第五十一話 増えるキノコ
あの叫び声を上げ、苦しみながら崩れていった白いキノコはなんだったのだろうか。
悩んでいる僕に、ヒミカさんが声をかけてきた。
「あの白いキノコは、ファンガスの幼体ではないかと思います」
「ファンガス? それは魔物なの?」
「いえ、魔物と分類していいものかどうか……」
ヨヨさんが心配そうな顔をして、魔物かどうか尋ねているが、どうやら少し違うらしい。ヒミカさんは唇に指を当てながら、どう答えていいか悩んでいるようだ。
僕はファンガスについて、わかる範囲でいいから教えて欲しいと頼んでみた。ヒミカさんは、「わかりました」とうなずく。
ヒミカさんの話によると、ファンガスは魔物と植物の中間の生き物だそうだ。特に、ファンガスの幼体と食材のキノコは非常によく似ており、見分けがつかないほどらしい。
しかも、本来なら生きてる動物は入れることができないアイテムボックスにも入れることができてしまう(確かに僕の『執事ボックス』にも入れることができた)。大量に商品を扱う商人は、魔道具であるアイテムボックスを持っていることが多い。そのため仕入れたキノコの中にファンガスの幼体が混ざっていても、気がつかないこともある、と教えてくれた。
「まあ、滅多にあることではないそうですが」
「ヒミカさん、詳しいんですね」
「大神官様の受け売りですけどね」
どうやらその昔、大神官様が体験したそうだ。
スープを作っている最中、買ったばかりのキノコを入れたら、それがファンガスの幼体だった。熱いスープの中で、悲鳴を上げながらもがき苦しむキノコに驚いた大神官様は、勢い余って鍋ごとファンガスを溶かしたらしい。
……鍋を溶かした?
何やら不穏な言葉が出てきたが、今は聞かなかったことにしよう。
その一件があったのは、それなりに昔の話のようだ。「その昔って、いつ頃の話なんですか」と尋ねると、それは聞けなかったとヒミカさんは答えた。年齢的な意味で。
相変わらず大神官様の年齢に関してはタブーらしい。
まあ、滅多に起こることではない、とわかれば十分だ。
僕はもしかしたらと思い、テーブルの上で生物図鑑を広げると、ファンガスのページを探すことにした。最近は慣れたもので、すぐにそのページは見つかる。
「……あった」
――ファンガス――
全身は一メートルほどの大きさで手足がある。夜行性。その姿は様々でスープの具材そのもの。更に、全身には具材そっくりな幼体を生やす。幼体は、派手なものから、地味なものまで様々。弱った動植物や死体に幼体を寄生させる。寄生した幼体は、宿主の養分を吸い上げ、ある程度成長すると宿主から離れ、次の宿主を求め、徘徊するようになる。
幼体は、刺激を与えるまでスープの具材と区別がつかない。そのためファンガス自体、魔物とも、植物とも分類し難い。
ファンガスを倒したあと、身体についた幼体を放置するのは危険である。そのままにしておくと、死んだファンガスを苗床に爆発的に増えるため、倒した後は弱点である火で焼くなどの処置が必要。
……セイバスさん、スープの具材って。
キノコの名前を知らなかったとはいえ、さすがにこの説明文はわかりにくい。図解を見ると、手足の生えたエリンギのような身体に、小さなキノコが無数に生えている姿が描かれている。そのほかにも、傘の部分が派手な赤や、いびつな姿のファンガスが描かれている。どうやら形や色は個体差があるらしい。
それにしても、幼体は刺激を与えるまで食材と区別がつかない、か。
この図鑑にも、ヒミカさんの話と同じようなことが書いてあった。やはり刺激を与えるまでは普通のキノコに見えるようだ。ただ今回のように、命の水に浸けることで判別は可能となるだろう。
「ファンガスの幼体が擬態するのは白いキノコだけじゃないのか」
「そのようですね」
ヒミカさんが図鑑を覗き込みながら返事をした。
「先ほどの話の続きですが、大神官様にファンガスの幼体を間違って販売した神殿御用達の業者は、新品の鍋セットを持って謝罪しにきたそうですよ」
「大神官様ともあろう方が……なんてひどい」
「何を考えているかなんとなくわかりますが、違います」
「え? 『オトシマエ』じゃないんですか。もしかして『奥歯ガタガタ』でしょうか」
「どちらも違います! 大神官様は、次からは気をつけて、と注意されただけです。ただ業者さんのほうが信用に関わるからと平謝りされたそうです。対応に困ったと大神官様は言っておられました」
