七十四話 星明りの夜に、晩酌とお礼を受け取りましょう
踊り子の衣装のスカリシアを部屋に入れると、机を挟んだ差し向かいで、酒を飲むことになった。
「では、お一つ」
「ありがとうございます」
スカリシアに注いでもらい、俺は杯で酒を受ける。
返礼として、彼女の手から酒瓶を取り、もう一つの杯に注いでいく。
すると、スカリシアが驚いた顔をしていた。
「そんなに驚くようなことが、どこかにありましたか?」
なにか失敗したかなと思って問いかけると、スカリシアは口に手を当てながら小さく笑った。
「うふふっ。いえ、奴隷に自ら酌をする殿方は、珍しいものですから」
「そうなのですか? 男女二人が向かい合ったのなら、こうするのが普通かと思うのですが?」
世間知らずな神官ぽい言い訳をしながら、こういう日常的な振る舞いにも、元の世界との違いがあるんだなと実感した。
そんな俺の心の動きを知って知らずか、スカリシアは俺が注いだ杯を手に取り、顔の高さに掲げる。
「それでは、不思議な神官さまとの出会いと、この体が治ったお祝いに」
スカリシアがじっと見つめる視線で、何かを言い返したほうが良さそうだと判断した。
俺も顔の高さに杯を持ち上げつつ、急いでなにを言うかまとめる。
「助けを求める人と巡り合せてくれた私の神と、見事な踊りを披露してくれた綺麗なエルフの踊り子に」
俺の言葉は満足してくれたようで、スカリシアが杯を少し斜めにしながら差し出してくる。
俺も同じようにしながら、杯同士を軽く触れ合わせる。
「「乾杯」」
お互い同時に言い、同時に杯に口をつける。
入っていた酒は赤のワインらしく、強い渋みと酸味、かすかなブドウの香りがした。
飲みなれていないあまり美味しいとは思えない味に、同じブドウから作るなら、ジュースのほうがマシだと純粋に思う。
けど、表情はうさんくさい笑顔で、このワインを褒める。
「なかなか良いお酒ですね。なかなかこの渋みと酸味を、両立するブドウ酒はないとおもいますよ」
「ドレイプちゃんが、お祝いだからと、秘蔵の樽を開けてくれたのです」
どうぞと、減った分を注がれてしまった。
うーん、あまり好きな味じゃないから、飲みたくないないんだけどな……。
仕方なく、口に含む程度に飲んでから、本題を切り出すような雰囲気を作って、机の上に杯を置くことにした。
「それで、どうしてスカリシアさんは、そんな格好で私の部屋にやってきたのでしょうか?」
自分の発言ながら、野暮なことを聞いているなと、ちょっと思う。
でも、万が一にも、俺の邪推や勘違いってこともなくはないはずだ。
真実はどうかと視線を向けると、スカリシアは少し傷ついたような顔をしていた。
「一人でいる殿方の部屋に、こうして参ったのですから、用件など一つでしょうに。とぼけておいでなのですか? それとも歳上のエルフには興味はないとでも?」
演技かもしれないけど、あまりにも悲しそうな顔をするので、思わず悪いことをした気になった。
「いえ、どういう用かは考えつきます。そして、スカリシアさんの美しさには、年齢など気にはなりません」
半ば本気の言葉を告げると、スカリシアはホッとした様子の後で、微笑んでみせてきた。
「では、どうして先ほどのような、いけずな質問をなさったのですか?」
さて、どう切り替えそうかと考えて、自由神の教義を持ち出すことにした。
「私が自由の神を奉じているのは、儀式の呪文の言葉で、お分かりになったかと思います」
「はい、知っております。ですが、それがなにか?」
「自由の神は、その名前の通り自由を愛しておられます。その自由とはなにかというと、その者が心のままに行動することを指します。そして私は、その教義に準じる神官です」
ここでワインを飲む振りで言葉を切り、スカリシアの注意を俺の次の発言に引き寄せる。
「それゆえに、もしも誰かの差し金で、貴方が心にもない行動を起こす気なのなら、私はその行為を受け入れるわけにはいかないのです」
宗教的な理由は、元の世界でもこの世界でも、最強の免罪符だろう。
現に、スカリシアも納得してくれたようだ。
「そうなのですか。つまりトランジェさんは、誰かに言われたから、ここにやってきたと疑っておいでなのですね?」
「疑うというよりも、その可能性がある、と言う話です。貴女の口から聞いてみるまでは、他の人が分かることじゃありませんから」
適当な理由を話し終えると、スカリシアは落胆したように肩を落とした。
これは失望されてしまったかな。
そう思ったけど、違ったらしい。
スカリシアは覚悟を決めるかのように、ぐっと杯の中身を飲み干すと席を立つ。
そして移動すると、俺の太腿の上に、当たり前のように座った。
あまりに自然な動きだったので受け入れてしまったけど、スカリシアの艶かしい体が、目の前に!!
