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第百二十二話 秘薬の名は

 二人の王から告げられた答えに僕は立ち尽くしていた。


 (味覚を取り戻す薬が作れない? レイゴストさんに薬を飲ますこともできない? 魔力回復薬はすでに作れない?)


「アカリ殿によると彼女は味覚を取り戻す薬を一本だけ持っていたそうじゃ。だが、友人にあげてしまったと本人は言っておった」

「そして味覚を取り戻す薬がたくさん必要になったためにここにやってきた。薬を作るには龍族とドラゴンの協力が必要ということでな」

「だが材料がそろう前にアカリ殿は殺されてしまったのじゃ」

「持っていた材料は彼女の空間魔法『アイテムボックス』の中だ。恐らく彼女の死とともに消滅したことだろう」

「我らが知っておるのは薬の作り方と効能、そして必要な材料じゃ。そしてその必要な材料のひとつはこの世界にはもうないのじゃよ」


 (材料がそろわないから二度と作れない……二度と)


 悲観的な内容が頭をよぎる。


 (いや、まて)


 だが同時に頭の中でいろいろと考えを巡らせていた。


 そうだ。ひとつにする必要なんてない。

 味覚を取り戻す薬は各種族に伝わる秘薬をひとつにしたものだ。別々に飲んでも効果はあると魔王様の手記には書かれていた。

 それに二種類の秘薬については、すでに侯爵様たちに飲んでもらっている。


「待ってください! 味覚を取り戻す薬は別々に飲んでも効果がありますよね? すべての材料をひとつにするには龍族の秘術が必要かもしれませんけど、ひとつずつなら――」

「アルク殿……調合に龍族の秘術が必要なこと。どこでそれを知ったのじゃ?」


 いぶかしむバスケイさんだったが、僕の返事を待たず、すぐに首を振って話を続けた。


「いや、今はいい。だが、そのとおりじゃ。しかし、それも無駄なこと」

「ですが、なくなってしまった秘薬以外の味覚は取り戻せるはずです!」

「味覚はひとつでも欠けたら無意味じゃぞ?」

「アルク殿よ。味を理解できるキミならわかるだろう?」


 さとすように話す二人の王。

 彼らが言っていることもわかる。

 だが、それでも無駄ではないはずだ。

 確かに甘味、酸味、塩味、苦味、うま味のひとつでも欠けると本来の味は理解できなくなる。それどころか元の味が変化してしまうことだってあるだろう。

 だがもともと味覚のない魔族からすれば、どんな味覚であれ革新的なことだ。それに侯爵様と奥様が味を理解できるようになったときのお嬢様は本当にうれしそうだった。だからこそひとつでも味を理解してもらい、お嬢様にも侯爵様御夫妻にも喜んでいただきたい。


「かまいません」

「……ふう」


 バスケイさんは僕の目を見たあと、しばらくしてから大きく息を吐いた。


「……わかった。アルク殿の熱意にめんじて必要な材料を教えよう」


 バスケイさんは必要な材料をひとつずつ口にする。。


「まず、ひとつは――」


 ひとつは、人族が持つ『神の息吹いぶき』。

 ひとつは、海洋族が持つ『乾きの結晶』。

 ひとつは、獣族が持つ『戦士の果実』。

 ひとつは、エルフが持つ『世界樹の朝露』。

 ひとつは、妖精という種族が持っていた『妖精の奇跡』。


 (ん? 妖精という種族? 持っていた?)


「ちょ、ちょっと待ってください。お聞きしたいことがあります」


 確認したいことがある。

 だが僕の訴えにバスケイさんは首を振って悲しそうな顔をした。


「もうあきらめるんじゃな。これ以上、教えられることはない」


 話を打ち切ろうとするバスケイさんだったが、これだけは聞いておかなければならない。


「バスケイさん。この世界に存在していない材料というのは、どの材料なんですか?」

「うん? かつてこの世界にいたという妖精族だけが作れるという『妖精の奇跡』じゃが?」

「だが『妖精の奇跡』を作ることのできた妖精族は今から千年ほど前に忽然こつぜんと姿を消しておる」


 (んー?)


「――持っていますけど? 『妖精の奇跡』」

「ふぉっふぉっふぉ。それも魔族ジョークかのう」

「はっはっは。アルク殿もなかなかいうな。我々を笑わせるとはたいしたものだ」


 衛兵含めて笑い上戸としか思えない龍とドラゴンのくせに何をいっているのだろうか。二人は仲良く肩を叩きながら大笑いしている。

 だが、メリジーナさんだけはフルフェイスヘルムの隙間から真剣な眼差しを僕に向けていた。


「アルク殿。妖精族はこの世界を捨てた種族じゃ」

「そして自らの世界に帰ったと言われている。しかも自らの存在をこの世界から消すかのように妖精族について書かれた本を持ち去ってだ」

「確か魔王国の王都には妖精族のことが書かれた碑文ひぶんがあったはずじゃが」

「ええ。確かにあります。ですが妖精族が消えたのはこの世界を捨てたのではなく、つまんなーいというふざけた理由ですよ? ちょくちょくこっちに戻って来ていたようですし」

「はっはっは。さすがに、つまんなーい、はないじゃろう」

「まてまて。バスケイ。かわいい作り話じゃないか」

「本当ですってば。妖精界に帰ったのはつまんなーいという理由ですよ。妖精たちが残していった冊子にも書かれています」

「妖精の冊子とはまた面白い話だな」


 二人は完全に冗談だと思っているようだ。

 こちらの話を聞こうともしない。

 男二人の笑い声が響く謁見の間に、透き通るような声が響き渡る。


「……なぜ? なぜあなたがそれを知っているの?」


 その声に王たちも笑うのをやめた。

 声の持ち主は先ほどから僕に鋭い視線を送っていたメリジーナさんだ。

 彼女は鎧を鳴らしながら一歩一歩、僕へと近づいてくる。


「なぜあなたは妖精が帰った本当の理由を知っているの? それになぜ妖精界のことを知っているの? なぜ妖精が残した冊子の存在を知っているの?」

「え? それは――」


 矢継ぎ早の質問に答えようとした途端、近づいてくるメリジーナさんとの間に突如とつじょ、見たことのある穴が現れた。そして続けざまにどこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。


「あー。いたいた。探したわよ、メリジーナ」


 その声はなじみ深い声だった。その声の主は穴から飛び出してくると目の前にいるメリジーナさんに向かって声をかけた。


「ひさしぶりね。相変わらず鎧を着たままなのね。――あれ? アルクん、ここで何しているの?」


 開いた穴から突然、飛び出してきたのはヨヨさんだ。彼女は僕に声をかけたあと、周りを見回してから、「ここ、どこ?」とつぶやいた。


「え? ヨヨ? ヨヨなの! ひさしぶりじゃない! 相変わらず神出鬼没ね」

「ヨヨさん! とうとうやってしまったんですね」


 いつぞやヨヨさんが魔王様の城に入れるかしらと興味を示していたことがあった。正規の手続きもせず、忍び込んだらいくら妖精族の要人であっても確実に賊扱い間違いなしだ。

 今、ヨヨさんは妖精界経由でいきなり目の前に現れた。これがどういうことかおわかりだろう。龍族の王宮に無断で侵入したのだ。俗にいう賊である。いろいろな意味で笑えない。


