七十三話 感謝の宴が、始まったようですよ
片付けが終わった後で、クトルットとその両親は、俺たち全員をある一室へと連れ込んだ。
部屋の中は二十人ほどが座れる椅子の向こうに、俺の胸元ほどの高さのある狭い舞台があった。
椅子がなければ、体育館の壇がある周辺だけを切り取ったような、そんな場所だ。
しかし、ここに連れ込まれる意味が分からない。
俺たちが首を傾げ合っていると、クトルットが空いている席を勧め、ドレットロープは部屋を出て扉を閉めると、どこかに行ってしまった。
ますますわけが分からないが、とりあえず椅子に座って、なにが起こるか待つことにした。
少しして、エヴァレットが急に険しい顔つきをする。
「どうかしましたか?」
「この入り口に人が立っています。そして舞台の横にある入り口から、人が入ってきてもいます。武器を持つ人もいるようです」
もしかして、ダークエルフのときみたいに、用済みだから俺を殺すってことか?
けど、俺たちがいる場所の近くには、クトルットと彼女の母のアッテイトも座っている。
妻と娘を大事にしている様子だったドレットロープが、二人を犠牲にそんな真似をするとは思えないけど……。
とりあえず、なにかがあることは確かだろうと、ちょっとだけ気を引き締めることにした。
エヴァレットの警告から一分ほど経って、舞台上に灯りが灯り、ドレットロープが現れた。
「我が愛しい娘の友人方々、お待たせいたしました。当奴隷商会が所有する奴隷による、目に楽しい演目の数々を、ご堪能くださいませ」
告げた後で、ドレットロープは舞台からこちら側に降りてきた。
そして、俺たちと同じように、椅子に座って舞台上を眺め始める。
それからすぐに、笛や太鼓、シンバルに似た音が鳴り、幅が広い曲剣――青龍刀みたいなものを左右の手に持った、上半身裸のマッチョマンが出てきた。
「ぬっは! ふっは!」
曲に合わせて掛け声を出しながら、二本の剣を巧みに操っていく。
振り回したと思えば急に止め、ゆっくりと動かしたかと思えば急速回転させる。
その動作はまさしく――うん、剣舞だ。
なるほど、確かに武器を持っている人だよねって、横に座るエヴァレットに視線を向ける。
判断を誤ったことに対して、消え去りたいと思ってそうな様子で、体を縮みこませていた。
いじらしい姿に、俺は怒っていないと伝えるため、彼女の後ろ頭を撫でる。
「エヴァレット、顔を上げましょう。あれほどの剣舞は、そうそう見られるものじゃありませんよ」
慰めて顔を上げさせたけど、まだ恥ずかしそうにしている。
間違いなんて誰でもあるんだから、気にしなくていいのにと思っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、スカリシアの顔。
その表情は、イタズラが成功した子供のようだった。
「ふふっ、どうやら驚いてくれたようですね。そちらの黒い子の耳を誤魔化すために、ちょっと苦労した甲斐がありました」
どこから来たんだと思って、そういえばこの部屋の入り口に誰かが立っていると、エヴァレットが言っていた。
きっと、笛や太鼓の音がしてきたときに、入り口からこっそりと入ってきたのだろう。
そう思いかけて、スカリシアの言葉がちょっと変だと思った。
エヴァレットの耳を誤魔化したのが音楽だとすると、苦労したという部分はなんなのだろうか。
少しよく考えて、スカリシアが言ったことは、俺の肩を叩いたことではないと気がついた。
「エルフやダークエルフの耳の良さにつけ込んで、この部屋で襲撃をするかのように、音を装いましたね」
「あら、ご明察ですよ。よく分かりましたね」
スカリシアの肯定を聞いて、先ほどの失態が彼女のせいだと気がついたエヴァレットが、射殺さんばかりに睨む。
しかし、見た目はそう変わらなくても、年齢がかなり上だからだろうか、スカリシアは余裕顔だ。
「この体を治療する儀式の準備中に、大昔のことを引き合いに出して、エルフ全体を悪く言った仕返しです」
「……姑息な白いエルフらしい行動だ。感心した」
だから死ね、とエヴァレットが続けるような気がして、俺は二人に割って入った。
「喧嘩は止めてください。折角、ドレットロープさんが整えてくれた演目を、見るどころではなくなってしまいます」
俺が注意すると、エヴァレットは大人しくなり、スカリシアはより笑みを深める。
なんで笑みが強くなるんだって思って、スカリシアの格好が、ベッドで寝ていたときや無駄儀式のときと違っていることに気がついた。
レースのような物を被り、植物性らしき布と紐でできたビキニ風衣装を着ている。
ファンタジー的な、踊り子の衣装っぽい。
「もしかして、貴女もなにか舞台でやるんですか?」
「はい。踊りを少々。大分久しぶりですので、上手く出来るかわかりませんが」
お楽しみにと、部屋の出入り口から出て行った。
なら楽しみにさせてもらおうかなと、剣舞が終わった男性に、ほとんどみてなかったけど、拍手を送ったのだった。
