第六十九話 契約の代償
「で、これはいったい何のご冗談ですかな? お客様」
商談テーブルに座った僕たちに、フトック氏が放った第一声がこれだった。
顔を真っ赤にしながら、顔の脂肪をプルプルと震わせているフトック氏が僕たちを睨んでいる。特にニーナさんを見る目は厳しい。そんな目で見られているニーナさんだが、私はもう貴方とは関係ありません、と涼しい顔だ。
ここはフトック食肉協会。
茹でた八本足の何かのような顔のフトック氏に案内され、僕とニーナさんは商談用テーブルについている。
僕はテーブルの上に置いた契約書を見ながら言った。
「冗談? 僕が誰を雇おうと自由だと思いますが。優秀な方を招くことができて僕は実に運がいい。彼女は新しい事業を始める責任者のひとりとして考えています」
「彼女が優秀? 新しい事業の責任者? まさかエルフを?」
どうやらフトック氏は、ニーナさんが食材に詳しいことも把握できていないようだ。元とはいえ部下の能力を把握できていないのは経営者として失格である。
「これまでとは違った新しい商売です。魔族の固定概念だけでは為し遂げることはできないでしょう。まずは魔王国から始めますが、これは魔王国だけに留まる程度の商売ではありません。ゆくゆくは全種族を対象とした商売に繋がると確信しています」
僕の話を聞いても、さっぱりわかっていない様子のフトック氏。もともと内容については話していないので当たり前といえば当たり前だ。
話をしたところで、料理文化を広めるとか、毒のない食材を売るとか説明しても理解できないだろう。味覚のない『普通の魔族』である彼に言っても無駄なのだ。
「何をやるつもりか存じませんが、そんなエルフに務まるとは思えませんな」
「会長さん。勘違いしてもらっては困ります。いまや彼女は僕たちの仲間です。侮辱はご遠慮いただきたい」
「ちっ……これは失礼しました」
まったく隠そうともしない舌打ちをしながら憎らしげにこちらを睨む。こちらを低く見ているのだろうが、なんでこんなのが客商売をやっているのやら。
「それにしても大きく出ましたな。たかが小さな隊商が魔王国ではなく全種族を対象とした事業とは」
意趣返しのつもりだろうか。実にわかりやすい反応だ。たかが小さな隊商とわざわざ皮肉を混ぜるあたり、この男のレベルが知れる。真実や現実を見ず、レッテル貼って騒ぐ愚か者はどこの世界にもいるものだ。
ならば、と僕は、ニヤついた顔をそのまま返す。
この手の人間は、皮肉を言った相手が押し黙り、悔しがることを喜ぶ傾向が強い。反面、言い返されると思っていないらしく驚いたような顔をするのだ。
まさにいま、驚いた顔したフトック氏に、思い出したように伝える。
「小さな隊商ですか。あ、そういえば会長さんには言ってませんでしたね。僕、隊商の仕入れ担当をやってますが、本職は執事です」
「にょぶちょぷふぉっ! ほ、本職? し、執事?」
吸い込んではいけないところから、何かを吸い込んでしまい、出してはいけないところから、出てはいけないものが出たような、そんな音を鳴らすフトック氏。
口を大きく開けたままの彼にニヤリとした笑みを向ける。
「ええ。執事ですよ。隊商は、仕える方のために作ったものです」
お嬢様のため、隊商を立ち上げたのは毒のない食材を取引するのに都合が良かった。魔王国で商売を行うためには許可を取る必要があるし、隊商であれば各街などに優先的に出入りできる。
隊商を登録する際に名前を借りたヨヨさんだが、隊商リーダーとして力を貸してくれている。それに本人も実に楽しそうだ。
ヨヨさんが魔王国に来たのはお嬢様と僕に助力するためだった。それと同時に妖精族の貿易担当として、魔王国との貿易交渉を行っている。魔王国と妖精族の取引の件が終われば、商人としてのヨヨさんの役目は終わりだ。
異世界商人としてのヨヨさんは、根っからの商人なのか自分でお客さん相手に商売することが本当に好きらしい。森林管理局の局員に命の水を売っていたときは本当に楽しそうだった。だからこそ商人としてお嬢様や僕の手伝いができることは願ってもなかったのだろう。
(好きなのはお客さんが持ってくるお金のほうかもしれないけど)
勘の鋭い本人がいたら、間違いなく蹴られるか髪を引っ張られていたところだろう。
「お、王都には珍しい食材を探しに来たのではなかったのですか」
「お仕えする家は、魔王国に領地を持っておられます。今は領地を離れ、仕事のため王都に滞在しておられますが、珍しい食材を探しているのは間違いございません」
(毒のない食材はある意味、珍しいしね)
「領地? ということは仕えていらっしゃるのは、貴族様で?」
「ええ」
