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七十五話 一難去っても、次の一難がやってくるようです

 寝ていると、誰かに頬を突付かれた。

 色々と激しい運動をした後なので、睡魔が強くて目が開け辛い。

 けど、半覚醒した意識を動員して、どうにか目蓋を持ち上げる。

 ぼんやりとして視界が、段々と焦点が合ってきて、俺を突付いている人が見えた。

 真っ白な肌を持つ、笑顔な金髪の美女で、耳が長い。


「……スカリシアさん。私を突付いて、楽しいのですか?」


 なんで笑顔で突付いてきているのか分からないので、とりあえず俺の頬に当たっている指を掴んでみる。

 すると、スカリシアの笑顔が深くなった。


「うふふっ。昨晩はとても男らしい力強さで抱いてくださったのに、寝顔は幼子のようで可愛らしいものでしたので、つい指で触れたくなってしまいました」


 寝ぼけているからか、理由がよく理解できない。

 しかし、突付かれるからには、寝入ることは出来ないだろうと、上半身を起き上がらせる。

 すると、スカリシアがすかさず抱きついてきた。


「トランジェさん。ほら、お手を貸してくださいな」


 なんで手をとは思ったけど、とりあえず差し出してみた。

 スカリシアはその手を取ると、昨晩に睦言が始まるまえにやったように、下腹へと押し当てる。

 その後で、俺の耳に口を寄せてきた。


「ここに、貴方さまのが、たっぷりと入っています。体を揺すれば、さざなみを感じられるほどです」


 すごく嬉しそうに言うけれど、俺はどう反応したらいいか困った。

 そしてなんとなく、腹に置かれた手を、スカリシアの体沿いに上に移動させていく。

 下腹からヘソを通り、平坦な胸元、首筋を撫で、頬に手を当てた。

 するとスカリシアの頬が赤らみ、期待するように顎を持ち上げる。

 これはこうする場面だろうなって、俺は彼女の唇を口で塞いだ。

 そして軽く舌を絡ませてから、口を離した。


「トランジェさん……」


 まだ昨晩の熱が残っている様子で、スカリシアがもっととせがむような目を向けてくる。

 けど俺は、口づけで眠気が吹っ飛んで、意識がはっきりとしていた。

 そして朝っぱらから盛るのもどうかっていう、当たり前の考えが思い浮かんだ。


「お礼は昨晩に十分に受け取りましたし、もう朝です。ここまでにしましょう」


 俺は微笑みとともにスカリシアの頬を撫でると、先にベッドから出て、床に落ちていた自分の衣服を着る。


「もう、つれないお方ですね」


 スカリシアは少し不満げだったけど、仕方がないって感じでシーツで体を隠すと、その中で踊り子衣装を付け始める。

 そうして情事の痕跡をなるべく消すと、二人揃って部屋を出た。

 スカリシアは自分の部屋に戻っていき、俺は朝食の仕度をしているらしき、いい匂いがする方向に足を向ける。

 廊下を歩いていると、途中でばったりとエヴァレットに出くわした。


「おはようございます、エヴァレット」

「……おはようございます」


 少し時間を置いて、ムスッとした顔での挨拶だった。

 始めて見る対応に、俺は思わず心配になる。


「エヴァレット、どうしたのですか?」

「……トランジェさま。昨日、あの白いエルフと、ずいぶんとお楽しみでしたね」


 酷く不愉快そうに言われて、俺は困ってしまった。

 エヴァレットが、俺が他の女性と行為に及んだことに腹を立てているのか、白エルフとしたから機嫌が悪いのか、俺は分かっていない。

 この状態でスカリシアとの昨晩のことを、エヴァレットに謝ったり言い訳するのは、逆に不誠実だと感じたからだ。

 とはいえ、なにもフォローしないわけにはいかないだろう。

 ちょっとどうするか考えて、俺はエヴァレットの頬に手を差し出した。

 しかし、決して触れはしない。

 エヴァレットが俺を許してくれて、自分から頬を当てにくるのを待つ。

 これには、もしも触られるのすら嫌に思われているなら、エヴァレットはそのまま離れるだろうっていう思惑もある。

 さて、どう決断するだろうか。

 俺が心の中で固唾を飲み、うさんくさい笑顔で待つ。

 少しして、エヴァレットは複雑そうな顔のままで、俺の手に頬を寄せてきた。

 俺は手を動かして撫でながら、エヴァレットに囁きかける。


「どうしたら、機嫌がよくなりますか? 私ができることなら、言ってみてはくれませんか?」


 自分のことながら、スケコマシみたいだなって笑いたくなる。

 けど、聞いてみないと、乙女心っていうものが分からないんだから、仕方がないだろ!

