4 神官
祝福=腕への魔法陣の出現
わたくしは、神に仕える神官のひとり、フォルムハイルムと申します。姓は、神殿に入った際に捨てております。元は貴族でございましたが、今は恩寵に満たされたことを喜びに思い、ここで過ごせることを何よりのものとしております。
姓を捨てておりますゆえ、自由市民と同じと思われる方もいらっしゃると思いますが、神官は常に神官の服を着ておりますので、問題は一切生じません。
街で神官に差別を行なったとなれば、その方が大問題でしょうから。
本日は、祝福の有無を調べにいらっしゃったのですね。この国の方ではないとお見受けしますが……やはりそうでしたか。それでは、
私の崇めております神について語りましょう。きっとご存知ないお話でしょうから。
神、そう便宜上呼んでおりますが、実のところそう呼ぶしかないのです。我々には思いもよらぬほどの概念であり、神と呼ぶ他に表現のしようがないのです。
神とはよりわかりやすく言ってみれば、混沌へと整序が働きかけた際に、混沌が分かたれた結果生まれたのが、光と闇なのでございます。実際に我々神官が学ぶ際には、より複雑な定義ではございますが、信徒の方であればこれだけ分かっていらっしゃれば十分ですよ。
光は昼を司り、世界を照らし実りを与えます。闇は夜を司り、世界を安息へと導くのです。
ある時、光と闇は夕刻と朝焼けの中で、惹かれあってしまいました。もとより混沌から生み出された二つが混じり合ってしまい、そして、その結果おぞましいものが産まれました。
クリストアからそう遠くない場所にある無人大陸にいる、虚の落し子、モォラ・デゲンラです。それらは人を喰い、虐殺の限りを尽くそうとしました。それを見て、二人は泣く泣く別れを告げて、その涙が無人大陸をかたどり、今に至っているのです。
モォラ・デゲンラはその後無人大陸へ移されましたが、その撒き散らした汚れた魔素は元には戻らずに、世界中に魔物が生まれたのでございます。
それに対抗すべく、整序は人に戦う力として魔法陣をお与えに、光と闇は我々に知恵と戦うための体と、魔物を閉じ込めるための塔、ダンジョンをお造りになりました。しかし完全には魔物を閉じ込めることはなりませんでした。
ところが魔物を簡単に排除できるようになると、人種はあっという間に互いに争い始めました。閉じ込め損ねた魔物達も数を減らした人種に襲い掛かり滅ぼしかねませんでした。そしてとうとう、これを嘆いた神々は対抗策を考え出して、心の清いもののみしか魔法陣を持つことを許されなくなったのです。
光と闇は我々の行いを常にご覧になっていらっしゃいます。悪事は働けぬのです。
ですが、神々に認められることができれば、いずれは魔法陣の祝福を受けるに至るでしょう。
……お話が少々長かったようですね。体が傾いでおられて、もうおひとかたは太ももをつねっていましたが、大丈夫ですか?
ああ、青紫色になっていますね。ご心配なく……はい、元どおりですよ。
ああ、この腕に刻まれた魔法陣ですか。これは、軽い病や切り傷などを癒せる力を持っています。神より賜りしお力です。
ですが、これより素晴らしい治療を魔法陣で行える者もいますし、最近ではそれだけのために高額なお布施を払うこともなくなっていたようですからね。いえいえ、これは特別ですよ。
さて、では、あなたが神から魔法陣を賜ったかを見させていただきましょう。そこに跪いて、手のひらを上にしたまま、肩まで腕を上げて、指先までピンと伸ばし、頭を下げてください。あ、腕は元の角度のままですよ、一緒に下げないように。
あ、頭はもう少し下げてください。そう、そこで静止!
そうです、少々きついですが、魔法陣はここに現れますから、ね。
私の唱える祝詞を、今から復唱してください。
『全てに形を与えし整序よ。
混沌より生まれ出でし光と闇よ。
我は我欲を打ち捨て、絶望に奮起し、力に奢らず、決して移ろわぬと誓いを立てる者なり。
我を御身の祝福に足る者かを暴き給え』
おや?じわじわと現れて来たようですね。青……物質干渉系の魔法陣ですね。どうも大きい……なんと、これは。
世界を破壊することのできる力に対しておめでとうというのも気がひけるのですが、あなたがそれを扱うに値する清廉な人物だと神がおっしゃっているのでしょう。
魔法陣に通暁した知り合いの方は、いらっしゃいますか?
外にいる人?信用は、できるようですね。おや?ダズウォークさんでしたか。あなたが彼を見出したのですね。
この魔法陣が干渉系のものだということはわかるのですが、なにぶん初見のものですから……ほう。存在する物質の結合を切り離すことができると。
例えば、剣に付与すれば、剣を打ち合わせた時相手の剣ごと切り裂けるというわけですか。
なかなかに凶悪な能力ですが、実際に使用するのはあなたです。ただ、悪用などされるならば、おそらくその時は、神のご加護は無くなるでしょう。
もしよろしければ、他の場所などもご説明しておきましょうか?おそらく一般人はほとんど立ち入ることはないと思われますので。
ここから右手にあるのが、礼拝堂です。光と闇の像が設置されております。あの像に敬意を払うことで、神がそれを通して我々の祈りを受け取るのです。
真ん中に置かれるはずの混沌と整序は、無形の神ですから、その形は作ってはならないとされています。
椅子がたくさん並んでおりますが、ここは入信した信徒が並ぶ場所です。信徒は一定以上の金額を納めているか、稀に神から与えられる祝福を賜った人に限ります。それ以外の人には、年に数度だけこの礼拝堂が解放されるのです。
セディアさんは後者ですね。
ダズウォークさんですか?ああ、問題ありませんよ。彼もまた、祝福をお持ちですから。
礼拝にまた来たくなったら、いつでもお声がけください。
こちらは神僕の住み込んでいる居住区になります。ここは祝福を賜り、かつ神につかえたいと望む者達が住む場所です。祝福の強弱では一切差別化されず、努力したものから神官となることができるのです。
天真書を30の巻まで全て暗記して、それに関する現在の社会的な問題との関係や解決法などを綴った論文の提出が最終試験であったりしますね。あとは基本的な計算力、法律などを習得させ、さらに基本的な魔法陣の理解など、これもまた試験になっておりますね。あとは側仕えやそのほかの礼儀作法なども叩き込まれるのです。
これを行うことで、還俗した後でも一定の仕事が得られることが保証される固定市民に戻ることができるのです。
神官であったというだけで、貴族の邸に執事などとして呼ばれていく者も多くいますね。その還俗の時には、こちらの金色の文字で綴られた証明書を渡すのです。これは祝福を持った者が書いているので、本人以外が持つと文字が黒く染まるのです。
そうそう、上の時計台にあるあの鐘は、虚の落し子を倒した後に、当時の王が持っていた無駄な財貨や剣を鋳溶かして作った鐘です。このような事態を二度と呼び寄せないように願いを込めたものなのです。
おっと、そろそろ鐘を鳴らす時刻ですね。よろしければ、鳴らしてみますか?
そう、その紐を力一杯揺らして。
骨まで響く、いい音ですね。
そろそろ行かなければなりませんか?残念です。また礼拝しに来ていただけると、大変嬉しゅうございます。
ああ、いいのですよ。あなたのような素晴らしい祝福の降臨に立ち会えたのです。あなたがその力を平和のために使うことを心より願っております。
またいつの日か、我々の未来が交わる日が来ることをお祈りしておりますよ。
お読みくださりありがとうございました!