こちらが貴族の執事だとわかった途端、皮肉を言った彼はどこへやら。先ほどよりもやや丁寧な口調で話しかけてくる。それに無理やり笑顔を作ろうとしているのだろう。口元がヒクヒクと痙攣しているのがなかなか面白い。
「お仕えしている家の、お、お名前を伺っても?」
「ヘルムト=ミストファング侯爵様(のお嬢様)でございます」
「だ、断罪の霧侯爵!」
侯爵様の名前を聞いた途端、フトック氏は大きな声をあげた。その顔は血の気を失ったかのように真っ青だ。赤くなったり青くなったりと忙しい顔である。しかも、体が小刻みに震えているではないか。
侯爵様の名前を聞いただけでこの反応というのはいささか大げさではないだろうか。それに、お嬢様のお父上である侯爵様に対して、変な呼び方はしないでいただきたいものだ。
「なんです? そのけったいな呼び方は」
僕が眉を寄せていると、ニーナさんが小声で言った。
「アルクくん。侯爵様が魔王国でなんて呼ばれているか知らないの?」
どうやらニーナさんは知っているらしい。僕を見るその顔には、なんで知らないのよ、と書いてあるように見える。そんなことを顔に書かれても、僕が王都を出歩くようになったのはここ最近の話だ。
「詳しいことは自分で調べてちょうだい。簡単に言えば、犯罪者を許さない方だと思ってくれればいいわ」
「わかりました。あとで確認します。ところで犯罪といえば、詐欺とか、いかさまとか、食品偽装ですよね。あとは、脱税だとか裏帳簿とか粉飾ですか。確かに通商貿易局局長の侯爵様がお嫌いそうな言葉です」
僕はフトック氏の目を見ながら犯罪名を挙げていった。
詐欺や脱税という言葉を僕が言うたびに、粘度の高そうな脂を顔から流しながらフトック氏の目が激流の中を遠泳している。目が泳ぐという言葉があるが、その目は溺れているのではないだろうか。
「侯爵家では、こちらのお店と取引をさせていただいてますね」
「え、ええ。い、いつも懇意にしていただいております」
一瞬、呆けたような顔を見せていたが、取引があることは覚えていたらしい。今、思い出したのだろうけど。
「そういえば会長さん。以前、見習いだからニーナさんは無給だとおっしゃっておられましたけど。それ、何かの間違いですよね。魔王国の法では――」
「も、もちろんですとも。手違いでミスが誤認して間違いが失態ですとも。ちゃ、ちゃんとお渡ししますとも」
魔王国には、日の浅い見習いであっても給料を支払うよう定めた法がある。その半面、役に立たない、使えない見習いを解雇にする権利も雇う側に保障されている。ニーナさんがクビになったのは、雇った側の資質、もしくは災難だと思ってもらうしかない。あくまで魔王国は実力主義なのだ。勤め先を選別する能力も実力のうちである。
フトック氏が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、ニーナさんへの給料はちゃんと支払われた。袋の中身を確認したニーナさんが驚いたことから、思ったよりも多かったのだろうと推測する。
(口止め料込みだろうな)
金額に驚いていたニーナさんだが、思い出したかのように僕に問いかけてきた。
「あっ! ねえ、アルクくん」
「はい、なんでしょうか」
「隊商に入った私は、侯爵様にお仕えするってことになるの?」
「専属商人の一人という扱いになると思いますが、ある意味、その解釈で間違っていませんよ」
フトック氏に聞かせるように僕たちは言葉を交わす。
この意味が果たして彼に伝わるだろうか。
「おや、会長さん。顔色が悪いようですがどうかされましたか? そういえば先日、お願いしておいた白いキノコの追加分は用意できましたか」
「え? あ、はい? いえ、あの、その……」
「まだのようですね。これからほかの用事がありますので今日の日没までは待ちますよ」
「お、恐れいります」
ホッとした様子を見せているが、日没までになんとかできると思っているのだろうか。念の為、釘を打っておくことは忘れない。
「契約書に書いてないからと言って、時間を引き延ばしたり、商品が遅れたと言い訳したり、そんな幼稚な時間稼ぎ、高位魔族はしませんものね」
「え、ええ。もちろんです」
「いるんですよ、たまに。契約を結んだあとで無効だと騒ぎ、無理やり契約を結ばされたと訴える連中が。契約というのは商人と商人の約束です。信用第一である商人にとって、これは軽いものではない」
「は、はあ」
「ある国では、「指切り」って風習がありましてね。嘘ついたら針を千本飲ませるんです。それが大人でも子供でもね」
ごくり、とフトック氏とニーナさんが喉を鳴らす。
(なぜ、ニーナさんまで!?)
