8話「基礎魔法と機能美」
「取り敢えず、お嬢ちゃんは戦い方を学ぶべきだな」
訓練場が埋まり始めたので、エリスとアルフレッドは外に出て演習を眺めながら歩き回る。
アルフレッドは競技魔法そのものには興味があるようで、興味深そうにそれらを眺めながら、隣を従者のようにトコトコと付いて回るエリスに語る。
「戦い方、ですの?」
随分と漠然とした指摘に、エリスは顎を摘まんで首を捻った。まるで『お前は何も分かっちゃいない』とでも言いたげな指摘にショックを受けない部分は無かったが、そう言われても仕方が無いくらいの実力である自覚はあるので、今は成長を優先する。
「そうだ。言語を理解したからといってコミュニケーションが取れるとは限らないだろ?」
「……そ、そうかしら? 言語が話せるなら対話も――」
「――それなら嬢ちゃんは同じ言語の相手なら全員とコミュニケーションが取れるか?」
「そ、そう訊かれると怪しいけれども、軽く話すくらいなら――」
「――軽く話すことしかできないならコミュニケーションに難あり、だな」
そうして言葉を何往復かした後、エリスはジト、とした目でアルフレッドを睨む。
アルフレッドは頬を吊り上げながら「どうした?」と意地悪に尋ね返す。
「分かった、分かったのだわ。言語が同じでも言葉を被せるような相手はコミュニケーションを取り辛い。つまり、私は今のアルフレッドさんみたいな状況ということ!」
言葉尻に言葉を被せられると非常に話しにくい。そんな回りくどい説明をしなくたっていいのに、とエリスが頬を膨らませると、気分を害したと察したアルフレッドが苦笑する。
「ま、そういうことだ。例えば《魔法の矢》そのものは――中学生程度の知識と技術、つまりある程度の実力があれば拳銃に匹敵するレベルの威力を発揮できるものだ。当然、生身で受ければそれだけで勝負が決着する。が、当然、敵も攻撃をするし、攻撃を受けないように立ち回る。例えば俺のように盾を張ったり、肉体を硬くして無視したり、とかな」
ふむふむ、と頷くエリスに、アルフレッドは指をさす。
「ところがお嬢ちゃんは対策の対策を講じなかった。盾に対して角度を付けて《魔法の矢》を撃つだけ。相手の話を聞かずに一方的に自分の主張をするようなものだな」
「うっ……そう言われると、何だか自分が幼稚なように聞こえるのだわ」
エリスが胸を押さえて呻くと、アルフレッドは鼻で笑う。
「誰だって最初は幼稚だ。それを自覚できたという進歩を喜べばいい」
そんな風に言ってアルフレッドが演習場を眺め始めるので、エリスはその横顔をジッと見る。「どうした」と父のように微笑を浮かべる彼へ、エリスは子供っぽい笑みを返す。
「分かったことがあるのだわ。師匠は良い人でしてよ」
素直に賛辞を受け取るのが照れくさいのか、アルフレッドはおどけた笑みで視線を逸らす。
誤魔化すように溜息を吐いた後、彼はラウンジを指した。
「師匠じゃないけどな……何か飲むか?」
「ふふふ、それを期待してたのだわ」
当然、そんなことは無いのだが――できる女は相手の照れ隠しに付き合ってやるものだ。
「やれやれ」と笑うアルフレッドと一緒に、二階のラウンジに珈琲を注文しに行った。
空いている小さなテーブルで温かい珈琲を啜りながら、柵から覗けるようになっている演習場での決闘を観戦する。青年二人が激しい魔法の応酬をしながら接戦を繰り広げており、白熱したバトルに周囲も汗を握って熱気を帯び始めている。
二人で食い入るようにそれを眺めていると、コト、とラウンジのスタッフが湯気の立つカップを二人のテーブルの傍に置く。会釈と共に香ばしい豆の香りを楽しみ、二人で手を伸ばした。
すると、タイミング悪く勝負が決着。片方の作り出した炎の槍がもう片方を飲み込み、肉体が炭化。歓声を浴びてはらはらとそれが崩れ去っていき、対戦相手も魔力体を消す。
「……今みたいな魔法を使いたい、か?」
アルフレッドが珈琲の液面を見詰めながら言葉だけで尋ねる。
エリスはギク、と肩を震わせた後、先日の彼の言葉を――憧れを捨てるべきだという彼の主張を思い出す。事実、エリスは今までああいった魔法に憧れ、それを再現するため攻撃手段に五大元素を使ってきた。だが、それが非効率的であることは、昨夜の射撃場でハッキリと理解できた。憧れなど毒以上の価値を持たないと知った以上、捨てるべきなのだ。
「元々……ああいう魔法に憧れて競技魔法を始めたのだわ」
エリスは珈琲を口に付ける。砂糖が入ったそれは美味しく飲むことができた。
「炎の槍の投擲――五大元素における火属性の『運動エネルギー』と『燃焼』の掛け合わせだな。五大元素を二つ組み合わせて同時発動をする場合、脾臓を囲う五種類の不随意筋の内、四つを使用する必要がある。必然、先天的に三つしか動かないお嬢ちゃんは……」
「あー、あー! 言われなくても分かってるんですのよ!」
ぷんぷんと頬を膨らませたエリスは、不貞腐れたように珈琲を飲む。わざわざ言われなくても、この憧れがこの人生で成就することは無いと、エリスは知っている。
アルフレッドは「悪いな」と苦笑しながらそれを一瞥し、視線をスタジアムに。
そろそろ別の組が対戦し始めてもいい頃だが。
そんなことを考えていると、アルフレッドがポツリとこぼす。
「機能美という言葉がある」
エリスが胡乱な目を向けると、アルフレッドは淡々と視線を合わせずに続けた。
