魔術など
シャンデリア騒動の後、初夜だというのに私達は解放されずカイセル王太子に詰め寄られていた。
「私にはあんなことは出来ないっ!ルシアン、ミリア、君達のどちらかがしたのではないのか?」
「まさか、魔術師はもう居ない。」
「もし、君達どちらかに、魔術師が魔力を渡していたら?魔術書に魔術師は死の間際、その場にいる者に継承する事ができるとあった。以前、魔術師を探す時に調べたのだ。あの場にいたのは私達三人」
「王も、兵も居ましたわ」
とミリアも小さく反論する。
「カイセル、もし魔力を継承していたとして君は何を望む?」
「魔力があれば、何でも出来る。ルシアン、美貌を得た君には美貌を奪われた私の気持ちなど分からないだろ」
「美貌……?私は豚として生まれ豚として育った。だから、美貌を持って生まれ育った人の気持ちは分からない。だが、豚だからと遠慮はしても、醜いのは顔だけにしようと心に決めたのだ。そんな私をこの妻、ミリアは愛してくれた……顔が変わったからではない。カイセル、君にはなんだって出来る。呪いが解け、体は健康。顔だって豚じゃない。」
「ルシアン、お前には持っていたものを失った者の気持ちなど……」
「魔術に何ができる?私は……豚だと虐められた子供の頃より、ミリアに優しく出来なかった日々が悲しかった。魔術が何を生んだ?……悲しい思いだけだ」
「耐えられなかったんだ……美しくなければ全てを失う気がして。ミリアにプロポーズする勇気も無くし、結果お前の優しさと自分の寿命を引き換えに差し出して……悔やんだ。お前から奪おうとしても、何一つ奪えなかった。…………悪かったよ。ルシアン」
初めてだった。カイセルが謝ったのは。
学園で、どれだけ私をコケにし酷い扱いをした日も謝らなかった彼が初めて謝った。
「もう忘れよう……カイセル。未来だけを見よう。豚として育った私には、自信が欠如している。すぐ人に譲ろうとする。けれども、ミリアだけは譲れないって思えたのだ。
カイセル、君はどんな時も自信に満ちていた。どうか取り戻して欲しい、魔術などに頼らず……君らく生きてほしい」
するとミリアが私の服をピッと引っ張る。そうだここは早く退散しよう。男の語らいをしている場合では無い。
◇
屋敷へ戻るとペリエとマリーに言われ私達は身を清める。そうだ、今宵は初夜……。
しまった……呪いだ魔術だと騒ぎ、その前は婚約破棄だと狼狽え……初夜?……知識など皆無だ。ああなんという……。私はあの本を探す。『恋する為の心の掟』だ。
あった。きっと最終章あたりに……。
『口づけを何度も重ね、生まれたままの姿で心ゆくまで抱きしめながら……』
ん?な……難題である。
コンコンコン
扉を開けると、花の香りに包まれたミリアが佇む。
白いシルクのガウンを纏い、頭にも花を挿した愛らしい彼女が私の前に立つと、メイドのマリーはそっと扉を閉めた。
私はミリアの手を取り、小さな声で話をする。
「ミリア、魔術は……封印だ いいね?」
「はいっ。物を浮かべるしか出来ないですし。ただ災害や非常事態に役立つかもしれないけれど……」
「その時は、私が隣にいる時だけにしてくれないか?私が居ない時は絶対に使わないで欲しい」
「ルシアン……分かりました」
穏やかに微笑んだミリアは私に飛びつくように抱きつく。私はミリアを担いだままベッドへと座りミリアを離すと、
「何かしらこれ……」ミリアがお尻で何かを踏みつけたと、座り直す。
それは……先ほどまで開き見ていたあの本であった。
まじまじと開いてあったページを見るミリア。ああ……これはなかなか恥ずかしい。
「ふふふ ルシアンっ」と小さく笑いを堪えるミリア。
「大丈夫だっミリア。大丈夫」と自分にいい聞かせ私はミリアに終わらないキスをした。
その時だ、ミリアのガウンがはだけ中からチラリと見えたのは生まれたままの姿である。
あああっ私には初めて見る女性の……裸体であった。大変美しく白い……。
とりあえず、はだけたガウンを今一度閉じ、私達は灯を暗くしベッドの中へと潜り込んだ。
「ミリア、君は身も心も美しい ありがとう……こんな私と共に生きると誓ってくれて」
「今宵のあなたは……なんだか可愛い。こんな私がこうして甘えられる場所はここだけ。ありがとう ルシアン」
「か 可愛い?!ああ すまない。」
「こ、これでよいかな あれ……」
国や世界を救うなど私には到底出来ないであろう。せめて目の前にいるこの人は全力で守りぬこう。
この先、魔術師だと言われたら私が偽の魔術師となろう。
魔力など無くとも、私達はきっと幸せに生きられるはずだから。