喉を鳴らしたあと、僕を睨むように見ている彼女の非難めいた視線が痛い。わざわざ顔を向けなくてもわかるほどの鋭さである。どうやらニーナさんは、嘘をついていたわけでなく、そんな残虐なこと許しませんよ的な考えらしい。
一応、言っておくが、僕は飲ませたことはないし、飲んだこともない。飲ませるなら、針よりも『無理難題』の四文字を飲ませたほうが面白い。
「それくらい約束というのは大切なものなんです。針を飲ませる代わりに、文字通り指を切り落としてもいいくらいだ。会長さんや僕たち魔族は何本の指がありますかね?」
「ひっ」
別に彼の指の本数だけを聞いたわけではないのに、フトック氏はなぜか怯え始めた。約束を守るだけだというのに、なぜそこまで怯える必要があるのだろうか。
ちなみに高位魔族のほとんどは人族やエルフ同様、手足合わせて指は二十本である。ただし、一部の魔族の指は必ずしも二十本ではない。
「そういえば今日はお店がずいぶんと静かなようですが、店員の皆さんがいらっしゃらないようですね。何かありましたか」
「しぇ、席をはずしているだけでごじゃいますよ」
明らかに動揺してるようだが、店員が店に来ない理由までは知らないようだ。
そのことをフトック氏が知らないのも無理は無い。もちろん店員がいない理由を僕たちは知っている。なにせ、森でここの店員を捕まえたのは森林管理局の局員と僕たちだ。
店員を森に閉じ込めたままなのは、フトック氏にバレないようにするためだ。店員が捕まっていることが知れれば、証拠隠滅もしくは逃げる可能性もある。
僕はわざとらしく店内を見回し、店員の姿を探すフリをする。お客さんもおらず、閑古鳥が鳴いているくらいで、店は実に静かだ。
店内を見回しながら、僕はニーナさんと目をあわせた。
僕が彼女に向かってそっとうなずくと、彼女はフトック氏に話しかける。
「そういえば誰もいないようですね。あ、そうそう。私、事務所に私物を置き忘れたままだったので持って帰りたいのですが。取ってきてもよろしいですか」
「何? エルフの分際で勝手に……」
その途中、何かに気が付いた彼は言葉を止め、言い直した。
「失礼しました……どうぞご自由に」
了承を得たニーナさんは、彼の変わりように苦笑しながら、店の奥にある事務所へと入っていった。
そう。最初に言ったはずだ。彼女はもう貴方の部下ではない、と。
わざわざ侯爵様とニーナさんの立場を聞かせたのは、それをわからせるためだ。先ほどニーナさんが言った、侯爵様にお仕えすることになるの? という質問は、店に入る前に口裏を合わせ、ニーナさんにフトック氏の前で言うように指示したものだ。
あのセリフで、彼はニーナさんが侯爵様の部下になったと理解したはず。
もちろん正式にニーナさんが雇われるかどうかは、侯爵様との面接の結果次第なのだが、フトック氏が知る由もない。
そうとは知らないフトック氏だが、ニーナさんや僕を軽んじれば、それは侯爵様の耳に入ることになる。ニーナさんを軽んじているということは、侯爵様を軽んじていることにも繋がる。
貴族を軽んじたらどうなるか。
エルフを下に見ていた彼が、言葉を選び、言い直したのは、どうなるのかわかっているからだろう。
だからといって貴族を過剰に重んじるのも問題である。
フトック氏のように、わざわざ店先で平民のミノスさんを罵倒したり、貴族を持ち上げるような言葉を喧伝したりすれば一般客の足は遠のく。貴族以外は客じゃないと宣言しているようなものだからだ。
この店にお客さんがいないのは、間違いなくそういう店だと噂が立っているに違いない。種族を問わず、奥様方の情報網をナメたら痛い目にあう。
そういった噂話に敏感なのも貴族だ。噂は住人から貴族の使用人を経由し、あっという間に主人である貴族の耳に入る。
噂レベルだとしても悪評が出た店との付き合いは、貴族は嫌がる傾向が強い。