「ところで、なぜヨヨがここにいるの?」

「てっきりお城に忍び込むのはあきらめたと思ったのに!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って――」


「でも勝手に入ってきちゃダメじゃない。ここ宮殿よ?」

「そうです。ここ宮殿ですよ? 完璧なまでの不法侵入です。いままでお世話になりました」


「また甘い物でも探しているの?」

「わー。妖精賊を見たの初めてー。キミは甘いお菓子が好きなんだね」


 僕とメリジーナさんはヨヨさんを間に挟むようにして矢継ぎ早に声をかけていた。左右から話しかけられるヨヨさんは僕とメリジーナさんを交互に見るのに忙しい。

 だが、ここでメリジーナさんがヨヨさんと知り合いらしいことに気がつく。彼女もまた僕とヨヨさんが知り合いらしいことに気がついたようだ。


「……もしかしてアルク殿と知り合い?」

「……もしかしてメリジーナさんとお知り合いですか?」


 互いがヨヨさんと知り合いだと気がついたときには、ヨヨさんの動きは止まっていた。うつむき加減のまま、宙に静止し、ぐったりとしている。よく見れば身体が小刻みに震えているようだ。「ヨヨさん?」と声をかけながら手を伸ばした瞬間、彼女は勢いよく顔を上げ、大きな声で叫んだ。


「だあああああ!」


 そして両腕を突き上げてから腕を組み、僕とメリジーナさんをにらむ。


「あのさー、二人同時に話すのやめてくれない?」


 マジギレである。

 両腕を組んで、片方の眉を上げたその顔は不機嫌そのものだ。ほほを少し膨らませながら、僕たちに鋭くて迫力のある視線を飛ばしている。

 キレた商人ほどタチの悪いものはない。


「「ご、ごめんなさい」」


 僕たちは反射的に謝った。

 だが、彼女のご機嫌は斜めのままだ。ふんっと勢いよく鼻を鳴らし、僕たちから顔を背けた。そんな彼女の態度にどうしたものかと、隣のメリジーナさんと無言のまま目を合わせる。

 ヘルム越しに見えた彼女の切れ長の目は、オレンジがかった金色だ。龍族の特徴でもある縦長の瞳孔は青く、とても神秘的で綺麗な目だった。


 (昨日、お嬢様にお出ししたオレンジシャーベットよりも鮮やかな目だな)


 ふと、そんなくだらないことを思う。

 だが隣にいる彼女は照れたようにそのオレンジ色の目を僕に向けていた。

 その目を見て、ふとあることを思いつく。任せておいてくださいとメリジーナさんに小声でつぶやき、そして軽く咳払いをしてから魔法の言葉を唱えた。


「……特盛りドでかプリン……許して欲しいなー」


 ビクッ!


 つぶやいた魔法の言葉に対し、ヨヨさんの身体が大きく跳ねた。しかも反射的に振り返ろうとしたことを僕は見逃さなかった。何かを我慢しているのか、ぷるぷると身体を震わせている。だがその震えは先ほど違い、怒りからきたものではないだろう。

 だがそれ以上の反応はない。

 さすがは商人。甘い言葉とはいえ、自制心が強いようだ。

 だが、しかし――。


「……一週間、毎日」


 言い終わるが早いか、ヨヨさんは僕と見つめ合っていた。

 彼女の澄んだ青い目が大きく開かれている。しかもその口元にはひとすじのよだれが光っていた。

 何度も言うが彼女は商人だ。僕の目を見て、まだいけると踏んだのだろう。すぐに顔を背けた彼女は気合いを入れるかのようにまた鼻を鳴らすのだった。

 では、だめ押しといこうか。


「アイスクリーム付けちゃおうかなー」

「でへへへ。仕方ないなぁ。許してあげるわ」

「……ヨヨ。あなたいつか誘拐されるわよ」


 溶けたアイスクリームは美味しくないが、彼女の怒りは溶けたようだ。彼女のこわばった顔もでろでろに溶けている。

 隣に立つメリジーナさんは納得がいかないのか、ヘルムをカチャカチャ鳴らしながら軽く首を振っていた。だがこれが現実である。


「ハア。アルク殿のいうプリンとかアイスクリームはきっと甘いものなのね」

「ええ。よくご存じで」

「ヨヨを見ればわかるわよ」と苦笑する。

「あー、あとアルクでいいですよ」

「じゃあ、アルクくんね」

「メリジーナも今度、アルクんにごちそうしてもらいなさいよ」

「ええ。ぜひごちそうさせてください」

「あら。それは楽しみだわ」

「アルクんは甘いデザートをたくさん知っているのよ。それはもう食べきれないほどに。でへへへ」

「……ヨヨ。何度も忠告するけど甘い物に釣られて誘拐されないでね」


 それを聞いた僕は少し悩む。

 考えてみれば龍族は何を食べるのだろうか。今のところエルフ族のような特殊な嗜好は感じられない。そういえば街を歩いているときも特に食堂らしきものは見かけなかった。


「それにしても堂々と出てきて大丈夫なの?」

「大丈夫よ。最近、ボディガードを雇ったから」


 (ボディガード? ……まさか僕のことか?)


「あー、アルク殿や」

「なあ、メリジーナよ」

「そちらの方はいったい?」

「先ほど、妖精と聞こえたんじゃが……」

「「ええと」」


 僕とメリジーナさんは互いに顔を見合わせて確かめ合う。二人の王が自分の世界へ帰ったと思っている妖精。その妖精が目の前にいることを教えるかべきだろうか。

 そもそもメリジーナさんはヨヨさんと知り合いだった。妖精がこの世界にいることを知っていたのだ。だが二人の反応を見る限り、彼女はそれを黙っていたようだ。

 僕らは無言のまま、互いにうなずき、二人の王に真実を知らせることを選んだ。

 だが僕たちが話す前に、当の本人が口を開く。


「はあ? 誰よ、あんたたち。私になにか用なの?」


 話を邪魔されたヨヨさんは不機嫌だといわんばかりの口調で二人の『王』に答えた。王とは王国の最高位であり、絶対権力者である。少なくとも『あんた』呼ばわりしていいような相手ではない。


 こうして龍族と妖精族、いや、二人の龍族の王と妖精族の貿易担当者による初顔合わせは最悪のスタートを切ったのだった。




「誰よ、あんたたち! 私に何か用なの?」

「わー、妖精族を見たの初めてー」

「「ぶわっはっはっは」」


 玉座に力なくしがみつているのは二人の王だ。

 どこがツボに入ったのかはわからないが、さっきから僕とヨヨさんらしき口まねをしては大笑いしていた。


「ふひいぃ。フーフー。はあ……ふ、ふふふ。ぶわっはっはっ」


 息を吸おうとするたび、途中で思い出したかのように何度も龍王の口から笑い声が漏れる。すでに力が入らないようで、玉座にぐったりと身体を預けている姿は王にはみえない。特にバスケイさんが大変なことになっていた。のどから、ヒュー、ヒューと聞いてはいけないような音をさせながら、胸の辺りを押さえている。笑いすぎで胸の筋肉がけいれんでもしているのだろうか。脳筋ドラゴンのくせに思ったより鍛え方が足りないようだ。


