第二十話 これまでに、これからも
厨房にある控え室のテーブルに三人で座り、ヨヨさんとは情報の共有を、イーラさんには説明しきれていなかったお嬢様の件について話をする。
「さて、今からお話するのはお嬢様や侯爵御夫妻の食事に関する今後の方針を決めるためです。これまでに邪神様に聞いた話を含め、食材の洗い出しと問題点を振り返り、話し合いたいと思います」
「「わぁ」」パチパチパチパチ。
何の拍手なんです?
「ご存じかと思いますが、お嬢様の離乳食期が終わる三歳まで、あと半年ほどです」
「ええ。三歳のお祝いしなきゃね」と拳を握るイーラさん。
「盛大にやりましょう!」と即答、賛同する僕。
イーラさんいきなり脱線しないでください。始発前です。
話を戻そう。
「お嬢様は三歳になられると離乳食期が終わり、侯爵御夫妻と同じメニューで食事をされるようになります。しかしながら今の魔族の食事に使われている食材の多くには毒が含まれています。味オンチの魔族には珍しい“鋭敏な味覚を持つ”お嬢様は、刺激物である毒を持つ食材を口にすることができません。そこで三歳になられるまでの半年間で、毒のない食材をより多く集める必要があります」
「お嬢様が毒のある食べ物を口にすると今朝みたいな騒ぎになるのね。私自身もすごく悲しくなったわ」
「ええ。お嬢様にとって、毒は“耐えがたい味が口いっぱいに広がり”、“痛み”となるようです。毒によっては“激痛”でしょう」
「なんておいたわしい」
お気持ちよくわかります、イーラさん。
「でもティリアちゃんのような高位魔族は、ほとんどの毒を無効化するのよね」
「ええ。今までの魔族の食事に使われている食材は、ほとんどが有毒でしたが高位魔族は魔力と栄養に変えてましたね。まぁ、毒であることにすら気がついていないのですが」
「すごいわよねぇ。高位魔族の毒耐性って」
(……毒耐性のない僕は除きますが)
「アルクん。魔族ってみんな毒が効かないの?」
「下位魔族や獣の類は毒の影響を受けますよ」
「アルクくんは、高位魔族だけど毒耐性が全くなかったのよね」
言わなくてもわかってますよ、イーラさん。
「今の私は中位魔族だけど、毒なんて平気よ♪ お姉ちゃんだから」
お姉ちゃんだから毒が平気っていうのは関係ありませんっ。
「ティリアちゃんに責任がないことはわかってる。でも、もしティリアちゃんが、普通の魔族と同じように味オンチだったら問題はなかったの?」
「ええ。毒の味もわからず痛みもないまま食事されていたでしょうね」
少し間を置いてから話を続ける。
「確かに問題にはならなかったでしょう。ですがヨヨさん。お嬢様が鋭敏な味覚を持っているのは悪いことではありません。むしろ邪神様は、“魔族世界としては新たな文化を生み出せるかもしれない貴重な存在の一人”と言っておられます」
「神様の加護持ちみたいね」と笑うヨヨさん。
「可愛い子に神様の加護が付くのは当然よ! きっとヨヨちゃんにもあるわね♪」
「あら、そうかしら」
イーラさんは、ちょっと落ち着いてください。
その後、お嬢様が食べることのできる食材を厨房で探した結果。
「結局、毒のない食材は例の一覧に記した僅かな食材だけです。ヨヨさんのおかげで花蜜と砂糖と食べられる花が手に入りましたけど」
「一覧って、これね」イーラさんが一枚の紙を置く。
―――
・今朝搾りたてのミルク(種類不明)
・生肉(種類不明)
・干し肉(種類不明)
・ハム(種類不明)
・塩漬けの魚(種類不明)
・干し魚(種類不明)
・脂(恐らく動物の脂と推測)
・骨(出汁用らしい。種類不明)
・小麦(白い粉。白パン、黒パンも発見)
・大麦(白い粒。お粥に使用してた)
・カブ(白い丸い根菜)
・ダイコン(白い長い根菜)
・ニンジン(橙色の先が尖った根菜)
・マッシュルーム(茶色と白のキノコ)
・ホウレンソウ(濃い緑の葉菜)
・レタス(薄い緑の葉菜)
・パセリ(緑の特徴的な形をした葉菜)
・黄色いバナナのような皮(果肉部なし)
・リンゴ(赤い実)
・ワイン(赤、白も発見)
・ブドウ(未発見。ワインの材料なのであるはず)
・紅茶用の茶葉(十種以上)
・ワインビネガー(ワイン貯蔵庫で発見。偶然の産物)
・塩
・花蜜(蜂蜜)
・上白糖(真っ白な砂糖)
・グラニュー糖(さらさらと白く輝く砂糖)
・ザラメ糖(粒の粗い砂糖)
・氷砂糖(宝石のような砂糖の塊)
・糖蜜(シロップ状になった砂糖)
・廃糖蜜(シロップ状の黒い砂糖)
・黒砂糖(茶色の砂糖)
・エディブルフラワー(食べられる花)
※花蜜、各種砂糖、花は、ヨヨさん提供
・澱粉
・グルテン
・ねりあめ
―――