フトック氏の立場は、「今ここ」である。
余談だが、隠し事や噂話はあっという間に広がる、ということを知らしめた作品が魔王国に存在している。それは一冊の恋愛小説だ。
その作品の題名は、『壁にミミあり。上司とメアリー』。
前世に似たような言葉があったがそれとは関係ない。
貴族の家に仕える噂話が大好きなおしゃべりメイドのミミさん(獣族)が、上司と同僚メイドのメアリーさん(幽霊族)との禁じられた愛を見守る物語だ。見るだけでなく、あちこちでその二人のことを話してしまうため、様々なトラブルを招くというよくある内容だ。
上司のセリフに、「恋人は男性のほうが多かった」という一節があり、今も明かされていない上司の性別について、ファンの間で終わらない議論がなされているらしい。
(控え室に置いたままだったなぁ、あの本。誰のだろう?)
ふと我に返ってフトック氏を見る。
ニーナさんを待っている間も、相変わらず落ち着かない様子のフトック氏。顔色も悪いまま、指を隠すように拳を握っている。僕が侯爵様に仕えている執事であり、この店と取引があると明かしたときから、ずっとこんな調子だ。
まるで罪を犯した容疑者が、バレるかもしれないという恐怖で挙動不審になっているかのようだ。店の外で大きな音がするたびに、身体をビクリとさせている。
態度もお腹も大きかったフトック氏を、ここまで追い詰めたのは誰なのだろうか。態度はダイエットに成功したようだが、大きいお腹はいまだに健在である。
(まあ、身に覚えがあるよねぇ)
ちょうどそのとき、ニーナさんが事務所から戻ってきた。
僕は立ちあがって、フトック氏に伝える。
「じゃあ、会長さん。僕たちは一旦帰ります。日没後、また来ますので商品の用意をお願いしますね」
僕は商談テーブルの上にある書類をトントンと指で叩きながら静かに言った。
「ねえ、会長さん。日没までに商品の用意ができなかったら……わかってますよね」
その契約書にはこう書かれている。
◆取引相手に、以下の違反があった場合、違反した側は店舗もしくは隊商の権利を相手に譲るものとする。ただし、双方の相談によっては減免も可能とする。
・魔王国法に違反した場合
・損害賠償が発生し、適正な対応が行われなかった場合
・商品の納品、代金の支払いが滞り、適正な対応が行われなかった場合
「王都にフトック氏ありと言われた会長さんだ。納品が滞ることなんてないと思います。ましてや法を犯すことなどありえないでしょう。が、契約は契約です。このことを絶対に忘れないでくださいよ」
「わかって……おります」
青い顔をしながら、力なく答えた彼を尻目に、契約書を回収した僕とニーナさんは店をあとにした。
店を出て周りを見回すと、昼時だというのにフトック氏の店に入ろうとする客はいないようだ。向かいの店の前では、目つきの鋭い奥様魔族たちが井戸端会議に花を咲かせている。
店を出てしばらくしたあと、ニーナさんがふぅっとため息を吐いた。
「さすがに緊張したわ」
「いやいや、堂々とされてましたよ」
「それにしてもあそこまで態度が変わると気持ち悪いわね」
「それは確かに」
そんな他愛のない話をしながら、二人並びながら道を歩く。彼女は、フトック氏の店が見えなくなった道の先まで来ると、ひとつにまとめられた書類を手渡してきた。
「はい、置き忘れた私物」
僕はそれを受け取ると中身を確認した。
これはなかなか。さすがはニーナさんである。
「頼まれた『表帳簿』の怪しい箇所を写したものよ。あいにくと『裏帳簿』の場所はわからないわ。でも、アルクくん。あの店が裏帳簿をつけてること、よくわかったわね」
「それを言ったら、ニーナさんだってよく気がつきましたね。あの店に来て三ヶ月なんでしょ。それなのによく帳簿の手伝いを任され、さらに粉飾の証拠まで見つけるなんてね」
