#6
脱衣所に入ると、なんと下をタオルで巻いた流希さんがやってきた。ものすごい偶然で、流希さんと世喜さんは俺達と同じホテルに泊まっていた。ただ世喜さんの姿は見えない。
「ここまでくるとやっぱ運命かもな。一緒に入ろうぜ!」
「運命……まぁ、確かに……?」
流希さんの言葉に頷きつつ、大浴場に入って身体を洗う。俺と流希さんは一番大きな泡風呂に入り、景さんはサウナに入っていった。
「なあ、あれからどこか寄った? 俺と世喜さんはパイナップル食べまくってたよ」
「あはは。流希さん達も、調査兼旅行なんですね。俺と景さんはもうひとつ聖地へ寄りましたけど、成果は特に……」
大浴場には、俺と流希さんしかいない。だから声を潜めることもなく、自然体で話せた。流希さんは依然として、俺達の前世のことを信じ切っていた。
「勘違いとかじゃないだろ、絶対。その記憶は大事にしなよ」
「流希さん……」
「俺が都築ちゃんだったら、やっぱ同じ行動をとったと思うから」
その言葉は、とても自然に心の中に沁みていった。
共感してもらえたことが初めてだから戸惑ったけど、嬉しくて……気付けば、目頭が熱くなった。
俺ってやっぱり涙腺弱いのかもしれない。流希さんも俺の顔を見て、慌て出した。
「ちょ、泣くなよ。そんなに周りから否定されてきたわけ?」
「すいません。まぁ、それなりに」
「はー、頭固い奴が集まってたんだろ」
流希はやれやれと肩を竦め、都築の目元を指で撫でた。
「俺がいたら、そいつらのこと殴ってやれたのにな」
「……流希さんも、辛いことは多いですか?」
「辛いっていうか、活動してる上でムカつくことはめちゃくちゃあるよ。理解されないし、熱心なアンチも多いし……けどそれだけ注目されてるってことだからな。何千って人間が見てたら批判ゼロなんて不可能じゃん。どうぞご自由に、って感じ」
ストレスのはけ口にされるのは嫌だけどなー、と彼は笑った。
「流希さんは強いですね」
やっぱり、皆それぞれ抱えてるんだ。口や態度に出さなくても、心を強く持って日々を生きてる。
流希さんの屈託のない笑顔に励まされ、俺も景さんと出逢ってからのことを話した。
「へー、三ヶ月でそんだけ回ったのはすごいな」
「はい。でも、関西は景さんと逢う前に自分で調べ回ってました。有名どころを外してたりもするし、結構いい加減です」
はにかむと、彼も目を丸くして笑った。
「それに、主様の気を全く感じられない理由が……俺達にもあるような気がして、不安です」
「都築ちゃんと景さんに?」
「ええ。でもそれも分からないから八方塞がりです」
弱音吐かずに頑張らないと、と付け足すと、流希さんは興味深そうに頬杖をついた。
「何か都築ちゃんて、人生二回目言われると納得だわ。第一印象と違うかも」
「え、そうですか?」
「うん。つうか一個しか歳変わんないみたいだし、タメ語でいいよ」
流希さんは浴槽の端に移動し、両腕を縁に乗せた。お礼を言い、俺も端に寄りかかる。
「生まれ変わったと分かったとき、どんな気持ちだった? もう一回人生やり直せる、ラッキー! みたいに思った?」
「それが、意外と全然……動揺の方が大きかったよ。それと、常に焦ってた」
「何に?」
「分からない。……それが分からないことに焦ってた」
顔を上げ、湯気で瀰漫する天井を見つめる。膝を抱えて、静かに呟いた。
「でも、景さんと主様にまた逢いたい。って思ったとき、少し心が晴れたんだ。やりたいことが見つかってホッとしたのかもしれない。心残りというか、未練でもあったのかも」
拙い記憶を辿りながら、指を折った。
「ちょっと待ってて、って俺が言ったのに、景さんを残して先に死んじゃったから」
「それは……ごめんだけど、どうして?」
「どうしてだっけ。うーん……」
困ったことに、最期の方があまり思い出せない。
景さんに聞けば分かるかもしれないが、それが彼にとって辛いことなら、あまり口にしたくなかった。
流希さんはなにか言おうとしたが、逡巡して口を閉ざす。それから少し考え、質問を変えてきた。
「じゃあさ。前世では、景さんとどうやって知り合ったん?」
神様に仕えてたんだろ? と彼は腕を組んだ。それにはすぐ答えられるので、頷いた。
「景さんが滝に飛び込もうとしてたのを見つけて、止めたのがきっかけ」
「はあ!?」
簡潔に答えたせいで、流希さんは大きな声で反応した。
「何だよ、それ! じ、自殺ってこと?」
「自殺とも言えるし、他殺とも言える。飛び込もうとしたのは本人の意思じゃないから」
静かに告げると、彼は蒼白になりながら頭を掻いた。
「ちょっと待って。そもそも、都築ちゃんと景さんって人間だったわけ? そこからよく分からんのだけど」
「あははっ。俺達はただの人間だよ。今も昔も」
腕と脚を同時に伸ばし、ゆらゆらと揺れる湯面を見やる。
「水も食料も足りない村で生まれたんだ。大昔から龍神様を祀ってる村で、いつも雨乞いしていた。作物が穫れるように、ある習わしを守って」
「習わし?」
流希さんの言葉に頷く。
今からずっとずっと昔の、渇いた時代。
山々に囲まれている為降雨が少なく、不作が続いて何度も凄絶な飢饉に見舞われた。
そんな折、村のずっと奥にある滝へと連れて行かれ、置き去りにされた。
龍神様への貢ぎ物。……毎年村が密かに立てていた、生け贄として。
「……冗談だろ?」
「冗談みたいなことを本気で信じる時代だったんだ」
けど、俺は運良く龍神様の目に留まり、生き永らえることができた。人を憎む人生を送らずに済んだのは、ひとえに主である龍神様の教えのおかげだ。
俺は滝の裏側に住んで、龍神様を祀る祠を建てた。
「主様は、人間の為に雨を降らそうとはしなかった。だから俺がいなくなった後も、村の人達は人柱の風習をやめなかったんだよ。そして、俺の次に選ばれたのが……景さんだった」




