初めてのダンスの後は
体が軽いのはこんなに気分が良いものか。
私は人混みを掻き分けミリアの元へ急いだ。
「ミリア」
「ルシアン」
「ありがとう。服を探してくれて。それに申し訳ない。恥ずかしい姿を晒したようだ」
「お母様に聞いたわ、お母様だと言われたけどまるで別人の。あの呪いまさか本当だなんて。でもあなたのその姿を見れば信じる他ないですわ」
「あ、カイセルは?」
「さあ、ご退場されたようよ」
ざわつく人々がひっきりなしに私の顔を見ようと囲む。あああ注目など滅多に浴びない私はしどろもどろする。軽蔑の眼差しには慣れているが、
「なんて美男!美しいわ」「優しげな顔だけど強さを秘めたような、まるで王子様ね」
そんな声が聞こえてくるから落ち着かない。
すると、神父様の言葉にみな耳を傾けた。
「神よ、今日この日、永きにわたる呪いを解かれたことに感謝いたします。本来の姿と向き合い心健やかにこの国の民が生きる明日に感謝いたします。」
「我が息子カイセルは呪いを解いた勇者である!」
と若き日の美男の面影を失った王も立ち上がった。
そして、ダンスの演奏が始まったのだ。
「ミリア 私と踊っていただけますか」
「もうっみんなが見てるわ。早く手を出してください」
「ああ、すまない」
私は急いで腕をミリアの前へと差し出した。それに手を乗せ私達は踊りだす。
ステップに躓くのを心配していたが、身軽になりその心配は無いようだ。
ああ……それにしても、ミリアは美しい。背中に手を添えると直接その肌の温もりが伝わってくる。
「ミリア、君は美しすぎる。君に見惚れて周りの景色が分からないくらいだ」
「ル ルシアン、ち 近いわっ」
え?そうか……私はこれまでの調子で腹が当たらないのが不安で、腹に当たるまでミリアをぎゅっと抱き寄せていたらしい。
「ははっ急に体も変わってどうも、距離感が……」
婚約者で居られるのは今だけ。最初で最後のダンスだ。ぎゅっと抱きしめたい衝動が溢れかえるのは許してほしい。
あ?!カイセルがそれどころではないという事は、やはり婚約破棄すべきなのか。
……曲が終わってしまった。
「飲み物を、あ あちらに菓子も山ほどあるようだ。好きだろ?ミリア」
あ、甘いもの好きは禁句だったか、ミリアは俯きじっとしている。
そこへどこからか湧いたレディ達が詰め寄り私に話しかける。こんな不思議な変化を遂げたため興味があるのは仕方がないが、ミリアがぐんぐん外へ追いやられていく。
私は堪らずミリアの元へ行き、彼女の細く柔らかな手を掴んだ。
そのまま外へ出て人気のない裏側へ回る。小さな街灯の下神父の菜園を眺めながら私はしたくはない質問をする。
「ミリア。カイセルが求婚して来ないなら、やはり婚約破棄は君の希望通りするべきかな?」
そうだ私の婚約者だといって縛り付け、ミリアの真実の愛の邪魔などしたくはない。
緑の瞳はぱっと見開き驚いたような素振りを見せる。ミリアの意中の男は誰なのだ。学園にはいないということか。
「ルシアンっ、なんて浅はかなの、カイセルのことよ。またいつ言ってくるか予想もつきませんわ。今日で全ておしまいだなんて、だめです」
だ だめです?と言われれば仕方がない。いやむしろ私は喜ぶだろう。
「……では、ミリアの気が済むまでで良いかな?」
「気が済むまで……」
「これから私は何かと忙しくなるようだ。隣国の領地へ行ったり来たり、父上について回ったりと本来ならば婚約者である君と共に行動するのだが、無理強いはしない。好きに過ごしていいよ」
「……分かりましたわ。で、ではこれからは、お供しますっ」
え?てっきり私は学園に通わなくなれば会えないかと思ったがお供?!
ああカイセルが怖いのだろうか。王家総出でミリアを連れて行く可能性も捨てきれない。
よし、ここは少々出過ぎた提案をしてみよう。
「ミリア、王家が君を強引に婚約者にする為 つ 連れ去るかもしれない。そこで私にひとつ案がある。聞いてくれるかな?」
「内容次第ですわ。まあ、とりあえず言ってみてくださる?無理なものは無理ですが……」
うちの屋敷で暮らそうなど、言えないが。いや言うしかない。
「あ ゴホンッ うちは私兵を多く持ち、屋敷にも常に護衛を置いている」
「はい」
「あ、私も身軽になった以上より、剣術を特訓したいと思う次第だ」
「はい」
「あ で」
ああ駄目だ。顔がフニャけてしまう。なんて言えば良いか。
「う うちに来ないか?」
ミリアはきょとんとしたまま、私の言葉を理解できないで居るようだ。ここははっきりと。
「う うちの屋敷にミリアも拠点をおいて、つ つまり共に暮らそう。あ あくまで安全の為だ。四六時中私といれば……あ」
私は何を、四六時中私と居れ?気持ち悪いと思われたか……。
ミリアはぱあっと頬を赤らめた。しまった、困らせたようだ。
「安全の為なら……仕方が無いですわ。お言葉に甘えて従わせて頂きます」
「本当か!」
私は嬉しさのあまりミリアの手を取り跳ねてしまった。ああ、なんという滑稽さだ。静かに”ならまた明日”とでも言えれば良いのに。
「ああ、失礼。少し浮かれたようだ。」
「う 浮かれた?!わ 私は仕方なくですから!」
「ああ分かっている」
その晩、私は興奮状態でなかなか眠れずにいた。母が美貌を取り戻し父も同じく興奮状態であったようで。わが屋敷は異常事態に陥っていた。