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第十七話 花蜜と砂糖(前編)

 厨房で話があるとヨヨさんから告げられたのは、会食の最後に出した“べっこう飴”を大量に作ってもらうことはできないか、という相談だった。


「大量っていうのはどれくらいだ?」

「そうね。具体的にはっきり言えないけど一日千~万単位で」

「はぁぁぁ!」


 レイゴストさん落ち着いてください!

 確かに今、おかしな数字が耳をかすめて行きましたが、気のせいかもしれません。もう一度聞いてみましょう。


「すいません、もう一度お願いします」と僕。

「このべっこう飴を作って欲しいの。千~万単位で、毎日」

「べっこう飴。作る。私たち。いっぱい。毎日。飴奴隷?」

「飴奴隷!? ま、まぁ、最後以外ほぼ合ってるわ」


 気のせいではなかったらしい。毎日万単位の飴を作らされる。

 なぜヨヨさんは飴奴隷を欲して――「アルクん?」睨まれた。


 さて冗談はともかく、問題はなぜそんなに大量の数が必要なのか、だ。


「そんなにたくさんの飴をどうするんです?」

「おう。一人分にしちゃ多すぎるぞ」


 ヨヨさんは肩をすくめて僕たちを見る。


「私たち、妖精族の食事は花蜜や砂糖って話はしたわよね」


 うなずくレイゴストさんと僕。

 ヨヨさんは、うつむきながらゴニョゴニョと小さな声で話す。


「正直、花蜜は飲みづらいし――」


 (ん? 今なんて?)


「砂糖はジャリジャリして食べにくいのよ」


 レイゴストさんと僕は顔を見合わせて、次に同時にヨヨさんをみる。


「「何を言ってるんですか?」」


「だぁぁかぁぁらぁぁ~」叫びとともにヨヨさんの長い話が始まった。



――ヨヨさん、熱弁中



 あまりにも長かったので、侯爵御一家の食事のレシピを書き起こし、レイゴストさんに渡しておく。しかし、あまりにも食材が少なすぎて、十日後にはまた同じメニューになってしまう。侯爵御夫妻の食事のメニューをなんとかしたいところだが、食材が見つからないことにはなんともならない。


 それに、いくら侯爵御夫妻のお二人が、食事の味をご理解できないといっても、味付けが塩味と砂糖だけなのはさすがに申し訳ない。香辛料も欲しい。それに王都にいる間に、最低でも二週間分くらいはメニューが被らないようにしておきたい。それも毒がなく、できれば美しい色合いの食材でだ。


 その反面、以前より有毒な食材を使っていなかったお嬢様の離乳食メニューは、今回のメニュー追加で更に充実した。おかげで御夫妻よりもお嬢様の離乳食用メニューのほうが多い。それでも栄養のバランスを考えると野菜や果物が圧倒的に少ないのが気になる。


 花蜜と砂糖のおかげでデザート関連のレシピは一気に増えたが、果物が今のところリンゴしかないし、パンケーキも毎回では飽きる。バターなしのパイ生地で、『アップルパイ』や『ミートパイ』なども考案したが、メニューを考えるたびに欲しい食材が増えていく。


 あとついでに、我々使用人の食事に関してもメニューを手直しして、レシピを書き起こしておいた。こちらは同じメニューでも“今は”問題ないので数種類だけだ。それでも以前よりもリーズナブルかつ美味しい料理になった。使用人の中で味がわかるのは現時点では僕だけだが。次点でイーラさんが、かろうじてわかるくらいだろうか。


 誰が食べる料理にしろ、共通して言えるのは同じメニューを続けないことだ。今はまだしも味がわかるようになれば、邪神様の言っておられた“飽き”がくる。飽きは心を曇らせる。



 おや。どうやらヨヨさんの話はまだ続いてるようだ。

 はい。大丈夫です。ちゃんと聞いてますから。

 ええ、ザラメは硬いから噛むのが大変ですね。花蜜は香りと喉ごしが大切なんですよね。だからちゃんと聞いてますって。


 執事たるもの、同時に話を聞くくらいできなくてどうしますか、という教えのもと、三人同時までなら大丈夫です。「聞いてなかったらゆるさないんだから」というヨヨさんの声を尻目に、僕は食材について考える。


 そうだ。今後、欲しい食材をまとめておくことにしよう。

 まずは、早めに探すべき食材だろうか。


・香辛料(コショウ、ニンニクなど)

・野菜(キャベツ、かぼちゃ、ブロッコリーが欲しい)

・果物(リンゴ以外求む!)

