「君を愛することはない」「私もです」傷心の当て馬同士で契約結婚したら、意外と毎日楽しかった
その日は、結婚初夜だった。
普通の夫婦だったら、仲睦まじい一時が始まるのだろう。
しかし、ベッドに腰掛ける私——ベレニスの前で、綺麗な銀髪が特徴の夫ヴィクトルは、扉を閉めた途端にこう告げた。
「私には想い人がいる。……だから、君を愛することはない」
冷ややかだけれども、美しい緑の双眸が無情に私へと向けられる。
いきなり突きつけられた白い結婚に、私は驚きと喜びで目を瞬かせた。
「え……。私もです」
私は伯爵家の長女で、すでに貴族社会で行き遅れと言われるほどの年齢だった。
そして彼は侯爵家の跡取り息子。
彼も同じように、貴族としては結婚するのが遅すぎるくらいの年齢だ。
その両家が行き遅れ同士に苦慮した結果、政略結婚が無理やり結ばれることとなった。
彼とは、今日会うのが二回目なくらい接点がない。
「……もう少し抗議されるか、傷つけることになると思ったのだが」
「いいえ、傷ついていますよ。けれどそれは、あなたの言葉に対してではないのです……」
私は窓の外の夜空を見上げ、あの失恋の痛みを振り返っていた。
その様子を困惑しながら見つめていたヴィクトルは、何か言おうとしたのか口を開いた。
しかし、その唇は何も紡ぐことなく、再び静かに閉じられた。
「……ワインでも飲んで話をしようか」
ヴィクトルは、窓際のテーブルに置かれたグラスを立てて、赤いワインを注いでいく。
私も手持ち無沙汰だったので、促されるように彼が引いた椅子に座った。
「お話ですか……。それでは、想い人について聞いてもよろしいでしょうか?」
私の対面に座ったヴィクトルは、私の言葉にピクリと指を震わす。
ワインの揺れが収まらないうちに、彼はぐいっとグラスの中身を飲み干した。
「……彼女は、学園の図書館で知り合ったんだ。知的でありながら朗らかで、私はあっという間に彼女の虜となった。だが、彼女には……すでに思いを寄せている男性がいた」
「それは……巡り合わせが悪かったですね」
「何度、私の方が先に会っていればと思ったよ。だが、彼女とその男は、互いに想い合っているのに、遅々としてその仲が進まなかった。だから私は賭けに出ることにした」
「賭けですか?」
ヴィクトルはグラスに再びワインを注ぎ、赤い液体に自身の顔を映した。
「子爵令嬢だった彼女を、侯爵家の地位を利用して……無理やり婚姻を結ぼうとしたんだ」
「え!? それは、さすがに強引では……?」
「もちろん、彼女の意思で断れるようにはしていた。だが、もし……彼女が断らず、あの男も彼女を迎えに来なかったら……そのまま奪い去るつもりだった」
私は何とも言えない気持ちになり、一口、二口とワインを喉に流し込んだ。
決して褒められた好意ではないが、彼の気持ちは痛いほど分かった。
好きで、もどかしくて、自分だけに心を向けて欲しいという気持ちを。
「……結果、あの男は彼女を迎えに来て、私は二人の背中を押して身を引いた。だが、それから何年も経つというのに……私は彼女を忘れられず、縁談から目を背け続けていたんだ」
「そうなのですね……。ふふ、まるで私のようです」
「君が……? それは、先程言っていた心の傷と関係しているのか?」
「ええ。……あなたと同じく、私も失恋したのですよ」
残り少なくなったグラスを煽りながら、私は大きく溜め息をついた。
ヴィクトルが空になったグラスにワインを注いでいるのを見ながら、私はぽつりぽつりと喋り始める。
「私には、小さい頃からの幼馴染がいます。楽しい時、辛い時、いつだって彼がそばにいました。私が母を亡くした時も、ずっとそばで慰めてくれた優しい彼に……私はいつしか恋心を抱くようになったのです」
渡されたグラスを指でなぞりながら、私は幼馴染の穏やかな笑顔を思い浮かべ、思わず涙がこぼれそうになる。
「私は、彼にとって特別な存在だとずっと思っていました。けれど、それは大きな勘違いだったのです」
私は、浅はかな過去を振り返りながら、グラスをぎゅっと包み込んだ。
