表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
29/54

未来のために

 翌日、いつものように駅に向かい、みんなと合流する。

 ちなみに昨日は、瑠璃といろいろ話していたため、危うく電車に乗り遅れるところだった。時間的には完全に乗り遅れる時間だったのだが、改札口に立つ駅員さんが気を利かせ、僕が乗り込むまでの間、電車を止めておいてくれたのだ。都会ではできない芸当に、田舎でよかったなぁ、と心底安堵した。

 そして今日は、全員ある程度の余裕を持って集合した。数日に一回は誰かが遅れるので、毎日ヒヤヒヤするものである。

 定刻通りに、いつものワンマンカーがやってくる。ホームにいた学生やサラリーマンが全員乗り込み、運転手さんがドアを閉めようとする。

「……あっ」

 しかし、窓の向こう、連絡橋に向かってひたすらに走る影が一つあった。淡い水色を基調とした大きなリュックを肩に抱え、小さな体を必死に前へ前へと進ませている。

「あれ、瑠璃ちゃんか?」

 僕の視線の先の存在に気付いたか、葵もその姿を確認する。

「あ、ホンマや。けど、間に合うんか?」

 良太が息を切らしている瑠璃を見ながら、ぽつりとつぶやく。

 連絡橋を隔てて、この列車までの距離は大したことはないが、階段の上り下り等はある。瑠璃も毎日マネジメント活動をしていて、そこそこ体力はついたかもしれないが、流石に間に合わないかもしれない。

「俺、運ちゃんにちょっと待ってくれ、って頼んでくるわ」

 貴浩もそれを悟って動いてくれた。

 かくして十数秒後には、ガタガタと揺れる車内に肩で息をする瑠璃の顔があったのだった。


「ごめんね、あたしのために電車止めてくれてて」

 二、三分で息を整えた瑠璃はまず謝った。しかし、僕たちの間ではちょくちょくある光景だ。正直、馴れっこになってしまっており、そんな瑠璃の誠実な謝罪は、背中をむず痒くさせた。

「ええよええよ。俺らーなんか毎回こんな感じなんやから! 誰かが遅刻するたんびに電車には待ってもうとる」

 そう言って、周りの目を憚ることなく、貴浩は豪快に笑う。それをいつものように、良太がいさめる。

「で、どうして瑠璃ちゃんはこの時間の電車に? いっつもは一本遅いやつやんな?」

 葵の問いに瑠璃はコクコクと頷く。

「ちょっと今日はどうしてもみんなに見てほしいものがあってね。それでいても立ってもいられなくなって、早く行こうって決めてたんだけど……。まさかの寝坊しちゃってね。それであんなに慌てちゃってたわけ」

 瑠璃が苦笑を交えて言いながら、スマホを取り出す。

「見てほしいもの?」

 その言葉を反芻する。

「うん、昨日友哉くんに頼まれてたやつなんだけどね」

「昨日? 友哉に??」

 葵が疑問符を浮かべて訊く。

 そんな葵を見て良太が、

「ほら、昨日友哉が駅に来るん遅かったやん。あんときになんかあったんちゃう?」

 と冷静に判断してくれた。

 それを聞き、僕もあぁ、と合点が行く。確かに瑠璃に頼みごとをした。今、その結果をみせたいということは、もしかすると何か収獲があったのだろうか。そんな小さな期待が嫌でも浮かぶ。

 瑠璃は僕に依頼された経緯を簡単に説明し、全員の理解を得たうえで、自分のスマホをみんなに見せた。

「これ、見て」

 画面に映し出されていたのは、「日本の高校野球」に関するウィキペディアのページだ。その中の、「分校・連合チームの参加」というところで止められている。

「連合チーム?」

「そう、連合チーム。これによると、部員が8人以下の学校同士で連合チームを組んで出場できるように、最近なったらしいの。もっとも、まだ甲子園に出場したチームはないみたいだけどね」