 内心でいもしない誰かにキレていると、エヴァレットが少し気恥ずかしそうにする。


「で、でしたら、そのぉ……一晩の相手を命じては下さいませんでしょうか?」


 要求は衝撃的だったけど、それでいいんだって気も少ししていた。

 そう思ってすぐに返答しなかったからか、エヴァレットが不安そうにする。


「ダメ、ですか?」

「いいえ、駄目ではありません」


 俺は断言するように即答してから、エヴァレットの耳に口を寄せる。


「分かりました。今日明日すぐにとは参りませんが、自由な夜がきたときは、エヴァレットに相手をお願いいたしますね」

「は、はい。そのときは、よろしくおねがいいたします」


 この答えで十分だったようで、出会ったときの不機嫌な調子は消え、長い耳を小刻みに動かして嬉しげな様子になっていた。

 とりあえずの危機は去ったと安心して、俺はエヴァレットと共に、廊下を歩き始める。

 そして、エヴァレットの聴力の良さを生かして、俺たちが行くべき場所を把握した。


「この食堂でいいのですか?」

「はい。そのようですね」


 俺が先に入ると、準備中だったらしく、作業している人に驚かれてしまった。


「あのー、座って待っていても大丈夫でしょうか?」

「は、はい! どうぞ、こちらのお席に!!」


 二十代ぐらいのキジトラ模様の猫獣人が、食堂にある椅子を引いてくれた。

 俺は頭を軽く下げつつ、その席に座る。

 エヴァレットは当然のように、俺の隣の席に座った。

 俺とエヴァレットという異分子が入ったからか、食堂で朝食の準備をしている人たちは、少しやり難そうだ。

 申し訳ないなって思うけど、どこにいるべきかよく分からないので、ここにいさせてもらうことにした。

 十分ぐらいして、クトルットとドレットロープ、そしてアッテイトの、親子が食堂に入ってきた。

 彼らは俺たちを見て、驚いた顔をする。

 そしてドレットロープが喋りかけてきた。


「お早いですな、お二人とも」


 そう言いながら、チラチラと俺の様子を見ている。

 きっと、スカリシアを昨日宛がったことについて、俺が怒っていないかを探っているんだろうな。

 いやあ、すっごく楽しませてもらいました!

 っていうのは、トランジェのキャラっぽくないので、話題を逸らすことにする。


「意地汚いことですが、美味しい匂いにつられてしまいまして。いても立ってもいられず、こうして席に座らせていただいております」


 俺が頭を軽く下げながら、謝罪するようなことを言う。

 この告白を人間味と受け取ったのか、ドレットロープたちは安心したように破顔した。


「あははっ。この商会の食事は、他の奴隷商とは一線を画していると、自負しておりますからな。トランジェさまが匂いにつられるのも、むりないことでしょうな」

「ふふふっ。もう、あなたったら、トランジェさまに失礼ですよ」

「でも、トランジェさま。本当に食事は美味しいんですよ。期待しててくださいね」


 言いながらドレットロープたちも、俺に倣うかのように席に座る。

 それを見て、準備をしていた人たちは、より手際よく朝食の準備を始めた。

 ほどなくして、朝食の用意が整い、バークリステとリットフィリアが使用人に連れられて食堂にやってきた。

 そうして全員が揃ったところで、食事が始まった。

 メニューは、焼きたての大きなパンと果物のジャム、刻まれた野菜や肉が入った澄んだスープ、ソースがかかった薄く切り分けてあるステーキだ。

 すぐにでも口に詰め込みたくなる匂いが、料理からしてくる。

 テーブルマナーが元の世界と同じか分からないので、とりあえずパンを一口大に千切ってジャムを塗りながら、周りの仕草を窺うことにした。

 それで分かったことは、特にどれから食べてもいいようだ。

 元の世界では一部の人に眉を潜められる、パンをスープに浸して食べても、大丈夫なようでもあった。

 努めて気にするマナーはないようなので、安心して朝食を堪能することにした。

 口に入れたパンは、小麦っぽい芳醇な香りがする。つけたジャムも、甘さの中に果物の匂いが詰まっているなあ。

 スープは少し塩気が強い気がするけど、煮込まれた野菜や肉の味は引き出だされている塩梅だし、パンを浸すにはちょうどいい感じ。

 ステーキは――なんの肉だろう?