「彼は学園で……同学年の令嬢に出会ってから変わりました。私には見せない笑顔、嫉妬心を彼女に向けているのを見て……ようやく、彼が私に向ける感情は、ただの親愛だと気づいたのです。本当、馬鹿ですよね……」
「それは……」
「大丈夫です、慰めはいりません。……私も、彼と彼女の仲を邪魔しまくりましたし」
私はため息をついて当時を思い出す。
楽しそうに談笑しているところに分け入ったり、彼に近づく彼女を睨みつけて牽制したり。
身勝手な想いで、二人の仲を引き裂こうと奮闘したが、なぜか余計に彼らの仲は深まっていったのは実に皮肉だった。
「その後、そのお相手の令嬢に縁談が持ち上がり、彼は最初『彼女のため』と言って身を引こうとしました。けれど、私は……彼の悲しそうな顔を見て反射的に『彼女のためにも追いかけろ』と背中を押してしまったのです」
この時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
夕陽に染まる彼の笑顔と背中を見送り、崩れ落ちながら校舎裏で独り泣き続けた。
あの時、背中を押さなければ、彼は私を選んだのかもしれないという後悔。
そんな甘い考えをしてしまう自分が、一番悔しくて、腹立たしかった。
「さっさと忘れられれば良かったのですが。学園を卒業した今でも、彼の太陽のような笑み、芯のある低い声音が忘れられません……。私はきっと今も、マクシムのことが大好きなのです」
「……ん? マクシム……?」
「どうかされましたか?」
「い、いや……私の想い人と結ばれた相手と、同じ名前だったから驚いてしまったんだ」
「……もしかして、ヴィクトルの想い人の名前は『ブリジット』というお名前だったりしません……?」
「そうだ、私の心を囚え続けているのは……赤髪の可憐な女性、ブリジットだ」
私とヴィクトルは視線を交わした後、互いにぽかんとした顔で見つめ合った。
「えっと……つまり、ブリジットの縁談相手は、ヴィクトルだった……?」
「私の恋敵であるあの男……マクシムは、君の想い人だった……?」
さらには、相手を後押しした同士が、まさか結婚することになっている。
何と言う偶然なのだろう。
「……ふ、ふふ……なにこれ……」
「はは……あまりにも……奇遇にもほどがあるだろう……」
示し合わせたように、私達は同時に笑い声を上げてしまう。
初夜の最初こそ、二人とも想い人を引きずりまくったせいで拒否感の塊だった。
けれど今は、同じ傷を持つ同士として、奇妙な仲間意識が芽生えつつある。
「結婚相手としてはともかく……。ヴィクトル、あなたとは仲良くやれそうだわ」
「私もだ、ベレニス。ブリジットのことを忘れることはできないが、君とならパートナーとして上手くやれそうだ」
いつのまにか和やかになった雰囲気で、私達はあっという間にワインボトルを何本も空にする。
そしていつしか、話題は私達の結婚生活に向けられた。
「では双方合意の上で『契約結婚』という形にしないか?」
「契約結婚……?」
「お互いに別の異性を想い続ける。それを条項として、白い結婚としないか? もちろん、対外的には仲の良い夫婦を演じる……どうだろうか?」
「いいわね! それでは、見せかけだけの『契約結婚』。よろしくお願いするわ、ヴィクトル」
「こちらこそ、白い結婚を許してくれてありがとう。ベレニス、愛は捧げられないが、苦労だけはかけないと誓おう」
私もヴィクトルも、過去を引きずっている相棒として、結婚生活を白く突き進む約束をしたのであった。
予想外の結びつきが生まれた翌日。
「そういえば、ヴィクトルは本が好きなの?」
すっかり砕けた態度で接するようになった私達は、朝食で他愛のない会話を咲かせていた。
ヴィクトルは私の質問に、驚いたように顔を上げた。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、ブリジットとは図書館で会ったのでしょう? それに、マクシムから彼女が読書好きと聞いていたから、ヴィクトルもそうなのかなって」
