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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
輪転

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17/45

#7



「俺は昔の景さんを知らないけど。海美さん、すごく喜んでましたよ」


海美さんが彼を大切に想っていることと、それを知って嬉しかったことを伝えた。


「本当に素敵なお姉さんですね」

「……………」


景さんは長考の末頷いた。

お互い思うところがあるのかもしれないけど、根本的なところでは信頼してるんだろう。

床に正座し、膝に手を置く。二人を見上げるような形で、深く息を吸った。

「景さんがずっと捜してた人、見つかったんですね」

「姉貴から聞いたのか?」

「はい」

「ほんとにお喋りだな」

景さんはため息をつき、瞼を伏せた。頬が赤らんでるから、多分照れてる。


「海美さんは、それが景さんの恋人なんじゃないか、って言ってました」

「……」


景さんはソファの背に腕を乗せ、寝息を立ててる海美さんを一瞥した。


「正解」


言わないけどな。と言って、彼はベランダに出た。立ち上がって、彼についていく。

夜景は宝石のように、七色の光を散りばめている。一度見たら視線を外せなくなった。

まるで景さんみたいだ。宵風を受けながら、深く息をつく。


「物心ついた時からずっと捜してたよ。お前のこと」


風と共に、頬を撫でられる。全てがスローモーションのようで、体の向きを変えるのも一苦労だった。

景さんと正面から向き合うことが、少し怖かったのかもしれない。変に緊張して、力が入ってしまっていた。

「誰にも理解されなくても、お前にまた逢えるなら……それだけ考えて、がむしゃらに前だけ見て走ってきた」

「景さん……」

「これからは、もう少しスピード落として、寄り道しても良いかな」

だらんと落とした手が触れる。ゆっくり繋いで、力を込めた。


「もちろん! たくさん寄り道して、素敵なものを見つけましょ。……これからは、二人で!」


笑いかけると、彼は風で靡く前髪を押さえ、微笑んだ。


「ありがとな、都築」

「こちらこそ」


一歩前に出る。踵を浮かせ、彼と距離を詰めた。

景さんに触れたい願望が溢れかけたとき……ベランダまで、インターホンの高い音が届いた。

「あっ。景さん……」

「来たか」

彼は少し残念そうに呟き、俺の手を引いて室内に戻った。

一緒に玄関まで向かい、景さんが扉を開けるのを待つ。


「どうも、遅くにすみません」

「や、久しぶり♪ こちらこそごめんね、景くん」


ドアの先に佇んでいたのは、温和そうに微笑む青年だった。

この人が海美さんの旦那さんか。景さんの隣に移動すると、挨拶するより先に彼は首を傾げた。

「おや。こちらは?」

「……友人です。二人で飲んでる時に姉が来たので、三人で飲んでたんです」

「あ~、それじゃ楽しいとこ邪魔しちゃったんだな。本当に申し訳ない……!」

「いえいえ。ご飯作ってくださったんですけど、すごく美味しかったです」

慌てて手を振ると、彼は少しホッとしたように胸に手を当てた。


海美さんの夫、光俊みつとしさんは気さくな人で、海美さんとはまた違う安心感があった。泥酔してる海美さんを優しく運び出し、車の後部座席に座らせる。

俺と景さんも駐車場まで見送りに行き、窓を覗いた。

「目が覚めたら、帰れなくなるまで飲むなって言っておくよ。都築くんも、本当にごめんね」

「いえいえ! 帰りお気をつけて」

「ありがとう。海美が世話になったし、今度景くんとウチにおいでよ。焼肉でもしよう」

「わあ。お肉……」

あれだけ食べたというのに、焼肉を想像したらまた胸が踊った。

思わずよだれが出そうになるのを堪え、礼を言う。微笑む光俊さんに、景さんは会釈した。


「それじゃ……義兄さん、宜しくお願いします」

「ほいほい。景くんも仕事無理しないように。またね」


景さんに手を引かれ、後ろに下がる。

彼らの車が完全に見えなくなるまで、その場に佇んだ。


「疲れた」

「あはは。良い人達じゃないですか」

「朝まで付き合わされることもあるんだ」


景さんはエレベーターのボタンを押す。二人で乗り込み、上昇する窓の景色を眺めた。