 焼かれた色味からすると豚っぽいが、感じる匂いは豚っぽくはない。

 口に入れて噛んでみると、鳥の腿のような味がする。

 どうやら、この世界特有の肉みたいだ。

 もしかしたら、元の世界では食べたことのない生き物かもしれないけどね。

 けど、美味しいことにはかわりないしって、じっくりと朝食を堪能していった。




 朝食後に、紅茶に似た飲み物を頂いていると、ドレットロープが食堂にいた従業員を下がらせた。

 なにやら、俺たちに秘密の話があるみたいだ。

 食堂の扉が全て閉まってから、ドレットロープは話を切り出してきた。


「トランジェさま。スカリシアさまのお体を治していただき、ありがとうございました」


 ドレットロープの礼に続くように、クトルットとアッテイトも頭を下げる。

 俺は偉い神官っぽく、鷹揚に頷きつつも、制するように手を向けた。


「感謝は受け取りますが、助けを求める人に手を差し伸べたのは、私個人の自由意志です。そして、治療の報酬は受け取ることになっているのですから、そう畏まらずに」


 俺の言葉を受けて、ドレットロープ一家は顔を上げる。

 その後で、ドレットロープが報酬について、話を始めた。


「トランジェさまに、我が商会が得る情報を横流しすること。これは取り決めに従い、必ず実行いたします。ですがその他に、貰っていただきたいものがあるのです」

「昨日の夜に結構なものいただきましたし、見事な朝食も下さいました。これ以上に、なにかを頂けるのですか?」


 もらえるものなら、もらっておこうって思いながら、問い返した。

 すると、ドレットロープが一言呟いた。


「入ってきてください」


 使用人に言うには小声過ぎるなって思ったけど、食堂に入ってきた人を見て理由が分かった。

 スカリシアの耳なら、あれぐらいの声量でも聞こえるだろうな。

 登場した彼女を見て、エヴァレットは嫌そうに少しだけ眉を潜めたのが、視界の端に見えた。

 話の流れからドレットロープがなにをくれるつもりか予想して、波乱が起きなきゃいいけどって心配する。


「もうお分かりでしょうが、スカリシアさまをトランジェさまにお譲りしようと、そう思っております」


 ドレットロープの言葉に、やっぱりなって気になった。

 そして横に目を向ければ、エヴァレットがはっきりと不愉快だという顔をしている。

 バークリステとリットフィリアの様子もうかがうが、二人は好悪がはっきり分かる表情はしていなかった。

 彼女たちの反応を見て、俺はドレットロープに探りを入れることにした。


「スカリシアさんを頂けるというのは、奴隷としてですか? それとも自由な身分となったエルフとしてですか?」

「それはもちろん、自由な身分での話ですとも。トランジェさまにとっては、そちらのほうがよろしいでしょう?」


 俺が自由神の神官だから、って理由だろうな。

 別に奴隷のままだって構わないんけどね。

 とはいえ、自由な身分にしてからくれるというからには、突っ込まないといけない部分がある。


「自由な体になったのでしたら、スカリシアさんは私と同行せずに、自分の行きたいところにいくことも出来るはずですが?」

「……そう言われるのだろうと思っていました。ですが、そうは行かないのです」


 それはどうしてかと首を傾げると、スカリシア自らが語り始めた。


「特殊な生い立ちと長年住んできたゆえに、わたくしはこの街では有名人なのです。体が治ったと知れらずとも、奴隷から解放されて自由となったと知れば、見知らぬ誰かが恋愛という大義名分を盾に、街の噂となっているエルフを抱くためにやってくるでしょう」


