再訪⑥【青春をたずさえた決闘】
茜陽がさす野原に風がふく。
あらかた見物人の退散した武技大会の会場に、ごく数人が居残っていた。
天幕群はこの後も数日間貴族の遊園に使用されるため、片されるべきは片され、いくらか数を減らしている。いかにも祭りの跡、といった閑散具合がうら寂しくもある。
そんななかで、ふたりの男、ユオルとミハエドは向き合った。
立会人はロプスらの一行と、健気にものこったミハエドのお友達の令嬢方、そして婚約者フラビア嬢と、彼女らの護衛十数名だ。
むきあう両者の手には木剣が握られている。
「やはり決着といえば、一対一の決闘にかぎるね。キミも問題はないだろう?」
かりにもあのロプサーヌ嬢の従者なら、すこしは剣を振れるのだろうという、そういう意図の問いかけだろう。
「はい。異存ありません」
「では不詳、このアウルロア家客分、アスタミオが判定を務めさせて頂きます」
アスタミオがしゃしゃり出て、判定役として両者の中央にたつ。
「勝者は一撃を相手の身体に当てたものとします。試合中は身分による優劣はないものとし、むろん卑劣な行為等も禁止。よろしいですね」
「お受けします」
「こちらも同じく、お受けする。······けれどひとつだけ。宜しいか?」
ミハエドがいちど条件に頷いたあと、さらに続けた。
「両者ともにたがいの腕はまだ知らない。私の方はそれで構わないが、それではデバルーニェ君に不利とでてしまうかも知れない。もしそうだと判断されたら、私の条件を『二本当てたなら』に変更してもらいたい。もちろん全力で行くことは約束します」
急造判定者は、この言に感心したように片眉をあげて、了承の頷きを返した。
ユオルは大会でもつかわれた木剣の握りを確かめながら、じっくりと相手を観察する。
そこまで言うからには自信があるのだろうか。昼間みた限りではとてもそうは思えないのだが。
正直いって勝敗をつけること自体には、こちらにとってあまり意味がない。敵対する相手でも、まして自他の生命がかかっている局面でもないのだから。
ただ、この立ち合いそのものには興味はある。
貴族の嫡子、さらに士官学院で会得できる剣技とはどんな物なのか。それを目にできる貴重な機会だ。ここ十日ほど特訓の成果も試したいし、いまはひとつでも経験則を重ねたい。
「では両者、よろしいか?············始めッ!」
「うぉぉおおッ!」
「ハァァアアッ!」
まずは小手調べ。ふたりはたがい窺うようにジリジリと間を詰めながら、ひと呼吸に勢いをつけ一気に剣をぶつけ合った。
案に反してミハエドは迅速なすべり出しで押し込んでくる力も存外強い。
これは、とユオルも剣を握る手に力をこめて押し戻す。その気の入りように、ミハエドの表情からもわずかな迷いの色が消えた。
「なるほど、枷はいらないようだね。安心したよ」
「!」
ニッと笑む。と、いきなり退く。たたらこそ踏みはしなかったものの、その潔い退きようにユオルが気持ち拍子を抜かれた。
この隙をつき急に姿勢を変えたミハエドの剣が襲う。
「な······突き······!?」
慌てて剣を立てて受ける。たまらず間を離すと、やらじとばかりミハエドがさらに踏み込んでくる。
「──ヒュオオオオオッッ!!」
鋭い、疾い。
圧迫をともなう突きの嵐にユオルは下がりながら剣先でそれらを払い続けるしかない。
「らあッ!」
刹那の呼吸の間をついて牽制の剣を振り、なんとか間隔をずらした。
間合いを確保する。短時間での決着を狙った動きの後では、違い、息が乱れている。
強い。まさか、昼間はお遊びと手を抜いていた?
「いいや、もちろん本気だったさ。これでも生真面な性質でね。そして、己の武技が半端であるとも自覚している。
僕は将来指揮官となる身だ。すくなくとも作戦を遂行する側ではなく、運用する側さ。だから指揮官自身がなんでも出来る必要はないと思ってはいるけれど······戦場に身をおく以上、これくらいはねッ!!」
舐めていた、とユオルは己を恥じる。
実戦の経験なら自分の方が上だと、どこかにそんな気持ちがあった。
だが相手は戦闘を義務付けられてきた武門の嫡流。代々継がれてきた技と志は、容易に個人の技量を押し上げる。そんな相手に、経験なら自分が上だと? ふざけるな。
彼は心構えを締め直す。
そうだ。俺はいつだって挑戦者だったろう······!