ヒミカさんは頬を膨らませながら抗議してきた。その姿は、どことなくお嬢様に似ている気がする。こういった態度をとる女性には素直に謝るのが一番だ。それに信頼厚い大神官様のことを悪く言われるのは許せないのだろう。僕は素直に謝罪しておく。
ヒミカさんは、僕の謝罪に苦笑しながら続きを話し始めた。
その話の中で何より驚いたのは、ファンガスの幼体には毒がなく、ワンバーンやベヒモス、リヴァイアサンと同様に食べられるということだった。
だが、毒がないからといって食べたいとは思わない。ヒミカさん自身も、食べようとは思わないと言っている。なんといっても、大神官様が驚いたくらいだ。毒がないとわかっていても、話を聞いた後では食べる気にはならないだろう。
また商人側としても、ちゃんと『区別して』いるそうだ。いくら食事に無関心の魔族とはいえ、商売は信用が第一なのでいい加減なことはしていない。ただ、間違いというのは、起きるときには起きる。それが、大神官様に起きてしまったのだという。
商人が信用に関わると言ったことにも当然、理由があった。
どうやら見た目がそっくりでも商品価値がまったく違うらしい。
普通のキノコは、魔族に必要な魔力を微量ながら含んでいるが、育つ環境によって収穫量も種類も変わるため集めるのが大変だ。そのため一部のキノコは作物として育てているそうだ。森で探すにしても、作物として育てるにしても、人手が必要となり、当然のことながらその分の経費がかかる。
ところがファンガスの幼体は、集めるのは容易で、魔力もほとんど含まれていない。価格に換算して十倍もの差があるということだ。
(前世で例えるなら、一袋百円で売ってるキノコと十円で売ってるキノコということか)
ファンガスの幼体を集めるのが簡単なのは、ファンガスを倒したあと放置しておけばいいからだ。図鑑によれば爆発的に増えると書いてある。これなら探さなくてもいいし、大量に収穫できる。
問題なのは、爆発的に増える、という意味だ。爆発的というのがどれくらいなのかわからない。実際、どれくらいなのか見てみたい気もするが、やめておいたほうがいいだろう。あのセイバスさんが、わざわざ危険だと図鑑に書いているのだ。本当に危険なのだろう。
もしかしたら上手にファンガスの幼体を集める秘訣が、商人やキノコ採りの採取業者にはあるのかもしれない。
ただ残念なことに、魔力をほとんど含まないファンガスの幼体は、魔族に人気がない。食事から魔力を摂取する魔族にとって、ファンガスの幼体は魅力のない食材だ。そのためファンガスの幼体を買っていくのは、飾り付けに使用する場合や、日々の食事に苦労している貧困層くらいだそうだ。
「このように、需要と供給、更にコストの関係で十倍近い価格差が生まれています」
「ほぇー。ヒミカちゃんは商人にもなれるわね」
「この話も全部、色々な人からの受け売りですけどね」
ヨヨさんの言葉に照れているが、やはりヒミカさんは優秀だと思う。ちゃんと物流の仕組みを理解している。本人曰く、神殿御用達のお店の人とよく話をするらしい。
聞いた話を整理していて、だんだんわかってきたことがある。
(普通のキノコと十倍ほどの価格差があり、見た目そっくりで、大量に増えるファンガスの幼体、ねぇ)
今、僕の頭に浮かんだのは、色鮮やかな色彩の山盛りのキノコと、山と積まれた白いキノコ。
(やってくれる……おっと、そうだ。いいことを思いついた)
今後の展開を想像して自然と笑みが浮かんでくる。
「アルクんが、また悪い顔をしているわ」
「アルクさんが、また悪い顔をしてますね」
僕の顔を見た二人が、失礼な言葉を全力で投げてくる。
せめて楽しいことを思いついた顔だと言って欲しい。
「ところで、悪い顔をされてるアルクさん。このファンガスは不浄な存在である可能性があります」
「気のせいですってば。……不浄な存在ですか」
今もヒミカさんの容赦ない一言が飛んできたが軽くスルーする。専属メイドのイシェリーさんに罰を与えてからというもの、黒巫女としての素質が開花し始めているよう――睨まれた。
ヨヨさんに匹敵するほどの勘の良さである。
「ええ。不浄な生物は神聖魔法に弱く、祝福されたものを嫌います」
なるほど。だから、命の水に入れたら苦しそうにしていたのか。
命の水は、神官によって祝福されているから、不浄なものを浄化する力があるのだろう。それにアルコール度数が高いため、消毒としての効果も高い。まさに命の水である。
「じゃあ、伯爵様の病気の原因は……」
「病気の原因は、カビ毒によって弱ったところをファンガスに寄生された可能性が高そうですね。以前、ヒミカさんには言いましたが、なぜ病気にかかったのか、その原因も調べる必要があります」