演目は続く。
口での火消しと火吹き。斧と剣のジャグリング。声帯模写。投げナイフ。投げ縄。
腕で鉄棒を曲げ、赤煉瓦を腕や頭で割り、剣や弓矢で的を攻撃する。
アンバランスに積んだ木箱に上に乗った後、俺たちが投げた果物を槍で貫いてみせたりする人もいた。
この店って雑技団だったっけと思わせる演目の数々に、バークリステとリットフィリアはもとより、エヴァレットも見入っている。
かくいう俺は、さほどのめり込んではいない。
魔法がある世界なんだから、もっと派手に出来るだろうにと、ちょっと残念にすら思っている。
だって、フロイドワールド・オンラインの隠し芸大会のイベントは凄かった。
火魔法による花火の連打は当たり前で、似た外見にキャラを作ったプレイヤーでの一糸乱れぬ気味悪いダンスや、文字通りの自爆芸で破壊不能なオブジェクト以外の舞台上のものを全て吹っ飛ばしたやつ。
システムの穴をついて、召喚した二匹の魔物を動かしての交尾(っぽい行動)を披露して、後日のアップデートで修正対象にさせたやつまでいたし。
それらに比べれば、披露されている演目は、大人しくてつまらないものばっかりだった。
現実(異世界)と虚構を比べるなと言われちゃうと、それまでなんだけどね。
でも、本当につまらない。
そう思っていたら、ドレットロープが席を立つと、再び舞台に戻った。
「では、最後の演目です。娘のご友人たちということで、秘蔵の踊り子が自ら踊りたいと申し出てきました。長年、事情があり秘されてきたその踊り子の名前は、麗しきエルフ姫、スカリシア!」
ドレットロープが手を振り上げながら呼び込むと、スカリシアが舞台に登場した。
ドレットロープは『姫』と言ったけど、その名称が相応しいぐらいに、灯りのある舞台の上では神々しく映る。
スカリシアは先ほど見たのと同じ格好――いや服は同じだが、体の各所に指ほどの太さと大きさの竹筒っぽい物を、多数下げていた。
どういう役目があるんだろう?
踊りだせば分かるかと勝手に納得して、舞台に注目する。
気配だけだけど、横に座るエヴァレットがなんとなく不機嫌そうなのが、ちょっとだけ心配だけどね。
――シャン、シャン。
小さく押さえたシンバルっぽい音の後、和笛のような調べと共に、スカリシアは踊り始めた。
バレエのような、一人だけの社交ダンスのような、でもそのどちらとも違う、不思議な舞踏。
指先から足先までを、完璧に制御しながら、ときに扇情を、ときに悲哀を、体を動かして表現していく。
その最中、多数の竹筒っぽいものが動く度に互いに打ち合い、音楽にさらなる和をもたらす。
元の世界では見たことがない踊りと音楽の融合に、俺は目が釘づけになる。
スカリシアの汗が飛び、灯りに照らされて光る。
彼女の踊りの表現力に、こちらの感情まで揺すられる。
様々な動画が溢れる世界からやってきた俺でも、こうなってしまうんだ。
この世界で生まれて育った人からしてみれば、一度手に入れたら二度と手放したくない、誰にも渡したくないと思っても仕方がないだろうな。
けど、だから子宮を切り取るなんて、奇行は理解できないけどね。
思考が逸れたことで、少し冷静にスカリシアの踊りを見る事ができるようになった。
いままでは、手足の動きや、竹筒の音、表現される踊りの意味にばかり気を取られていた。
けど、実にスカリシアの肢体はエロイことに気がついた。
胸は手のひらを軽く『く』の字に曲げたぐらいしかない。
しかし、肋骨の下から続く括れと腰の丸み、そして脚の細さへと至る造形の美しさは、胸の大きさを補って余りあるものだろう。
なんというか、女性は胸だけじゃないぞ、って男性の獣欲に訴えかけてくるものがある。
加えてスカリシアの流し目が、そんな男の欲望を見透かしながらも、受け入れてくれるような眼差しに見えるのもいけない。
こんな踊り、元の世界で披露したなら、一夜にしてトップアイドルの仲間入りは間違いない。
倫理委員から、青少年の教育に悪いって、苦情がくるだろうけどね。
こうやって思考を飛ばしながらでも、危うく飲まれそうな踊りは、程なくして終了した。
「はあ、はあ、ありがとう、ございました」
最後の礼のとき、踊りつかれたのか、スカリシアは苦しそうだった。
久しぶりに踊ったのだから当然だろうと思いながら、エヴァレット以外の面々が手を激しく何度も打ち鳴らすのに合わせて、俺も控えめに拍手を送った。
スカリシアの踊りが終われば、演目は終了となった。
あとは、ドレットロープが手配してくれた部屋に泊まり、一日が終わる。
そう思っていたのだけど、まだ今日は終われないらしい。
エヴァレットやバークリステ、リットフィリアに離され、一人部屋に案内されたときから、そんな予感はあったけどさ。
「失礼致します。夜酒を一献、いかがでございましょう」
そう言いながら、踊り子の衣装のスカリシアがこの部屋に、酒の瓶と杯を手に入ってきたのだ。




