第十九話 執事魔法はお嬢様属性?
結局、ヨヨさんをレイゴストさんにお任せし、僕はヨヨさんのご機嫌をとるため、べっこう飴作りに励んでいる。型は妖精族用に小さいものをいくつか『執事食器棚』で用意した。お詫びに飴と一緒に数種の型も作って渡そうと思う。
せっかくなのでお嬢様用と自分用のリンゴ風味のべっこう飴も大量に作って『執事ボックス』にしまっておくことにする。
出来上がったそれらをヨヨさんに渡すと、先ほどまでとは打って変わって抱きつかんばかりの勢いでお礼を言われた。
これで妖精界でも飴を大量に生産できるだろう。型が足りなくなったらいつでも作りますよ、とも付け加える。
そのうち型も妖精族オリジナルで作れるようになるだろう。
「オジさま、アルクん、ごめんなさい。取り乱したわ」
「僕のほうこそ配慮が足りませんでした。すいません」
「まぁヨヨたちにとって、砂糖がどれほど大切なもんか、よくわかったな」と苦笑いする料理長。
「でも、ヨヨさん。べっこう飴にしても飴細工にしても、もともと砂糖の結晶である氷砂糖を作れる技術があるんだから、いつか思いついたでしょ」
「な、な、な。アルクん! 妖精族の秘伝に触れそうな敏感な部分をペラペラ、口に出さないで! 特に氷砂糖はダメ! 絶対」
「え? あのロック氷糖が? 氷砂糖って作るのに砂糖液作って結晶化す――」
「アルクん、キミの宣戦布告は受け取ったわ」
「ごめんなさい。もう二度と言いません。新しいお菓子教えるから許してください」
うん、砂糖に関することを口にするときは気をつけよう。
そうか。結晶化させる技術に関してはタブーなのね。
「まあ、花の取引の件で便宜図ってもらってるから今回は許すけど。いい? 今度からは砂糖の話は十分気をつけてね。他言無用! 漏洩厳禁! 当意即妙よ!」
最後、機転を利かせたつもりでしょうか?
まぁ、便宜しておいてよかったかな。
「もちろん気をつけますとも」と答えておくことにした。
「あら、また何かやってるかしら?」
「あら、イーラじゃないの」
そこへ、お嬢様を寝かしつけたイーラさんが厨房へとやって来た。
「お嬢様はお昼寝されてますか」
「ええ。ヨヨちゃんのおかげで幸せそうな寝顔をされてたわ」
「花蜜、気に入っていただけたみたいね」
「今度、私にも食べさせてね、アルクくん。ところで今から何をしようとしてたの?」
「ヨヨさんに新しいお菓子の作り方を説明しようかと思いまして」
「あら。私も見てていいかしら?」
「どうぞどうぞ」
イーラさんに返事を返し準備にとりかかる。
さあ! 出かける前にもうひとつ頑張りますか。途中まで作り方を説明すれば、あとは同じ作業の繰り返しだから簡単だろう。
多少、形ができるまで時間がかかるけど、執事魔法を使えば時間も短縮できるだろうしね。
「レイゴストさん、大きめの鉄鍋一個借りますね」
「新しいお菓子作るのか。いいぜ」
「手伝っていただいてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
じゃあさっそく。
グラニュー糖と水を火にかけ糖液を作る。その糖液を別の入れ物に入れておく。次に、ヨヨさんからもらったザラメ糖を、傾けた鍋に入れ、極々弱めの炎にかける。レイゴストさんの念動力で、斜めに置いた鍋をゆっくり回してもらうと、中に入れたザラメがザァザァと音を立てる。そこへ先ほど作った糖液をザラメに少しずつかけ、ヘラで混ぜるのだ。
糖液をかけるのに使っているのは水を操る執事魔法『執事シャワー』だ。
水さえあれば水浴びはもちろんのこと、威力を落とした『執事ジョウロ』で、お嬢様が育てていらっしゃるお花に水をあげることもできる。『執事井戸』と同時併用することで夏場に大活躍する執事魔法である。
ただし、『執事ジョウロ』は、「だーめなのっ」という一言で封印されている。どうやら、ご自分でお水をあげたかったらしい。
「レイゴストさん、もう少し早めに回してください」
「はいよー」
その回転スピードに合わせて『執事シャワー』で糖液をかけ続け、ヘラで混ぜる。これを繰り返すうちに突起が現れ、徐々にボコボコした形状になる。
