第三十五話:帰るべき場所
“ご隠居”は、悪鬼を見事に消滅させると、仕事は終えたとばかりに変身を解き元の黒髪姿に戻った。そんな“ご隠居”にぬいが軽くため息をつきながら話しかける。
「はあ・・“ご隠居”ちゃん本当に凄いわね。アタシ達ただ突っ立ってただけで終わっちゃったじゃない。ちょっと暴れたりないっ!」
そう言って少し頬を膨らませてみせるぬい。“ご隠居”はそんなぬいに苦笑いを返すと、自らの主である晴明の方を見つめた。
「さて・・晴明もそろそろ仕事を終えそうじゃな。この特等席でのんびりとあの老夫婦の成仏する姿を眺めようではないか。」
“ご隠居”のその言葉通り、晴明の唄により老夫婦の身体は今にも光に包まれ消えていきそうになっていた。そして、晴明は五芳星を描きつづけていた足を止め、最後の仕上げとばかりによく響く声で高らかにこう言った。
「・・命を終えた霊のいるべき場所は天にある!現世のしがらみから逃れ、恨みの心を捨て、帰るべきところに帰りたまえ!」
そして、人差し指と中指を合わせて空中に素早く五芳星を描き、最後にこう叫ぶ。
「急急如律令!!」
その瞬間、蹲る老夫婦を囲むようにして五芳星の陣が現れ、その陣はまばゆい光を放ちながら老夫婦を包み込んでいった。
―そして、その光が完全に老夫婦を包み込んだ時、そこには老夫婦の霊の姿は消えていた。それを見届けると、晴明はふう・・と大きく息をつき、崩れこむようにして座り込んだ。その背中を、“ご隠居”が優しく受け止める。晴明は、“ご隠居”の膝の上に頭を乗せると、その顔を見上げてこう言った。
「・・・疲れた!!もう足ぱんっぱん!“ご隠居”ー!家までおんぶしてくれない?」
晴明は、満面の笑みで“ご隠居”に向かって両手を伸ばす。“ご隠居”は、そんな晴明の頭を冷静にスパァン!と叩くと、柔らかな笑みを浮かべてこう答えた。
「・・お疲れさま。」
こうして、最初は舞が持ち込んできた依頼は、途中思わぬ展開をみせたものの、晴明と“ご隠居”の活躍によって無事解決したのであった。
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「舞さん、空と花と一緒に暮らすって本気ですか!?」
悪鬼が無事倒されたことで、一時的に地下へと避難していた私たちも再び晴明たちと合流したところで、急に舞が座敷童たちと一緒に暮らすと言い始めた。びっくりして思わず聞き返した私に、舞は笑顔で二人の座敷童の頭を撫でながらこう言った。
「だって、こんな無人のお屋敷に二人だけで残すのは可哀想やろ?うちが空と出会ったのもきっと運命やと思うし、それに、うちも一人暮らしで寂しかったしな。」
「舞・・!」
感動して目を潤ませる空とは対照的に、姉の花の方はあくまでも冷静だった。
「貴女と一緒に暮らすことは異論はないのだけれど、貴女の部屋はネット環境が整っているのかしら?」
「おう!うちもパソコンは使うからな!」
「それと、私たち二人と暮らしていくための食費とかはちゃんとあるのかしら?言っとくけど、私こう見えて結構大食いよ?」
「そ、それは・・ま、まあ、なんとかなるやろ!」
そんな舞の反応を見かねて、晴明が口を挟んだ。
「食費の方は当分はうちでなんとかしましょう。依頼を受けた以上この件については最後まで責任を持ちますよ。」
そんな晴明の優しい提案に、私は思わずぽかんと口を開けてしまう。そんな私の表情を見て、晴明が不満そうに睨み付けてきた。
「・・何だよその顔は。」
「いや、私に百万円を要求してきた人物と同一人物には見えないなあと思ったので。」
私が率直に不満を口にすると、晴明は胡散臭いほど爽やかな笑みを浮かべてこう言った。
「それはそれ、これはこれだ。俺は優秀な従業員が確保できて嬉しく思っているよ。」
こ、この野郎!まさか、従業員確保のためにあんな値段ふっかけてきやがったのか!