「もう二人ともいい加減にしてください。ヨヨは私の大切な友達ですよ?」


 大笑いする王をたしなめるメリジーナさんだったが、王たちは、「わかっておる」と手を挙げるだけが精一杯のようだ。

 彼らがなんとか話せるようになったのはそれから数分してからのことだった。


「はあ――いや、すまん。――ぶふっ。……だ、だがな、謁見の間にいきなり現れて、おまえら誰だ? ぶふふふ。――そんなこと言われた王は俺らしかおるまい」

「そのとおりじゃ。妖精殿との出会いに――くっくっ――ふさわしい愉快な一日となりそうじゃな……う、うぐっ」


 せっかく復活しかけていたバスケイさんだったが、またもや胸を押さえ始めた。そんなバスケイさんの姿を見て、リンガー龍王も腹を抱え、また笑い出す。ツボに入った二人は実に楽しそうだ(苦しそうだ)。執事魔法で癒やそうと思ったが自業自得なのでしばらく苦しんでもらうことにした。


「……なぜかしら。不敬なことをしでかしたはずなのに、まったく悪いと思わない」

「いいのよ。二人とも怒ってないから。それよりもひさしぶりに会えてうれしいわ」

「ええ。本当にひさしぶりね」

「それにしてもアルクくんのお手伝いをしているなんて驚きだわ」

「お二人はお知り合いだったんですね」


 ヨヨさんが会いたいと言っていたのはこのメリジーナさんだった。ヨヨさんが飲んでいた『寒くないもん』という薬は彼女が作ったものだそうだ。ほかにもいろいろな薬を取引しているとヨヨさんはいった。

 二人によると出会いはリアルルさんのハーブ園だ。まだ交流会が行われていたころに出会ったという。


 (一応聞いておくか)


「そういえばそのハーブ園なんですが――」


 僕はハーブ園で起きていたことを説明した。

 精霊の狂化のこと、狂化のせいで交流会が中止になったこと、精霊が狂化した原因は魔核であったことを話す。そして最後にその魔核は人族が昔、悪魔に作らせたものであったことを説明した。


 話し終わったあと、メリジーナさんは驚きとともに肩を落とした。何も知らなかったことと何もできなかったことに対する自責の念だろうか。

 ハーブだけでなく精霊たちと話せるすばらしい場所だったと彼女はいう。

 念のため、精霊の狂化に関わっていないか、カマをかけてみたが彼女自身は無関係のようだ。魔核を仕掛けたという人族にも心当たりはないという。ほかの龍族の者も数名いたそうだが、龍族はそんな真似はしないと断言した。口ではなんとでも言えるが、恐らくウソではないだろう。


「リアルルさんはお辛かったでしょうに。リアルルさんに会うことがあったら、いつでも力になると伝えておいてね」

「うん。いいわよ」

「念のため、出入りしていた龍族の方にも怪しい者がいなかったか聞いてもらえますか?」

「ええ。もちろんよ」


 メリジーナさんには何かわかり次第、連絡してもらうようお願いしておいた。無駄骨に終わる可能性が高いが念のためだ。


「それと今は限られた者しか入れませんが、昔のようにハーブ園への入園が許可されつつあります」

「え? それは本――」

「なに! それは本当かね!」


 メリジーナさんの言葉を遮って、声をあげたのは笑いすぎでぐったりしていた二人の王だ。

 龍王ここに復活である。

 伝説の勇者が生まれそうなほどの勢いでこちらに駆け寄ってくる。


「またハーブ園に入れるのかね!」

「貴重なハーブがまた手に入るのかね!」

「すぐにとはいえませんけどね。ある事情によりエルフの数名は入園を許可されています。魔族からも数名、許可されていますね」

「……その許可された魔族の中にアルク殿は含まれておるのかね」

「……含まれておりますよ」

「頼む! 薬、薬の材料を! ハーブを!」


 すがりついてきたバスケイさんが僕の肩をがっしりと掴んだ。しわが刻まれた顔が間近にせまって実に暑苦しい。それよりもつかまれた肩に食い込んだ彼の指がたまらなく痛い。さすがは物理的説得術で長になったエルダードラゴン。その力は人化していても健在である。

 あっ。そろそろ肩甲骨が割れそうな気がする。


「あだだだ。バスケイさん落ち着いて! 僕だけじゃなくヨヨさんも許可されていますよ」

「ちょっとアルクん! 私を巻き込まないで!」

「おお。すまん。興奮しすぎたようじゃ」


 そういって僕から手を離すバスケイさん。

 肩をみると執事服に彼の指のあとが残っていた。生地が悪くなっていたら弁償してもらおう。


「……メリジーナよ。妖精のヨヨ殿とご友人なのだな?」


 最初に尋ねたのはリンガー龍王だ。

 少し悲しげな目で彼女を見る。


「え、ええ。そ、そうだけど」

「なぜ妖精族がこの世界に戻っていることを教えてくれなかったのじゃ」

「まったくだ。妖精族といえば幻といわれた種族だぞ」

「長生きしているわしでも初めて妖精を見たくらいじゃ」

「え? 特に聞かれなかったし、黙っていてねと言われたから」


 するとバスケイさんとリンガー龍王はさらに悲しげな顔になる。


「メリジーナが家族より友情を優先するようになった」

「メリジーナがグレてしまったのじゃ」

「ちょ、ちょっと! この年にもなって恥ずかしいこと言わないで!」


 あわてて二人の王に駆け寄ったメリジーナさんは、金属製の籠手こてで二人をぽかぽかと恥ずかしそうに叩いていた。その姿はまるで子供だ。

 だが雰囲気は子供でも能力は違う。バスケイさんは平気な顔をしているが、リンガー龍王の顔はどう見ても苦痛に歪んでいる。金属製の籠手も十分な鈍器だ。王が一人にならないよう龍王の無事を祈ろう。


 ところでメリジーナさん……いくつなんだろうか。

 いまだに顔の見えない彼女に目をやりながら、僕はしばらくの間、考え込んでしまった。




「うむ。少し取り乱したようだ。すまん」

「ヨヨ殿との出会いはここ千年の間でもすばらしい出会いだ。それに妖精族の商人だという。ぜひ龍族との取引も考えてもらえるとうれしいのじゃ」

「こちらこそ。リンガー龍王様、それにバスケイ竜王様。貴国との取引は願ってもないこと。今後は私たち妖精並びに商店『妖精の祝祭』との取引もよしなにお願いいたしますわ。また後日、こちらに妖精族担当の者を向かわせます」

「うむ。かたじけない」

「おお。妖精族との取引か。この年になっても興奮するのう」

「すぐには無理ですが、ハーブなども手に入れてまいりますわ。リアルル……ハーブ園の主とは懇意にしておりますから」


 初顔合わせのちょっとしたトラブルはこれでお流れとなった。

 まあ、多少の失言はあったものの、王本人たちが気にしていないので不問になっている。むしろ大笑いしたおかげか、非常に清々(すがすが)しい顔になっていた。

 王の身の安全を考えると笑い話ではないのだが、龍と竜のことだ。それだけ己に自信があるのだろう、たぶん。

 決して脳天気というわけではないはずだ、きっと。


「その折にはよろしく頼む」龍王は短く答えた。

「今日だけでいろいろな出会いがあるのう」


 余談だがメリジーナさんはリンガー龍王の妹さんを母に持ち、龍王であるバスケイさんのお孫さんを父に持つ。リンガー龍王から見れば姪にあたり、バスケイさんから見ればひ孫となるわけだ。

