第四十二話 後継者をねらえ
(そうか……君は)
ヨヨさんの言葉を聞いたヒミカさんは、僕を見つめながら寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「私は、毒に対して抵抗力がありません」
「ああ、だからあのとき……」
フトック氏の店の前で、「僕は毒に弱い」と冗談交じりに話したときのことだ。そのときの彼女はとても驚いていた。
毒に弱い高位魔族は珍しいから驚いている、そのときの僕はそう思っていた。だがそうではなかったのだ。ヒミカさんは、自分と同じ毒に弱い魔族が身近にいたことに驚いていたのだ。
ヒミカさんは不安そうな顔で黙ったままだ。
そしてその顔は僕に向けられている。
僕はその視線を受け止めながら言葉を待つ。
僕の反応のなさに不思議そうな顔で彼女は尋ねてくる。
「アルクさんは、驚かないのですね」
「まあ、自分も毒に弱いですからね。毒に弱い魔族がほかにいてもおかしくないですよ」
白の賢者様曰く、毒耐性がない高位魔族はめずらしいと言っていた。めずらしいのであって、いないわけじゃない。
僕は自嘲気味に笑いながら彼女に言った。
「実は、昨日も毒キノコのスープを飲んで死にかけました」
それを冗談として受け取ったのだろう。
クスッとヒミカさんは笑った。
だがその笑みは僕の言葉ですぐに消える。
「パーティーの夜、大神官様が言っておられたんですよね。“普通の料理”だと。ヒミカさんが食べた毒入りの料理は、多くの魔族にとっては普通の料理なんですよ。でもヒミカさんや僕にとっては普通ではないんです」
僕の言葉に彼女は真剣な顔をして話す。
「私やアルクさんは普通の魔族ではないのでしょうか」
「いいえ。先ほども言いましたが毒に弱い高位魔族もいるということです。もともと魔族以外の種族なんて毒の耐性はほとんどないのですから。毒に弱いことなど、大したことではありません」
彼女は僕の言葉に驚きの混ざった顔を浮かべる。
「アルクさんは、毒に弱いことを大したことではない、そうおっしゃるのですね」
「ええ。大したことありませんよ。ヒミカさんには解毒魔法がある。世の中には解毒薬も存在している。毒に弱いなら気をつければいい。毒を飲んだら解毒をすればいいのです」
この世界では毒は脅威ではない。
「アルクさんは強いのですね」
「僕はヒミカさんこそ強いと思っていますよ」
お互いの言葉に、しばらく目を合わせたまま無言の時が過ぎる。
「ぷっ」
「ふふふ」
どちらともなく思わず笑いがこみ上げる。
その笑い声は少しずつ大きくなっていく。
「でもアルクさん。解毒魔法を唱えることができなくなるほどの毒だったらどうします」
「僕が解毒薬を飲ませてさしあげますよ」
「でしたら、アルクさんが毒に弱っているときは、私が解毒魔法をかけてさしあげますわ」
「そのときはぜひお願いします」
二人の笑い声はますます大きくなっていく。
不安げで寂しそうだったヒミカさんの顔は、草原に花が咲いたような清らかで心弾むような笑顔だった。
「あのぅ。二人の将来を約束しているとこ申し訳ないんだけど、私がいること忘れないでもらえる?」
「「えっ」」
その声の主に目をやると、ヨヨさんが呆れた顔で腕組みをしながら僕たちをみていた。
「二人の将来って、解毒の話をしていただけですよ」
「ヒミカちゃんが毒で弱ったら解毒薬、アルクんが毒で弱ったら解毒魔法。いつも一緒にいないと駄目よねぇ。いつ毒の脅威があるかわからないもの」
「「あっ」」
ニヤニヤしながら言ったヨヨさんの指摘に、思わずヒミカさんと顔を見合わせる。言葉の意味にヒミカさんの顔は真っ赤になっている。
「ま、まあ、一緒にいたとき何かあったらお願いします」
「あ、はい。こちらこそお願いします」
ヨヨさんを横目で見ると、今もニヤニヤした顔つきでこちらを見ている。
ヒミカさんから不安を取り除こうとしただけなのに、なぜこんな話になったのだろうか。
「昨日もこんなことありましたよね。二人ともありがとうございます」
「たまたまよ、たまたま」
ヨヨさんは、手を振りながら答える。なんとなく照れているように見えるのは気のせいだろうか。