「……そうだ。彼女は国内の著書だけではなく、翻訳されていない書物さえも読むほどの読書家だった。こんなにも気が合う女性は初めてだと、そう思えたのだが……」
ヴィクトルの顔に、朝日をかき消すほどの暗雲が立ち込める。
私は慌てて首を振り、なるべく明るく彼に声をかけた。
「ごめんなさい、そういうことが聞きたかったわけじゃなくて。私……無趣味だから、おすすめの本を紹介してほしかったの」
「ベレニスが? 君も本に興味があるのか?」
「わからないわ。でも、ヴィクトルが面白い本は、読んでみたいと思うわ。読書初心者でも、分かりやすいものはある?」
「そうだな……恋愛小説はどうだ? 街の本屋で人気が高いものをおすすめしよう」
「それは読みやすそうね。ぜひ、読んでみたいわ」
今までは現実の恋愛に夢中だったからこそ、空想の恋愛には興味があった。
それに、恋愛小説を読み込めば、この空虚となった心を埋めてくれるかもしれない。
私は期待に胸を膨らませて、柔らかく微笑むヴィクトルを見つめ返した。
「恋愛小説の蔵書は、侯爵邸にはないから……この後、買いに行くとしよう。待っていてくれ」
「それなら、私も一緒に行っていい? この後、特に予定もないから」
「ああ、もちろんだ。使用人に馬車を準備させよう」
朝食を頬張りながら、私は新しい生活の第一歩を踏み出し始めた。
ヴィクトルが案内してくれた本屋は、街の外れにある個人店だった。
こじんまりとしているが、整えられた植栽とレンガ調の壁に包まれ、手招きされているかのような温かさを感じる。
「ここがヴィクトルのお気に入りの本屋なの?」
「ああ。小さくはあるが、大型店にはない隠れた名作も置かれているんだ」
ヴィクトルに先導されて入店すると、愛想の良い朗らかな店主が出迎えてくれた。
彼と店主が話をしている間に、私は手近にあった新書が平積みされている一角に視線を向ける。
「あ……」
吸い込まれるように、いつのまにか淡い色調の本を手に取っていた。
タイトルから察するに、男女の恋愛小説のようだ。
「ベレニス、その本が気になるのか?」
「……この本の表紙の男性が……マクシムに似ている気がして」
私はそこまで言って、ハッとして口元を手で覆った。
思い切り過去を引きずっている発言をしてしまい、おそるおそる一応夫であるヴィクトルを見上げる。
「そうか。私のおすすめに加えて、それも購入しよう」
「いいのですか?」
「……もしかしてだが、過去の男に未練があることで、私に何か遠慮しているのか?」
「えっと……。仮にも夫婦なので、いいのかなと」
「そのための契約結婚だろう。君は何も気にせずに、あの男を想い続ければいいんだ。私だってそうしているのだから、気兼ねすることはない」
私の断ち切れない想いは、世間ではさっさと忘れた方がいいと指摘されるものだ。
だけれども、目の前にいる彼は、ありのままの私を受け入れてくれる。
ヴィクトルの言葉が嬉しくて、私は心からの笑顔を彼へ送った。
「ありがとう、ヴィクトル。それじゃ、遠慮なく購入するわ」
手に取った本の表紙を撫でながら、私は温かい気持ちを抱きしめた。
「……あの男は、とんだ節穴だな」
「え?」
「ベレニスの笑顔は、こんなにも美しいのに……。そばにいた君を選ばないとは……」
本気で悩ましげに、ヴィクトルは腕を組んで私を見下ろしてくる。
その様子が何だかおかしくて、私はくすりと微笑みをこぼす。
「でもマクシムが節穴なら、彼が選んだブリジットはどうなるの?」
「う……確かに。節穴という発言は撤回しよう」
私達は他愛のない会話で心和ませながら、友人のように楽しい時を過ごした。
しかし、この購入した新書が、まさかの波乱を起こすことになる。
その日の夜、私は早速新書を読むことにした。
長椅子に腰掛け、ヴィクトルも隣で読書時間を過ごしている。
新書の恋愛小説はとても読みやすく、最初はワクワクしながらページをめくっていた。
「う……!」
だが、中盤に差し掛かった展開で、私は思わず胸をおさえてしまう。
「どうした!?」