 ということはだ。

 メリジーナさんは龍と竜のハーフとなる。

 話によると龍と竜のハーフは例がないわけではないそうだ。竜はいろいろな種族との間に子を為すことができる。とはいえ、一応魔物扱いとなっている竜を伴侶に迎え、子を為すことは珍しいことに変わりない。ゆえに奇異の目で見られることもしばしばあるそうだ。

 そんな彼女が全身鎧を着ているのは、過保護な曾祖父(そうそふバカ)と姪を溺愛する伯父(独身龍王)のせいだ。周囲から向けられる奇異の目をそらすためと王の一族である彼女を守るためだと本人たちは言っている。

 だが、本心はあまりにも美しいメリジーナさんに求婚する馬鹿が現れないようにしているらしい。龍王とバスケイさんが僕だけにこっそり耳打ちしてくれた。もちろんこれは親切で教えてくれたのではない。二人から耳打ちされたとき肩を組まれていたのだが、その力が尋常ではなかった。おっさんが十歳に対する力加減ではない。

 僕だけに本心を話してくれた理由はひとつ。「おう、坊主わかってんだろうな」、「必要以上にメリジーナに近づくんじゃねえぞ」的なご忠告である。

 親よりも面倒くさい親戚とは実にタチが悪い。




「さて、妖精殿がこの世界に戻ってきたとなると先ほどの答えも変わってくるのう」


 突然、真面目な雰囲気を出す二人の王。

 その意味はわかる。彼らが作れないと言っていた味覚を取り戻す薬は不可能な存在から一転し、現実に作れる薬となった。それは二人の王が存在していないと思っていた『妖精の奇跡』があったからだ。


「材料がそろい次第持ってくるがいい。いつでもいくらでも調合しよう」

「これも何かの縁。アカリ殿が死んでから果たせなかった約束を今、果たそう」


 王らはそう約束してくれた。


 これで疑問のひとつは解決したことになる。

 「魔族が味覚を取り戻す薬を作るのに必要な材料の名前」はすべて教えてもらったし、調合の約束も取り付けた。あとはそれぞれの材料を見つけるだけだ。


「アルク殿。妖精族がいることはわかった。おかげで幽霊族にも薬を与えることができるはずだ」

「ん? どういう意味でしょう?」

「これは我らに伝わっている話だが、妖精族は幽霊族に触れる種族だそうだ」

「あ、そういえば」


 ヨヨさんと出会ったころ、彼女は幽霊族の料理長レイゴストさんの肩に乗ることができた。それにヨヨさんはレイゴストさんから頭を撫でられている。


「確かにオジさまには触れるわね」

「話は本当のようじゃの。――そこでじゃ。聞いた話によると妖精は幽霊族に薬を飲ませることもできる……らしい」

「らしいって。……先ほどからずいぶんとあいまいですね。それ本当なんです?」

「わしらも聞いた話じゃからのう。それに妖精をみたのも今日が始めてじゃ。たぶんそうじゃろうとしかいえん。試したことはないしのう」

「ただひとつ問題がある。味を理解できるようになったとしても今後どうするかだ」

「ああ、そういうことですか。幽霊族は食事も味見もできません。せっかく味がわかるようになっても料理そのものを食べることができない。そうおっしゃりたいのですよね」

「そのとおりだ」

「実はそれも合わせて相談しようと思っていたんです。薬を飲ますことができるなら料理を食べる方法がないかと。ですが、まさか妖精に飲ませてもらうとは思ってもみませんでした」


 薬を飲ませる方法があるなら、料理を食べさせることもできると思っていた。ところが薬を飲ませる方法は、妖精族に飲ませてもらうことだという。


 ということは……。


 薬だけでなく料理を食べさせるには、妖精族が食べさせなければならない。

 千五百歳を超えてなお元気いっぱいのレイゴストさんが小さな妖精に介護されることになるわけだ。

 ……嫌がるだろうなぁ。

 病気になったことすらないだろうし、すでに幽霊だからなぁ。


「は~。それは大変そうね」


 ヨヨさんが複雑そうな顔で笑った。というのも妖精族にとって我々が使うサイズのスプーンやフォークはかなりの大きさになる。口に運ぶのも重労働だ。


「自分でスプーンを念動力ポルターガイストで動かして食べることはできないのでしょうか」

「多分無理だろうな。すり抜けてしまうはずだ」

「ちなみに薬は飲まないと聞かないのですか。身体にかけた場合、効果はあるのでしょうか?」

「うーむ。正直、それもわからないのう。当時、薬のことはアカリ殿が一番詳しかった。もし試すなら結果を教えてくれるとうれしいのう」


 聖水が効くなら可能だと考えていたがどうやら望みは薄そうだ。


「……ねえ。もしかしたらだけど幽霊族に料理を食べさせる方法があるかも」


 恐る恐るといった様子で話すのはメリジーナさんだ。

 彼女の話によると、ドワーフ族の中には悪霊やアンデッドなどの魔物を退治するため、特殊な武器を作っている部族があるそうだ。その武器はドワーフの神官の手が加わることで鍛えられるという。神官によって鍛えられた武器は通常の武器が通用しない悪霊をも斬ることができる。いわゆるゴーストスレイヤーと呼ばれる武器だ。

 メリジーナさんがいうにはそのドワーフの神官にスプーンやフォークを作ってもらえば、幽霊族でも料理を触ったり、食べたりできるのではないかとのことだ。ただし、幽霊族がゴーストスレイヤーと同等のスプーンに触って大丈夫かどうかはわからないという。


「なるほど。でも探してみる価値はありますね」

「でも、ドワーフのどの部族が作れるのかまでは知らないの」

「ドワーフに知り合いがいますから聞いてみますよ。でも彼らは武器より酒造りだからなぁ……ん? ドワーフの神官? あれ? ねえ、ヨヨさん」

「そうよ! アルクん!」

「「命の水!」」

「命の水ってギルムさんのお兄さんが作っていましたよね」

「ええ。そのとおり。それに命の水には神官の祝福がかけられているってヒミカちゃんが話していたわね!」

「その神官さんとは限らないですよ」とメリジーナさん。

「もちろんです。ですが、お酒に祝福をかけている神官さんがゴーストスレイヤーを作る神官のことをご存じかもしれません」

「ありがとう。メリジーナ。すごく参考になったわ」

「いいえ。うまくいくといいわね」


 これでふたつめの疑問もひとまず解決だ。

 幽霊族に薬を飲ませ、料理を食べさせることは妖精族の協力があれば可能……らしい。確実だといえないのが微妙だが、帰ったらさっそくレイゴストさんに試してもらおう。味がわからなくても食べることができるかどうかを確認するつもりだ。

 ふとレイゴストさんがヨヨさんに、「あーん」してもらう姿を想像して思わず笑いそうになる。よし、お嬢様をお誘いして一緒に見学するとしよう。


「では最後の質問に答えよう。『妖精の奇跡』が手に入るなら魔力回復薬も作ることができる。材料に『妖精の奇跡』が必要だからな」

「ほかに必要な材料はあるんですか?」

「ああ。ある。必要な材料は、『神の息吹』、『乾きの結晶』、『戦士の果実』、『世界樹の朝露』、『妖精の奇跡』の五つが必要となる」


 そういうと龍王はニヤッと笑った。


「え? それって味覚を取り戻す薬に必要な材料じゃ……」

「そうだ。実はキミがいう味覚を取り戻せる薬。これこそが魔力回復薬だ。いや、魔力回復薬といっておるが、魔力『も』回復できる薬が正しい」

「それにじゃ。味覚を取り戻せる薬というのも、味覚『も』取り戻すことができる薬が正しいのじゃよ」

「それじゃあ味覚を取り戻す薬っていったい……」

「その薬とは龍の秘術を使い、五種類の材料に龍と竜の血を混ぜることによってひとつになる薬」


 (龍と竜の血だって!?)