・卵(鳥希望。トカゲとかは避けたいがいざとなれば……)

・イモ類(じゃがいも、さつまいもが欲しい)

・トマト(これがあればなんでも美味しく感じる)

・タマネギ(シチューには必須)

・バター(ミルクがあるなら!)

・チーズ(ミルクがあるなら!)


 ほかに欲しいと思うものは、


・肉類(牛、豚、鳥、ヒツジ、ヤギ、トカゲ可)

・魚類(干し魚と塩漬けしかないのだろうか)

・豆類(大豆はどこだ! 主食にもなり得る万能食材)



 まとめてみたのだが『欲しい食材一覧』を見てると、魔族が今まで何を食べていたのか恐ろしくなる。肉はこの世界にも存在しているので、どんな種類が食べられるのか調べるだけだ……主に正体を。足は四本でお願いしたい。


 魚に関しては釣りでも漁でもすればいいし、王都から出て海辺の街で聞いてもいいだろう。

 あとはバナナっぽい皮の中身の行方とか、ワインに使ってるはずのブドウなどの果物を探す予定だ。



 おっと。ヨヨさんのお話が終わった。レイゴストさんはちゃんと相槌あいづちを打ちながら聞いていたらしい。

 で、ヨヨさんの話を要約するとこうだった。



「花蜜と砂糖が食べにくい。なんとかして」



 たったこれだけのことを延々とお話されていたヨヨさんに、「水飲まれます?」と聞く。ヨヨさんはポーチから自前のコップを取り出し、「お願い」と差し出した。僕はそのコップに冷たい水を注いだ。

 さすがに長話で喉が渇いたのかコクコクとお水を飲んでいる。


 どの花の蜜が好きだとか、あの花の蜜は喉ごしがいいとか、妖精族が一斉に砂糖を食べる食事時のジャリジャリ騒音問題とか、関係ない話が長かったから喉が渇くのですよ。


「でも、ヨヨさん。紅茶や水は飲めるのに花蜜や砂糖を水に溶かして飲むのは駄目なんですね」

「アルクん。今後、君が食べるものは、全て水に浸してかき混ぜて食べるといいわ。スープも水に浸してから飲むようにね」


 うへぇ。今日から食事は水に浸しミキサーにかけてドロドロにして飲むように、と王命が出されても、守りたくない(ミキサーのない世界ばんざいだ!)。たとえ逆賊扱いされたとしてもだ。


 言われてみれば『食べ方』とか『食感』とかも大切なことだ。特に食べられるものがある程度決まってる妖精族としては切実な問題なのだろう。


「僕が間違ってました」

「それに、このコップの水を飲んでみなさいよ」


 そういって小さなコップを差し出す。手のひらに中の水をあけ一舐め。


「ぶおっ! あっま! すごく甘いんですけど」


 寒気がするほどの甘さが口に広がった。

 口の中の神経を撫でるような激甘な感覚に鳥肌がたちそうだ。


「ふっふっふ。これぞ魔道具『どんな水も甘くなるコップ』よ! どんなときもこれで安心。まぁ、花蜜ほど美味しくはないんだけど」


 なんでこんなコップが必要なのか聞いてみると、ヨヨさんは妖精族の異界商人として、魔族以外の他種族数人と交流があるらしい。商談で出されたお茶が飲めなくて失礼にならないよう、この魔道具を使うのだそうだ。

 確かに、ほぼ伝説化してる妖精族用の食器を用意してるところなんてないはずだ。今日の会食にも、妖精族サイズの食器を提供してもらってる。こちらは魔道具ではない普通の食器らしい。


