業ギルドのギルド長に相談したのはフトック氏の店の件である。
僕はフトックの店の権利を商業ギルドに売りつけたのだ。
まだ正式に僕たちの隊商のものになったわけではないのだが、これも時間の問題である。
僕が契約した白いキノコの追加分については、ファンガス養殖場も差し押さえられ、店員が捕まっているため、間違いなく揃えることはできない。少なくても今から準備できる量ではないのだ。仮に準備できたとしても、ファンガスの幼体を白いキノコとして売るのは食品偽装であり契約違反となる。
よって、フトック氏はすでに詰んでいる。
とはいうものの契約書には、『商品の納品、代金の支払いが滞り、適正な対応が行われなかった場合』としてあるので、『適正な対応』が行われれば違反とはならない。
だが、問題はここではない。
契約書にはこうも書かれている。
◆取引相手に、以下の違反があった場合、違反した側は店舗もしくは隊商の権利を相手に譲るものとする。ただし、双方の相談によっては減免も可能とする。
・魔王国法に違反した場合
そう、魔王国法に違反した場合、だ。
すでにフトック食肉協会の犯罪行為が、森林管理局の手で明らかになっており、魔王国法に違反しているのは明白である。森林を守るための法を犯しているだけでなく、フトック氏の店員が森林管理局の逮捕権付き許可を持つ僕に殴りかかってきたことで、公務執行妨害のおまけ付きだ。
契約書類にあったとおり、店の権利は間違いなく僕たちの隊商に移る。
「でも店を売った理由はなんだったの?」
「いくつかありますが……。例えば、ニーナさんが自分のお店を持つとき、粉飾決済をしていて、売ってる商品が偽物で、態度の悪い店主と店員が経営していた、閑古鳥が大合唱する同業者の空き店舗を買いますか? 今ならもれなく近所の奥様方の悪評とうわさ話のおまけ付きです。状況によっては森林管理局の監視の目が先着一名様限定で当たるかもしれません」
「うっ。そう言われると……」
根拠など何もないのだが、悪評や犯罪者を出して潰れた店舗というのは、新しい店が入ってもなぜか長続きしない。
また幾度となく店が変わる場所というのは新店舗がオープンしても、「新しいお店楽しみね」という声より、「また変わった。次はいつまで持つかな?」という声のほうが話題になりやすい。そのおかげでオープン前から様子見になってしまう雰囲気が漂うのだ。
『気の所為』なのか、漂う『気』のせいなのかはわからない。
ただ少なくても縁起が良くないのは間違いない。縁起を担ぐのも前世のお国柄なのかもしれないが、どうにもあそこはスッキリしないのだ。
だから売った。
それにもうひとつ。
「侯爵家の悪評に繋がりかねないんです」
「そう言われたら、確かにそうね。てっきりあの店を任されるかと思ったけど、侯爵様の外聞的には良くないわ」
今後、フトック氏の犯罪行為は間違いなく広まる。
侯爵家のためにも犯罪行為を行った店とは可能な限り距離を置いておきたい。例えオーナーが変わっても、侯爵様の足を引っ張ろうとする連中は湧いてくるのだ。
特にニーナさんは元店員だ。いくら今回の犯罪に関わっていないとしても、その元店員が同じ店のオーナーとなれば、色眼鏡で見る者も出てくる。
いくらお客受けの良いニーナさんでも悪いイメージを払拭するのは簡単ではない。
ニーナさんには、魔王国内に店舗を用意すると約束している。
確かにあの店をそのまま渡せば、店内を改装する必要もほとんどないし、初期費用も安く収まった。悪評さえなければそのままでも問題はなかっただろう。
だが僕の計画では、王都に店舗を持つ予定は今のところない。
「でも、せっかくなら新しいお店のほうがいいと思いませんか」
「そりゃそうだけど」
「資金は手に入りました。もう少し欲しいところですが」
あんな店でもそこは王都にある店舗。金貨400枚という大金で商業ギルドに売りつけた。――僕たちの隊商とフトック食肉協会が結んだ契約書も合わせて。