「その薬の名は『エリクサー』、またの名を『エリキシル』と呼んでいる」

「エリクサー!?」

「そうじゃ。『エリクサー』はあらゆるケガを治すだけでなく、手足など欠損した部位すら復活させる。またあらゆる病気をやし、失った魔力も回復させる。さらには寿命を延ばし、呪いも跳ね返すという薬じゃ」

「この薬の存在を知った時、体中が震えたものだ」

「私も心躍る気持ちでしたわ。いつかは作ってみたいと思ったものです」


 龍王とメリジーナさんがうっとりとした顔でつぶやいた。

 さすがは同じ血が流れているだけのことはある。


 『エリクサー』


 エリクサーといえば幻の霊薬だ。

 前世では架空の世界にだけ存在するものだった。だがこの世界には実在していたのだ。

 そしてこのエリクサーこそが、魔族の味覚オンチを治す薬となるという。白の賢者様が言っていた遺伝子レベルで味のわからない味覚オンチの魔族。

 それを治す薬エリクサー。


「アカリ殿の話では、ホムンクルスとやらの創造にも必要らしいのじゃが、意味はさっぱりわからなかったのう」

「え? ホムンクルスはともかく、なぜそこでアカリさんの名前が出てくるんですか?」

「そのエリクサーの作り方を我々に教えてくれたのがアカリ殿じゃったからだよ」

「え?」


 だが驚いたのはこれだけではなかった。


「それどころか今の龍族に伝わる医学と薬学の基礎はほとんどがアカリという魔族から伝えられたものよ」


 メリジーナさんが放った一言は衝撃だった。


 アカリさんがエリクサーの作り方を龍族に教えた?

 しかも龍族に医学と薬学の基礎を教えたのもアカリさんだった?

 それにバスケイさんの話だと持っていたエリクサーを魔王に渡している。

 彼女はなぜエリクサーなんて希少な薬を持っていたのか。

 僕と同じ転生者であるはずの彼女。

 それがなぜ医学と薬学に詳しく、この世界の薬を作れるのか?

 彼女に関しては謎が深まるばかりだ。


「アルク殿。アルク殿は薬をひとつにするのに龍族の秘術が必要だと知っておった。それはなんらかの方法でアカリ殿の教えを知ったのであろう」


 その問いかけに黙ったままうなずく。

 僕が龍族の秘術について知ったのはアカリさんと知り合いだったロシュロス魔王の手記からだ。薬学とは関係ない話だったが、魔王がアカリさんから聞いた話を手記に残していたからこそ知ることができた内容である。


「アカリ殿の教えは龍族にも伝えられたのじゃ」

「そこで先ほどの話の続きをしよう。昔話の時間だ」

「アルク殿が聞きたがっていたアカリという魔族と我々、龍とドラゴンとの深い関連の話じゃ」


 そういうとリンガー龍王とバスケイ竜王は玉座に座る。そして大きく息を吸ったあと、ゆっくりと語り出した。




 龍王が語る昔話は龍と竜の争いが終わりを迎え、和睦の道を進み始めて数年が経とうとしていたころの話だ。


 ちなみに当時、バスケイさんは人化が使える優秀で血気盛んな若い竜だった。当然、エルダードラゴンではないし、長でもない。またリンガー龍王とメリジーナさんは生まれてもいない。


 ある日、一人の魔族が当時の龍王のもとに訪れた。自分は魔王国の外交官だという。名前をアカリといった。変わったことに味覚を理解する魔族だった。


 アカリはある薬を作るため、協力して欲しいといったそうだ。

 もともと龍族は今ほどではないにせよ、医学と薬学に詳しかった。だがそれもほかの種族に比べての話だ。今のように圧倒的な知識と技能を持っていたわけではない。


 その訪問者であるアカリは薬の作り方を多く知っていた。その知識、技術はどの龍族と比べても高く、当時の龍族からすれば恐るべき知識量だったという。その知識の中には魔族の味覚オンチを治し、魔力すら回復する霊薬エリクサーの作り方も入っていた。


 アカリが協力してくれと言っていたのはそのエリクサーを作るためだった。

 エリクサーの作成には五種族に伝わる秘薬のほか、龍族の秘術に加え、龍と竜の血が必要だという。話を聞いたとき、最初は断った。これ以上、血を流すことがないよう龍と竜は和睦したのだ。だが、血はわずか数滴でいいという。

 協力する対価としてアカリが示したのは薬学の知識。しかも先払いだという。なんでもエリクサーを調合する最低限の技術を身につけて欲しいとのことだった。

 竜との戦争で多く者が傷ついていた龍族の王は彼女の出した条件を快く飲むことにした。


 龍族がアカリからの申し出を飲んだその数日後。

 和睦をしたときの代表だったエルダードラゴンが龍王を尋ねてきた。そして龍族にドラゴンの保護を申し出たという。エルダードラゴンが龍族に保護を求めてきた理由はリンガー龍王が語ってくれた通り、ドラゴンの激減である。


 そのとき龍王に対してドラゴンと一緒に仲良く国を作ればいいと助言したのはアカリだったそうだ。

 当然、龍とドラゴンには向き不向きがある。そこでアカリがある提案をした。その内容というのが、内政は龍、防衛はドラゴンに任せようという案だった。


 龍族側としては内政干渉(はなは)だしい話だが、穏健派の龍王は乗り気だった。

 だがエルダードラゴンは無理だと断わった。

 その理由として彼が語ったのはいくら言葉を理解し、魔法を使うドラゴンといえど、しょせんは魔物。ほとんどのドラゴンはほかの連中のいうことなど聞かない。とりわけ本能で行動する若いドラゴンはまず無理だという。


 だがアカリはそんなエルダードラゴンを親身になって説得した。

 その後、彼女の説得によりエルダードラゴンは自らがドラゴンをまとめることを決意。アカリもまたエルダードラゴンが長になれるよう手伝うことになった。ただし、手伝う対価としてエルダードラゴンの血をちゃっかり要求している。


 もちろん龍族もかつての宿敵を滅ぼすつもりはなく、陰からエルダードラゴンを支援したという。むしろまとまってくれたほうが若い竜も無茶をしないだろうとの判断だ。

 アカリの指導のもと、医学と薬学を学び始めた龍族は同族争いで傷ついたエルダードラゴンや屈服したドラゴンたちを作ったばかりの薬で次々といやしたそうだ。そしてエルダードラゴンの圧倒的な力と献身的に治療する龍族に、多くのドラゴンがエルダードラゴン側についていった。


 こうして物理的な説得を含め、次々と自分の配下を増やしていったエルダードラゴンはわずかひと月足らずで、すべてのドラゴンを支配下に置いた。それだけドラゴンの数が激減していたということもあるが、アカリという魔族の力が大きかったと当時のエルダードラゴンは語ったという。


 このとき血気盛んだった若きバスケイさんは長になろうとしているエルダードラゴンと勇敢に戦い、『軽微の致命傷』を受けたあと軍門に降ったそうだ。


 (致命傷に軽いも重いもないのだが、本人はそういっている)