私の中で若干上がっていた晴明に対する評価が今ので一気にダダ下がりだ。愕然とする私に、“ご隠居”とぬいが両側から肩に優しく手を置き慰めてくれた。
「まあそう落ち込むな。儂はそなたが来てくれたおかげで以前よりも楽が出来て楽しいぞ?」
「そうよ!アタシも大助かり!これからも頑張りましょうね☆」
・・どうしよう。私、期限の一年が終わってもこの仕事を辞められない気がする。
私は、肩に乗せられた手の重みに軽い恐怖を感じながらも、心のどこかでそれもいいかもなあ・・と考えている自分に驚いていた。
そして、帰りも行きと同じでぬいとごんの背中に乗って帰ることとなった。私は二回目なので既に大分慣れたが、空はまだ慣れない様子で顔を青くしていた。その姉の花は、意外な反応を見せていた。
「なにこれ!凄い楽しい!」
これまでどことなくクールで大人っぽい印象だった花だったが、この空中散歩にはよほど興奮したのか。頬を赤く上気させて子供のようにはしゃいでいた。隣に座る舞の手を握ってぶんぶんと楽し気に振り回す様子はとても可愛らしく、見ているこっちまでもが癒されてくる。花は、しばらく興奮した様子ではしゃいでいたが、皆の視線が自分に集まっていることに気付いたのか、はっと慌てて舞の手を放し、耳まで真っ赤にさせながらこう反論した。
「い、今のは違うんだからね!?皆!今のは忘れなさいよ!忘れてくれないと何らかの手段を用いて反社会的に爆殺するわよ!!?」
そんなこともありながら、私たちは店に到着し、そして舞は私たちに礼を言って自分の住んでいるマンションへと戻っていった。
・・その翌日。
「今日からこの店で住み込みで働かせてもらいます!道頓堀舞や!よろしゅうな!」
「ざ、座敷童の空だべ!よろしくお願いするべ!」
「ところで、ここはネットは使えるんでしょうね?」
そこには、晴明のBARで働くことになった舞の姿があった。
・・どうしてこうなった!
茫然とする私に晴明が説明して曰く、
「舞のマンションな・・火事で全焼して住めなくなったらしいんだよ。」
「はい!?」
火事と聞いて私は思わず“ご隠居”の方を見た。その視線の意味を悟ったのか“ご隠居”は慌てて首を横に振る。
「儂のあれは本当に幻じゃ!実際に燃えるわけがない!」
すると、花がため息をついて横にいる弟を睨みつけながら私たちに事の真相を教えてくれた。
「・・全部この馬鹿のせいなのよ。」
花の視線を受け、びくっと身体を震わせる空。とっさに舞の服の裾を握り、舞によしよしと頭を撫でられ慰められる。
「座敷童の力を覚えているか?座敷童は住んでいる家を繁盛させるが、座敷童が家から出るとその家は没落してしまう。空は、既に舞の部屋を自分の家だと認識していたからその力が働いてしまったんだ。」
つまり、空が舞の家を出て私達と一緒に屋敷へとついてきてしまったため家から出たと判定され、その力で火事が起こってしまい結果的にマンションごと没落・・というより焼失してしまったらしい。幸い死者はいなかったとは言えなんともはた迷惑な能力である。
「ちょっとした用事で家から離れる時は服とか自分の持ち物の一部を残して能力の発動を防ぐことが常識なのよ。それなのにこの馬鹿慌てて全部持って出てきたからこの有様というわけよ。」
どうやら対処法はちゃんとあったらしいが空がドジったせいでこうなったらしい。ただ、一番の被害者である舞はあっけらかんとしていた。
「まあ、荷物は結構無事やったし、うちはあんま気にしとらんで!それに、家が燃えたってなった時カナウちゃんの顔が浮かんだんや。あ、うちもカナウちゃんみたいに住み込みで働けばええんちゃうか?ってな!」
舞は明るくそう言って笑うと、晴明に手を差し伸べた。
「じゃあ改めて・・これからよろしゅう頼んます!店長さん!」
晴明は差し出されたその手を、当然のごとくがっしりと強く握り返した。
「もちろん歓迎します!座敷童の結界は非常に使えるし、それに、貴女とはもう一度お話ししたいと思っていたのでね!もちろん二人っきりでしっぽりと・・」
「ワハハ!アホぬかせ!」
―こうして、晴明の店には新しい従業員が増えることとなり、私にとっても非常に頼もしい仲間が出来たのであった。
次回、新キャラ登場の予定です。




