第三十六話:新しい日常
新しく私と同じ住み込みで晴明の店で働くこととなった舞は、驚くほど速くこの店に馴染んだ。それは、彼女が既に晴明や他の面々と面識があったことも理由の一つであろうが、やはり彼女の明るい人柄が大きな要因だろうと私は思う。
特に、ぬいとはとりわけ仲良くなって、二人が並んでいる様子はまるで姉妹のように見えるほどだった。
「いらっしゃいませ~☆」
「いらっしゃい!お、おっちゃんよう来たな!さあさあ、ゆっくりくつろいでいきいな!」
舞の喫茶店での役目はぬいと同じ接客係だ。元々容姿も良い上に、その気さくな対応も相まって、舞は客にもあっという間に人気が出た。そして、舞がこの店にやってきたことで大きく変わったことが一つある。それは・・
「よっこいしょっと・・。ふう、この背で苦労するのはこうやって高い調理台に手が届きにくいことじゃのう。」
いつものように背伸びをして調理をする“ご隠居”。以前まではこの可愛らしい姿を私が独り占めできたのだは今は違う。
「・・可愛いな。」
「ああ、最高だな。あんな可愛い幼女が作ってくれる料理ならいくらでも食えるぜ。」
「拙者、あの幼女を見るためだけに来てるでござるよ。ムフフフフ。」
そう、舞の提案により大きく変わったモノ、それは、厨房で調理している様子を客に見えるようにする、というものだった。舞曰く、
「あんな可愛いモン利用しなきゃ損やろ!あれを見れるようにしたら今より絶対儲かるで!」
ということだったのだが、半信半疑でぬいがその意見を採用し厨房を客から見えるようにしたところ、舞の言うことは見事当たり、なんと以前より三倍近く多い客が店を訪れるようになったのだ。これにはぬいも大喜びし、舞と二人で黄色い歓声を上げていた。まあ、少し気持ち悪い客も増えたが、それもご愛敬というものである。それに、もし“ご隠居”に手を出そうなんて馬鹿がいたら店の警備も担当しているごんによって忽ち店を追い出されてしまう。まあ、実際追い出された客が出てからはそんな馬鹿は一人も出ていないが。ただ、この前来た眼鏡をかけた男性客は厨房を見るなり顔を青ざめさせて逃げるようにして店を出ていってしまった。彼については何があったのかよく分からなかったが、後でごんにその男性客のことを尋ねたら「・・急に腹が痛くなったらしい。」という答えが返ってきた。あれはそんな感じには見えなかったのだが・・まあ、変な客のことをいちいち気にしていても仕方がない。
あ、そういえば舞のことばかりで座敷童の双子の様子を話すのを忘れていた。あの双子は、舞ほどすぐ店に慣れることはなかったが、今では割と馴染んできている。最初に店に慣れたのは花の方で、彼女はサトリと意気投合したようだった。
『「ほう、今時おかっぱ頭にもんぺとはなかなかにセンスがいいな。グッジョブ!」サトリはそう言って笑顔でグーサインをした。』
「そういう貴女も変わった話し方をするのね。それに表情全然変わらないし・・。面白いわ。気に入った!」
初対面の時そう言いあって握手を交わした二人は、最近では専ら地下に設けられたサトリの私室でテレビゲームをしている。
そんな姉とは対照的に、空がこの店に馴染むのは遅かった。
「うう・・おら、やっぱり東京には慣れないべ・・。あのお屋敷に戻りたいべ・・。」
舞の仕事の手伝いをしようとしては、逆に皿を割ったりしてかえって迷惑をかけることになってしまった空は、店に来て一週間ほどで早くもホームシックに陥っていた。そんな空を優しく慰めたのは姉の花ではなく舞だった。
「まあ、誰にも失敗することはあるさかい、そんな落ち込まんどきいな。アンタはアンタのできることをすればいいんやで?」
「おらにできること・・?それって一体何だべ?」
涙目でそう尋ねる空の頬を優しく撫でながら、舞は柔らかい声でこう囁いた。