 その後、ケガが完治したバスケイさんは人化が使えたこともあって二人の王を守る衛兵隊長に配属されたという。そのためアカリとも何度となく面識があったそうだ。


 数ヶ月後、エリクサーを作るのに十分な知識と技術を取得した龍族に対し、アカリは最後の材料を手に入れてくるといって、龍族の国を出ていった。

 向かったのは人族の国。

 最後にアカリは役に立つだろう薬の作り方を書いた手書きの薬学書を一冊残していった。その書にはエリクサーの作り方も書かれているという。


 だがアカリは二度と龍族の国には戻らなかった。

 その後、ロシュロス魔王が人族の国に攻め込み、いくつかの国を焼いた。そして龍族と竜はアカリが人族に殺されたことを知ったそうだ。


 王家にだけ伝わる歴史。

 それはアカリという魔族が龍と竜の関係に多大な貢献したことや異常とも思えるほど医学、薬学に詳しかったことが記されている。


 伝えられている歴史の中にこんな話がある。

 アカリが龍族の国を出て行く日、龍王が尋ねた。

 彼女の持つそれら医学、薬学の知識はどこで手に入れたのかと。

 アカリは困ったような笑いを浮かべ、こう答えたそうだ。


「先生にたたき込まれたのよ。薬学書や医学書の百巻セットを頭にたたきつけるようにしてね」と。


 龍王はアカリが出かけている間、その先生を招待したいと誘った。だが、「すでにこの世にはいない」とアカリは苦笑しながらつぶやいたという。




「これが龍と竜、そしてアカリという魔族との関係だ」

「龍族の医学、薬学はアカリという魔族が教えたということですか」

「その通り。だが『龍族の国の歴史』は、先祖が医学と薬学の技術を確立していったことになっている」

「幅広い意味では間違いないですね」

「まあな」幅広いという言葉に龍王は苦笑いする。


 アカリさんがいなければ今の龍族の医学、薬学はなかっただろう。

 だがディーナさんから聞いていた腕や足から直接薬を入れる方法と身体に貼ることで効果の出る薬は紛れもなく龍族が確立した技術だった。アイデア自体はアカリさんから聞いていたそうだが、実現したのは龍族だ。

 見せてもらったが腕や足から直接薬を入れる方法はやはり点滴だった。身体に貼る薬はもともと傷薬として人族にも伝わっていた方法だそうだ。だが、龍族がそれを昇華しょうかさせ、痛み止めや麻酔などにも使えるようにしていた。中には炎や魔法に対する抵抗を増やす貼り薬などもあった。


 いろいろ驚く話が続いたが、魔力回復薬ことエリクサーがあるのはわかった。

 ただ残念ながら二人の王はアカリさんの故郷については何もご存じではなかった。


 これで僕の疑問にはすべてに答えてもらったことになる。


「それにしても魔力回復薬としてエリクサーを使うのはもったいないですね」

「そうかの? エリクサーを薄めて使えばかなりの本数ができるぞ?」

「エリクサーを薄める!?」

「アカリ殿が残した薬学書にはこう書かれておる」



 龍族の秘術を使い、五種類の材料と龍と竜の血で作られたエリクサー(原液X)はケガと魔力を全快させ、欠損部位すら再生させる。またあらゆる毒と病気を癒やし、呪い、石化状態を解く。さらに寿命を大幅に延ばす。またホムンクルスの血となる。


 エリクサーは精霊に祝福された水で薄めることが可能。

 また精霊石をひたした水でも代用可能。

 ただし、薄めて使用する場合、その効果は限定的となる。


 原液(x)を一とした場合、エリクサー(S)が十本作れる。

 以下、薄めたエリクサーごとに十倍ずつ希釈(薄めること)が可能。

 エリクサー(S)一本から、エリクサー(A)が十本作れる。

 原液(x)からだとエリクサー(A)は百本までなら希釈が可能。


 なお魔族が味覚を理解できるようになるためには、エリクサー(A)以上の濃度が必要。

 ケガの治療、魔力の回復であればエリクサー(C)で十分。



 以上、書かれている内容によると薄めたエリクサー(A)は寿命を延ばす効果はないようだ。だが原液から百分の一まで薄められても、魔族が味覚を取り戻すことができる。『妖精の奇跡』、『世界樹の朝露』はこちらが望めば必要量を用意してくれることになっている。問題は、ほかの材料だ。それぞれの種族が持つという『神の息吹』、『乾きの結晶』、『戦士の果実』がどれだけ手に入るかによって作れるエリクサー(原液)の数も変わる。

 そうなるとエリクサーの数によっては、すべての魔族には行き渡らない可能性もでてきた。


「原液からエリクサー(C)は一万本作れるんですね」

「すごいじゃない!」

「一万人分となると多く思えますが、ケガを治すなら魔法で十分ですよ」

「あら。あまりすごいと思っていなさそうね」

「戦争するならともかく、五種族と交渉し、龍と竜の血をもらった上、調合してもらわないといけないんですよ?」

「うっ。それをいわれるとほかの方法でいいような気がしてきた」

「あまり薄めて使うのは意味がないでしょうね。ヒミカさんならケガを治すだけでなく、部位欠損も毒も石化も呪いも治せるでしょうし。まあ魔力回復だけでみれば好きなだけ魔法が使えるでしょうけど」

「そういえば、アルクくん」

「はい。なんでしょうか。メリジーナさん」

「なぜ魔力回復薬が必要なの?」

「そういえば説明していませんでしたね」


 彼女に僕自身が人族の国に行く必要があるためだと説明する。魔力が希薄な人族の国でも不自由なく活動できるようにと。王樹の精霊イルミンと悪魔であるサキの存在は隠したままにしておいた。


「なるほどね。だったら魔力回復促進軟膏(なんこう)じゃダメなのかしら」

「魔力回復促進軟膏?」

「ああ。そういえばメリジーナが研究していたな。だがあれは……」


 リンガー龍王はあごに手をやりながら何かを思い出すようにいった。その顔は苦虫をかみつぶしたような顔になっている。逆にバスケイさんは、「そういえばあったのう」と面白そうに笑った。


「どんな薬なんですか?」

「塗り薬の一種なんだけどね。魔族や精霊の特性をもとに考えた薬なの。アルクくんたち魔族は常に大気中の魔力を吸収しているでしょ?」

「ええ。おっしゃるとおりです」

「そこで、その吸収している特性と同じ効果を持つ薬を作ってみたの」


 作ってみたと彼女は簡単にいうがそれを実現するのは相当に難しいはずだ。ある種族の特徴を薬で再現することに成功しているのだ。例えば周囲の景色と同化するカメレオンの皮膚と同じ能力を塗り薬で再現したようなものだ。これは前世でいうバイオ(生物)ミメティクス(模倣)という技術に近い。いや、正直それ以上だ。