ミハエドはひとつおおきく息を吸い込むと、背筋をピンと伸ばして直立し、剣を顔の前へ一本立ててみせる。
「さあッ、第二章といこう。師範にも認められた我が怒濤の突き、凌ぎ切れるかなッ!?」
「うおおッ!!」
恐れるな、一撃を受けることを恐れるな! 受け手に回るな! 前へ前へ!
ユオルは恐れる己に言い聞かせながら剣を合わせ、踏み込んでいく。そこに圧力が生じ、両者の均衡を保つまでに押し上げる。小気味いい木剣の音がはやい調子で途絶えることなく、高まる両者の鼓動の表れを刻む。
「なんだ? まだ何かやってるのか?」
「おい、向こうで決闘やってるってよ」
「本当かい!」
この気配に、まだ残っていた見物人や、天幕の片付けをしていた召使いたちが騒ぎだすのも無理はなかった。
はじめは突き主体、という変則的な嗜好に面食らったが、目が慣れてくると、ミハエドの剣はとても正統派、王道の剣であることが判ってきた。
むろん、ユオルには王道か外道かといった剣の分別ができるほどの眼力は、まだない。
だが少なくとも、ふたりの本職の騎士を相手取った経験から、彼らに通ずるものがその剣にあるのは分かる。
そして──これは何とも自身妙な言い回しではあるのだが──彼と剣を交えるのは愉しい。
けして手を抜けるとか、そういった余裕のある相手ではない。こうしている間にもヒヤリとさせられる場面は次々と訪れる。
それでも──愉しいのだ。
実力は伯仲。いつしかユオルの口許には笑みが浮かび、そしてそれはミハエドも同様であった。
「グランシャス先輩もやるね。彼の手並みに合わせることでユオルの剣筋が矯正されてってる······」
ロプスが湖色の瞳をじっとふたりの動きに据えながらいった。
「ミハエドはあれで、学院でも剣では達者な部類ですからね」
昔からあれだけは好きで今日まで長続したわ、と応えるでもなくフラビア嬢が呟いた。だがその表情は曇り気味だった。チラ、と増えてきた観衆になげられた視線がミハエドへと注がれる。
「············」
「···なかなかいい勝負になりましたね」
「······ねえロプサーヌ。貴女、今日一日観ているだけで物足りなくはなくて?」
「へ?」
いうが早いか、フラビア嬢は木箱にまとめて積んであった木剣を手にとると、護衛が止めるのも聞かず、なんと対戦の場に踏み込んでいくではないか。
驚愕して迎えるユオルに彼女の鋭い剣先が迫る。
「なっ······強っ!?」
「しっかりなさって、ミハエド!グランシャスの名が泣くわよっ!」
「!······ああっ!」
「──! そうか、よぉし!」
顔をぱっと輝かせると、ロプスも木剣を掴みだして馳せ参じる。
「お待たせユオル! さぁ行くよっ!」
「団長!?──はいっ!」
「ちょっとクーベル嬢! ぼーっとしてないで貴女も加勢なさい!」
「うぇえっ!?」
「よぉしロプス! 勝負だぁ!」
「ちょっとマイシャ! どっちの味方なのさ!」
後はもう、わあわあきゃあきゃあ。あちこちで木剣の音が響く。
観衆がやんやと喜んで喝采をあげる中、みなは存分に戯れたのだった。
「······ふっ」
さすがに日が沈み始めた頃。ミハエドは汗を滴らせ、満足気な微笑みを浮かべた。
「参ったよ、決着はとうとうつかなかったね。今日のところは互いに半分ずつ勝ち、ということにしよう。
だが──そのはんぶんの勝利は預けただけだということを忘れないでほしい。いずれ返してもらうよ」
そういって、手を差し出してくる。
「······ええ。いずれ、また······」
ユオルも手を差し伸べる。ふたりは固い握手を交わした。
いつの間にか囲んでいた観衆から、祭りの最後に良い物を観た礼に、とばかり拍手が起こった。後ろにならぶロプスらもその健闘をたたえ、おなじく拍手を贈ってくれている。
「············」
そんな中で。ユオルはミハエドと握手をしたまま佇んでいた。胸中にあるのは成長への喜びか、それとも好勝負への充足感か。眺める人はさぞそう思ったことだろう。
が、残念ながら。真実はそのどちらともでもなかった。
あるのは違和感と困惑。自身の握りこまれた右手は、握手以外の硬い感触をおぼえていた。