「アンタが一緒にいてくれるおかげで、うちも慣れない東京で頑張っていけるんや。うちを勇気づけてくれることは、アンタにしかできないことなんやで?」
そんな舞の言葉のおかげか、翌日からは元気な空の姿が見られるようになったのであった。そして、空の姉である花はその頃サトリと一緒にモンスターをハントしていた。
そんなこんなで新しいメンバーもすっかり店に馴染んできたある日のこと、その男は店に突然やってきたのだった。
▼▼▼▼▼
今日は喫茶店『狐狗』の定休日。私たちは各人店の広いスペースで寛いだり地下のリビングでテレビを見たりして思い思いの時間を過ごしていた。定休日ということでぬいとごんの夫婦は育ての親である雷神坊という烏天狗のいる烏山に帰っており、店の中には私と舞と“ご隠居”だけがいた。ちなみに、晴明はリビングで昼寝中、そしてサトリと花はいつも通りゲームにいそしんでいて、空はまだ起きてすらいない。私は、舞とテーブルを挟んで談笑していた。“ご隠居”はそんな私たちのために厨房で紅茶を淹れてくれている。話の中で、やがてお互いの家族の話となった。
「なあなあ、カナウちゃんには誰か姉弟とかおるの?ちなみに、うちはバリバリの一人っ子やで。」
舞にそう尋ねられ、私の頭には私とよく似た顔の男の姿が浮かび上がった。
「うん、実は双子の弟がいるの。弟も私と同じ、『カガミヤキョウ』って名前なのよ。」
私がそう言うと、舞は目を丸くしてこう聞いてきた。
「え・・それってどういう意味なん?」
「私のお爺さんが変わった人だったらしくてね。『どうせ双子なら名前も一緒にしてしまえ!』って言ったらしいのよ。」
私はそう言ってため息をつく。本当にはた迷惑な話である。この名前のせいで何度からかわれたことか・・。
「だから、私を呼ぶときは皆『カナウ』って呼ぶのよ。『キョウ』だと弟と区別がつかないからね。」
「・・へえ、そうやったんか。うち“ご隠居”ちゃんが『カナウ』呼んどるから『カナウ』が本名やと思っとったわ。じゃあ、弟さんの名前はなんて漢字で書くん?」
舞にそう尋ねられ、私は何故か一瞬答えるのをためらってしまった。何となく、自分がその名前を口にしてはいけないような気がしたのだ。だが、自分の弟の名前を言うのに何をためらう必要があるというのだ?私は即座に気を取り直し、その名前を口にした。
「弟は・・『響』。『響』って書いて『キョウ』って読むの。皆からは『ヒビキ』って呼ばれていたわ。」
そう答えた私を、舞がどこか寂しげな目で見つめている。そして、私はその時“ご隠居”が厨房から私たちの様子をじっと見ていたことに気付かなかった。
―ピーンポーン
その時、どこか間の抜けたチャイム音が店内に鳴り響き、私たちの会話はそこで断ち切られた。このチャイム音は、確か厨房にある裏口のドアのものだ。私はこのチャイムが鳴らされたのを一回だけ聞いたことがある。その時は確か子供の悪戯で“ご隠居”が激怒していたような・・。
「今開ける!少し待つのじゃ!」
紅茶を淹れていた“ご隠居”が慌ててドアへと向かう。私とは違いこのチャイム音を初めて聞いた舞は好奇心に目覚めたらしく、目を輝かせてこう言ってきた。
「なあ、ちょっと様子見に行かへん?」
舞のその言葉に私は頷いて立ち上がった。・・実は私もあのドアから誰がやってくるのか少し、いやかなり気になっていたのだ。私たちがこっそりと厨房まで近づいたところで、“ご隠居”がそのドアを開けた。そして、そのドアから出てきたのは・・
「どうも、ご注文いただいたハンサムです☆ハンサムに添えて、最高の食材お届けに来ましたよ☆」
そう、そこにいたのは、金髪碧眼の世間一般的に言う所謂・・
ハンサムだった。
次回、『彼の名はハンサム』です。彼は個人的に私が結構気に入っているキャラです。