「この塗り薬は存在している魔力を通常よりも広範囲から集めて被検体……使用者の魔力に変換するものなの。何もしていない状態より早く魔力が回復するはずよ」

「ものすごい発明じゃないですか! ……ん? 被検体ひけんたい? ん? はず?」


 被検体とは検査を受ける対象のこと、また検査される人や物を意味する言葉だ。それに、「はず」ってもしかして……。


「あっ。大丈夫よ。すでに実験は終わっているわ。……一応」

「その一応という部分を詳しく」

「……実験の結果、精霊と魔物には効果があったわ」

「龍族はおろか魔族ではどうなるかわからないという意味ですね」

「うっ」


 メリジーナさんはまるで痛いところを突かれたかのように、鎧をガチャリと鳴らし、一歩後ろに下がった。冷たい視線を彼女に向けるが、ヘルムの隙間から見える彼女の目はきょろきょろしており、明らかに挙動不審だった。


「精霊への実験というのは懇意にしている上位精霊に最近、協力してもらった件だな。びだした下位精霊に使ったら妙に元気になった挙げ句、風に飛ばされてどこかに行ってしまったな。結局、探しても見つからなかった」

「ううっ」

「その後、ワイバーンに試したら凶暴化して、ほかの若いワイバーンたちを山から追い出しておったのう。凶暴化したワイバーンを退治するのは一苦労じゃった」

「うううっ」

「「苦労したわー」」


 王の二人から実験の真相を突きつけられたメリジーナさんだったがまだ負けていない。


「ま、魔力がちゃんと吸収できていると証明されたのよ。ね?」


 メリジーナさんは、「ね?」とこちらを見ていうが、正直、僕に聞かれても困る。


「協力してもらったスノーンが最近帰ってきたらしいが、どういうわけか成長しておったそうじゃな。言葉を理解し、中位精霊並になっていたそうだ。しかも誰かと契約してきたらしい。武者修行に出た若いころを思い出すのう」


 そう語りながら、バスケイさんが遠い目をしている。

 人化したドラゴンの武者修行とかお会いしたくない災厄筆頭だ。


 (ん? スノーン?)


「そういえばアルク殿。これは別件じゃが、最近、侯爵様の領内でワイバーンが襲ってきたという被害はなかったかの? 逃げたワイバーンが戻ってこないんじゃよ。迷惑かけてなければいいのじゃが」

「領内における被害については聞いておりませんが、侯爵様御一家がリバシールの街からウスイの街へ移動中、街道で六体のワイバーンに襲われましたね」

「えっ、うそ?」

「街道で六匹のワイバーンとは……珍しいのう」

「珍しすぎるけどな」


 ただ偶然の可能性も高い。

 味オンチの魔族が食べるメイン食材のひとつとしてワイバーンの肉がある。そのワイバーンの主な生息地はここドラゴンフォール山脈だ。しかし、たまに隣接する侯爵領内や街まで迷って飛んでくるワイバーンがいる。メリジーナさんの実験によって追い出されたワイバーンたちだと断定することはできない。

 ただし六匹同時に迷うということはまずない。


「まあワイバーンはともかく、気になるのは精霊のほうですね。侯爵領に戻る前、王都のお屋敷でお嬢様がお屋敷に迷い込んだスノーンという雪の精霊と契約しました。その精霊は『ユキ』ちゃんという名前だそうです」

「え? 意思疎通が難しい下位精霊と契約できたの?」

「お嬢様が下位精霊とお友達になることなど造作もないことですよ」

「ごめんなさい。何言っているのかわからないわ」


 なぜわからないのか。

 お嬢様なら当然のことだというのに。


「そういえば戻ってきたスノーンも『ユキ』という名前だったな」

「……偶然とは思えませんね」


 まさかの答えが返ってきた。

 念のため、そのユキというスノーンと連絡がつくか聞いてみると可能だという。懇意にしている上位精霊に話を通してくれるそうだ。そして連絡がつき次第、僕に知らせてくれると龍王は約束してくれた。

 もしその『ユキ』がお嬢様と契約を交わした『ユキ』ならば、ぜひお嬢様に会わせてあげたいものだ。きっとお嬢様は再会を喜んでくれるだろう。


「……ねえ。メリジーナ。何か危ない薬を作ってない?」


 さすがのヨヨさんも危ないものを見る目をメリジーナさんに向ける。


「そ、そんなことないわ。ま、魔力保有量が一時的に増えたから、精霊もワイバーンもちょっと元気になっただけよ!」

「あと塗る量を間違えると広範囲にわたって周りの魔力を吸い尽くす効果もあったな。あっ、効果じゃないか。災害だな、災害」

「あー! 伯父様。それ言っちゃだめー!」


 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら龍王の口を押さえようとメリジーナさんが歩み寄る。だがリンガー龍王は玉座を盾にして彼女を近づけさせない。さすがに、ぽかぽか鈍器攻撃(ガントレットアタック)りたようだ。仲むつまじい伯父とめいのたわむれだが、なんとも軽い扱いをされる玉座であった。


 だが、龍王の気持ちもわかる。

 その薬の効果はまずい。本気で災害になりかねない。


「あれはちょっと寝ぼけたまま薬を塗ったからであって、事故です! 事故!」

「近くに精霊がいたら消滅していたかもしれんぞ?」

「うー、うー」


 とうとうメリジーナさんは言葉が不自由になったようだ。

 頭を抱えたまま、その場にしゃがんでしまった。

 うーうー、言うのをやめなさいよとヨヨさんが注意するが、彼女には届かない。とりあえず復活するまで放っておくことにしよう。


「まあ今は実験を重ねたおかげで多少塗りすぎても周りに影響のないようになっておるな。薬の量に関しては注意すればいい話じゃ。あとはどの種族でも問題ないか安全性を確かめるだけじゃ」

「安全だとわかれば僕が求めている薬そのものなんですけどね」


 スノーンとワイバーンに起きたことはメリジーナさんのいうとおり、魔力が増えたことによる影響に違いない。もともと魔力が少ない下位精霊が成長したり、魔物が強くなったりすることはあり得る話だ。事実、チョトツに取り憑いていた悪魔インプは僕の使い魔になったことで、「ゲッゲッゲ」いわなくなったし、賢くなった。またセルヴァと名前を与えたことによってインプとは違う悪魔に進化もしているほどだ。

 この薬ならイルミンやサキにもちょうどいいだろう。サキには少し足りないかもしれないが補助として使うには十分なはずだ。話によると効果は一日。耐汗・耐水性。指先につけて額に押しつけるだけで効果を発揮するという。

 塗ったあとが残らない女性の肌に優しい仕様だと彼女は胸を張る。


 少し変わった女性だがメリジーナさんは薬師として本当に優秀のようだ。二人の王も身内びいきで褒めているわけではないらしい。


 ふと視線を感じたため、顔をあげる。するとそこには復活しかけているメリジーナさんが期待を込めた目で僕を見ていた。体中から塗らせてというオーラが出ている気がする。


「……もし良かったら僕が試してみましょうか?」

「本当!? 魔力を糧にしている魔族にどう影響が出るか調べてみたかったの!」


 勢いよく立ち上がった彼女は心からうれしそうにいった。

 鎧の重さを感じていないようにピョンピョンとその場で跳ねている。まあ本人は大丈夫だろうが重い鎧を着ているだけあって、着地時にはドスンドスンと床が悲鳴をあげ、鎧は派手な音を立てている。


 (どう影響が出るかって……影響が出る前提なのだろうか)


「お嫌いでなければ悪魔にも試せますよ? 使い魔のインプにも塗ってみます?」

「塗ってみます! ああ、なんてすばらしい日なのかしら。……フュフフ」

「わたし、友達を間違えたかも」


 メリジーナさんの顔はヘルムに隠れて見えなかったものの笑顔だったに違いない。しかし、その笑顔がどういう意味の笑顔だったのかはわからなかった。ただその双眸そうぼうが艶やかに怪しく光っていたことだけは忘れない。そして底なし沼から響いてくるような彼女の笑い声も忘れられないだろう。