これにより世間的には、商業ギルドがフトック氏の店を差し押さえたように見える。お客を騙すような店はタダではすまない。ギルドとして断固とした厳しい処罰を受けさせた、という姿勢を示すことになるだろう。
こちらとしても厄介払いができ、商業ギルドも責任を取るという姿勢を見せることができた。商業ギルドも、時期を見計らって信用のあるものに店を売れば損はしない。
まさにウィン=ウィンの関係である。
「それにしては店の売却額を自分で下げてたみたいだけど?」
僕の横を歩くニーナさんが、僕を見ながら言った。
そうなのだ。
最初、ギルド長は金貨500枚を提示してきたのだが、僕は400枚に値下げして譲った。その代わり、金貨100枚分の値引き分で、商業ギルドに仕事の依頼をしている。
「ちょうどそのときニーナさんはいませんでしたね」
話の途中、ニーナさんに自身の隊員登録と新たな事業の申請をしてもらうようお願いした。そのため、ギルド長に仕事を依頼したとき、彼女は席を外していたのだ。
「で、どんな依頼をしたのかしら」
「依頼したのは、毒のない食材の情報と食材サンプルの収集です」
「へ? 味もわからない魔族がどうやって毒のない食材の情報を集めるのよ」
「情報を制するのが趣味みたいなギルド長率いる商業ギルドですよ? 毒のあるなしくらいどうにかして調べるでしょう」
依頼前の雑談のなかで、商業ギルドのことをなんとなく探っておいた。情報の収集能力の高さが、さすがに異常だったからだ。口を濁されるかと思いきや、ギルド長が教えてくれたのは実に単純な話だった。
「ギルドの情報元の大部分は、奥様方の井戸端会議だ」
「はい?」
この驚くべき話を聞いたとき、本当なのかと最初は疑った。
しかし、魔族の奥様方の情報は侮れないとギルド長は断言する。井戸端会議から情報を収集する部署があることから、かなり真面目な話らしい。
奥様方の井戸端会議は情報の宝庫。
どこの誰が浮気してるとか、どこどこの子供さんが優秀だとかのゴシップだけでなく、あっちの店は安い、こっちの店の店主は愛想が悪い、あそこの貴族はそのうち出世するなどなど、内容は様々だが情報量はとてつもなく多く、そして早い。
情報に鋭いはずのギルド長も、ご自分の奥様が持つ物品価格情報には舌を巻いているらしく、その早さと正確さには勝てないと言っていた。
魔族マダム恐るべし、である。
また、井戸端会議以外にもギルドが情報を集めている方法をいくつか聞くことができた。
そのうちのひとつが他種族の国にいる魔族から情報だ。
ギルド所属の商人の中には、魔王国以外で魔族であることを隠して商売をしている魔族もいるそうで、そういった商人からは、ほかの種族の情報が入ってくるらしい。
こちらからもほかの種族の国にいる魔族から、食材の情報を集めてくれるようお願いしておいた。ついでと言ってはなんだが、動物が食べている食材の情報も集めてもらうよう付け加える。
「井戸端会議って……」とニーナさんが笑う。
「情報がどこに転がっているか、わからないものですねぇ。あ、そういえばギルド長が面白がっていましたよ」
この依頼を持ちかけたとき、ギルド長は少し驚いたあと、目を細め、楽しそうに笑いながら言ったのだ。
ギルド長の話はこんな内容だった。
毒のない食材をわざわざ探すよう金を払って情報を集めようとする魔族はいない。商業ギルドでもそんな情報は持ってないし、魔族のほとんどが知らないだろう。
そんな情報収集の対価が金貨100枚だ。この金額は情報を得ることによって回収できると見越した金額にほかならない。これは魔族だけではなく、ほかの種族もお客の対象とする商売なのだろう。魔王国にいるエルフ族や龍族相手に、ほぼ独占で商売できるな、と。
そして最後にギルド長は、「アルク殿の考えは実に変わっていて面白い」と付け加えた。
毒のない食材の情報を集めるといっただけで、他種族相手の商売だと察するギルド長は大したものだ。いや、それだけではない。むしろ食事に無関心な魔族にも関わらず、毒のない食材があることを認識し、商材としての価値を見出す、貴重な魔族とも言える。普通の魔族の商人なら毒があろうとなかろうと気にしないのだから。