「こ、この本……面白いのだけど。横恋慕しようとする登場人物が、まるで私と重なるような行動をしていて……!」
女主人公がいないところで、男性にアプローチをかけたり。
幼馴染というだけで、男性に馴れ馴れしくしたり。
行動のひとつひとつが、まるで自身の行動を追従されているようで、胸をしめつけられる。
「すまない、事前に私が本の内容を確認するべきだった……!」
「い、いいのよ。気にしないで。……むしろ、これは試練だと思うわ。この本を読んで、自分の振る舞いを反省して……未練を忘れるための足がかりにしたいわ」
私は膝の上で手を握りしめ、仇敵のように恋愛小説を睨みつけた。
すると、手の強張りを解きほぐすかのように、ヴィクトルが私の手を包みこんだ。
「無理をするな。ベレニスの心の傷は……私が一番よく理解している。苦しみながら傷に向き合うのは辛いだろう」
「ヴィクトル……」
「傷をえぐるような真似をしなくても、君ならいずれ、きっと乗り越えられるはずだ。今は、自分の好きなものを探す旅路だと思えばいい」
見上げるヴィクトルの顔は、どこまでも柔らかで綺麗だった。
そして何より、彼の優しさが心の奥まで優しく染み渡る。
「……ブリジットは、とんだ節穴ね。あなたのような良い男を逃すなんて」
「はは、それだと彼女が選んだ君の想い人はどうなるんだ?」
「ふふ、確かに」
本屋で話したことを繰り返しながら、私達はランプの光の中で笑いあう。
出会ったばかりだけれど、まるで昔からの盟友のように、気安い時間を楽しんだ。
ヴィクトルといれば、彼の言うように、いずれマクシムへの想いを思い出にできるような気がする。
彼も同じように、ブリジットを思い返しても、胸を痛ませないようになってほしい。
月明かりをたたえる夜空の下、私は密かに別の想いを育て始めていた。
そして、いよいよ夫婦として迎えた最初のミッション。
それは招かれた公爵家の晩餐会で、仲の良い夫婦を演じるというものだ。
私は少しだけ緊張しつつ、ヴィクトルにエスコートされながら会場で挨拶回りをしていた。
「ベレニス、疲れていないか?」
「大丈夫よ。ヴィクトルの丁寧なエスコートのおかげで、これまで参加した夜会で一番楽だわ」
「はは、それは言いすぎだろう」
お世辞などではなく、ヴィクトルのエスコートは完璧そのものだった。
歩調は必ず私に合わせて、喉が渇いたと思ったら水を差し出してくれる。
無理やりの政略結婚の相手が彼で、本当に良かったと心から思えた。
「……ベレニス?」
夜会を楽しむ背中に、ひどく聞き慣れた、心を締め付けられる声が響いた。
冷水が背筋に落ちたかのように、体が怖いほどに凍りつく。
何とか振り返ると、そこにいたのは、どこまでも愛しく想っていた彼の姿だった。
「マクシム……っ」
震える唇で、どうにかして名前だけを紡ぐ。
「久しぶりだね、ベレニス。君もこの夜会に来ていたんだ」
「え、ええ。あなたも招待されていたのね」
「隣にいるのは……ヴィクトル。君だったか……」
マクシムの顔が、わずかに憂慮するように歪められる。
ヴィクトルは氷の相貌を一切崩さずに、マクシムへ視線を投げかけた。
「久方ぶりだな。……ブリジットは変わりないか?」
「ああ、彼女なら……」
マクシムが後ろへ目を向けると、ちょうど良く赤髪の少女がこちらに駆け寄ってくる。
彼女にも、もちろん見覚えがあった。
ヴィクトルの体がビクリと震え、焦がれるような眼差しを彼女に送る。
「ブリジット……」
「ヴィクトル!? その……お元気だったかしら?」
「ああ……」
三人の間に、私でも分かるくらいに気まずい空気がじんわりと流れる。
おそらく、ヴィクトルのブリジットへの想いは、彼らに伝わっているのだろう。
何とかフォローしようと口を開きかけたものの、私自身も動揺してしまって、声が喉に張り付いてしまう。
「ヴィクトル、君はベレニスと結婚したのだろう。……ちゃんと彼女のことを大切にしているのか?」
沈黙を破って、マクシムが厳しい眼差しでヴィクトルに尋ねた。
その問いをされたこと自体を不本意そうに、ヴィクトルは不機嫌そうに顔をしかめる。
「どういう意味だ」
