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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
27/54

約束の場

 5

「あたし、野球部に入部したいの!!」

 翌日の朝休み。コンビニで買ってきたパンやお菓子をつまんでいたり、始業までの僅かな時間でお喋りに興じている生徒も多い中、僕たち三人は、瑠璃の真摯な声と眼差しに捉えられていた。一瞬の間、僕ら、その中でも特に僕はキョトンとしてしまった。瑠璃が野球などとは無縁だと思っていたのもその理由なのだが、それ以上に既視感を感じて。数年前の葵を見ているようで、思わず葵に顔を向けたほどだ。

「あ、もちろんマネージャーとしてだよ?」

 良太は特に感情を顔に出してはいないが、いつもより寡黙かもくさが増しているように感じられた。少なからず驚いてはいるのだろう。葵はほぼ、僕と同じ反応と言っていい。

 そんな風に挙動不審な状態に陥った僕らを、その双眸の色を崩さずに瑠璃はじっと見つめている。胸の前で、きゅっとグーに握られた両手から、それが冗談でも何でもなく、本気だということが伝わってきた。そんな瑠璃を放っておくわけにもいかず、とにかく理由を聞いてみることにした。


「一昨日だったかな? あたし、友哉くんにDMでメッセージ送ったの覚えてる?」

 一昨日と言えば、今週の始め、すなわち瑠璃が風邪で学校を欠席した日だ。あの日、僕らは瑠璃の体調を案じて、簡単なメッセージを送った。その後、瑠璃に意味深なことを聞かれたのだ。

「あの、『野球部って、楽しい?』みたいな……?」

 そそ、と小さく声をだし、瑠璃は首をカクカクと上下させる。

「お前、そんなこと聞かれとったんか。で、なんて答えたん?」

 良太が少し興味を持ったか、意外そうな顔つきをして訊ねてくる。

「別に大したことは答えてへんよ。まぁ、自分の正直なところを言ったかな」

 一言一句(たが)わず言え、と言われれば、自信を持って答えることができる。あれは僕の本音だ。一切飾らずに答えた、正直な気持ち。昔からいろんなやんちゃをして育ってきて、その中で味わった悲しいことも含め、すべてをさらけ出した一言だった。

「『もちろん、楽しいよ』」

 と、答えた後。

「『野球部は、僕の約束の場だから』」

 ススキ事件の少し前に、約束した。いや、相手は約束されたとは自覚していないだろうが、少なくとも僕はしたのだ。その、最後の刹那に聞いた言葉に、僕は誓った。だから僕は今、この学校で野球部に所属している。あの日願ったことを、叶えるために。

「約束の場、か……。その約束っていうんは、私らーに関係あることなん?」

 葵が自分を指さしながら言う。だが、残念ながらここにいるメンバーに関係していることは一切ない。葵には申し訳なかったが、無言で首を振った。

「でも、何でその友哉の言葉で野球部に?」

 良太が話を戻す。確かにその通りだ。あれはあくまで僕の個人的な境遇が元になっているだけで、瑠璃が入部したい、と思えるようになるのは若干無理がありすぎる気がする。

「うん、そうだよね。ちょっと強引だ、って思っちゃうよね」

 瑠璃が僕の顔を見て苦笑しながら言う。訝しんでいたのが顔に出ていただろうか。でも、瑠璃はそこに関しては何も言わず、自分の話を始めた。

「あの時、友哉くんからメッセージが送られてきたとき、正直、初めは言ってることがよくわかんなかったの。何言ってんだろ、ほどにしか思ってなかった。でも、あたしをからかっているわけでもなさそうだったし、しばらく待っても『冗談だよ』みたいなメッセージも送られてこなかったし、ってことはこれが友哉くんにとっての野球部なんだな、って十分ほどしてから納得したの」

 ほんの数日前の事だが、懐かしそうに目を細め、瑠璃は話す。周囲の喧騒は秒ごとにその大きさを増している。けれど、僕らの近くだけは取り残されたかのように静かだった。

「友哉くんがどういった意図をもってあんな内容のメッセージを送ってくれたのかは分かんない。でも、あたしには想像もつかないような大事な何かがあって。あんまり深く訊ねない方がいいんじゃないかな、って思った。……それで良かったんだよね、友哉くん?」

 僕に向かって投げかけられる問い。その心遣いは、正直ありがたかった。だから、素直にうなずく。

 それを見て、瑠璃は続ける。

「そんな、人にはあまり言えないような決意を持って野球をしているっていうのが、あたしにはすごい、って思えたの。あたしの周りにはそんな人はいなかったから。目標をやけに豪語ごうごする人がいたぐらいかな」

 苦々しげに笑う。そのったような笑みは、本当に苦しそうに見えた。

「こんなこと言っちゃ申し訳ないんだけど、この田舎の学校で、人数も少ない中でそんな崇高すうこうな心持ちをしている友哉くんがすごいと思って、そして、ちょっと羨ましくも思った。昔から、これまでずっと友哉くんみたいな人と出会うことはなかったし、自分が友哉くんみたいな人になることもなかった。だから、あたしは思った……ううん、決意(・・)したの」

 言葉を切って、一旦一同を見回す瑠璃。徐々に小さくなって、掻き消されそうになっていた声をリセットさせるかのように強く頭を振って、言明した。

「あたしは友哉くんを……野球部をサポートしたい。大きなこころざしを持っているみんなを、後ろから支えられるような存在になりたい。だから、あたしは野球部のマネージャーになりたいの!」