ヨヨさんの問いに、あくまで可能性ですが、と付け加えておく。
ただし、いくら植物系魔族の伯爵様とはいえ、日常にあるようなカビ毒程度ではなんともなかったはずだ。それを考えると高位魔族である伯爵様の毒耐性を超えるカビ毒が発生したことになる。
カビ毒に関しては、池の水が関係している可能性が高いと睨んでいるが、まだ詳しいことはわからない。ソーサさんの畑の話と合わせて、湖も調べておく必要がある。
「となると……」
僕は、先ほど解毒魔法をかけた小瓶を取り出し、フタを開ける。中に蜘蛛の巣のようなものが入っている小瓶だ。すかさず小瓶の中に命の水を注ぎ込み、固くフタをする。
「……うわぁ」
「ほらほら! 言ったとおり動いたじゃない」
命の水の入った小瓶の中で、蜘蛛の巣のようなものが絡みあいながら、のたうち回っている。複雑に絡み合ったそれは、次第に動かなくなり、そのまま溶けて消えてしまった。
「こ、これが父さまや母さまに……」
その様子を見ていたヒミカさんの声が震えている。
どうやら伯爵様の体に付着していたものは、生まれたばかりのファンガスの幼体に間違いないようだ。神聖魔法の解毒魔法をかけたとき、おそらくファンガスの幼体は神聖魔法に刺激され動いたのだろう。
ただ気になることがある。
伯爵様の体に付着していた生まれたばかりのファンガスの幼体と、フトックの店でもらったファンガスの幼体の違いだ。
解毒魔法をかけたとき、ヨヨさんは生まれたばかりの幼体が動いたと言っていた。しかし、フトックの店の幼体は何の反応も見せなかった。大きさが違うということもあるが、何か違うのだろうか。
悩んでいる僕の姿を見ながら、ヒミカさんが遠慮がちに声をかけてくる。幼体の反応の違いは気になるが、今は伯爵夫妻の病気の治療が先だ。
ヒミカさんに視線を向けながら、「すいません。少し考えごとをしてました」と頭を下げる。僕の言葉に彼女は、「いつもなにかを考えてらっしゃいますね」と微笑んでいる。
「アルクさん。父さまと母さまの治療は命の水を身体にかければよろしいのですよね」
「ええ。ただ念のため、命の水をかける前とかけた後に解毒魔法をかけたほうがいいでしょう」
それに付け加え、命の水を直接身体にかけるときは、少しずつ様子を見ながら行うこと。カビの多い箇所は、煮沸消毒した布に命の水を染み込ませ、それを巻いておくのが効果的であること。そして、かなり身体が冷えるので暖が取れるような準備も必要であると伝えておく。
草原もずいぶんと気温が高くなってきた。まだ昼を過ぎたくらいで、太陽も高い位置にある。
今から伯爵家に行って治療するには十分な時間だ。それに伯爵家の池や水路に生えているキノコにも命の水をかけて実験してみようと思う。もしかしたらファンガスの幼体がいるかもしれないのだ。
そろそろ伯爵様の元に向かうべきだろう。
僕は執事魔法によって草原に作り上げたテーブルや壁などを元の状態に戻しておく。水たまりは、まぁそのうち蒸発するはずだ。
ヒミカさんに、アルティコ伯爵夫妻の治療をしに行くことを告げると、彼女は姿勢を正して、「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。
「お嬢様のための手伝いをしていただくのです。お気になさらないでください」
「ですが……」
「いいのよ、ヒミカちゃん。さっきのアルクんの悪い顔見たでしょ。あれは絶対にとんでもないことを思いついているわよ。それに付き合わされるんだから迷惑料みたいなものよ」
「あ、ヨヨさんは明日、ヒミカさんのそばにいてあげてください。侯爵様が伯爵のお見舞いに行かれますし、ヒミカさんを手伝ってあげて欲しいんです」
「ほら、見なさい。妖精族の使者ですら、こき使う気まんまんよ。お菓子のレシピ一つや二つじゃ足りないくらいだわ」
言ってることは不満気な内容だが、ヨヨさんは楽しそうに笑っている。
僕は『執事ボックス』から命の水の入った壺を、妖精のポーチを持ってるヨヨさんに六個渡しておく。これは今日から行う治療の分だ。足りなくなったときは、ドワーフさんのところに行ってもらわなければならない。そのためにもヨヨさんにはヒミカさんのそばにいてもらいたいのだ。僕の手持ちは残り三個。これだけあれば十分だろう。
ヒミカさんとヨヨさんに準備はよろしいですか、と確認する。
二人は力強くうなずいた。
「では、伯爵様の治療に向かいましょう。『開け』、そして『繋げ』」




