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序章『舞踏会の月華』Ⅱ

薬の調合師という職業は、決して人気な職業ではない。

調合師になるには薬草や薬品に関する専門的な知識だけでなく、薬の調合法を記した書物を読み解くための読み書きの能力も必要になる。そのため、十分な教育を受ける機会のない平民がこの職業に就くのは容易ではない。

加えて、薬草を用いた治療は庶民のための安価な療法と見なされており、大きな利益を生み出しにくい。危険な薬品を扱うこともある上に、知識を身につけるまでには相応の時間と労力が必要になる。

そのため、調合師を志す者は少ない。

女性の場合は、なおさらだった。

結婚して家庭に入ることが当たり前とされるこの社会では、女性が一人で店を構え、調合師として生計を立てること自体が珍しい。

領主たちも、調合師の育成や薬草の流通には積極的ではない。薬の流通を独占しようとすれば、街の商人や庶民との間に軋轢が生まれる。かといって、利益の少ない薬草産業に多額の資金を投じる理由もない。

結果として、調合師は希少でありながら、社会的な地位も決して高くない職業となっていた。

それでも、庶民にとって薬は欠かせないものだ。

風邪を引いたとき、傷を負ったとき、家族が病に伏せたとき。高価な治療薬や医師に頼ることのできない人々にとって、調合師が作る薬は、数少ない頼みの綱だ。

だからこそ、この小さな店にも毎日客が訪れる。

「おまたせ、マルカ。いつものお薬よ」

私は咳止めの瓶を取り出し、その中から小さな紙に包まれた薬を三つ取り出した。

「ありがとう、アルカナお姉ちゃん!」

マルカは嬉しそうに笑い、握りしめていた三枚の銅貨カウンターに並べる。

その小さな手を見送りながら、私は今日もこの店を開いていてよかったと思う。

その後も、薬を求める客は絶えず、気づけば窓の外は夕暮れに染まっていた。

最後の客を見送った私は、表の『営業中』の看板を裏返し、鍵を閉めた。

「ふぅ、今日はこれでおしまいね」

凝り固まった背中を伸ばし、大きな息を吐き出す。

カウンターに戻った私は、店内と散らかった調合道具を片付け、今日の売上金が入った革袋を引き出しから取り出した。続けて、棚に並ぶ薬を帳簿と照らし合わせながら数え始めた。

数を数えていた、その時だった。突然、扉をドンドンドンと強く扉を叩く音が響いた。

「こんな時間に?」

もう店じまいをしたことは、扉を見ればわかるはずだ。それでも、訪ねてくるということは急を要する要件なのか。

それとも。

私は念のため、カウンターの下に隠している短剣を手に取った。

「どちら様でしょうか?」

返事はない。それどころか、再び扉を叩く音が響いた。

「まったく、埒があかないわね」

私は警戒を解かないまま、ゆっくりと鍵を外した。短剣を握る手の力を込めながら、慎重に扉を開ける。

扉の向こうに立っていたのは、深くフードを被った一人の男性だった。一見すれば、どこにでもいる旅人のように見える。だが、私はすぐに違和感に気づく。

フードの隙間から覗く衣服の生地。足元に履いている革靴。そのどれもが、一般の旅人が身につけるにはあまりにも上等な品だ。

貴族ね。それも、かなり身分が高い。

「申し訳ありませんが、本日の営業は終了しました。薬が必要でしたら、明日またお越しください」

厄介ごとであることは間違いない。できることなら、早々にお引き取り願いたい。

すると、フードを被った男は、扉を閉めようとした私の手を押さえ、強引に動きを止めた。

「何のつもり?」

思わず眉をひそめる。知らない男性に突然手を掴まれるなど、気分のいいものではない。そんな私の反応などお構いなしに男性は静かに口を開ける。

「今日は、薬を買いに来たわけじゃないんだ。君に話があって来たんだ。ルチアナ・ファン・ノクティス」

その言葉に私の背中に冷たいものが走る。

どうしてこの男は、名前を知っている。

それも、ただの名前ではない。すべてを失い、平民として生きるようになってから、一度たりとも口にしたことのない名前だ。

それよりも、素性の知らない相手に私の過去が知られている。危険だと判断するには十分だった。

私は相手に気づかれないよう隠し持っていた短剣を取り出し、男に向けようとした。

次の瞬間、短剣を持つ腕を素早く掴まれる。そして抵抗する間もなく体勢を崩され、そのまま床へと押し倒された。

その拍子に、フードがずれ、隠された顔が露わになる。

夜空を溶かしたような漆黒な黒髪に、鮮血を思わせる鮮やかな真紅な瞳。気品と華やかさを兼ね備えた美貌。

「久しぶりだね、ルチアナ・ファン・ノクティス。会うのは、七年ぶりだね」

懐かしむような口調で、彼は私の名を呼んだ。そして、わずかに口元を緩めると、思いもよらない言葉を口にした。

「君の復讐を手伝わせてほしい」

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