ややもしてミハエドが手を離したのでそっと窺うと、掌には例の、春卵を模した宝石飾りが握られている。
この春節祭に、大なり小なり誰しもがつけていた、あの飾りだ。親しい人に贈りあう風習のあるという、あの飾り。
訝しんで目をあげる。と、パチリと飛んできたウインクとかちあった。
一瞬背筋を悪寒が走り抜けた。
が、よくよく観察すると、彼の視線はチラチラと観衆のなか、フラビア嬢とならんで立つクーベルの方へとんでいる。
ははぁ······。
ユオルは察して呆れ笑いを滲ませた。
転んでもタダでは起きないお人だ。まあいい、勉強させてくれた礼だ。結果はともかくも、それくらいの遣い、頼まれてやろう。
この日最後の、されどわずかな人々にしか目撃されず行われた武技披露も終わった。
その日一日、賑わいの中心となった広場は夜の訪れとともに静寂をとり戻し、塒を追いだされていた鳥たちも巣へともどっていく。
アウルロア邸までそぞろ歩きながら、銘々が名残惜しげに話へ花を咲かせるなか、アスタミオが決闘の総評をのべていた。
未認定ながら弟子の勝負の内容への満足か、相手への賛辞ゆえかは判らないものの、その表情は穏やかだ。
「グランシャス殿の剣は真っ直ぐでしたね。少々過ぎるきらいはあるが、爽やかでした。彼はどちらかというと教師に向いている。きっと良い師になるでしょう」
さらりと前線指揮官の適性を否定するような発言をしながらも、彼もあの男を認めているようだった。
これを受け、クーベルやカーラとならんで先頭をいくロプスが、こちらへふり返り、器用に後ろ歩きをみせながら言った。
「でもホントはあの勝負、ユオルの敗けだね」
「え? なんでよ、引き分けたでしょ」
カーラが不思議そうに尋ねかける。
「だって考えてみてよ。グランシャス先輩は今日一日、ず〜っと、競技に出まくってたんだよ?」
「──あぁ、そっか」
「だねー。それに比べたら、ユオルはたったふたつしか出てないもんねえ」
マイシャも得心顔でうなずいている。
なるほど。だからフラビア嬢はあえてあんな、一対一に割り込むようなことを······
仮にも想い人が、観衆のまえで従者に遅れをとる姿なんてさらせないという訳だ。健気なものだと思う。もう彼は収まるところへ収まるべきだろう。
「そういうこと。──まだまだ精進しないとねっ?」
どうやらまた、お褒めの言葉は戴けないらしい。ロプスはされど、けなしている訳では無いという証にか、背に受ける夕陽に彩られた顔へ、笑みをたたえている。
だからなのか。ユオルもいまは素直にうなずくことができた。
「······ええ、そうですね。あのお人とはいつか、また。次こそは勝ってみせます」
こうしてユオルの力試しの一日は終わったのだった。
ちなみに例の春卵の飾りは、ユオルの手からミハエド様からです、という言伝とともに、クーベルの手へと無事渡った。
が、どういう訳か後日それは、フラビア嬢の手の中へあったという。フラビア嬢は、それはそれはご満悦であったらしい。そこにいかなる駆け引き、配慮がなされたのか。それは、クーベル嬢とフラビア嬢のみの知るところである。
結果からいって、武技大会へ出場したことは良かった。己の足りない部分が明瞭になったし、経験も積めた。
今日も元気に、ユオルは甲冑に埋もれて草のうえを駆けはじめる。その様をグリフォンの背にまだがって見おろしながら、アスタミオはじっと考えに沈んでいた。
じつはまだひとつ。
ロプサーヌにさえも伏せてあることがアスタミオにはある。
それは龍晶に関しての、ある懸念。
それを思うと、さしものアスタミオさえ、ヒヤリと腹の底が冷える思いがした。
百年前の大戦の折にも、骸化の兆候が顕著になったという。もしやすると、これから厳しい時代がくるかもしれん······
彼は黙したまま、鍛錬に励むユオルへと視線で語りかける。
鍛えておけ、鍛えておけ。今のうちに。やがて必要となる日がくる······
「また冬が来る······」
やっと春がきたというのに。
アスタミオの呟きは、誰にも聞かれぬまま、春の澄んだ空気へと溶けていった。
お寄り下さり、ありがとうございました。
細部を修正しました。