 やはりマッド(超危険)なお医者様の素質がある。


 そんな彼女を見たヨヨさんが今更ながらぼやく。だが、彼女の薬学の知識は本物である。ぜひ彼女とはこれからも懇意にしていてもらいたい。それに僕からいわせれば、実験を喜ぶメリジーナさんと甘い物を食べているときのヨヨさんはほとんど変わらないのだ。

 本心はあえて言わず、「いい友達じゃないですか」と伝えておいた。意味は、「ずっと友達でいてあげてね。僕のために」である。

 直訳すると、「便利だし」だ。




 さて僕たちは夜になる前にウスイの街のお屋敷に帰ってきた。

 ドラゴンフォール山脈の厳しい寒さに比べ、侯爵領の暖かさは心地よく、こわばった身体をほぐしてくれる。


 ただ気になることがひとつできた。

 王宮から出るとき、リンガー龍王とバスケイ竜王から言われたのだ。それはエリクサーとなる材料の話だ。

 妖精がこの世界に帰っていたことを二人の王は知らなかった。知らなかったことでほかの材料についても疑問を持ったようだ。

 王らは残り三種類の材料について、もしかしたらすでにこの世界に存在していないかもしれないと静かに語った。材料の名前はわかっても存在まではわからないという。だがそれを見つけるのが僕の役目でもある。何も手がかりがないよりかは、材料の名前がわかっただけでも大きな進歩だった。

 僕は、「一応覚悟しておきます」とだけ残し、協力してくださった二人に心から感謝の言葉を伝えておいた。


 メリジーナさんから頼まれた魔力回復促進軟膏の実験も順調だ。

 この調子なら改めて明日、報告しに行けるだろう。


 その魔力回復促進軟膏だが、僕とセルヴァ、それにインプに塗ってある。しばらく様子をみたところ、魔力吸収量がいつもよりわずかに増えていることが確認できた。感覚的には一割にも満たない程度だろうか。セルヴァも僕と同意見だといっていた。インプは残念ながらわかっていないようだったが、話し方がほんの少し早口だったような気がする。


 塗る量を増やせばその分、吸収できる量と範囲も広がるそうだが、もともと魔力が少ない場所だとたいして効果は変わらないという。逆に魔王国など、魔力が豊富な土地の場合は塗りすぎには注意だとメリジーナさんから忠告を受けている。

 急激な魔力吸収は魔力酔いになりやすく、下手をすれば周りに悪影響を及ぼす可能性を指摘された。魔力酔いになると船酔いに近い状態になるらしい。


 念のため、侯爵家に居候している中位精霊たちに話をして薬を試してもらっている。通常より少なめに塗ってみたのが幸いしたのか、今のところ問題は出ていない。元気よくお嬢様と一緒に遊んでいる。彼らに問題がなければイルミンとサキに試してみるつもりだ。



 今晩の夕食にはロールキャベツをお出しした。

 三賢樹やエルフの皆に食べてもらうより早く、お嬢様に食べていただきたいからである。もちろん材料を提供してくれた三賢樹のアースガル老には感謝している。


 ロールキャベツの入った鍋が運ばれてきた途端、食堂にはウシドンの骨とたっぷりの野菜から取ったコンソメの香りが広がっていく。黄金に輝くスープの中には、ウシドンのひき肉を青々としたキャベツで包んだロールキャベツたちが隙間なく並べられている。それをひとつずつお皿に盛り付け、レイゴストさんに作ってもらっておいたトマトソースをキャベツの上にスウッとかける。

 黄金のスープに浮かぶ緑豊かなキャベツの小島に真っ赤なソースがよく映える。それはまるで真っ赤な太陽が沈む前の夕暮れを思い起こさせた。


 レイゴストさんにお願いしておいたトマトソースだが相変わらず完璧な仕上がりだった。レシピさえあれば思ったとおりの味に仕上げてくれる料理長はやはり頼りになる。おかげでエルフの国で約束した分をごちそうしても大量に余るほどのソースが手に入った。もちろんこれはビン詰めに小分けして『執事ボックス』の中にしまっておく。


 笑顔のお嬢様が器用にナイフをいれると、中からはたっぷりの肉汁があふれ出る。食べる分を一口大に切りわけたお嬢様はこれまたたっぷりのトマトソースを乗せたあと、やりきったかのような顔をされた。からませたトマトソースを見て、「ティリアの髪の色みたいなの!」と話すお嬢様の笑顔に、侯爵様をはじめ、我々使用人もにっこりだ。


 そしてロールキャベツをほおばるとお嬢様はカッと目を見開いてこうおっしゃった。


「とってもおいしいのー! ティリア、トマトさん大好きー!」


 お嬢様の、「おいしい」の言葉と可愛らしい笑顔に心の底から温かい気持ちになる。極寒の地から帰ってきた身としてはなによりのごほうびだ。

 一瞬だけ、この世界のトマトを根絶やしにしてやろうと凍てつくような気持ちにもなったが、お嬢様が大好きなものをなくすわけにはいかない。


 今回の件は庭でトマトを育てている庭師のウルナさんにも報告する必要がある。お嬢様がトマトを気に入ってくださったことで、お嬢様大好き四天王の彼女もトマトの栽培に力が入るだろう。それどころか街の外にある畑がすべてトマト畑に変えられてしまう恐れがでてきた。すでに彼女にはお嬢様がきれいだといった花を一夜にして庭中に咲かせたという前科がある。そんなことをさせないためにも釘を刺しておかなければならない。


 お嬢様の大好物がまたひとつ増えた夕食のあと、龍族の国の話をお聞かせした。真っ白な雪や変わった形をした木のこと、眼下に広がる雲海のこと、そして笑い上戸の龍族の王のことだ。

 ただ今回の報告ではユキのことは話していない。まだユキ本人だと確認がとれないためだ。

 お嬢様は僕のお話をとても楽しげに聞いてくださった。昔、ご本を読んで差し上げていたころを思い出す。ここ最近は勉強も兼ねているためか、イーラさんにその役目を明け渡している。


「アルクんは明日もドラゴンさんの国に行くの?」


 お嬢様が首をかしげながら尋ねてこられる。


「はい。お嬢様。まずエルフの国に寄ってから、ドラゴンさんの国に行く予定です。あと時間があれば執事長に紹介してもらった方に会ってこようかと」


 お嬢様にはそう報告したものの、ここ数日あちこちに出かけていたため、ウスイの街でやるべきことがたまっている。

 龍族の国で知ったゴーストスレイヤーのことをドワーフのギルムさんに聞かないといけないし、オープン間近のお店のこともある。お米や畑の様子も気になるところだ。

 それに『神の息吹』、『乾きの結晶』、『戦士の果実』などの材料の手がかりも探す必要があった。

 明日の用件が済んだら、数日は侯爵領にてたまったことを片付けることにしよう。


 セイバスさんの知り合いだという魔族は、ドラゴンフォール山脈の近くに住んでいる。その方はブタモンという前世にいたブタに似た動物を飼育している魔族だ。セイバスさんの友人らしく、紹介状を用意してもらっている。


 無事会えるといいのだが、どうなることやら。



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