「ほとんどバレてるわね。これは独占できそうもないわね」
「大丈夫でしょう。ギルド長ですら僕が依頼するまで、毒のない食材の価値に気がつかなかったそうです。ほかの魔族の商人も気がつくまで時間がかかるでしょうね」
「ほかの種族なら商売にしそうじゃない?」
「それはそれでギルド長が喜びそうですね。あいにくと今までいなかったようですが」
普段から毒のない食材を集めるのに苦労しているというエルフ族だが、食材を扱う商売をしているエルフというのは聞いたことがない。何か理由があるのかもしれないが、恐らく採算が取れないのだろう。
流通の問題もある。もともと国内の情報ですら外に流れない魔王国に、商品を運んでくるのは大変なはずだ。大自然の城壁に囲まれた魔王国には、基本的に陸路では入れない。空を飛べる手段があれば別だが、エルフや龍族のように魔法に長けた種族でないかぎり無理だろう。
そのため、魔王国で手に入る他種族の商品の多くは、個人輸入もしくは船便だ。ヨヨさんら妖精族のように、妖精界経由で距離と時間を無視して商品を運ぶという反則技が使えるわけではない。
(そう考えると、妖精の商人はチートだなぁ)
「もしかしてギルド長もアルクくんと同じように味がわかるのかしら」
「それはないでしょうね」
ギルド長も普通の魔族らしく食事に関心はなかった。商材として興味はあっても、食材としての興味は微塵もないらしい。だからこそ僕の考えを変わっていて面白いと言ったのだろう。
いずれにせよ、情報さえ集めてくれれば僕はかまわない。調査した結果、最悪何も見つからない可能性だってある。
ここ数日で毒のない食材をいくつも見つけているので、最悪の結果にはならないと思っているが、こればかりはフタを開けてみないとわからない。
「その情報をもとに集めた毒のない食材を王都で売るのね」
ニーナさんは期待に満ちた顔をしながら、どんな食材が見つかるかしら、と楽しそうに話している。
そんなニーナさんには悪いのだが――
「いえ、売りません」
「は? 売らない?」
「正確に言うと、すぐには売らない、ですね。まず、見つけた食材はミストファング侯爵領で増やします。現在、侯爵領では見つけた食材を増やすため、農地の用意、それに人材の確保が進められています。次に、侯爵領で増やした食材を王都に運び、無料で配ります。毒のない食材を売るのは基本的にミストファング侯爵領内だけの予定です」
「すぐに売らない? 食材を増やす? 無料で配る? どういうことかさっぱりわからないわ。詳しく説明してちょうだい。タダで配るなんて商人として納得いかないもの」
タダで配ることに難色を示すニーナさんの意見はもっともだが、ちゃんと理由があるのだ。
ただし、まだすべてを言うつもりはない。
「すぐに売らないのは安定供給のためです。見つけて、採って、売ったら終わりでは商売が長続きしません」
「へぇ。ちゃんと考えているのね。……なんで執事やってるの?」
「そのうちわかりますよ」
侯爵領で、育て、収穫した食材は、まずお嬢様の分を確保する。
このことは、ニーナさんが侯爵様に正式に雇われるときまで言うつもりはないし、お嬢様については侯爵様から直接お話しされることだろう。
「増やした食材を王都で配ります」
お嬢様の分を確保した上で、余った分を王都にて無料で配る。食材を配るのはヒミカさんがいる白の賢者様の神殿にお願いするつもりだ。
今までもヒミカさんの好意によって、バナナやアボカドが神官や信者に配られていた。神殿も慈善事業のひとつとしてパンなどを配給することがあるそうだから、食材を配ることは問題ないはずだ。
念の為、神殿で食材を配る許可を取ってもらうようヒミカさんにお願いしてある。大神官様や神官長の説得はヒミカさんが適任だからだ。
そこにミストファング侯爵家が寄付という形で食材を提供する。
