2ー8
「……芙」
芙に名を呼ばれた雲は何ともいえない複雑な表情をしていた。
そして悲しそうに顔を歪めたのち首を振る。
「駄目だよ、芙。
勝手にこんなところまで来ちゃ」
「駄目なことなんてないわ。
ここに兄様がいるんだもの、そこが私の居場所よ」
芙の言葉に雲は優しく笑う。
「でも駄目なんだ。
それに私は太子として招かれた以上これと向き合うしかないんだよ」
雲は手の中の重い刀を持ち上げた。
その手は僅かに震えている。
「……でも、」
「姫、その子の言うとおりです」
二人の会話の間に女の声が入ってきた。
それは先ほどまで愛おしそうに我が子の頭を撫でていた王妃だ。
感情のない瞳で雲を見下ろす。
「蒼土の君主であれば剣術はできて当然。
このような場に招かれたなら、その腕を披露すべき。
太子がそれを分かっているようで母は安心したわ」
王妃の言葉に芙は心底何を言っているのかわからないと言いたげに首を傾げる。
「蒼土の君主であれば剣術はできて当然?
それはそうかもしれないですが、母親であれば子供のことを第一に考えるのも当然では?
母でなく妃だと別なのかしら?」
芙の失礼な言葉に王妃は眉を小さくひくつかせたが、冷静さを失うことなく続ける。
「姫、母はもちろん子のことを考えているわ。
だから今も太子の将来を思って話してるのよ。
それに、あなたは王族だからって傲慢が過ぎるのではないの?
もう少し身の程を知った方がいいわ」
「ご忠告ありがとうございます。
でも、私は陛下のお言葉を聞く気はありませんわ。
だって陛下は私の母親ではないもの」
「芙!」
芙の言葉についに三の妃が娘の名前を呼んだ。
芙はそちらに目を向ける。
「ようやく私に気づいたの?
お母さま。
確かに母親の言葉なら聞くと言ったわ。
さぁ、何か言うことがあるなら言えば?」
しかし、三の妃は芙の視線を受けるとすぐに目を逸らし、恥いるように半歩下がった。
(こんな時でも弱々しいこと。
娘に一言も言えないなんて)
気の弱い母親の様子に芙は嘆息した。
「さぁ、兄様。
もういいでしょ。
こんなところにいる意味なんてないわ」
「第一王女!」
「これは何の騒ぎだ」
二の妃が声を張り上げた時、深く威厳のある声が庭を貫いた。
その場の全員が一斉に膝を折る。
声の主である王は右手を軽く振りながら「楽にしろ」と告げる。
そして辺りを見渡し、最後に中心にいる雲と芙をみて僅かに眉を顰めた。
「何があったんだ」
王の問いに二の妃が半音声を高くしことの顛末を語り出す。
それを王妃は嫌そうに横目で見る。
若干主観の入った一連の流れを聞いた王は芙に視線を向けた。
「王女よ、お前の行動は正しいと思うか?」
「はい」
芙は躊躇うことなく答える。
「母親や妃たちを馬鹿にしたお前の行動が正しかったと言っているのか?」
父親の厳しい声に芙に緊張が走る。
「……でも、こんなの兄様が」
「また兄様か。お前はそればかりではないか。
第一これはお前の”兄”だぞ!
なぜ妹のお前が守ってやる必要がある?!」
王の言葉に芙は視線を落とした。
右手を強く握りしめ、左手でその手首を強く掴む。
しかし、勢いよく顔を上げ口を開こうとした時、横にいた兄がふらっと倒れた。
「兄様!」
芙はすぐにその体を支える。
その様子に王は額に手を置きため息をついた。
「岑!岑はいるか!」
王の言葉に少年たちの後方からスラリと背の高い青年が現れる。
「お前は太子を連れて帰れ」
「はい」
岑が雲を抱えて去った後、王は三の妃に目を向ける。
「お前の娘は2日間蔵にでも閉じ込めておけ。
それでいいな?」
王の言葉に三の妃は一瞬目を彷徨わせた後「はい」と頷いた。
(なんて弱い母様)
芙はその様子に小さく目を伏せた。