 瑠璃の言葉を聞きながら、僕は少しの間考えた。もしこの京都府内に常楽高校と同じく、部員が少なくて出場できない、というような高校が存在すれば、僕たちも夏の甲子園に行くことができるのではないだろうか。文句を言うならば、やはり「常楽高校」として出場したいが、背に腹は代えられない。瑠璃の言うとおりにするのがベストな選択と思えた。

「僕は……いいんやないかな」

「わしも」

「私も」

 僕が同意の声を上げるとほぼ同時に、良太と葵も賛同してくれる。しかしその声は、なんとなく低いように感じた。

「俺は反対や」

 それに被さるように、貴浩の低く、射抜くような声が圧し掛かった。瑠璃の顔が一瞬強張る。

「何で……ですか?」

 恐る恐る、瑠璃が訊ねる。貴浩は明確な決心を携えた声色で言った。

「俺はどっかの学校と組んだりとかして、甲子園に行きたいとは思わん。行くなら、完全な常楽高校生だけで行きたい。空気を悪くするようで申し訳ないが、これが俺の意見や」

 

「俺らは別に……」

「ええんとちゃうか?」

 貴浩にこてんぱんに言いくるめられた瑠璃だったが、放課後、改めて野球部全体に対して意見を発信していた。それを聞いて、僕や良太のように反応したのが、俊介と亮輔だった。二人も、初めこそ不真面目な行動が目立ったものの、最近になってようやくそれも落ち着いてきた。

 数々の連係プレーを必要とするセカンドの俊介は、だいぶ、ショートの石崎先輩との波長が合ってきたか、ミスもほとんどなくなった。亮輔も、入部した直後と比べて声も出るようになったし、落球や後逸こういつなどとは既に無縁になっている。

 そして、最近、彼らも「試合をやってみたい」と言っていた。だからこそ、すぐに了承できたのだろう。

 しかし、石崎先輩はそうすんなりとは行かなかった。彼も、連合チームには反対した。理由は貴浩とほとんど同じ。二年生には常楽高校だけで出たいという、一種のプライドがあるのかもしれないと思った。

「監督は……どうでしょう?」

 最後まで一言も発さず、ずっと腕組みをしてその様子を見つめていた監督に、瑠璃は最後に話を振った。いつものように、よく言うと温和、悪く言うと無責任な表情を見せて、口を開く。

「僕としては、能口さんが提案したことについては、賛成だよ。僕だって試合はしたいし、みんなを良いところまで連れて行ってあげたいという思いはある。でも、部長や貴浩君のことも尊重したいから、その辺は部員同士で話し合って」

 と、最も重要なところは口を出さないという、少々卑怯な手段を使って監督は口を閉じた。後を任された僕らは、しばらく黙りこくる。

「そもそも、その相方となる学校は見つかるんか?」

 石崎先輩が沈黙を破って言う。

「それをいまから見つけるんっすよ。この京都にだってたくさんの高校があるわけなんですから、一つぐらいあるでしょう、そういう学校」

 反駁はんばくするように俊介が答える。

「もし見つからんかったらどうするん? 余計な期待しとったら後からダメージ食らうんはお前らやで?」

 少し強い口調で言われ、俊介が一瞬ウッ、と言葉に詰まる。畳み込むように、貴浩が継いだ。

「そうや。やから、今年はもう諦めて、来年に懸けよ。今年はこんだけ入ってくれたんやから、来年も入ってくれるわ」

 先輩二人の雰囲気に呑まれる一年生組。誰も反対側に寝返ってはいないが、僕らの勢いは完全に消沈した。

「ど、どうしよう……」

 隣に座っていた瑠璃がおろおろしながら、弱気な言葉を出す。良かれと思って言ったことが、結果的に野球部全体の雰囲気を悪くした。もしかしたらそんな風に思っているのだろうか。責任を感じているのだとしたら、そんな必要はないということを証明したい。ほかの人たちのことは判らないが、少なくとも僕は瑠璃の案に希望を持った。

 そしてさっきの貴浩の言葉。とても、貴浩らしくないかった。普段の貴浩なら、「諦める」なんて言葉は使わない。僕らを宥めるために仕方なく使った言葉だとしても、聞き捨てならない言葉だった。