僕はヒミカさんに尋ねた。パーティーでヒミカさんの命を助けた子爵が、なぜ彼女の命を狙うようになったのか。パーティーのあといったい何があったのか。これらの話から見えてくるものがあるかもしれない。
「ヒミカさん。パーティーの後の話をお聞かせいただけますか」
「はい」
僕の問いかけにヒミカさんは先ほどまでとは違って力強くうなずいた。
抱えていた不安も多少は薄くなったようだ。それでもまだ何の解決にもなっていない。やはり原因となっているものをもとから断つのが一番だろう。
十歳の子供が命を狙う子爵とはどのような人物なのだろうか。
返事のあと彼女は子爵について語り始めた。
「私が一命を取りとめた後、フラム子爵は自分を衛兵に突き出すよう父さまに言ったそうです」
「自分からですか」
「はい。結果的に伯爵家の養女を殺しかけたのです。その罪を償うために、と言っていたそうです」
その頃の子爵はまだまともだったようだ。普通に考えれば暗殺の首謀者として衛兵に突き出されても仕方ない。しかも後継者争いで、もめている一族。後継者に一番近いヒミカさんを狙った行動だと思われても仕方ないのだ。
「私自身、毒に弱いことを知らなかったのです。もちろん父さまが知るはずもありません。父様はフラム子爵を罪に問いませんでした」
「今のお話を聞いたうえでは、当時のフラム子爵を疑う要素はなさそうですね」
自ら主催したパーティーで暗殺を企てるものはほとんどいない。真っ先に自分が疑われる可能性が高いからだ。それにアルティコ伯爵との仲も良好だったフラム子爵がそこまでするメリットが考えられない。
「そしてその日の夜のことです。熱にうなされていた私は、初めて白の賢者様の声を聞きました」
「どんな啓示だったの」
「私を白の賢者様の巫女にする、という内容でした。最初は夢か熱のせいだと思っていたのです。ですがその啓示は私だけでなく、大神官様、神官長様にも示されていました。それから私は、巫女としての修行を受けることになり神殿で暮らすようになったのです」
「貴族の養女になって、すぐにまた神殿で暮らすようになったの? 魔族の神様もひどいことするのね」
ヨヨさんが、やれやれと言わんばかりの顔でため息をつく。
そんなヨヨさんを見ながら、ヒミカさんは軽い笑みを浮かべたまま首を振る。
「いいえ。神殿で暮らすように言ったのは、父さまと母さまでした」
「え? どうして」
「理由はどうあれ、私が毒に弱いことが親族の間に広まってしまったため暗殺の危険を考えてのことだったのでしょう」
孤児から貴族の養女になったヒミカさん。そして後継者争いをしている一族。孤児だったヒミカさんをよく思っていない親族は多かったに違いない。なにせ特権意識の高い貴族の親族だ。
そんな貴族の一族が出入りする伯爵家よりも、神殿の中のほうが安全なのは間違いない。
「でもヒミカちゃんは、そんな子爵から命を狙われていると疑っているのよね」
ヒミカさんは、「そのとおりです」と返事をする。
「なぜ怪しいと疑うようになったのかしら」
「それは……私が一命をとりとめ、巫女として神殿で暮らすようになった後のことです。フラム子爵夫人の妊娠が発表されました」
平凡な日常であれば、子供のいなかった子爵家としては朗報だろう。だが当時は伯爵家の後継者争いの真最中だ。
ヒミカさんは少しだけ悲しそうな顔をうかべる。しばしの沈黙のあと、自分を納得させるかのようにはっきりと言った。
「妊娠がわかった後、フラム子爵はすっかり人が変わってしまいました。私を見る目は憎悪にあふれています」
(なるほどね)
自分に子供がいなかったときは後継者のことなど気にもとめなかったはずだ。ところが夫人が妊娠していることがわかった。そのときの子爵の気持ちはわからないが、自分の子供を伯爵家の後継者にするためのいい機会だと考えても不思議ではない。
そうなるとヒミカさんの存在が邪魔になる。
確かに罪には問われなかった。
だが子爵主催のパーティーで、後継者候補だったヒミカさんが死にかけたのは紛れもない事実。しかもその事件後に子爵家夫人の妊娠を発表している。
