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第十六話 飴色の魅力

 会食も次のデザートで最後となる。


 香り豊かな紅茶を飲みながら、奥様とヨヨさんの会話がはずんでいるようだ。時折、お嬢様の、「そうなのー」、「ふわぁ」といった可愛い声も聞こえてくる。


 昼食も終わりが近づき、今日のメニューを振り返ってみると、まだまだ改良の余地があることがわかる。今より多く食材が集まれば、もっともっとたくさんの料理がテーブルの上を賑わすことになるだろう。一日も早くその日が早く来るようにしたい。


 最後のデザートは、料理長が自ら運び、給仕してまわる。

 ふよふよと三つのお皿がレイゴスト料理長の周りに浮いている。


「奥様。これが最後のデザートになりますぜ」


 奥様とお嬢様、ヨヨさんの前に静かにお皿が置かれる。


 お皿の上には、皮の部分をVの字に切りウサギの耳に見立てたリンゴ。そのウサギリンゴは食堂を照らしている光を反射して、黄金に近い艷やかな飴色に光っている。リンゴには串が刺してあり、手で持てるようになっている。


 その横には飴で作ったかごが置かれ、中にはリンゴと同じ黄金に光るハートの形をした宝石のような粒が数個入っている。飴の籠は糸を引くまで熱した飴を調理用の石板の上で前後左右に振りながら少しずつ垂らし、網目状にしたものをおわん型の容器に入れて整形したものだ。


「これは?」と奥様が不思議そうな顔で料理長にお尋ねになる。

「へい、これはヨヨ……ヨヨさんからいただいた砂糖を使った“お菓子”と呼ばれるもののひとつ。串が刺さっているのが“リンゴアメ”、隣の粒は“べっこう飴”といいます。籠も飴でできてるんですぜ。アル坊が考案したお菓子ですな」


 考えたのは僕じゃないけどね。

 これらは、砂糖を使ったお菓子のひとつ“飴”だ。


 リンゴアメは、砂糖と水を一緒に煮詰め飴状にしたものにリンゴをとぷんっと漬け、さっと取り出す。そして、それを冷やして固めたもの。さすがにリンゴ一個は大きすぎたので、今回はウサギリンゴにしてみた。

 べっこう飴のほうは、リンゴ飴に使った飴を『執事食器棚つちぞくせいまほう』で創りだした小さなハートの型に流し込み固めたものだ。


「あら、ウサギンさんね。可愛いわ~」

「わぁ、うさぎんさんなのー」


 奥様とお嬢様がお皿を覗きこんで顔をほころばせている。特にお嬢様は大はしゃぎだ。こういった動物型の食べ物って小さな子や女性は大好きだよね。


 って……ウサギン?