「数字に強いということはムダを省くことよ。ムダな経費を指摘したら喜んでやらせてくれたわ。そのときに数字の操作に気がついたんだけどね。おかしな箇所を写しておいてよかったわ」
彼女は簡単に言うが実際にはありえないほどの調査能力だ。商品の動き、お金の流れなどを把握していないと見つけるのは困難なのだ。裏帳簿をつけている側の能力が低い可能性もあるが、それにしても彼女は優秀であるといえよう。
この表帳簿の写しだが、ニーナさんによれば、いざというとき自分の身の潔白を証明するための保険だったそうだ。フトック氏の態度から、裏帳簿がバレた場合、従業員に罪をかぶせるくらいするだろうと思ったニーナさんの自衛策の賜物らしい。
「あと、お給料の件もありがとう。助かったわ」
「いいえ、とんでもありません」
そう言ってニッコリ笑う彼女の耳が上下に動いている。感情の変化によって耳が動くのはエルフの特徴なのだろうか。
さてそれはともかく、僕がニーナさんにお願いとして聞いたのは帳簿の場所だけだった。話の中で粉飾の可能性を指摘すると、いいものがあると言って教えられたのがこの写しだった。
流し読みをしていくと、かなりの食材で偽装が行われているようだ。他店舗乗っ取り計画に必要な資金を集めるため手広くやっていたのだろう。
どんな食材が偽装されているのか帳簿だけではわかりづらいが、高級品といわれている食材(毒)を異常なほど安い価格で仕入れていたり、そうそう売れるものではない食材なのに日付をずらして毎日入荷していたりする。
ニーナさん曰く、帳簿では仕入れたはずなのに店内で見たことのない食材もあるらしく、写しには商品の流れや在庫などもまとめてあった。ただ写すだけでなく、的確に偽装を見破っている。
彼女、商人よりも国税査察官とかのほうが合ってるかもしれない。
働いていた店がこんな悪事をしていると知れば、嫌になっても仕方ない。だからといって、魔族や魔王国を嫌いになってもらっては困る。魔王国には悪いことを考える魔族ばかりではないのだから。
(こんな店で働いていれば魔王国を出ていこうと思うよなぁ。……インプ、聞こえる?)
(はい、アルク様)
(そっちの用事が済んでからでいい。王都にあるフトック食肉協会から裏帳簿をこっそり借りてきてくれ。あとフトック氏が逃げ出さないか見張りを頼む)
(承知しました。すぐに戻ります)
「アルクくん、何か言った?」
「いいえ、なんでも。このあと商業ギルドに寄ってから、食材を扱っている知り合いに会いに行く予定ですが、ニーナさんはどうします?」
「あら、おもしろそう。挨拶回りも終わってるし、一緒に行くわ」
知り合いとはミノスさんとソーサさんだ。
その二人に会う前に商業ギルドに立ち寄り、ギルド長に挨拶とちょっとした提案を行う。
ギルド長といえば、本来なら一介の執事にほいほい出てくるような立場ではない。これも侯爵様に仕えているからこそであり、侯爵様に仕えていない僕であれば会うこともなかっただろう。
侯爵家に仕えている執事であることは、商業ギルドへ入らないかと勧誘され、丁重にお断りしたときに話してある。
そんなことを冗談交じりに話すと、真剣な顔つきでギルド長が言った。
「アルク殿は勘違いしてないか」
「何がです?」
「ワシが君に会うのは侯爵様に仕えているからだけじゃない。商売と金の匂いがするからだよ。そうさなぁ、今のところ金貨百枚前後といったところか」
何、この人、怖い。
金勘定が得意そうな目つきだけだと思っていたら、『執事ボックス』に入っている金貨の枚数をおおよそ当てている。このお金はお嬢様のため食材を見つけるための活動資金だ。たまたまなのかもしれないが、お金の音を聞いただけで金額を当てる者もいると聞く。このギルド長もそういった類の特技や能力を持った魔族なのだろうか。