この状況をほかの人はどう思うだろうか。ヒミカさんが毒に倒れ、この世にいなかったら得をするのは誰か。
子爵が夫人の妊娠を隠してヒミカさんを狙ったのではないか。
一番有力な伯爵家の養女がいなくなった後、偶然にも子爵家の夫人が妊娠していることを発表する、そういう筋書きではないか。
そう思われても仕方のない状況とタイミングだった。
恐らくだが、子爵以外の親族からはそう思われている可能性が高い。
もちろんヒミカさんの両親であるアルティコ伯爵夫妻も、フラム子爵の様子が変わったことに気がついたはずだ。
だからこそ神殿で暮らすようにすすめたのだろう。神殿には解毒魔法を使える神官もいる。毒に弱い彼女にとって神殿ほど安全な場所はない。
「その後、私は何度も命を狙われるようになりました」
ヒミカさんから語られた話の続きはこうだ。
妊娠発表のあとヒミカさんを狙った事件が多発した。
例えば、毒の入った飲み物や信者からの差し入れを装った毒入りの食べ物が何度も送られてきたそうだ。
あるときは神殿にある彼女の部屋に不審者が侵入したこともあった。
その日、たまたまヒミカさんは留守だった。
忍び込んだ不審者を見つけたのは大神官様だったそうだ。
大神官様が、ヒミカさんの部屋の前を通りかかったとき、部屋の中から物音が聞こえる。確認のため扉を開けると何かが飛び出してきて大神官様にぶつかった。姿を消していたらしく外見は確認できなかったそうだ。大神官様は、とっさに魔法で攻撃して怪我を負わせたらしい。
不審者のものと思われる血が神殿の塀を越えて続いているのを確認したそうだ。
不審者が逃げた後の部屋には、半分ほど毒の入った瓶がひとつ。そしてテーブルにあった水差しにはその毒が入れられていた。
「大神官様によると、不審者は魔族ではなく使い魔ではないか、とのことです」
「使い魔ですか」
使い魔とは、儀式で呼び出され、呼び出した主人に使役される魔物の一種である。この使い魔だが魔王国では珍しいものではない。
また、手紙を届ける鳥や荷物を運ぶ魔獣の中にも使い魔がいたりする。
飲み物や食べ物に含まれていた毒とその使い魔であろう不審者が残した毒。それらの毒は、ヒミカさんが死にかけた料理に使われていた食材が持つ毒と同じだったそうだ。
その料理に使われていた食材の毒のことを知っているのは、フラム子爵を含むアルティコ家の一族、それに大神官様と報告を聞いた神官長だけだ。
顔を曇らせたままヒミカさんは疲れたかのようにため息をついた。
「私がフラム子爵を疑うようになったのはそういった経緯からです」
「でも証拠は見つけられなかったのよね。ほかの一族の連中ってことはないのかしら」
「確かにほかの一族からも良くは思われていないでしょう。ですがフラム子爵ほど私を憎悪の目で見る人はいません」
フラム子爵が犯人だと決めつけるのはよくないが、ヒミカさん以外の候補者が今となってはフラム子爵の子供だけとなると疑いたくもなる。
「巫女として神殿で暮らすようになりましたが、食べ物で死にかけたという恐怖が頭から離れませんでした。それに何度も送られてくる毒入りの飲み物や食べ物のこともあり、いつの間にか育ての親でもある大神官様の作ってくれた食事以外、口にできなくなっていました。今でもほかの方が作った料理は、一切、口にすることできません」
この言葉を聞いてなんともやりきれない気持ちになる。僕がいたずらでさしだした串焼きも、彼女にとっては無理やり毒を飲まされるのと同じことなのだ。
「知らなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんでした」
改めてヒミカさんに心から謝る。彼女は、僕の謝罪に目をパチパチとしていたが、すぐにその意味を悟ると微笑みながら言った。
「いいえ、私こそ早合点してしまいましたから。気にしないでください」
ヒミカさんはそう言って許してくれた。だがこのままでは本当に申し訳ない。できれば彼女の悩みを解決してあげたいと思う。
自分自身の軽はずみな行動を今はただ、後悔するばかりだった。