(ミストファング侯爵家や神殿の評価を上げるためだけど、これはニーナさんに説明しなくていいか)
「神殿の巫女様と知り合いとか、執事もなかなか顔が広いわね」
「まあ、いろいろとありましたから」
ヒミカさんと会わなければ、ここまでフトック食肉協会と深く関わることもなかった。関わったからこそ、ニーナさんに会うことができた。繋がりというのはなかなか不思議なもの。人脈とはうまい言葉だと思う。いや、魔族脈と言うべきか。いずれにせよ、世界は意外と狭い。
「それにしても寄付かぁ。侯爵様と神殿の評価が上がるわね」
「……そうかもしれませんね」
寄付をする真意はしっかりバレていたが、お嬢様のことは気がついていないようだ。僕は顔に出さないようにして説明を続ける。
神殿で食材を配る前にやるべきことがある。
それは、「神殿で配る食材は毒のない食材である」と告知することだ。毒に弱い種族でも食べることができるのだ、と。
この試みは一回、二回だけでなく定期的に行う予定だ。
そのうち神殿で配っている毒のない食材が、どこで手に入るか気になる連中も出てくるだろう。特にエルフ族や龍族は気になるはずだ。
実はこの手法、ヨヨさんがやっていたと同じことである。
以前、ヨヨさんは侯爵家の使用人らに花蜜をタダで配っていた。
この世界では珍しい試食サービスを実践していたのだ。
そう。食材をタダで配る目的は、試食である。
もともと食材に興味のない魔族に興味を持ってもらうためには、見た目で勝負するか、魔力の量を認識してもらわないと話にならない。花蜜は見た目もきれいだし、魔力も豊富だったが、それでも試食の効果は大きかった。
女性限定だが、美容にいいというコピーも評価を上げている。
エルフ族や龍族などの種族に対して、毒のない食材ですと言っても本当に毒のない食材なのか、不安に思うに違いない。本当に毒がないのか確かめないと怖くて口にできないはずだ。実際、確かめるには食べてみないとわからないし、誰かが犠牲になる必要がある。誰しも自分が犠牲になりたいと思わないから、買わないし、売れないだろう。
そのための試食サービスである。
もちろん無料で食材を配るのは試食させるためだけではなく、毒のない食材を求め、集まった者から、毒のない食材の情報を得ることができるかもしれない。そういった思惑もある。
「ニーナさんにはそれら食材を試食してもらう予定です。もちろん事前に確認しますが、万が一、毒が入っていても神殿ですからしっかり解毒してもらえます。安心してください」
「いやな試食会ねぇ」
笑いながら答えたニーナさんの顔はどこか引きつっているようにも見える。ただこれだけはニーナさんに協力してもらうしかない。いくら僕が毒に弱いとはいえ、見た目は高位魔族なのだ。高位魔族には毒が効かないと思っているエルフや龍族に納得してもらうためにも、彼女にはガッツリと食べていただきたい。
「大丈夫ですよ。最初に僕が毒味しますから。解毒魔法の効果は何度か実体験済みです。死ぬ直前まで逝きましたが、僕は今日も元気です」
「……なんで実体験してるのよ、しかも何度も。でもまあ、協力はするわ。ところで、その食材を売って欲しい、仕入れたいと言われたらどうするの」
「そこで僕たち『妖精の祝祭』の出番ですよ」
侯爵領で生産され、神殿で配られた毒のない食材は、基本的に侯爵領だけで売るつもりだ。売って欲しい場合は、侯爵領まで来てもらうしかない。
それに商業ギルドの長が気づいたように、自分たちに興味がなくても毒のない食材が売れるとわかれば、魔族の商人でも仕入れたいと思う者が出てくるはずだ。
ここで、僕たちの隊商『妖精の祝祭』の出番となる。
仕入れたいという商人や流通手段のない商人の窓口になるのが、我々の役目だ。
所謂、問屋。卸売業である。
この問屋については侯爵領に作る予定だ。
すでに商業ギルドには、新たに卸売業を行うことを申請し、認可されている。毒のない食材の調査を依頼したとき、ニーナさんが席にいなかったのは、この申請を書いてもらうようお願いしていたからだ。