そんなお金に鋭いギルド長だが、若い商人を応援している人望の厚い人物というのが周囲の評価だった。僕はもちろんのこと、隣にいる見習い商人のニーナさんにも言葉をかけている。
なんでも種族が異なれば扱う商品が異なり、商売の方法も違う。そこに新しい商売が生まれる可能性がある、とのこと。
今はほとんどいないらしいが、他種族の商人大歓迎らしい。
そんな彼だが、どこでどうやって知ったのか、ニーナさんがフトック氏の店をクビになったことを知っていた。と、いうことはすでにニーナさんにも目をつけていたということだ。さすがは、情報を制するものは商売を制す、という持論を持つ方である。
ただ気になる点がある。
ギルド長は、フトック氏の店が今どういう立場になっているのかも知っていたのだ。
(いくらなんでも情報を集めるのが早すぎるな)
「え? アルクくん。あの店何かあったの?」
「うーん。説明してもいいものかどうか」
「問題なかろう。彼女はもう無関係だ」
「それはわかっているんですけどね。まあ、いいか」
僕は森で起きていた内容を彼女に説明した。
説明を聞いた彼女は、顔を青くしていたが、その顔はすぐに赤く染まる。
「森でそんなことが起きていたの! 食品偽装もそうだけど、ファンガスの養殖なんて許される行為ではないわ」
エルフという種族は、森で住む種族であること多くの者が知っている。そのエルフであるニーナさんが怒るのも無理はないだろう。過去にもファンガスの異常増殖によって、森に住む動物が絶滅したこともあったらしい。
だが、彼女は知らない。
今回はファンガスの異常増殖以上にまずいことになっていることを。
なにせ一定の魔族に感染し、動物の死体を操る突然変異種のカビの発生だ。繁殖力はファンガス並だった。今頃、調査機関ではその正体について研究が始まった頃だろう。
彼女は、怯えるような、それでいて戸惑ったような表情を浮かべながら僕を見る。
無理もない。森の動物を絶滅させる恐れのあるファンガスを養殖していたのだ。怯えもするし、戸惑いもするだろう。
「……ねえ、それより魔族ってファンガス食べても平気なの?」
「あ、そっちですか」
どうやら養殖の一件よりも、ファンガスを食べることのほうに戸惑っていたようである。
ファンガスを食べることについては普通の魔族なら大丈夫とかしか言いようがない。もともとファンガスは飾り付けに使われることが多い。前世でも季節感を出すためや装飾として、「あしらい」っていうのがあったけどそれと似たようなものだ。 それにファンガスの幼体に毒はない。これはヒミカさんに教えてもらった話だったが、だからといって食べる気にはならない。
毒がないことをニーナさんに教えたのだが、彼女は眉をひそめていた。
「食べ物の好き嫌いは関心しませんよ」と僕。
心のなかで、僕は食べませんけどね、と付け加える。「好き嫌いの問題じゃない!」とニーナさんが叫んでいるが聞こえないふりをしておいた。
「それはともかく、あの店がやった行為は商業ギルドとしても頭が痛い問題だ」
「そりゃあ、他店舗乗っ取りまで計画してたくらいですしね。ファンガスの件も資金集めのためでしょう」
「やれやれ、どうして。アルク殿はどこで乗っ取り計画の情報を?」
「情報を制するものは商売を制す。ですよね、ギルド長」
(まあ、本人がべらべら話したことは黙っておこう)
にっこりと微笑む僕に、ニヤリとした表情を返したあと、真面目な顔でギルド長は言った。
「乗っ取りも商売の常だ。だが、やり方がよくない。お客を騙すことは許される行為ではないのだ。商業ギルドだけでなく商売の信用に関わるからな」
ギルド長の言葉に、ニーナさんは大きくうなずいた。
「ところでギルド長、折り入って相談があるのですが」
僕はフトック食肉協会と結んだ契約書を見せながら、しばしギルド長と話をするのだった。