 

 しばらくの間、僕らは顔を見合わせた。話を聞いて、瑠璃の気持ちは十分に分かった。僕たちをサポートしたいという思いも、彼女のその熱い口ぶりからありありと感じることができた。ただ、それでも躊躇ってしまう。

 まず、野球やマネジメントに関する知識はあるのか。先ほども思ったが、瑠璃は野球には無縁に見える。みんなを遊びに誘って大人数をまとめることもでき、さらに真面目で心優しい性格はマネージャーをやるうえできっと強さになるはずだが、やはりそれと同じぐらいに野球知識は重要だ。そのため、僕たちは最終的な決断を下せずにいた。

「急にこんなこと言ってごめんね。でも、入ったらちゃんと言われたことはやるから。野球に関しての知識は……あんまりないけど、頑張るから! それに、あたしの為でもあるの。…………後悔、したくないの」

 懇願するような瞳で見つめてくる瑠璃。しかも、泣き出しそうな顔になっている。

 そして、最後に瑠璃は呟いた。

(『後悔』したくない、か……)

 彼女の指す『後悔』とは一体何を示すのだろうか。クラスでも話し始めてそれなりの時間が経ったが、瑠璃が数多あまたの後悔を背負って生きているとは思い難い。もしかしたら隠しているだけで、本当は抱えているのかもしれないが、それを感じさせぬほどに彼女の振る舞いは穏やかで、人を楽しませる、あるいは笑顔にすることに特化していると、僕は思う。

「…………いいよ。瑠璃、よろしく」

 彼女が後悔するということは、それは彼女から人を笑顔にする力が消え失せるということだ。それは僕らにとって、きっと大きな致命傷になりる。そして、その結果が招くのは『後悔』しかない。

 だから、僕は声と共に手を差し出していた。もちろん、瑠璃の僕らを助けたいという気持ちもんだうえでの答えだ。良太と葵は、僕の突然の行動に一瞬驚いた顔をしたが、「友哉が言うんならえっか」と目が言っていた。二人も瑠璃が入部することに対して反対していたわけではないので、一回決まれば後は板を流れる水のようにさらっと決まる。

「え……いいの?」

 当の瑠璃は、目を丸くしてキョトンとしている。しかし、一度ぱちくりと瞬くと、僕の差し出した右手をしっかりと握りしめた。

 瑠璃が嬉しそうに笑む背後から、それに乗っかるBGMのように予鈴のチャイムが鳴り響いた。


 しかし、危惧していたことは現実になった。瑠璃は野球に関しては本当に知識がなく、幼いころの僕らほどの感覚しかもっていなかった。

「野球って、その……ボールを打って、走って、捕られたらアウト……って感じのゲームだよね?」

 野球のルールについてどんなことを知っているか、まず問うたところ、最初に返ってきたのがこの答えだ。正直、「大雑把おおざっぱな説明」でも片づけられない程であった。

 そのため、昼休みに四人集って、野球のルールを教えるための勉強会を行うことになった。

「まずは、道具の説明から。ボールを打つのがバットで、その打たれたボールを取るのがミット。このミットにも、守備位置によってつくりが違ってたりするんやけど、それはまた後で詳しく説明するわ」

 基本的に説明を行うのは葵だ。同性同士の方が瑠璃も話しやすいだろうし、気楽に聞けるだろうという配慮ゆえだ。僕らはほとんど見てるだけ、の存在ではあったが、葵の説明の補足をしたりぐらいのことはした。

 他にも守備位置の説明や、守備番号、本塁打や三振、ファール、盗塁についてなど、本当に基礎的な内容から教えていく。

「え、ちょっと待って、今のとこよくわかんない……」

 初めの内は何とかとんとん拍子に進んでいたのだが、細かいルールの話になってくると、徐々にその速度は落ちてきた。野球のルールの多さは、ほかのスポーツと比べてもかなり多い方に入る。試合で使うのはそのうちの僅かな量だけだが、それでも覚えるのには相当な時間がかかるはずだ。幼いころから簡単にとはいえ、野球に触れてきた僕たちは気づけばそのルールを覚えていた。そんな風にうまくいけばいいのだが、それは難しいだろう。

「まぁ、練習とか試合を見て、葵とかに教えてもらっとったら、そのうち覚えるって。今はホンマにしょっぱなの部分だけでええんちゃう?」

 葵がまだまだ足りない、と言いたげな様子で口を開いており、このままでは瑠璃は目を回してしまいそうだったので、そっと助け船を出す。

「……ま、せやな」

 葵は少々不満そうだったが、しゃーない、と小さく呟いて折れた。

「じゃ、放課後、入部届とりに行こか!」

 そう、笑顔で瑠璃に言った。


 そして、その言葉の通り、放課後に瑠璃は葵と共に入部届をもらいに行った。翌日には親からの許可ももらい、監督によって正式に受理された。その時の瑠璃は、肩の重荷が下りたような柔らかい笑顔をしていた。

 かくして、僕らの野球部に、また新たな仲間が加わった。

 ちらっと見せてもらった入部届の動機の欄には、「みんなの手助けがしたいから」という文字と共に、それよりも少しばかり濃い字で「新しいスタートを切りたいから」と書かれていた。

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