第十八話 花蜜と砂糖(後編)
「で、それはそうと飴の話なんだけど」
ヨヨさんの願いは「飴を大量に作って欲しい。花蜜と砂糖が食べにくいから! なんとかして」ということだった。
花蜜の食べ方については、パンケーキのようにお菓子と一緒に使う方法がヒントになったらしい。おかげで花蜜はなんとかなりそうなのだ。
だが、“飴”を大量に作って欲しいのは変わらないらしい。
「しかしなぁ。その量の飴を俺たちだけで毎日作るのはさすがに厳しいぜ?」
「それはそうよね。でも少しずつでもいいから作れない?」
「ヨヨさん、レシピを教えますから妖精族で作るのはどうです?」
「……え?」
「え? じゃないですよ」
「い、いや待って! 駄目よ! そんな」
何が駄目なんだか。
どれだけ妖精族がいるのかわからないけど、そんな大量の飴を毎日作ってはいられない。それに妖精族が作ったほうが大きさや素材の確保の面でも効率が良いはずだ。
「レイゴストさん、リンゴの果汁絞ってもらえますか?」
「おうよ」
料理長にリンゴ果汁を用意してもらうようお願いし、その間に鍋に砂糖を入れる。料理長の念動力によって、リンゴがふよふよと浮きながら鍋の上で停止。そのまま、※ギュゴッ※ という音とともにリンゴが潰れ、リンゴの果汁だけが鍋に入る。
少々の水を加え加熱。色が付いてとろみが出たらヨヨさん用(妖精族用)に作った型に入れて冷やす。
こんなときに便利なのが『執事氷室』。この魔法は、物を冷やすだけでなく、お嬢様に冷たい飲み物をお出しするための氷を作ることができる便利な魔法だ。今日はリンゴアメを冷やして固めるのにも使用している。
これで“リンゴ風味のべっこう飴”ができ上がる。
ほい、次。
「レイゴストさん、小麦粉もらいます」
「はいよー」
まずは小麦粉と塩と水を捏ねて生地を作る。大きめの容器に『執事井戸』で水を溜め、『執事キッチン』で人肌よりも低い水温まで温める。次に先ほどの生地を、ぬるま湯の中で揉み洗いする。白くなったお湯を濾して『執事そよ風』と『執事キッチン』で熱風を作り、乾燥させれば澱粉の完成だ。
容器の底に残ったグルテンは……そうだ! グルテン!
このグルテンはお皿にとっておこう。あとでお麩でも作るか。
先ほどと同じように砂糖と水を鍋にいれ、今作った澱粉を加える。ゆっくり加熱し、とろみがついたら今度は冷やしつつヘラで練る。練れ。練るよね。そこに赤いバラの花から抽出した染料を少量加え混ぜる。
これでピンク色の“練り飴”の完成。
「レイゴストさん。これをバラの花の形に細工できますか?」
「おう、任せとけ」間髪をいれず返事が返ってくる。
(あ、できちゃうんだ)
……聞いたのは僕だけども。
空中でグネグネと練り飴が動き、みるみるうちに形取られ、気づけば厨房に咲く一輪のピンクのバラ。それにしても本当に料理長はすごいと思う。まるで熟練の飴細工師のようだ。さすがは熟練の魔族料理人である。
その飴細工を『執事氷室』で飴を冷やして固める。
出来上がったバラの飴を、「はい、こんな感じ」とヨヨさんの目の前に差し出した。
「レイゴストさん! これ今度、お嬢様の前でやりましょう!」
「おう! それはいいな! ウサギン作ろうぜ」
いや、ですからウサギンって何なんですかっ?