この問屋が、毒のない食材を仕入れたいという商人に対応する。流通手段のない商店や商人には、隊商『妖精の祝祭』が運搬を行ってもいい。
「ねえ。試食はともかく、アルクくんの考えた、増やしてから売るっていう方法。農業そのものだけど、ほかの魔族でも真似できるわよね」
「もちろんできますよ」
「そうなると余計に独占って難しくない?」
「ある程度は仕方ありませんが少ないでしょうね。それに一から毒のない食材の種や苗を集めるところから始め、育て方を理解するまで、かなりの時間を必要とするはずです」
「それはこちらも同じだと思うんだけど」
「先にやった者のほうが有利なんですよ」
魔族にだって食材を育てている者はいる。ただその多くが毒のある食材を育てているのだ。毒のない食材を育てている魔族もいるが、残念ながらその数は少ない。
なにせ普通の魔族が求めるのは、美しい食材である。侯爵家にあった毒のない食材は、決して美しいとは言えないのだ。ほとんどが白と緑。人参とリンゴが赤いくらいで、基本的に地味である。虹色の食材や真っ青な何かの肉や真っ赤なキノコといった食材を好む魔族としては、特に需要のない色の食材なのだ。
それに食材に無関心な魔族が、わざわざ毒のない食材を探しだし、育てるとは思えない。商売として成り立つことがわかってもすぐに実行することは難しいだろう。僕は毒のない食材の多くを記憶しているし、白の賢者様からいただいた前世の知識がある。知識も育て方のノウハウもこちらのほうが圧倒的に優位なのだ。
もし、僕以外に毒のない食材を育てようとする奇特な魔族がいるのなら、それはそれで楽しみだ。シュリーカー族のように引き抜いて、侯爵領で支援してもいい。
それに魔族以外の種族であれば、すでに毒のない食材の育て方などのノウハウを持っているはずだ。その育てた食材を魔王国に売りたいという商人がいるのであれば歓迎すべきことである。種や苗を譲ってもらえるのなら、彼らの商売の邪魔にならないよう侯爵領で増やしていきたい。
僕の目的は、お嬢様のために毒のない食材を集めること。
毒のない食材が多く見つかれば誰が育てようと関係ない。お嬢様が喜んでくれる、美味しくて魔力溢れる食材であれば大歓迎なのだ。
隊商にしても商業ギルドへの調査依頼にしても、すべては食材探しのための手段にすぎないのだ。お嬢様のことを話していないニーナさんには、あとから怒られるかもしれないが、商売は二の次である。
まあ、商売に関しては問屋業だけで十分すぎるほどの利益が見込まれるのでそれで許してもらおう。
「ところで卸売業なんてできるの?」
「大丈夫だと思いますよ、たぶん」
「たぶん?」
僕はにっこりと微笑みながらニーナさんに話しかける。
「侯爵領に作る問屋の責任者はニーナさんです」
「は?」
「もちろんその問屋では小売りもやってもらいます」
「え、ちょっ」
「僕の計画では、問屋兼小売りの店を侯爵領に用意する予定だったんです。でも誰に責任者を任せようか悩んでいました。いやぁ、ニーナさんと会えてよかったなぁ」
「ま、待ってってば」
「なんです?」
「聞いてないわよ!」
「言ったのは初めてですが、ギルドにいるとき新しい事業の申請をしてきてもらうようお願いしたのでわかっているものだと」
「あっ!」
彼女は何かに気がついたような声を上げた。これも見慣れた光景である。彼女は歩みを止め、ギギギッと錆びついた金属製の人形のようなゆっくりとした動きで、隣を歩いていた僕へと身体を向ける。
「ま、まさか、あの申請書に書いた私の名前って……」
「あー、事業申請の書類って代表者の名前がいるんですよー。それに代表者本人が来ないと普通、認可が下りませんしね。本来なら認可が下りるのはもっともっと時間がかかります。今回は、ギルド長に『顔見せ』と『挨拶』も済ませましたし、あっさり終わってよかったですね。コネって素晴らしいなぁ」
「あれって隊商の隊員登録じゃ……ここにサインを、って言われて……確かに二枚書いたけど」