「これはどうやって食べるのかしら~」

「はい。リンゴアメにかかっている飴自体は噛むことのできる厚さなので、串を持ってそのままかじっていただくか、舐めていただければ結構です。べっこう飴はそのまま――」


「だーめなのっ!」


 お嬢様から駄目出しが出た。頬がぷくっと膨れているのは間違いなく可愛らしい、じゃない。間違いなくお怒りのご様子だ。


「ど、どうしてでしょうか。お嬢様」

「かわいーから、たべちゃだーめなのっ!」


 がふぅっ。僕は専属執事(見習い)失格です。

 ウサギにした僕が悪いんです。

 執事長、料理長、イーラさん笑いごとではありません。ちょっとメイドの皆さんも笑わないでください。静かなヨヨさんを見習ってください。


「あらあら、ティリアちゃん。ウサギンちゃんがティリアちゃんに食べてもらいたそうにしているわ~」と串を持ってフリフリと左右にウサギリンゴを動かす奥様。

「うー。じゃあ、てぃりあがたべてあげゆの」


 奥様さすがです。

 そしてお嬢様、罪深き僕をお許しください。


 奥様はクスクスと笑ってらっしゃるが、もう少しでウサギンをいじめる悪い専属執事(見習い)として、三日は口を聞いてもらえなくなるところでした。

 奥様の機転に感謝の気持ちでいっぱいです。


 小さく切ったウサギリンゴアメでも、さすがにお嬢様には大きかったようだ。一口というわけにはいかなかったが、はむはむと美味しそうに、つ可憐に食べていらっしゃる。


 イーラさん、こっち見ながら小さくガッツポーズしないでください。忠誠心があふれてますよ。


「とってもあまいの! でもかあさまみたいにやさしーの!」

「楽しいお菓子よね~。見た目も可愛いし唇や喉が潤うわ。ウサギンとはなかなか面白い形にしたわね~」


 奥様、ウサギンってなんですか?

 どうにもカルガモンとかウサギンとかがわからない。動物らしい名前がついているので、恐らくはこの世界の生き物なのだろう。


 執事長に目をやると、目が合った瞬間、すっとそらされた……気がした。


 あれ?

 今、目をそらしましたよね。

 今、(忘れてたっ)って顔しませんでしたか? 


 ……まあ、いいか。

 執事長には、今度この世界に住む動物や生体について教えていただこう。


 リンゴ飴を食べ終わられたお嬢様と奥様は、ハートのべっこう飴を口にされている。飴を舐めながらお嬢様は氷砂糖のときと同じように両の手を頬に当て満面の笑みだ。


「ヨヨさん、アルクちゃん今日はありがとう~。レイゴストも大変だったでしょ~? こんなにもティリアちゃんが嬉しそうなのは皆のおかげよ~」


「奥様、今回の食事はヨヨ……さんとアル坊のおかげでさぁ」

「奥様、ヨヨさんからいただいた花蜜や砂糖のおかげでございます」


「ふふっ。妖精さんとの取引が楽しみね。私からもヘルムトに一言、伝えておくわ」

「ありがとうございます、エリス奥様」一礼するヨヨさん。


 ヨヨさん、先ほどからおとなしいですね。リンゴ飴やべっこう飴もヨヨさんサイズで作ったのに、まだ残ってますよ?


「おう! そうだアル坊」

「はい、レイゴスト料理長」

「今日のようなメニューをいくつか教えておいてくれ。夜までにはいくつか覚えておきたい」

「はい。承知いたしました」


「ん? なんだ? また口調が堅くなったな?」


 (ちょっとレイゴストさん、お仕事中ですよ)と小声で返す。


「レイゴストは昔から相変わらずこんな調子ですからね。アルクくんを見習って欲しいものです」とセイバスさんが肩をすくめ、ため息まじりに言った。


 そして、「奥様の前で言うことではございませんが」と付け加える。


「あらあら、私たちだけのときは気楽にしてもらってもいいのに~」

「何事もけじめは大切でございます、奥様」一礼するセイバスさん。笑みを浮かべつつ自然で滑らかな動作だ。


「あら、セイバスも相変わらずねぇ」


 侯爵様から聞いた話だと、レイゴスト料理長とセイバス執事長は、ほぼ同期らしい。二人とも現侯爵様がお生まれになる前から、長年、ミストファング家に仕えていたそうだ。


(今でこそ料理長に、旦那と呼ばれる現当主のヘルムト侯爵も、“昔はヘル坊って呼ばれていたのよ”とは奥様の言葉だ)


「じゃあ、夕食も楽しみね~」

「……たのしみなのぅ」


 これは責任重大だ。食材探しも大切だがひとつでも多くのメニューをレイゴストさんに伝えておかなければ。ただ、食材が足りなさすぎる。

 おや? お嬢様のご様子が……。


「あらあら、すっかりおねむなのね」


 寝る子は可愛く育つ、と言いますからね!