 そう言ってはいるが、いまいち信じられない気分だ。

 けど、有名なアイドルが引退して一般人に戻ったと考えたら、言い寄ってくる人が大量にきてもおかしくはないって思う。

 要するにだ、それぐらい有名なスカリシアの安全を考えたら、旅暮らしの俺に預けることが一番だってことだな。

 この街から離れれば、噂になっている美エルフの見た目を知る人は、ぐんと減るだろうしね。

 そして、体が治ったと知られずとも、って部分もかなり引っかかるところだ。

 スカリシアは明言していないけど、子供を産める体に戻ったと知られると、大金を払ってでも身請けしたいって人が出てくるんだろうな。

 奴隷のエルフは宝って話しだし、子供を産ませれば、その数だけ宝が増えると考えている人がいても変じゃない。

 ということで、俺と一緒にくると、スカリシアが受けるはずのデメリットの多くが回避できる、って話みたいだな。

 そして俺は、噂になるほどの美しいエルフを、立場を利用して好きにできるって特典が転がり込んでくるってわけだ。

 お互いに利益のある話だから、断る理由はないかもしれない。

 けど、俺は確認しなきゃいけない事がある。


「まず、スカリシアさん。貴女は私の旅に同行することに、賛成しているのですか?」


 その問いかけに、スカリシアは満面の笑顔で頷く。


「はい。昨晩一夜の出来事は、深くこの身に刻まれております。あの素晴らしき思い出が、今後も続くと思えば、なんの嫌がありましょうか」


 芝居がかったスカリシアの言葉を聞いて、バークリステとリットフィリアが俺を注視する。

 一夜の行為について責めているんだろうなって分かりつつも、気がついていない風を装って二人に顔を向けた。


「二人は、スカリシアさんが共にくることについて、どう思いますか?」

「それが彼女の意志による決定ならば、構わないのではないかと。自分の心に従うことが、自由神の教えですので」

「大姉さまがいいなら、いいと思う」


 二人の意見を聞き終えた後で、エヴァレットに目を向ける。


「エヴァレットは、どう思いますか?」


 きっと反対するんだろうな、って思いながら尋ねた。

 けど、その予想は、少し外れた


「……思うところはありますが、トランジェさまのお好きなようになさるといいと思います」

「えっ、それでいいのですか?」

「もちろんです。わたしはトランジェさまに仕えることこそが、心からの望みなのですから」


 つまり、俺の決定に従うってことらしい。

 嫌なら嫌って言ってくれたほうが、俺としては楽だったので、こちらに全面的に任せるという言葉に困ってしまう。

 まあ、俺個人で考えるなら、スカリシアを受け入れるメリットは高いと思っていたので、都合がいいともいえる。

 長年生きたエルフってことだから、この世界の歴史と情勢を多く知っているだろう。

 そして、スカリシアの案内で、エルフの集落や国に行くことも出来るかもしれない。

 そうなれば、奴隷のエルフが宝として扱われているんだ、エルフたちの感情には不満が溜まっているだろう。その不満を逆用すれば、自由神へ宗旨替えさせることもできるかもしれない。

 仮定の話だけど、一気に将来の選択肢が増えるんだ。

 多少のデメリットがあっても、目を瞑ることは可能だろう。

 そう考えをまとめ、エヴァレットは不満に思うかもしれないけど、スカリシアを受け入れる決意をした。

 そのことを、ドレットロープに伝えようとする。

 しかしその瞬間、この商会の扉が力強く叩かれ、耳障りな音がした。

 そして、使用人と扉を叩く人の問答が、閉じられた食堂内にまで聞こえてきた。


「やめてください! 扉が壊れてしまいます!!」

「ならばさっさと開けろ! 我らは聖大神教兵団だ!」

「その聖大神教兵団の方々が、どのようなご用件でこられたのか、主人に伝えないことには、扉は開けられません!!」

「ならば伝えよ! 邪教を信じるものが、この商会の中にいるという知らせを受けたと!! 臨検に入り、商会にいる全ての人を取り調べるとも!!」


 使用人が伝えにこなくても、その大声で大体の事情は理解した。

 ドレットロープ一家は、困り怯えた顔を、俺たちに向けてくる。

 どうやら、波乱は外からやってきたらしい。

 俺はドレットロープ一家に安心するように身振りすると、席を立って商会の玄関に向かって歩き出したのだった。

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