「見習い卒業おめでとう! そして商人デビューおめでとうございます。いきなり自社問屋と小売店を抱える商人ですね。お店はまだないですけど」
「ふえぇぇぇぇ!」
街道の真ん中で突然、変な声を叫びながら座り込むニーナさんをすれ違った魔族たちがジロジロと見ている。ただでさえ見かけることの少ないエルフが、街道の地面に座り込み、「ワザとだ」、「受付までグルに違いない」、「アタシ巻き込まれてる」とつぶやきながら、地面に、「シンジラレナーイ」と書いているのだ。
そんなニーナさんに近寄ろうとする魔族はいない。
僕は街道を撫でるように吹く心地よい風を感じながら、遠くに見える山々や森を見回している。ふと街道の先を見れば、何やら柵のようなものが見えた。もしかしたらあれがミノスさんの牧場なのだろうか。
僕は魔族である。
すれ違う魔族たちに辛うじて聞こえるほどの小さな声でつぶやいた。
「あのエルフのお姉さん、どうかしたのかなー」
不思議なことにニーナさんとは十メートルほど距離が空いている。おかしなこともあるものだ。知らない人のフリをしようと急いで歩を進めたわけではないのに。あー、不思議、不思議。
僕のつぶやきとほぼ同時に、すっと立ち上がるニーナさん。頭を下げているので表情までは伺えない。無言のまま、左右に身体を揺らしながらゆっくりと近寄ってくる。
その姿はまさにアレ。長い黒髪で顔を隠し、白いワンピースが良く似合うあのホラーな女性である。
目の前に立ったニーナさんは、おもむろに僕の両肩をがっちりと掴む。顔を上げた僕の目に映ったのは、こめかみに青筋を浮かべながら、にっこり笑うニーナさんの笑顔だった。
「何、他人の、フリを、して、いるのかしら? キミは」
一句一句、区切るように話すたび、両肩に置かれた手に力が入る。
「や、やだなぁ。ちょーっと風景に夢中になっていただけですよ」
「……もう、いいわ。任された、からには、成功、させて、みせる、から」
「よろしくお願イタタタ……! 痛い! 痛いですってば」
肩に置かれたニーナさんの指先が、僕の肩へと食い込み始める。
エルフという種族について問われたら、僕はこう説明しよう。
エルフという種族を甘くみてはいけない。
魔族が認めた種族なのだから。
少なくてもその長い耳は伊達じゃない。
エルフイヤーは地獄耳。エルフハンドは魔族も潰す。
ようやく開放された肩をさすりながら、若干涙目になった僕を、満足気に見るニーナさんは嬉しそうだった。なぜ嬉しそうな顔をしているのか、あえて聞くまい。嗜虐的な趣味の持ち主だと対応に困る。
まあ、商人としての第一歩を踏み出せたため、ということにしておこう。
「これで私も商人の仲間入りね」
どうやら純粋に嬉しかったようだ。
「アルクくんの痛がる姿もなかなかポイントが高かったわ」
前言撤回である。
僕の中の残念リストに知り合った仲間がどんどん足されていくのはなぜだろうか。残念妖精、残念巫女(仮)、残念専属メイドに、残念エルフが加わることになった。
お嬢様だけが僕の心の支えである。
彼女の言葉を無視して再び歩き始めた僕に残念エルフが声をかけてくる。これ以上、残念なことにならなければいいのだが。
「ひとつ気づいたことがあるわ」
「へぇ、なんです? それは」
「アルクくんが毒のない食材を侯爵領だけで売る理由」
「おや? どんな理由でしょうか」
「商人を侯爵領に呼んで経済を活性化させるつもりでしょ。商人たちが侯爵領に来るとき、手ぶらなわけないものね。あわよくばエルフや龍族を領地に招くため、ってとこじゃないかしら」
「さすがはニーナさん。申請書にうっかりサインした人とは思え――ごめんなさい、手をワキワキするの、やめてください」
「……まったく、君って子は。それに合わせて卸売業にまで手を伸ばすとか……。さすがは高位魔族、えげつないわ」
「どうしてえげつないと?」
侯爵領の経済活性化という僕の計画の一端を読んだニーナさんに、えげつないと言ったその意味をあえて問う。