「夫婦として仲良くしているのかと聞いている。彼女は、幼馴染で私の大切な人だ。どんな理由があろうと、傷つけることは許さない」
私を大事にしてくれるがゆえのマクシムの言葉に、心の中がズキリと痛む。
最後まで彼にとって友愛だったことを、まざまざと本人から突きつけられ、私は視線を床へと落としてしまう。
「愚問だな」
ヴィクトルが突然、うつむく私の肩を抱き寄せた。
肌に直接彼の手が触れられ、熱い指先に力がこめられる。
「ベレニスは、私の唯一無二のパートナーだ。お前などに……彼女の幸せを心配される必要はない」
弾かれたように顔を見上げると、彼は怒りで顔を歪ませ、マクシムに怒気を込めた声を発する。
「お前はブリジットのことだけ考えていればいい。もう二度と、私とベレニスに関わろうとするな」
「な……っ」
「行こう、ベレニス。もう彼らへの挨拶はすんだ」
私の返答を聞く前に、ヴィクトルは私の肩をひるがえさせる。
わずかに足早に、有無を言わさず彼らの前から立ち去った。
彼は会場を真っ直ぐに突き進み、そのまま花が咲き誇る庭園へと導かれた。
「すまない。勝手なことを言ってしまった」
噴水広場に差し掛かったところで、ヴィクトルは私の肩から手を離し、顔を手で覆った。
「あの男が、あまりにも君の気持ちを考えていないことを言うものだから、ついカッとなってしまった。……全力で、私に怒ってくれていい」
先程の態度とは打って変わって、彼の背中は意気消沈したように丸まっていた。
彼の言う通り、マクシムへの言葉は言い過ぎなところもある。
けれども何故か、胸の奥はスッキリとした気持ちが広がっていた。
「ううん。ありがとう……ヴィクトル。私も同じこと言いたかったわ。『マクシムが心配することじゃないわ!』ってね」
「そうだったのか……?」
「そうよ。ふふ、やっぱりあなたは……最高の伴侶ね」
悪意のないマクシムには悪いが、長年のモヤがなくなったかのような晴れ晴れとした気分だ。
未練が完全になくなったわけではない。
けれどもマクシムとの時間は、大切な思い出として、今なら宝箱の中にしまえそうな気がする。
「むしろ、あなたの方こそブリジットともっと話したかったでしょう? 機会を作れなくて、申し訳なかったわ」
「いや、彼女が幸せならそれでいいんだ。それに、今の私には……君がいる」
「え……?」
「ベレニス、君を必ず幸せにしよう。あの男に言われたからではない。一人の女性として信頼し、幸福を捧げたいと思っているんだ」
ヴィクトルの熱烈な言葉に、私の顔が一気に熱くなった。
私も負けじと、彼に対して築き上げていた、揺るぎない想いを口にする。
「ヴィクトル、私だってあなたを幸せにしたいと思っているわ。一人の男性として、傷つきながらも強くあろうとするあなたを、私は守ってあげたい」
ヴィクトルは頼もしく、相手の幸せのためなら身を引ける優しさをもっている。
そんな彼を、私だって幸せにしたいと思っているのだ。
私の言葉を受け止めたヴィクトルは、頬をほんのりと赤く染めた。
「そ、そうか……。心強くあるが、少し照れるな」
「私だってそうよ。いきなり、まるで愛の告白みたいなことを言うのだもの……」
「……いや、そう思ってもらっても構わないのだが……」
「え!?」
「待ってくれ、今日は色々ありすぎた。この話は後日ゆっくり話そう」
ヴィクトルは控えめに、けれども熱情を感じさせる微笑みをたたえて、私だけを見つめてくる。
やめてほしい。
本当に、勘違いしそうになってしまう。
けれども、読むのを途中でやめてしまった、あの新書の恋愛小説。
今だったら、最後まで読み切ることができるかもしれない。
彼への想いが芽生えるのを感じながら、私は満天の星空が輝く夜空の下で、心静かに満たされていった。
当て馬同士の私達が、王都で噂になるほどの、誰もが羨むおしどり夫婦になるのは、そう遠くない未来の話だ。
-fin-
ご愛読ありがとうございました。
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