状況の変化に驚いていると、そっと頬を撫でられた。
「うふふっ。誰から言われたわけじゃありません。この体を治してくれてたトランジェさんに奉仕したくて、自ら進んでこうして部屋にやってきたのです。一夜の相手として、この体を使っては下さいませんか?」
スカリシアは言いながら自分の手で俺の手を導き、彼女の腰元に触れさせる。
たぶん年齢的には、彼女は人間の一生を超えていることだろう。
けど、その肌は思春期真っ盛りみたいに、滑らかですべすべとしている。
その感触に思わず軽く撫でてしまうと、スカリシアから笑い声が漏れてきた。
「うふふっ。どうでしょう。まだまだ捨てたものではないでしょう?」
「……ええ。なかなかどうして、悩ましい手触りです。その踊り子の衣装もあって、禁忌に触れている気にすらなります」
「ふふっ。お客様は、踊り子に手を触れてはいけませんものね」
けど、俺なら触っていいと言うかのように、スカリシアは俺の手を移動させる。
腰からわき腹へ、わき腹からお腹の前に、お腹から股間の近くへ。
そして、下腹へと戻り、そこで移動を止める。
「お分かりになりますでしょうか。この下に、トランジェさんに再生していただいた、赤ん坊を育む場所があるのですよ」
そう言われても、肌や腹筋があるため、子宮の感触なんて分からない。
けど、スカリシアは触れるとばかりに、俺の手を掴むとぐいぐいとお腹に押し付けている。
どういうつもりか分からないけど、俺はスカリシアの下腹をマッサージするように、親指を深く押し込みながら揉んでみた。
けど、皮膚の柔らかさや、腹筋のハリは感じるけど、内臓までは分からないなあ。
それでも親指をぐりぐりと動かしていると、ある場所を揉んだときに、スカリシアの口から声が漏れた。
「んッ、あぅ――」
艶っぽい声とともに、スカリシアの腰が動いた。
どういうことかと思って見上げると、熱が浮いた目と視線が合ってしまった。
「うふふっ、トランジェさんたら、お上手ですのね。外から刺激して、こっちの気分に火をつけさせるなんて」
「ええっと、そんなつもりでは、なかったのですけれど……」
なんというか、スカリシアの性的にクリティカルな場所を、俺は刺激してしまったらしい。
男性の俺からしてみれば、そんな場所がお腹にあるとは信じられないので、あまり実感はないのだけどね。
けど、すっかりその気になったらしいスカリシアは、俺の膝の上で待ち焦がれているような目を向けてきた。
「トランジェさん。夜のお供に、どうぞこの体を使ってください。久しぶりに腹に戻ったココが、男が欲しい欲しいと訴えて仕方がないのです」
唄のような言葉で俺を誘い、早くベッドにと急かしてくる。
据え膳食わねば男の恥じだし、我が自由の神は心のままに動くことをよしとしていらっしゃる。
つまり、ありがたく頂くことにした。
俺は受け入れるようにスカリシアを抱き寄せると、彼女を抱っこするように立ち上がる。
そしてベッドまで歩き、ともに倒れこむ。
その後で、俺はスカリシアの頬を撫でながら、耳に口をよせる。
「いけない踊り子さんの求めるとおりに、お相手しましょう」
「あぅん。耳元で優しい声は、やめてくださいませ」
そう口で言いつつも、スカリシアは踊り子の衣装を自分から外していく。
俺もローブを脱ぎ捨てると、お互い裸で抱き合った。
そこからは、スカリシアが長年の経験を生かしてリードしてくれて、楽しく本番前の行為を重ねていく。
そうして楽しい時間が過ぎていく、と思われた。
スカリシアの艶めきながらも余裕ある顔が、本番が開始直後に崩れた。
「そうです、そうやってゆっくりと奥まで入れ――いッたっーー!! あれ、どうして!?」
自分の体に起きた事が信じられない顔で、スカリシアは体を丸めて、俺との接合部を見始める。
俺も目を向けると、血が隙間から出てきたのが見えた。
そこで、俺は思い出した。
単体限定最上級回復魔法を女性に使った場合、なにが起こるのかを。
「あー、きっと膜も再生しちゃったんですね」
「え、膜、ですか?」
スカリシアは当初はてな顔だったけど、俺が言いたい事がすぐわかったのか、驚きと困惑の表情になった。
そして、どうしたらいいか迷った目をする。
こんな雰囲気じゃ、続きは無理だろうなあ。
中止を言うのなら、男性からのほうがいいだろうな。
「予想外のことがおきたようですし、ここで止めましょうか?」
言いながら腰を引こうとすると、スカリシアは腕と脚を俺の体に絡めて、軽く睨んできた。
「駄目です。ここで止めたら、生殺しです。最後まで付き合ってください」
生殺しって、なまなましいなと、ちょっと気分が引いた。
けど、むぅっと頬を膨らませる姿は、先ほどまでの妖艶な仕草とは違い、なんだかとても幼げな感じで可愛らしかった。
まあ、求められているんだしと、結局最後まで相手をすることにした。
その行為では終始、スカリシアは痛い痛いって言いながら、どこか嬉しげな表情をしていたことが印象的だった。
空が白んできた中、くたびれた体をベッドに横たえつつ、隣にある満足そうな寝顔を見ながら、そう俺は思ったのだった。




