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転生したら、魔王と呼ばれた私が、ただ花を咲かせていた話 第二部  作者: マスター


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17/24

第四十一話「山の沢に、誰かが住んでいた」

四十一話目です。


北の山に向かいます。沢の状態を確認しに行ったら、予想外の人物がいました。


この物語では、問題の解決に向かうとき、いつも「知らなかった誰か」が鍵を持っています。専門家でも、権力者でもない。ただ、長くそこにいた人。


今回も、そういう出会いがあります。


では、どうぞ。


北の山への道は、都から半日ほどだった。


朝早く出発した。


ベルク、カナ、ミア、私とシロ。


春の道だった。


新しい草が、道の両側に出ていた。


鳥の声が、あちこちから聞こえた。


「春の山は、行きやすいですね」とカナが言った。


「そうですね。冬の山は、少し違いました」


「どう違いましたか」


「静かでした。全部が眠っている感じで。でも、眠っていても、中は生きていた」


「冬の山を、歩いたんですか」


「ゴルさんの集落で、少し歩きました」


「岩人の集落、一度行ってみたいです」とカナが言った。


「面白い場所ですよ。岩と、岩人と、山の精霊がいます」


「山の精霊にも、会いましたか」


「会いました。疲れた目をしていました」


「疲れた目の精霊」とミアが言った。「セルドの竜と、似ていますね」


「似ています。傷ついた自然にいる精霊は、疲れています。自然が回復すると、精霊も元気になります」


「精霊と自然がつながっている」


「全部がつながっています」


ベルクが、黙って歩いていた。


でも、聞いていた。



山の入口に差し掛かったとき、道が細くなった。


人があまり来ない道だった。


草が、道の上まで伸びていた。


シロが、先頭を歩いた。


草をかき分けながら進んだ。


「ここ、最近は誰も来ていないですね」と私は言った。


「八十年前に、水路が放棄されてから、来る理由がなくなった」とベルクは言った。「沢への道も、整備されなくなった」


「八十年で、こんなに草が」


「草は、早い」


道が、さらに細くなった。


崖に近い場所を通った。


「気をつけてください」とベルクが言った。


「ありがとうございます」


一時間ほど進んだとき、水の音が聞こえてきた。


「近いですね」


シロが、耳を立てた。


水の音だけではなかった。


別の音も、聞こえた。


何かが動く音だった。


動物か、人か、分からなかった。


「何かいます」と私は言った。


「獣か」とベルクが言った。


「分かりません。シロ、分かりますか」


シロが、鼻を動かした。


それから、尻尾を振った。


驚くものではない、という感じだった。



沢に出た。


細い沢だった。


八十年前には、ここから都まで水を引いていたとは思えない細さだった。


でも、水は流れていた。


そして、沢のそばに、小さな小屋があった。


古い小屋だった。


壁が、苔で覆われていた。


でも、煙が出ていた。


誰かが、ここに住んでいた。


「人がいる」とベルクが言った。


「そうですね」


「こんな山の中に、なぜ」


小屋の扉が、開いた。


中から出てきたのは、老人だった。


女性だった。


白い髪で、背が曲がっていたが、目が鋭かった。


私たちを見て、驚いた様子はなかった。


まるで、来ることを知っていたような顔だった。


「久しぶりに、人が来たな」と老人は言った。


「こんにちは」と私は言った。


「ラグル族を連れた人間が来ると、思っていた」


「私のことを、知っていましたか」


「知らない。ただ、春になると、誰かが来ると思っていた。毎年、春には、誰かが来ると思っていた。でも、来なかった。今年は、来た」


「毎年待っていたんですか」


「八十年、待っていた」



老人の名前は、マリアといった。


八十年前に生まれたわけではなかった。


年齢は、九十近かった。


「九十ですか」とベルクが驚いた。


「それくらいだろう。正確には、知らない。生まれた日を、覚えていない」


小屋の中に通してもらった。


狭かったが、丁寧に暮らしていた。


道具が、きちんと並んでいた。


薬草が、束になって吊るされていた。


「一人で、ここに住んでいるんですか」


「そうだ。若い頃から、ここにいた」


「なぜ、こんな山の中に」


マリアが、少し沈黙した。


「父が、ここに住んでいた。父の父も。この沢を、ずっと守ってきた家だ」


「守ってきた」


「都の水路に、水を届ける沢だったから。守る役目があった。でも、八十年前に地震があって、水路が壊れた。都から、もう来なくていいと言われた」


「でも、ここに残った」


「沢は、まだある。役目がなくなっただけで、沢が消えたわけじゃない。だから、残った」


「八十年間、一人で」


「途中まで、父がいた。父が死んでから、一人だ」


ベルクが、マリアを見た。


「都は、あなたのことを、忘れていた」


「知っている。来なくなったから」


「申し訳なかった」


マリアが、ベルクを見た。


「謝ってほしいわけじゃない。ただ、来てくれれば良かった。一度も来なかったから、沢のことを、誰も知らないままになった」



沢のことを、マリアに聞いた。


「八十年前の地震で、沢の流れが変わったと聞いています」と私は言った。


「そうだ。地震で、上の方の岩が崩れた。崩れた岩が、沢の一部を塞いだ。それで、水の量が減った」


「どのくらい減りましたか」


「地震の前は、今の三倍以上流れていた。都まで水を届けるのに、十分な量があった」


「三倍」


「今も、増やせると思っている。塞いでいる岩を動かせば、水が戻る」


「動かせなかったんですか、今まで」


「一人では、無理だ。都に頼もうとしたが、来てくれなかった」


「来てくれなかった」


「八十年前、すぐに来てほしいと伝えた。でも、水路が壊れたから、水路ごと諦める、という話になった。沢の方は、放置された」


ベルクの顔が、少し固くなった。


「都の判断が、間違っていたということだ」


「間違いとは思わない」とマリアは言った。「当時は、水路を直すより、別の水を探す方が早いと思ったのだろう。でも、別の水も、結局は十分ではなかった。だから、農地が痩せてきた」