「卸売業まで手を広げる理由は、ほかの商人に売る食材をこちらで調整するためね。そのうち王都に食材が入らなくなったりするんでしょ」
はい、正解。
僕たちが商人たちに卸す毒のない食材は侯爵領で作られたもの。毒のない食材を求めるなら侯爵領に来ればすべて揃っていることになる。これは毒に弱いほかの種族が魔王国に住む場合、非常に大きなメリットとなる。少なくても魔王国よりも食事には困らない。
例えば、今まで豊富にあったはずの毒のない食材が、突然、王都に入らなくなったとき、王都に住む魔族以外の種族はどうなるだろう。
日々の食事すら満足に食べられない状態になるのではないか。
だが侯爵領ならば問題ない。
王都で売られている毒のない食材が、半分の量になっても侯爵領なら問題ない。毒のない食材が王都に入ってこなくなったとしても侯爵領なら問題ない。問屋や商人が急に休んでしまっても侯爵領なら問題ない。手が滑って、問屋が突然消えてしまっても侯爵領であれば、まったく問題ないのだ。
ニーナさんが、「えげつない」と言ったのは、このことに気がついたからだろう。さすがはニーナさん。商売の裏を読むのも早い。しかし、残念リストからは名前が消えることはないのだ。はい、残念。
そのような惨事が起きる起きないは別として、安定した食事ができるのであれば、侯爵領を生活の場として選ぶ種族も増えてくるはず。
毒のない食材を探すなら、ミストファング侯爵領に行けばいい。そんな情報を多くの種族に広めることによって、エルフや龍族だけでなく、様々な種族を侯爵領に招くことも可能だろう。
ほかの種族を呼び込む理由は、主にそれら種族が持つ食材の知識や情報収集だ。これは神殿で毒のない食材を無料配布するのと同じ理由だ。
しかし、それだけではない。
侯爵領に呼ぶことによって、安定した人材の確保や経済の活性化に繋がるのだ。食材を作るためにはどうしても労働力がいるし、労働者が増えれば、労働者が生活するに必要なものを買う必要がある。それによって侯爵領の経済も活発となる。
これも全ては、お嬢様のため、侯爵領のためである。
「でも先の長い話ね」
「そうですか?」
「だって、商業ギルドに依頼した食材の調査もすぐに結果は出ないでしょうし、見つかるとも限らない。見つけた食材を育てて配る、だなんてまだまだずっと先の話よね」
「いえ、すでにいくつか見つけてますよ」
「はい?」
胸を張って宣言する僕と呆けた顔をするニーナさんとの間に、生ぬるい風が通っていった。ミノスさんの牧場と思われる場所までもう少しかかる。
無言という名の空間がこの場を数秒だけ支配したあと、僕たちは何事もなかったかのように歩き出す。
「も、も、もう用意してあるの!?」
「王都に売ってるすべての食材を確認したわけではありませんが、いくつかはすでにまとめてあります。ほかにもいくつか発見した食材もありますよ。あとでニーナさんに確認してもらって、リストにない知ってる食材があれば足してもらいたいと思います」
侯爵家の厨房、妖精のヨヨさん、白の賢者様の神殿とヒミカさん、王都北東の森、王都近くの川、シュリーカー族、それにミノスさんとソーサさん。いろいろな場所で、いろいろな人と出会った結果、作ることができたリストである。
「売ってちょうだい!」
あまりの剣幕で詰め寄る彼女に、苦笑する僕。
でもその気持ちはわかる。
「タダで差し上げますよ。あ、でも面接のあとのほうがいいか」
「え? 何? 面接って」
「言ってませんでしたっけ? 店舗や資金の提供など、僕たちに協力してもらう見返りを渡すのに、条件があるって」
「条件のことは覚えているけど、まさか」
「侯爵様と面接してもらいます。それに合格するのが条件です」
「ま、まさか侯爵様は……エルフである私の体が目的なのね! いやらしいことをするつもりでしょ! ドージン氏のように」
「……誰ですか、それ」
「エルフの国で有名なセクハラエルフのことよ。有名じゃない」
(知らないよ! そんなエルフ!)