さてと。
「こんな感じで、あっという間に作れますよ。簡単でしょ」と問いかける。
しかし、ヨヨさんはバラの飴を凝視したまま動かない。
「ヨヨさん?」
もう一度、声をかけてみるがヨヨさんの様子がおかしい。
完全に固まっている? 料理長が微動だにしないヨヨさんの顔の前で、手のひらを上下に動かしている。
「おーい。ヨヨ、どうしたぁ」
「ああああああっーー」
いきなり大きな声を出したヨヨさんに、ビクッとしながら料理長が一歩下がる。幽霊族のレイゴストさんを驚かすとは、ヨヨさん只者じゃないな。
「ヨヨさーん、大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけると、ギギギっとヨヨさんの顔がこちら側へとゆっくり動く。パクパクと動く口から、微かに声が聞こえるが小さすぎて聞こえない。
僕はヨヨさんに近づいて耳をすます。
「え? なんですって? ヨヨさん」
「こ……」
「こ?」
「これで……」
「これで?」
「これで私は売り飛ばされてしまうんだわ」
「何を物騒なこと言ってんですかぁ!」
「魔族秘伝の秘密レシピを知ってしまった! 私はもう二度と妖精界に戻れないんだわ」
なんだかよくわからない。
「なぁ、アル坊。ヨヨ、どうしたんだ?」
「さあ、秘伝とか秘密とか言ってますけど」
とりあえずこのままでは話が進まないので、ヨヨさんを宥め、落ち着くのを待つ。
「いったいどうしたんですか」
話しかけても頭を抱えるヨヨさんからの反応はない。
困ったなぁ。
「ヨヨ。売り飛ばさないから理由を教えちゃくれねぇか? いったい何があったんだよ」
ピクッと反応したヨヨさんはゆっくりと顔を上げる。
「本当に売り飛ばさない?」
「「もちろんだ」です」
なぜに売り飛ばすという物騒な発想が出てくるのかわからないけど、顔を上げたヨヨさんにしっかり否定しておく。
……妖精族って売れるのだろうか。
ヨヨさんは深呼吸。
少しは落ち着きを取り戻したようだ。
ポツリポツリと話し始める。
「砂糖を純化する技術は妖精族にとって秘伝なのは言ったわよね」
「言ってましたね」とうなずく。
「白い砂糖を作り出すのは大変な技術が必要なの」
「確かに」
「そんな技術を持っていても、べっこう飴のように、出来上がった砂糖を加工するなんて発想、妖精族には考えもつかなかったことなのよ」
「そうでしょうか?」
「えぇ、砂糖ができた時点で完成品だったのよ」
「あ、なるほど」
「ましてやリンゴの味付けをした飴をポンポン作るわ、バラの花で色をつけた飴を元のバラの形に再現する錬金術までホイホイ見せるわ。大抵の妖精族は唖然とするわよ」
ポンポンホイホイ?
錬金術じゃなくて飴細工ですけど。……まぁ練ってはいるが。
「私の人生はもうここで終わりだと思ったわ。そう思ったら目の前に“お花畑が広がる”のが見えた。きっと飴を作る技術を見せたのは『メイドの土産』なんだなって」
そりゃあ、見せたのは僕ですが、お花畑って言ってもバラが一輪だけですよ。
あと、メイドの土産? 僕のお手伝いが済んで妖精界にお戻りになるときには、メイドでも執事でも侍女でもお好きなように選んでもらって、お土産を手渡しましょう。「いってらっしゃいませ、ヨヨ様」、というメッセージ付きです。
「飴を売ってもらうだけのつもりだったの。それなのに貴重なレシピを公開されてしまった」
はぁぁっ、と深いため息をつくヨヨさん。
いやいや、簡単に作れますって。
そもそも魔王国には砂糖はなかったのですから。
「“フハハハッ。ヨヨ、お前は知りすぎた! 飴細工にしてやろうっ!”って言われるのを想像しちゃったら、もう気絶しそうだったわ」
そういってヨヨさんは身をすくめ顔色を青くする。
侯爵様や奥様と話す妖精族代表の態度とは全く違う、素で話してるヨヨさんは、想像力豊かで非常に面白い。でも飴を作る程度でそこまで言われてもなぁ。それにしたって飛躍思考も甚だしいです。確かに妖精族は飛べますけど。
「ヨヨさん、大袈裟に考えすぎですよ」
「そうかしら?」
「見てのとおり、大したことではないんです。レイゴストさんみたいにバラの花そっくりに加工するのは熟練した技能がいるでしょうが、飴を作る工程は秘密でもなんでもありませんよ」
「それは本当? 秘密じゃないの?」
「ええ、本当ですよ」
「なあ、ヨヨ。バラの花を作ったりするのは慣れ次第だ。何回かやってりゃ妖精族もできるようになるぞ。ちょいと凝った工作するようなもんだ」
「そうですよ。こんな僕でも工作くらいできますし」
優しく声をかけた僕は、先ほどと同じように練り飴を作り、それを手とヘラで加工する。創りあげた飴細工は大きさが十センチほど。妖精族のヨヨさんにそっくりな可愛らしい飴だ。色付けせず白いままだけど、我ながらそっくりにできたと思う。
まさか、邪神様からもらった技能に飴細工があるとは思わなかった。
すぅっとヨヨさんに作った飴細工を見せる。
「いかがです。そっくりでしょ」
……ん? ヨヨさんが驚いた顔をしながら飴細工を指さしてる。
「いやあああぁ。やっぱり妖精を食べようとしてるっ!」
ヨヨさんは厨房の中をものすごい速さで飛び回り、あっちに行ったりこっちに行ったりと大慌てで逃げ惑っている。完全にパニックになってるなぁ……どうしてこんなことに。
ヨヨさんをポカーン見ている僕にレイゴストさんが一言。
「今のはアル坊が悪い」
え? 僕のせいなの?