「八十年かけて、じわじわと影響が出てきた」と私は言った。


「そうだ。一度にひどくなったわけじゃない。少しずつ、少しずつ、足りなくなっていった」


「気づくのが遅れた」


「気づいていた人は、いたかもしれない。でも、すぐには動かなかった。そういうことは、よくある」


マリアが、沢の方を見た。


「今は、動ける人が来た。動けるなら、やってほしい」


「やります」と私は言った。


「できるか」


「塞いでいる岩が、どの程度の大きさか見てから判断しますが、やってみます」


「やってみる、か」とマリアが言った。「その言い方が、好きだ。できると言い切る者より、信用できる」



マリアに案内されて、塞がれている場所を見た。


沢の上流だった。


大きな岩が、三つ、沢を半分ほど塞いでいた。


水は、岩の隙間を通っていたが、量が限られていた。


「これが、地震で崩れてきた岩ですか」


「そうだ。父が若い頃の地震だから、八十年以上前になる」


三つの岩を、感じた。


大きかった。


セルドで動かした岩より、大きかった。


「一人では、難しいです」


「やっぱりか」とマリアが言った。落胆はしていなかった。ただ、分かった、という顔だった。


「でも、方法はあるかもしれない」


「どういう方法だ」


「三つを一度に動かそうとせず、一つずつ動かします。しかも、一気に動かすのではなく、少しずつ動かします。力を小出しにして、岩が動きやすい方向を探しながら」


「時間がかかるな」


「かかります。一日では無理かもしれないです。何日か通って、少しずつやります」


「何日でもいい」とマリアは言った。「八十年待ったのだから、何日でも待てる」


「ありがとうございます」


「お礼を言うのは、私の方だ。来てくれただけで、もう十分だ」


ベルクが、岩を見た。


「人の手で動かすのは、無理か」


「三人でも、無理だと思います。でも、私が内側から少し動かした後に、人の手を使えば、動くかもしれないです」


「協力する」とベルクが言った。


「力仕事が得意ですか」


「得意ではないが、やる」


「カナさんとミアさんは」


「やります」とカナが言った。


「やります」とミアが言った。


シロが、岩を見た。


それから、私を見た。


一緒にやる、という顔だった。


「全員でやります。今日は、まず岩の状態を確認して、明日から始めます」



帰り道、ベルクが言った。


「マリアのことを、記録に残す」


「そうしてください」


「八十年間、待っていた人間がいた。都は、忘れていた。それは、記録すべきことだ」


「そうですね」


「お前が来なければ、また忘れたままだった」


「ミアさんが、知らない人の話を聞くことが大事だと言っていました。そういうことですね」


ミアが、歩きながら記録帳に書いていた。


「マリアさんの話、全部書きました。沢のこと、岩のこと、八十年前のこと、待っていたこと」


「ありがとうございます」


「マリアさんは、都に戻れますか」とカナが言った。


「戻りたいかどうか、聞かなかったですね」


「聞いてみた方がいいかもしれません」


「そうですね。明日、聞いてみます」


ベルクが、山を振り返った。


「九十近い老人が、一人で山に住んでいた。都は、知らなかった」


「知らなかっただけで、悪意はなかったと思います」


「悪意がなくても、結果は同じだ。知らなかったことが、八十年間の放置につながった」


「そうですね」


「記録が大事だと、いつも思っていたが、今日ほど思ったことはない」とベルクは言った。「記録されなければ、マリアの存在も、沢の状態も、誰にも伝わらなかった」


「だから、ミアさんが今日、全部書いた」


「書きました」とミアが言った。「残ります」


春の山道を、下った。


夕日が、都の方向に沈んでいった。


明日、また来る。


岩を、少しずつ動かす。


何日かかっても、続ける。


その先に、水が流れる沢がある。


その先に、水が届く水路がある。


その先に、豊かになる農地がある。


「つながっていますね」と私は言った。


「つながっている」とベルクが言った。


「全部、つながっています」とカナが言った。


「記録します」とミアが言った。


シロが、尻尾を振った。

四十一話目、書きました。


マリアという老人のキャラクターを作りました。デルと似た構造ですが、デルは町に住んで話を持っていた人。マリアは、山に残って八十年間待っていた人。その違いが、都から忘れられた、という重さを作っています。


「やってみる、と言う者の方が、できると言い切る者より信用できる」というマリアの言葉。凪がずっとそういう言い方をしてきた理由が、ここで別の視点から語られました。


ベルクが「今日ほど記録が大事だと思ったことはない」と言った場面。ベルクという人物が、記録することへの信念を持っている人だと分かった場面でした。物静かで、書類の人に見えていたベルクが、実は記録の価値を深く信じている。


魔王の力の限界が、岩を動かす場面でも出てきます。一人では無理、一気にはできない、少しずつやる。力があっても、使い方が大事という展開が、次話で具体的に描かれます。


また明日。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)

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