「そういえばパンケーキは大丈夫でしたよね」

「ええ。デザートで出てきたお菓子ね。あの食べ方は斬新だったわ。すごく美味しかった。パンケーキ自体はもう少し甘いほうがいいけど」

「パンケーキの甘さは砂糖の量で調整できますから」

「あら一度食べてみたいわ」

「じゃあ、一度試してみましょう」


 そういってパパっと作ったのが“妖精族専用花蜜たっぷりがけパンケーキ”だ。今回、リンゴジャムはなし。

 一口、味見してみたのだが、魔族にも許容できる甘さに限界ってものがある。調子に乗ってパンケーキに砂糖をたっぷりと入れて焼いてみたのだが……もうね、一口で降参ですよ。


 で、ヨヨさんがどうなったかというと。


「こ、これは素晴らしいわ。パンケーキの生地が、これでもかっ、と花蜜を吸収してとろけるような甘さになっているの。噛むと花蜜がジュワ~っとあふれ出てくるのよ! 飲むだけじゃないこの食感が素敵! それにパンケーキに入れた砂糖も丁度いいわ。ああ、幸せ。妖精界以外でこんな素晴らしいものに出会えるなんて!」


 会食で出したパンケーキ以上の大絶賛をいただいている、いただいてはいるのだが。


 僕の作ったパンケーキを賞賛しながら口に頬張り、花蜜で流し込む激甘党妖精ヨヨさん。その姿を見てるだけで胸焼けが止まらない。むしろ香りだけで身体が拒否反応を起こしそうだ。


 会食のとき、妖精族も味覚障害だと思ったけど、もしかしたら本当にそうなのかも。ヨヨさんに妖精族も味覚障害ではないのか、聞いてみる。


「ああ。それは大丈夫よ。『純粋な甘み』を『生命の源』とするのが妖精族だから。その点は人族や魔族とは違うわね。甘くないものを食べても害はないけど、活力にはならないし、何より“まずい”と感じてしまうのよ」


 甘みが生命の源ですか。魔族の魔力みたいなものかな?


 それに甘くないものを“まずい”と感じるのであれば、味の判別はついていることになる。ただし、甘み限定なのだろう。だからこそ食材も砂糖と花蜜のような甘いものに偏っちゃうわけだ。


「それにね。美味しさを感じるには甘みだけじゃ駄目。食感も食べ方も大切。水に混ぜるなんてもってのほか。私たちがどれだけの種類の砂糖を作り出し、どれだけの花蜜を集めてると思ってるのよ」


 だからいろいろな砂糖を作ったと。甘みを求めるなら一種類でいいけど、食感を変えるための工夫ってことね。花蜜が何種類もあるってこともわかった。そりゃあ喉ごしの話が出てくるわけだ。同じ甘みでも飽きるのだろう。



「だから、シチューは申し訳ないことをしたわね。せっかくの魔族料理だったのにごめんなさい」

「とんでもない。こちらこそお客様の口に合わないものをお出しした不手際をお許しください」と一礼を。


「ふふ、これからもっと妖精族のことを知ってもらいたいわ」

「ええ。魔族のことも知ってもらわなくてはね」

「食べられないものがあるってのも大変なんだな」と料理長。


 異種族間の文化交流っていうのは、面白いけど障害も多い。価値観はおろか食べるものからして違うんだから。一昔前の種族間戦争も起こるはずだよ、まったく。


 それにしてもこの世界の食文化はどうなっているのやら。

 妖精族にとって、甘くないものは食にあらず、か。


 ほとんどの魔族は味覚がないし、妖精族は甘みしか必要としない。魔族も妖精族も料理文化が育たないはずだよ。お菓子を知らないのも無理はない。


「ありがと、アルクん。花蜜も砂糖と同じように、パンケーキのようなお菓子にすればいいのね。いいヒントをもらったからいろいろと試してみるよう妖精のみんなに伝えておく。使う食材を選べば、いろいろできそうだわ♪ 上手にできたらご馳走するから」と嬉しそうにお礼を言われる。


 ご馳走するとまで言われてしまった。


 ……砂糖の花蜜スープとか思いつきませんように。



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