「そういえば、景さんお酒はあまり飲まないけどヘビースモーカーだったんですね」

「あぁ」

「今は吸ってないでしょ? 完全にやめたのすごいです」

ドアが開き、内廊下を歩く。歩幅を広げてついていくと、彼は不意に立ち止まった。


「そりゃあストレスのもとがなくなったし。もっと満足できる環境になったからな」

「と言うと?」


鍵を開け、部屋に入る。景さんはドアの鍵をかけると、前に屈んで笑った。


「お前がいるから」


ドアに押し当てられ、彼を見上げる。

やっぱり、俺にとっては景さんの存在そのものが反則だ。


今まで生きてて求められたいと思ったことは一度もないのに……彼から与えられる熱は、俺の“今まで”をことごとく溶かしてしまう。


もう駄目だ。

ベランダでできなかった続きに焦がれ、ドアに手をつく彼に助けを求めた。

「景さん」

「何」

「あのですね。その……ええと……」

羞恥心から何度も言い淀む。しかしこれ以上待たせてもいけないと、彼の目を見て言った。


「キスしたい。です」

「……!」


不安や緊張、その他諸々を強引に押しとどめ、思い切った。顔から火が出そうなほど恥ずかしかったけど、景さんは驚くこともなく、にやっと笑った。

「駄目ですか?」

「まさか」

両手を繋ぎ合わせ、彼は唇を塞いできた。熱い舌がさしこまれる。それは深く深く、俺の中を暴くかのような動きをした。


息を奪われ、苦しさのあまり彼の背中に手を回し、縋り付く。

熱い。頭の中もとけそうで、何も考えられない。


「景さん……とけちゃう……っ」

「……っ」


腰をしっかり支えられているものの、脚の力が抜けてがくがくと震えた。

キスだけでこんなになるの、おかしいって思われるかな。

不安なまま、涙を浮かべながら彼を見る。崩れ落ちそうな脚の間に片膝を入れられ、座るような形になった。


「あんまり煽ると後悔するぞ」

「……だって……っ」


口元を手で隠しながら、肩で息をする。

全身が熱い。このまま何もされなかったら、それはそれでどうにかなってしまいそうだ。


「大好きなんです……景さんになら……何されてもいい……!」

「……だから……っ!」


景さんは額を押さえ、これまでにないほど顔を赤くした。瞼を伏せ、片膝を下ろす。

支えを失い、俺はずるずると下に落ちた。玄関だと言うのに、彼も構わず冷たいタイルに膝をつく。

そして、怒ってるのか照れてるのか分からない表情で告げた。


「めちゃくちゃにしたくなるから、マジでやめろ」

「ふええ……」


こちらとしてもどうしたらいいか分からない要求だ。

ただ想いを打ち明けてるだけなんだけど、景さんも苦しそうに呼吸している。


「本当は二十四時間触れていたい」


今まで触れられなかった時間を埋めるように。

景さんは潤んだ瞳で零した後、俺を抱き締めた。


「頼むから、自分を犠牲にしようとしないでくれ。もう耐えられないんだ。……お前を失うのは」

「景さん……」


熱い息が、徐々に胸を温めてゆく。

景さんは俯き、俺の胸に顔をうずめた。

遠い別れを思い出しそうになって、唇を噛み締める。彼の痛みが自分の胸をも貫いたようだった。


でも昔とは違う。俺は今の人生を……再び与えられた命を、大切につかうんだ。


首を横に振り、彼を強く抱き締める。


「約束します。もう絶対、貴方をひとりにしない」


気が遠くなりそうな月日を必死に耐え抜き、待ち続けた。

肉体の時間は有限。だが魂だけのときは無限だった。

何もできず、ただ浮遊するだけの時間を過ごした。

決して忘れはしないだろう。でも、またあの光に包まれるまでは……絶対に彼の傍にいる。


景さんは、赤くなった目でまばたきした。いつもと全然違い、幼い印象を受ける。


はえ~。可愛い。

思わず見とれていると、優しく頬をつねられた。


「可愛い」

「……」


それ、今俺が貴方に思ったことなんですけど。と言いたいのをぐっと飲み込み、彼の額に自分の額をつけた。

「そのうちかっこよくなるから安心してください」

「……今世ではどうかな」

「あと十年もしたら、絶対渋い大人になります!」

宣言すると、彼は可笑しそうに口を手で覆った。


大人二人が玄関に座り込んで、くだらないことで笑い合ってる。


うん。しょうもないけど、やっぱり俺は幸せだ。





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