「余分なものを排除して、排除して――その果てに残る必要最小限、最適化されたものに見出す美しさのことだ。それらは大抵、突き詰めると一つの形に行き着くもんでな」
神妙な顔で話を聞くエリスに、アルフレッドはふっと頬を綻ばせて視線を寄越す。
「あんまり、魔法でこういう話をしたくはないのだが」
励まそうとする意思が、確かに伝わってきた。
「派手な爆炎を撒き散らす敵に、洗練された魔法の矢が一つ、突き刺さる」
神妙な顔をしているエリスの頭の中には、群衆が見守るスタジアムで競技魔法の決勝戦をしている自分の姿があった。派手な魔法で、いつかのエリスのような人々を魅了する英雄。そんな英雄に、何の変哲もない、基礎中の基礎、子供でも使える魔法が突き刺さる。
「格好いいとは思わんかね?」
エリスは己の脳天から足の爪先を結ぶように電流が走るのを感じた。
格好いい――と、思ったのかは分からない。だが、いつの間にか忘れていた栄光が、少しだけ形を変えて、再び自分の夢の果てに戻って来てくれたような感覚がした。
憧れは捨てるべきだ。だが、その果てに夢を取り戻すことができる。
呆然と聞き入っていたエリスは、そっと相好を崩してこう答えた。
「最高に、格好いいのだわ」
アルフレッドは満足そうに「なら、その道に進めばいい」と目を瞑って言った。
そして目を開いて再び珈琲を見詰めたアルフレッドは、まだ次の試合が始まらないスタジアムをちらりと一瞥。そして、間を繋ぐように、マグカップを置いて語り出した。
「この話は……俺の戦友の受け売りなんだ」
エリスは緩んでいた唇を引き締め、昔話に目を丸くして彼を見る。
あまり語りたがらない印象があったのだが、どういう風の吹き回しだろうか。しかし、話の腰を折る気にもなれないので、「戦友?」と訊き返す。
「ああ、そいつも嬢ちゃんと同じで――先天的に基礎魔法しか使えない疾患だった」
客観的に見て、基礎魔法には機能美があるとしても、専門魔法は強力だ。
彼が如何に基礎魔法を鍛え抜こうと、行き着く先は専門魔法になるはずだ、とも思う。そんな彼がどうして、昨夜のような指導をできたのか。その一端を垣間見たエリスは口を半開きにする。そして、口を閉じると唾をごくんと飲み込んで、「そうでしたの」と瞳を伏せる。
「十代後半だったかな。兵役から間もなく知り合ったんだ。そいつが基礎魔法しか使えないことはすぐに聞いた。当然、当時の俺はまだまだ粗削りだ。だから聞いた。悪意は無いぞ? ただ、命懸けの現場だ。『どうしてそんな体質なのに入隊したのか』ってな」
すると、アルフレッドは昔を思い出してふっと鼻で笑う。それから、小馬鹿にしたようにその人の語り口を真似した。
「『馬鹿言っちゃいけねぇよ、バーネル。こんな体質なのに入隊したんじゃねえ。こんな体質だから入隊したんだ。使える魔法は教科書に載ってるような基礎中の基礎。上等じゃねぇの。小難しい論文を血眼で読んで習得した見栄えだけの下らない専門魔法を、誰でも使えるような洗練された基礎魔法で打ち砕く。最高に格好いいじゃねぇか』」
「こんな感じだったかな」とアルフレッドは昔を懐かしむように目を細めた。
その口ぶりから、何となく――その戦友がこの世には居ないことをエリスは悟る。傷口に塩を塗り込む趣味は無い。気付かないフリをして、「似てますの?」と半信半疑で笑う。
「さあね」と、いっそ怒られることを望んでいそうな笑みでアルフレッドは言った。
「まあ――そいつは基礎魔法すらまともに扱えず、喧嘩の腕っぷしだけで志願してきた間抜けだったがな。お陰で、同室の俺が基礎魔法を勉強して戦い方を教える羽目になった」
点と点が線で繋がって、エリスは「な、なるほど」と苦笑する。
「だが、まあ。俺も学ぶことは多かったよ。確かに奴の言う通りだった。派手で特別な魔法は要らない。その場面で必要な最小限の魔法を使うことは、戦闘の勝率も継戦能力も底上げしてくれた。それに……まあ、明るくて、一緒に居るだけで士気が上がるような馬鹿だった」
「生涯の親友だ」と寂しそうに笑うから、エリスは目を瞑って哀悼の意を捧げる。
何となく、彼の行動の意味に共感できてきた。彼が基礎魔法しか使えないエリスに指導ができたのは、その経験に基づくもの。そして、競技魔法に携わりたくないのは、恐らく、そういう戦友を失う経験をしたから、魔法を人殺しの道具以上と思えないのだろう。
「――退屈な昔話だったな。忘れてくれ」
アルフレッドは自分に呆れたようにそう呟くが、エリスは目を瞑って首を左右に振る。
何も言わないが――けれども、そんな風に言うな、と目で伝えた。
退屈だろうとも、それを話したいとアルフレッドは思ったのだろう。
だったら、話した方がいい。エリスはそう思う。そして、そんなエリスの意思を受け取ったアルフレッドは「そうだな」と目を細め、誰かに哀悼の意を捧ぐように目を瞑った。
そして、歓声。二人は「お」と声を揃えてスタジアムの方を見る。
すると、そこには新たに演習をする二人組が現れて――その姿を見たエリスは「へ?」と間抜けな声を上げた。アルフレッドが「どうした?」とこちらを見る。
直径五十メートルの半球。その中で向き合う二人の少女。その一名には見覚えがある。
否、見覚えなどという余所余所しい言葉は相応しくないほどの、顔見知り。
「イヴリン……」




