⑫
「隠す気、ないのかな」
ちょっと岩に足をかけて登っただけですんなりピンクボールを取ってきた班長は、副班長の持つ小籠の中に入れる。
「全部が全部分かりにくかったらやる気無くすから、目立つのもあるんでしょうかね」
フランの意見が正解かもしれない。
その後は、樹の虚の中から黄色のボール、斜面にある動物の巣穴を片っ端から枝で突いて、その中の一つから更に黄色のものが出てきた。大体隠すには予想通りな場所だ。宝箱は獣道を道なりに歩けば、道沿いに置かれているのを二個見つけた。
悪意を感じたのは白木蓮の花々の中に紛れ込ませていた白ボールだ。野うさぎが一行の前を横切り「うわっ」と驚いたラウルがそばの木蓮の木にぶつかり、その衝撃で上から落ちてきて偶然手に入ったのだ。
「……満開の白い花の中に忍ばすとは卑怯ですね」
拾ったラウルが頭上を見上げる。さっき注意して観察した時は気が付かなかった。
「うん、これなんかは見つけさせる気がなかったのかもなあ」
ユースティは呆れながらラウルからボールを受け取る。
「仕掛けたのはどの先生かしら。意地が悪いわ」
ずっと両手をアステルの腕に絡めているフランが悪態をつく。彼女は根っからの王都貴族で、手入れされた庭園や植物園くらいしか馴染みがない。自然に任せた森には蛇や蜥蜴、虫がたくさんいると聞かされて怖気付き、平気そうな同級生のアステルにずっと寄り掛かっているのだ。
「六個かあ。三十八組いたわよね。平均な感じかしら」
シルファが呟く。
「六個は優勝を狙える数ではないと思う。俺たちに赤いボールはないし。ガチ勢は十個は集めるんじゃないかな」
ユースティが最初から『親睦目的だからね。楽しくやろうよ。特に優勝は目指さない』と明言したため、彼らは気楽にゆっくりと進んでいた。
「そうね。でも集合には結構まだ時間があるから、もう少し奥まで行ってみる?」
「湖まで行って、他の道から帰るか。みんなはどう思う?」
シルファと相談するユースティは、年下の意見も聞いてくれる良い班長だ。
「土地勘が全くないので、先輩にお任せします」
アステルが言えば、フランも同意する。
「湖って、野外学習で水質とか魚の生態を調べるあそこですよね。ちょうど良い感じだと思います」
授業で訪れているラウルも異論はないようだ。
「わあ! 明るいですね!」
湖が視界に入ると、思わずフランが感嘆の声を発した。
大きくはない。しかし生き物に怯えながら鬱蒼とした木々の間を抜けて来た彼女にとっては、ぱっと視界が広がる感じで開放的だったのだろう。
「自然の湖って緑色なのですね」とはしゃいでいる。フランの知る湖は貴族用に景観が整えられた青い湖なのだ。
「元々、水は無色だろ」
ラウルが短く言うあとをユースティが親切に引き取る。
「環境で見た目は変わるから。微生物や藻の繁殖、周囲の葉の映り込み、光の屈折なんかも関係している。これから習うよ」
侯爵家なのに優しい。オリエンテーションがぎくしゃくしなくて良かった!とアステルはひっそりと感謝した。
そのまま一行が湖に向かおうとした時、一陣の風が彼らを襲った。
「うわっ!」
「きゃっ!」
煽られまいと仲間と同じように身を屈めたアステルだが、すぐに立ち上がって叫んだ。
「誰!? 風魔法を使ったのは!!」
「ああっ、ごめんごめん。人がいるのに気が付いたのは放ったあとだったんだよ!」
返ってきたのは焦った声だった。別の小径から五人組が現れた。先導する男子生徒が、謝りながらこちらに走ってくる。
「ダンリじゃないか! なんなんだよ、いきなり!」
ユースティの知り合いらしい。
「ごめんって。威力はないから怪我はしなかったよね」
「……学院内で攻撃魔法使用は禁止されていますよ」
ダンリの校章は赤。ユースティと同じ終学年生だが、アステルも年上を非難しないわけにはいかない。
「よくある突風程度だったのに。君は魔力持ちなんだね。あの僅かな魔力を感じ取れるなんて、魔法士かい?」
ダンリは短い茶髪を掻きながらアステルに尋ねる。アステルは彼の問いに答えない。
「お見受けするに、あなたは結構な魔力と魔法精度をお持ちですね。急に魔法を放つなんて危険でしょう」
「あら、ブルレイ侯爵子息のダンリ様に文句を言うなんて、初学年生のくせに生意気ね。ダンリ様は二級魔法士よ」
ダンリの後ろからゆっくりとした足取りで現れた、背後に男女三人を引き連れた煌びやかな女生徒が絡んできた。
金色の鮮やかな長い髪に、意志の強そうな翠色の瞳。普通の高級ワンピースを着ているが、その服には保護魔法が掛かっていた。その胸元には緑の校章。
遠目でしか見た事ないが、間違いない。在学中の唯一の公爵令嬢、カフセイル家の長女ヘリアントスだ。
(あちゃー、こんなところで初対面! しかも反感持たれちゃった?)