先ほど増えた分の食材を書き足しておく。
「澱粉? ぐるてん? 増えてるわね」とイーラさんは首をかしげる。
「さっきこれらが必要となることがありましたので」
「練り飴を教えてもらったときね。それにしても厨房で食べたあのパンケーキ、美味しかったわ」
「ヨヨさんからもらった花蜜と砂糖があってこそですよ」
「アルクくん、花蜜パンケーキ食べたいぞー」
イーラさん、ちゃんと覚えてますから。
メイドさんにも作ってあげなきゃね。
「厨房で見つけたこれらの食材は、魔力が吸収しやすく、栄養素も豊富なのでお嬢様や侯爵御夫妻、そして我々も食べることができる優秀な食材です」
「でもこれだけの種類ではお嬢様が大きくなられる今の時期には足りないんでしょ?」
「そうなんですよ、イーラさん」
何より身体の成長に必要な栄養バランスのことを考えると、野菜や果物の類が圧倒的に少ない。
三歳になられてからも、この一覧に記した毒のない食材を使えば、今の侯爵御夫妻のように十日程度は違うメニューの食事を提供することができる。
だが味覚に難のある侯爵御夫妻と違い、“鋭敏な味覚”を持つお嬢様にとって塩味の食事しかない状態は確実に飽きてしまうだろう。しかも味だけでなく十日ごとに同じメニューが食卓に並ぶのだ。
邪神様曰く“飽き”は苦痛となり、心を曇らせる。
お嬢様にそんな思いはさせたくない。
今は離乳食だから味付けも薄く、気にされている様子は見受けられないが、味に理解が深まる幼児期後半に塩味だけでは問題になるだろう。
「そのためにも新しい調味料や毒のない食材を見つけ、メニューを開発するのよね」
「はい、イーラさん。そのとおりです」
とは言ったものの、現実は新しい調味料入手の目処は立っておらず、使える調味料は塩と砂糖と花蜜のみ。メニュー開発どころではない。
「ここまではわかったわ」とヨヨさんがうなずく。
「侯爵家では毒のある食材を使わないというヘルムト侯爵様のお言葉もあり、今後も毒のない食材を集める必要があります。それに相応した量も必要となるでしょう」
「侯爵領に人手と畑用の土地を用意してくださるんですってね」
「安定した量の確保が重要ですからね。ただ、まずは食材を手に入れないことには何も始まりません」
侯爵様が用意してくださった人や土地も、育てる食材が見つからなくては意味がない。
しかし、食材を見つけてから畑等を用意していては間に合わない、そう提案したところ侯爵様の英断が下された。僕はその期待に答えなくてはならない。
「魔族の神様が言うには侯爵領にも食材があるんでしょ?」
「ええ。侯爵領に帰ったらすぐにでも探さないといけません」
邪神様は、前世の記憶と知識を持ってる僕なら、見ればわかると言ってみえた。その言葉を信じて領内を駆け回るしかないだろう。
「それに忘れてはならないのが、お嬢様と同じような反応を示されていたというセイバスさんの知り合いの手記です」
「あ、その話は聞いてないわね」と、イーラさんが指を口元に当て、首をかしげながらつぶやいた。
「そういえば、そのときはこの厨房にいらっしゃったんですね」
「ええ」
「実はその手記には、お嬢様が食べられる食材の在り処が書いてあるかもしれないそうなんです」
「へぇ! それは早く見たいわね。どこにあるの?」
「なんでも禁書扱いらしく王室管理局の許可がいるそうで」
「うわぁ、また面倒くさいところの許可がいるのね。でも、なんで王室管理局の許可がいるの? 誰が書いたのよ、その手記って」
その手記は、千数百年前、魔族を率いて人間の国に攻め入り、数々の国を滅ぼした魔王の中の魔王と言われたロシュロス=オノゴルト様が残した手記だった。勇者と戦った魔王としても名高い方だ。
「なんでそんな人とセイバス執事長が知り合いなのよ」
言われてみれば確かにそうだ。魔王様と知り合いってどういう関係だろうか。セイバスさんに直接聞いたら教えてくれるだろうか。
「あの執事長ならなんでもアリなんじゃないの? アルクん」
肩をすくめながらヨヨさんが呆れている。
「関係はどうあれ、侯爵様はその許可を申請中です」
「そういえば、アルクん。ティリアちゃんが鋭敏な味覚を持っているということは当然、味を理解できてるってことよね」
「はい。お嬢様は“美味しい”と“まずい”も判別できています」
「ヨヨちゃんのおかげで、“甘い”を覚えていらっしゃったし、“しょっぱい”も覚えていらっしゃったわね」
あの氷砂糖を食べているお嬢様は、まさに天使だったわ、とクネクネするイーラさん。
「となると、私たちがやるべきことは――」
一転して真面目な顔つきに戻り、真剣な目をしたイーラさんが声に力を込める。僕はそんなイーラさんに視線を合わせて答えた。