「諦め……られますか」

 情動に突き動かされるように、僕は言い、立ち上がっていた。今の僕の中にあるのは、怒り、いきどおり、悲しみ……、数々の負の感情だった。

 貴浩が、石崎先輩が、瑠璃が、葵が、みんなが僕を見る。監督はただ、ニンマリとした笑みを浮かべて腕を組んでいた。

「僕が、入部したいとあの部室に行ったとき……。貴浩は、去年卒業していった先輩を指して、こう言った。『ただの高校生やった』って。自分たちに何も託さずに、何を変えることもなく、変わろうともせずに引退した先輩に、貴浩はそう言った」

 僕の言葉に、貴浩が渋い顔をする。しかし、反抗されることはなかった。次の言葉を紡ぐため、口内を湿す。

「でも貴浩の一挙手一投足からは、野球がしたいという気持ちがありありと感じ取れた。バッティング練習で僕を指導してくれた時とか、懇切丁寧に教えてくれた。あの時、あぁ本当に野球が好きなんやなぁ、って思った。好きだからこそ、こんなに教えてくれるんやなぁ、って」

 話し出した口は止まらない。もうどうにでもなれ、と。結果がさちとして残るのならば、今は何を口にしても良いような、そんな気さえした。

「石崎先輩もそうですよ。初めて部室でお会いしたとき、とても固い印象をうけました。正直に言うと、少し怖そうやな、とも思いましたよ。けど、後で貴浩から聞いた言葉でその印象は大きく変わりました。確かに固い人だ。だけど、野球に対する『決心』というか、信念も固いものを持ってる方なんだって。きっと、このチームの中で、一番野球をしたい、って思ってるのは石崎先輩ですよね?」

 一か月ほど前に会話した内容を思い出しながら主張する。僕の、みんなの、この部のために、思い浮かぶ言葉をとにかく並べ立てていく。

「……確かに、他校と一緒に出よう、というのは先輩たちにはあまり気分の良いもんではないかもしれません。折角野球部に来たのだから、自分が所属している学校から、その学校の代表としての誇りを持って出たい、その気持ちは十分わかります。瑠璃が持ってきてくれた情報によると、連合チームで出場した学校の甲子園出場経験は過去に一件もない。けど、もしかしたらこの行動が、この野球部を変えていくことになるかもしれないじゃないですか。今ののままじゃ府大会にすら出られない。そんなこの部の状況を打破しなければならないのに、指をくわえて見ているだけじゃ、きっと……去年の二の舞になりますよ」

 最後は一気にまくしたてた。立っている僕からは、座っている先輩たちの顔は、帽子に隠されて見えない。ふんっ、と鼻で笑うような音が聞こえた。

「……わかった、確かにお前の言う通りや。もし俺らと組んでもええ、って学校が出てきたらそん時は素直に相手校と一緒に出場するわ。お前もそれでええか?」

 一回貴浩を見やり、頷いたのを見てから石崎先輩は僕に向き直る。

「そういうわけや。楠木も、これでokやろ?」

「……はい」

 石崎先輩の少しいつもよりも高く感じる声に、僕は強く頷いた。監督を呼び、結果を伝える。結果、監督が脈のありそうな学校に相談を持ちかけてくれることになった。つまり、あとは監督次第、少しばかり不安だが、運に頼るしかないようだ。

「じゃ、練習するぞー! 相手校に恥じないぐらいにはしておかんとー、な」

 先輩がこっちを振り向いてにやりと笑う。

「あ、あの、友哉くん」

 僕もグラウンドに向かおうとしていたところに、小さな声がかけられる。スマホを胸に手繰り寄せ、俯き気味に僕を呼び止める瑠璃の姿があった。

「その……ありがとう」

 か細い声で呟いた。前髪に隠れた双眸が、ひどく揺れているのが見えなくともわかる。

「ううん、僕も試合したいから。気にせんといて」

 そう言い残し、僕は彼女に背を向けた。

 視界から外れる直前、かろうじて姿を現していた唇が、そっと緩むのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