その感情のまま、アステルの眉尻が下がった。
「いや、この子の言うのは間違っていないだろう。ダンリ」
「そうだね。迂闊だったよ。自然風に擬態していたのに魔力風だと気が付かれたかあ。まさか魔力持ちがいたとはねえ」
「なに開き直ってるの。学院内は魔法禁止よ」
シルファも厳しい眼をしている。
「厳密に言えばここは学院にたまたま隣接しているだけの自然森で、学院内と定義できないと思う」
ダンリの言い分に「君の得意な詭弁だね。どうせ院長に告げ口したって有耶無耶にされるだけってのが実に不快だ」とユースティは唇を噛む。同じ侯爵家でも性格はかなり違うようだ。
「お二人さんは真面目だねえ。臨機応変じゃないと生き辛いよ?」
シルファとユースティを揶揄うダンリは、良くも悪くも上流貴族の余裕を持っている。そして攻撃の意図はなかったのは確かみたいで悪意は感じられない。
「どうして魔法を?」
この場で彼以外に魔力を持っているのはアステルだけだ。だから再び問う。魔法士なら一般人を巻き込んではいけないのだ。
「ほら、ボールをいちいち探すのってめんどくさいじゃないか。だから風魔法で木や草を揺らしていたんだ。簡単に転がってきて楽なんだ」
言いながらダンリはちらりと背後を見る。視線は下級生が持った籠に注がれたのだが、その生徒がダンリの視線に怯えるように、一瞬身体が跳ねたのをシルファは見逃さなかった。
「ダンリ、あなた、初見で大きな魔法を放って下級生を驚かせたのではないの?」
「まさか。そこまで派手な真似したら、さすがに教師に気が付かれて咎められるじゃないか」
「ダンリ様は、大商会の息子だからって調子に乗っているそこの男爵家の初学年生徒に、彼の家の商会を潰せるだけの力がご自身の侯爵家にはあるとおど、いえ、教えて差し上げて、身の程を弁えるよう諭しただけですわ」
「……今、脅したと言いかけたわよね」
シルファがヘルアントスの言葉を拾い、アステルは無言でこくこくと頷いて同意を示した。これ以上注目されないよう、言葉を発する愚は犯さない。
「ダンリらしいな。せっかくの交流会なんだから、みんなで楽しめばいいのに」
ユースティの溜息混じりの言葉に、「五歳児でもあるまいし、ボール探しなんてかったるいだろ。楽して結果は出すものだ。班長の方針の差だな」とダンリは悪びれない。
「……十個はありそうね」
彼らのチームの籠を眺めていたフランがこっそりとアステルに囁く。
アステルには、そもそも風魔法で木々を揺らす発想すらなかった。それで落として楽しいのか? よく分からない。宝探しは何歳になっても楽しいと考えているアステルに、貴族令嬢らしからぬ自覚はない。