「我々がやるべきことは、お嬢様や侯爵家御夫妻に“美味しく”、“見た目も良い”、“毒のない”、“栄養バランス”のとれた食事を提供することです」
これが一番大変なんですけどね。
「天使の笑顔を見るために」と付け加えるイーラさん。
はい、間違いではありません。
「考えただけでも大変よね。私を含めて味がわからないし」
「まあ、食事の価値観が違いますからねぇ」
「私も甘いものしか食べられないからね!」
今現在、味がわかるのはお嬢様と毒耐性のない僕だけ。
ヨヨさんはともかく、味がわからないと言ってるイーラさんだが、徐々に味覚を取り戻しつつある。若干ではあるが甘みの感覚と鹹み(塩辛さ)の感覚を感じとっているのだ。
「侯爵御夫妻も味がわかるようになるのかしら?」とヨヨさん。
「ええ、恐らくは。御夫妻とも毒キノコを食されたときに、毒の成分を刺激として感じていらっしゃいました。それに奥様は今日の会食で、花蜜を口にされたときに“春のような暖かみ”を感じてらしたので、まるっきり味覚を感じないということではなさそうです」
会食ではお嬢様とスープの味の共有ができず、奥様は寂しそうな顔をされた。
ヨヨさんの花蜜のおかげで、お嬢様と少しだけ味の感覚を共有できた奥様。その奥様の喜んでいらっしゃった姿を見ると、一刻も早く侯爵御夫妻に味覚を取り戻して差し上げなければと思う。
「邪神様曰く、毒のない食材を使った料理を食べ続ければ、基本的には正常な味覚を取り戻せるそうです」
運次第だそうですが、と付け加える。
「侯爵家の使用人の中にも味覚を取り戻してる人がいるって話?」
「はい。僕もその一人ですし、イーラさんも可能性が高いでしょう。もちろん侯爵御夫妻にも可能性はあります」
(邪神様は、退化した味覚をどうにかしたほうが早いとはおっしゃっていましたけどね)
「ほかに使用人の中で味覚を取り戻していそうな子はいないの?」
「ヨヨちゃん、それは私に任せて! みんなに聞いておくわ」
「イーラさん、お願いできますか?」
「ええ。アルクくんはこれから王都でやることも多いだろうし、お嬢様とお屋敷のことは任せておいてね」
「ありがとうございます、イーラさん」
「お姉ちゃん」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
「いいのよ、アルクくん♪ お姉ちゃんなんだから」
いい人なんです、いい人なんですよ、イーラさんは。
「最後に邪神様としては、味覚を取り戻した魔族が増えれば料理文化も広がると。毒のない食材で料理を作り、それを僕に広めて欲しいそうですよ」
「まるで神様の神託を授かった導き手のようね」
正直、苦笑いしか出ない。
実は、邪神様からは前世の知識を活用して料理文化を広めて欲しいと言われている。
前世の記憶のことは侯爵御夫妻や侯爵家使用人の皆に話したのだが、邪神様との約束でいただいた“前世の知識や技能・技術”のことは一切話していない。
しかし、邪神様ご本人が妖精族に助力を求める際、妖精族に僕のことを全部話してしまった。だからヨヨさんをはじめ妖精族の女王と巫女の三人は、僕の前世や秘密だったはずの前世の知識や技能、技術をもらっていることを知っている。
でも知っていたおかげで『GPS』という言葉を発してしまったとき、大丈夫と助け舟を出してくれたのはヨヨさんだった。ヨヨさん曰く、「神の力は偉大なり」ということらしい。
ヨヨさん笑っていますが、その導き手という発想は危険ですよ。
「邪神様に神託を与えられる者というだけで、変な組織から目を付けられそうじゃないですか」
「そのときはお姉ちゃんが守ってあげるわ」
無手で構えるイーラさん。
まぁ……大丈夫ですよ。いざとなれば……。
「まぁ、だいたいこんなところかしら? アルクん」
「ええ。そうですね」
「ありがとう、アルクくん。よくわかったわ」
「イーラさんもこれからご迷惑をかけることになりますがよろしくお願いします」
「……」
「…お姉ちゃん、出かけてくるからお嬢様をお願い♪」
「ま、任せておきなしゃい! お姉ちゃんに! じゃ、じゃあ、お姉ちゃんは仕事に戻りゅわね」
言わせた本人が、言われて狼狽するのはどうなんです?
「アルクくん。キミは私たちにまだ遠慮しすぎるわ。甘えるときには甘えたっていいのよ。メイドのみんなもそう思ってるんだから。頑張ってね、アルクくん」
振り返らずにそう言って厨房の控え室からイーラさんは出て行った。
(うん、ありがとうお姉ちゃん。これからもよろしくね)
さて、そろそろ出かけようか!
お嬢様のために新しい食材を手に入れなくては!