 お嬢様はこっくりこっくりと船を漕ぎ出しては、ハッと顔を上げ、またこっくりこっくりと身体を前後に揺すっている。

 イーラさん、お嬢様に合わせてクネクネしないでください。


「お昼寝しましょうか~、ティリアちゃん」

「おねむするぅ」

「はいはい。じゃあお部屋にいきましょうね~。イーラちゃん、お部屋の準備をお願いね」


 イーラさんは一礼すると先に食堂を出て行った。

 抱っこされて奥様に抱きついているお嬢様の目は、開いたり閉じたりしていたが、だんだん閉じている時間のほうが長くなっている。


「ヨヨさん、今日は本当にありがとう。申し訳ないけどこれで失礼しますね~」

「はい、有意義なお時間ありがとうございました」


 ヨヨさんはやや緊張気味の笑顔で奥様に挨拶を返す。奥様から侯爵様への口添えも約束されたことだし、魔王国と妖精族との通商条約はうまくまとまることだろう。


 会食ということもあってか、ヨヨさんも緊張していたのだろう。いつになく硬い表情をしている。


 奥様は寝てしまったお嬢様を優しく抱えながら食堂を出て行かれ、その後ろを奥様の専属メイドたちが付き従う。

 執事長は僕に一言、「素晴らしい料理でした。よく頑張りましたね」と声をかけてくださった後、午後の予定を確認するため食堂を出て行かれた。


 セイバスさんは、午後いっぱい、執務室で侯爵領関連のお仕事をこなされる。侯爵様の信頼厚い執事長は、侯爵様の執政(スチュワード)補佐兼執事(バトラー)長として侯爵家を支えているのだ。



 先ほどまで賑やかだった食堂も静寂を取り戻す。既に食後の片づけはメイドさんの手によって終わっており、食堂にはレイゴストさんとヨヨさん、それに僕の三人だけだ。


「アル坊! 喜んでもらえてよかったなぁ」

「えぇ、これもレイゴストさんとヨヨさんのおかげですよ」

「俺の方もメニューを増やすようにいろいろと工夫してみるからよ」

「それは楽しみですね!」


「それに朝も言ったが、うちの連中使って、ほかの種族の料理も探ってみようと思ってる。とりあえず人族から調べるつもりだが、わからないことがあったらアル坊に聞くから頼むな」

「はい、私でお力になれることがあればいつでも!」


 幽霊族の情報収集能力は魔族の中でもトップクラス。

 毒に抵抗力のない人族を探れば、毒のない食材や料理方法などが手に入る可能性が高い。この世界の人族は何を食べているのだろうか。今から結果が楽しみだ。


「オジさま、アルクん」


 突然、ヨヨさんから声をかけられた。振り向くとヨヨさんはやや視線を落とし真剣な顔つきをしている。知り合って間もないが昼食の終わり頃からいつものヨヨさんらしくない雰囲気だ。


「おう、どうした?」

「今から二人にお話があるのだけど、よろしいかしら?」

「俺はかまわないぜ。厨房でもいいか?」

「ええ、僕も大丈夫ですよ、ヨヨさん」

「ありがと。厨房で結構よ。じゃあ行きましょ」


 真剣な顔つきで話すヨヨさんだが、話ってなんだろうか。とりあえずは厨房に行けばわかるだろう。


 おっと、そうだ。厨房に行くんだったら一口サイズの『べっこう飴』を余分に作っておこう。試しに王都で配ってみようかな。味がわかる魔族もいるかもしれない(期待はできないけどね)。


 考えごとをしているうちに厨房に着く。ここも食事時になると騒がしくなるんだろうけど、今は静かなもんだ。他の料理人さんたちの姿はない。昼食前もそうだったが、ほかの料理人さんはどこに行ってるのだろう。


「さて、ヨヨさん。お話ってなんでしたか?」


 会食終了間際から少し元気がないのは気がついていたけど、どうしたんだろう。深刻そうな顔をしている……食べすぎだろうか。


「ええ。お二人に相談があってね」

「ほう。どうした」


 実は、と言って妖精族のポーチから取り出したのは先ほどの会食の最後に出した『べっこう飴』だ。あ、食べずに持ってきたのですね。やはりお腹いっぱいだったんでしょうか。


「これ……飴を大量に作ってもらうってことできるかしら」



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