だがこのままでは何日もかかるので、小麦粉のときと同じように『執事そよ風』と『執事キッチン』で乾いた風を送る。
糖液を、かけては混ぜ、かけては混ぜを繰り返し『執事魔法』で強制的に形を作り上げる。砂糖が転がる音が先ほどよりも大きくなって厨房に響く。
「本当はもっと何日もかけないと作れないものなんですけどね」
簡単に作り方だけを説明するのなら、これで十分だろう。
そういって滑らかな凹凸がある五ミリほどの粒を取り出して、ヨヨさんに渡す。
「こうしてできたものが“コンペントウ”です。本来は二週間以上かけて作り、凹凸ももっと目立って大きくなります。一センチほどの大きさになれば完成です。べっこう飴と違って柔らかいのでカリカリと噛むこともできますよ」
「アルクん、これは不思議な形ね。それに面白いわ」
「果汁で風味をつけたり、染料で色をつけたりすると可愛らしいお菓子になりますよ」
「へえ、お嬢様も喜びそうね」とイーラさん。
「アル坊、これ面白いな。俺も作ってみてもいいか?」
「ええ。もちろん」
料理長はそのまま作業を継続してコンペイトウを大きくしようと鍋を回す。『執事シャワー』の代わりに穴を開けた柄杓で砂糖液をかけ、ヘラでかき混ぜる。
お得意の念動力が大活躍だ。それにしても、いったいいくつ同時に作業できるのだろうか。
……それにしても、レイゴストさん。
今のお姿はまさにコンペイトウ職人。腕組みせず手さえ使っていれば完璧です。
イーラさんはその鍋の中を不思議そうに覗いている。そんなに覗きこんでいると目が回りますよ?
「アルクん、貴重なお菓子を教えてくれてありがとう」
「とんでもない。こちらこそ貴重な食材をいただきましたし」
「ふふ、ティリアちゃんのためにも頑張って食材を探さないとね」
「えぇ、今後ともよろしくお願いいたします、ヨヨさん」
うん。ヨヨさんとは良い信頼関係を結べそうだ。
砂糖や花蜜のような調味料になりうる食材は、料理の幅を大きく広げる。やはり調味料なんかも早めに充実させたほうがいいな。
「しかしアルクんの魔法。もう無茶苦茶よね」
「何がです?」
「アルクんは、いくつの魔法属性使えるのよ?」
「え? 『執事魔法』ひとつですけど」
「いやいやいや、執事魔法って属性ないから!」
そういえば邪神様ともこんなやり取りをしたなぁ。
「そもそもその執事魔法ってなによ」
「お嬢様のために役立つ魔法ですけど。言うなればお嬢様ぞく」
「うん、わかった。もういい」
「おわかりいただけましたか」
「おわかりいただけてません。火水風土に氷属性とか、魔族といっても限度ってもんがあるわ。『執事シャワー』ってどんな属性の魔法なのよ!」
「執事ま――」
「いえ、もういいの。聞いた私が悪かったわ」
手ひらを僕の口の前にビシッと突き出すヨヨさん。
はああぁぁ、と、すごく深いため息をつかれ、得体の知れないものを見る目で睨まれた。ため息をつくと幸せが逃げますよ?
「さて、アルクん。今からどうするの?」
「食肉について調べようと思っています」
「お、アル坊。だったらうちが王都で仕入れている肉の業者を教えとくわ」
「ありがとうございます」
コンペイトウ作りに夢中になっているレイゴストさんから食材の出入り業者を教えてもらう。
う~ん、思った以上に少ないなぁ。
・フトック食肉協会
・ワイロー商店
貴族を相手にできる教養を持ち、貴族からの信用を得ることができる商人となるとそんなに多くはないか。そもそも味にこだわっていないから食材扱ってる業者がいない可能性が高いな。
レイゴストさんはコンペイトウ作りに戻り、夢中になって鍋を回している。楽しんでますね、料理長。
「なぜ食肉なのかしら」
「実は、お嬢様の離乳食を再確認しようかと思いまして」
「再確認?」
「はい。その前に一度ヨヨさんと情報を共有しておきたいのですが」
あ、そうだ。イーラさんにも今までの経緯を説明しなきゃ。
「イーラさんにも、例の“お嬢様の件”をお話したいのですが、お時間あります?」
鍋の中を凝視していたイーラさんは、少しふらつきながらも返事をしてこちらにやってくる。
……目を回すほど見てたんですか、イーラさん。
コンペイトウ作りに夢中になっているレイゴストさんに許可を得て、三人で厨房の控え室へと移動することにした。