「侯爵様はそんなことしませんから、安心してください」
呆れた目でニーナさんを見ながら答える。
侯爵様がそんなことしたら……いやなんでもない。一瞬、奥様の微笑みが頭をよぎったが、その目は笑っていなかった。なぜだろう。想像にすぎないのに侯爵様の身を本気で案じてしまった。
僕は気を取り直すと『執事ボックス』からバナナを取り出しニーナさんに渡す。
この『執事ボックス』を目の前で見せたとき、それは何? 無詠唱だったよね? どういう魔法なの? 執事魔法? 何それ? とヒミカさんと同じような反応をしていた。わかりやすいよう丁寧に説明したつもりだが、結局、執事魔法を理解してもらうことは無理だった。
「ところでこの果物、ご存知ですか」
「バナナよね。魔王国では初めて見たわ」
さすがは食材を売る店を目指すだけあって、食材の名前もわかってらっしゃる。それに、ニーナさんの言葉からバナナは魔王国以外にもあることがわかった。やはり、ほかの種族からの情報収集は欠かせないようだ。
「このバナナですが、魔王国では売っていません。ごく一部の魔族しか知らなかった食材だったんですよ」
「確かに魔王国に来てから見てないけど、エルフの国の暖かい地方に行くとそこら中にあるわよ」
(くう、これだ。この反応だ。どこにどんな食材があり、なんという名前の食材なのか。会話が成り立つのって素晴らしい)
まだ幼いお嬢様は可愛いから問題ない(そう、可愛いから問題などない)として、砂糖と花蜜をすする甘党妖精に、味はわかるけど食材の名前を知らない元偏食の巫女、なんとなくしか味のわからない侍女、森深くにひきこもっていたキノコマニアのキノコ、シュリーカー族。
多少言葉が乱れているが、食事の話ができる仲間が増えたという事実に僕は興奮している。
エルフの国にもあるというのなら、輸入するという手もある。
確かバナナは害虫の侵入を防ぐため、青いうちに収穫して輸送中に熟すよう調整してたはず。輸送環境の整っていないこっちの世界でも、比較的楽に運べるはずだ。
僕の『執事ボックス』や、ヨヨさんの『妖精族のポーチ』のような魔法具があれば、より捗るだろう。僕は執事なので、そうそうお嬢様の側を離れるわけにはいかないし、『執事ゲート』で行き来するにしても、一度はエルフの国にまで行かないと使えない。いずれ行くとしてもすぐには無理な話である。
そのためにも、できれば空間魔法にある『アイテムボックス』が使える者を雇っておきたい。
今後、妖精族をはじめ、ほかの種族との取引も増えるだろう。いっそのこと侯爵様にお願いして、検疫所の提案をしてみていい。そこで魔族に害のない食材かどうか調べるのと同時に、毒があるかないか調べるようにすれば一石二鳥である。侯爵様はもちろんのこと、娘大好きのアルティコ伯爵も賛成してくれるはずだ。
(そういや、検疫所ってどこの管轄だろう)
「アルクくーん。起きてるー?」
「あ、すいません。考えごとをしていました。そろそろ目的地に着くと思いますが、よろしければ食べてください」
「え、いいの? ありがとう。さっそくいただくわ」
嬉しそうにバナナを受け取ったニーナさんは、何かを探すように腰にあるポーチの中に手を入れている。
「そういえば、ニーナさんに聞いておきたいことがあるんですけど」
「なあに♪」
弾んだ声で聞き返すニーナさんは、お目当てのものを見つけたようだ。ポーチから小さなビンを取り出すと、バナナの皮を剥き始める。
「ニーナさんたちエルフの皆さんって、普段、何を……食べ……って、何食べてるんですか!?」
「ふぇ?」
バナナを食べ始めたニーナさんを見て、僕は驚きの声を上げることになった。




