第二十五話「第二部、始まり。そして、見知らぬ使いが来た」
第二部、始まります。
第一部では、凪が転生して、森と山と都を歩き、小さな変化を積み重ねてきました。第二部からは、その積み重ねが、少し大きな流れにぶつかります。
今回は、遠くから使いが来ます。ベルクが言っていた、他国からの話が、実際に動き始めます。ただし、最初から順調ではありません。
では、どうぞ。
朝、霧が出ていた。
秋になっていた。
凪がこの世界に来てから、三か月が経っていた。
森の木が、少し色づき始めていた。赤と黄色が、緑の中に混じっていた。来たときは夏だったから、初めて見る秋の森だった。
「きれいだな」
シロが、落ち葉を踏んで歩いた。
サクサクという音がした。
シロが少し立ち止まって、その音を確かめるように、また踏んだ。
「気に入ったのか」
シロが尻尾を振った。
◇
集落の朝は、いつも通りだった。
ガルが、朝食を作っていた。
ルナが、木に触る朝の巡回を終えて戻ってきた。
「今日は、北の木が少し元気なかった」とルナは言った。
「どの木ですか」
「あの、幹が二又に分かれてるやつ」
「見てきます」
「一緒に行く」
食事の後、二人で見に行った。
ルナが指さした木を触った。
「水が足りない感じがします。根の先まで届いていない」
「どうする」
「根の周りを、少し掘り起こして、水が届きやすくします」
「私もやる」
「ルナにもできます。土を少し掘り起こすだけなので」
ルナが、木の根元にしゃがんだ。
手で土を掘り起こし始めた。
私も手伝った。
「これって、毎年やることになる?」とルナが聞いた。
「秋になると、木は根から水を吸う量が変わります。夏の吸い方をしていた根が、秋の変化に追いつかないことがある。毎年ではないですが、こういう木は注意が必要です」
「季節で、やることが変わるんだね」
「変わります。春夏秋冬、それぞれ違う」
「春は何をする」
「芽が出るのを助けること。冬は、根を守ること」
「冬は寒いのに、根を守れる?」
「方法があります。根の周りに、落ち葉を積む。保温になります」
「落ち葉が役に立つんだ」とルナは言った。「捨てるものじゃなかったんだね」
「捨てるものは、自然の中にあまりないです」
ルナが、掘り起こした土を見た。
「ミミズいた」
「いましたか」
「三匹」
「良いですね。ミミズがいる土は、良い土です」
「ミミズが土を良くするんだよね、前に言ってた」
「そうです。小さい生き物が、土を耕してくれている」
「ミミズ、かわいくはないけど、大事だね」
「大事です」
ルナが、ミミズを優しく土に戻した。
◇
昼前に、ラグル族が知らせに来た。
東の端に、人間が来ている、と。
今回は、シロが反応する前に、ラグル族が先に来た。
「ベルクさんか」
「違う様子です」とガルが言った。「ラグル族の話では、見たことのない服を着た人間だそうです」
「見たことのない服」
「アルドの国の服ではないかもしれない」
ベルクが言っていた話を思い出した。
他国から、使いが来るかもしれない、という話。
「一人ですか」
「二人だそうです」
「行ってきます」
「気をつけてください」とガルが言った。
「一緒に行く」とルナが言った。
「今回は、一人で行きます」
「なんで」
「相手が何者か、まだ分からないので。安全が確認できたら、また話しますから」
ルナが、少し不満そうな顔をした。でも、頷いた。
◇
森の端に出ると、二人が立っていた。
見たことのない服だった。
暗い青色の、厚い布でできた服。腰に剣を下げていたが、抜こうとする気配はなかった。
一人は、四十代くらいの男。背が高くて、白髪が混じっていた。
もう一人は、二十代くらいの女性。記録帳を持っていた。カナに似ていたが、カナではなかった。
二人が私を見た。
男が、少し目を細めた。
「転生者の凪、か」
「そうです。あなたたちは」
「セルドという国から来た。私はオルトという。こちらは、記録係のミア」
ミアが、少し頭を下げた。
「セルドは、どのあたりですか。アルドとは別の国ですか」
「アルドの東、山を越えた先にある。アルドからの報告で、お前のことを知った」
「どんな報告でしたか」
「農地の問題を指摘した転生者がいると。水の問題も、土の問題も、正確に当てたと」
「感じ取っただけです」
「セルドにも、同じ問題がある」とオルトは言った。「いや、アルドより深刻かもしれない」
「どういう問題ですか」
「川が、五年前から急に水量が減った。農地の収量が、三割落ちた。何が原因か、分からないままだ」
「川が急に減った」
「急に、だ。前触れがなかった。気候が変わったのか、上流で何かあったのか、調査しても原因が分からない」
「上流には、何がありますか」
「山だ。大きな山が、国の北にある」
「山で、何か起きているかもしれない」
「その可能性を考えている。しかし、山には入れない」
「入れない理由は」
オルトが、少し間を置いた。
「山に、竜がいる」
◇
しばらく、沈黙があった。
「竜」と私は言った。
「そうだ。百年以上前から、その山に竜がいると言われている。普段は姿を見せないが、人間が入ると、嵐が来る。何人か、試みた者がいたが、全員が引き返してきた」
「嵐が来るのは、竜が起こしているんですか」
「そうだと思っている。竜の縄張りだから、入るなということだろう」
「竜は、悪竜ですか」
オルトが、少し驚いた顔をした。
「悪竜、という言葉を知っているのか」
「少し聞きました。理から外れた竜のことだと」
「そうだ。ただ、その竜が悪竜かどうかは、分からない。誰も近づけないから」
「川が減ったのは、五年前から」
「そうだ」
「その五年前に、山で何か起きた可能性があります。竜が嵐を起こすなら、嵐で山の地形が変わったかもしれない。地形が変わると、川の流れが変わる」
「それを、確認できるか」
「山に入らないと、分からないです」
「入れないんだ。嵐が来る」
「私が入ったら、嵐が来るかどうか分かりません」
オルトが私を見た。
「試してみるつもりか」
「気になるので」
「危険だぞ」
「竜が、話の通じる存在なら、何とかなるかもしれない」
「話が通じる竜だと思うか」
少し考えた。
「話が通じないと決まったわけじゃないです。試してみないと分からない」
オルトが、ミアを見た。
ミアが、記録帳に何かを書いていた。
「お前のことを、リドルから聞いたとき、変な転生者だと思った」とオルトは言った。
「よく言われます」
「来てくれるか。セルドに」
「今すぐは無理です。この集落が、もう少し自分で動ける状態になってから、なら行けます」
「どのくらいかかる」
「二か月くらいかな、と思っています」
「二か月後に、また使いを出す」
「それで十分です」
オルトが、短く頷いた。
「一つ聞いていいか」
「なんですか」
「お前は、竜を怖いと思わないのか」
少し考えた。
「怖いかどうかは、会ってみないと分からないです。でも、川が減って困っている人たちがいると聞いたら、気になります」
「気になるから、行く、か」
「そうです」
オルトが、また少し目を細めた。
「変な転生者だ」
「よく言われます」
「だが、変な方が、こういうことは動けるかもしれない」とオルトは言った。「普通の人間は、竜がいると聞いた時点で、引き返す」
「引き返すかどうかは、会ってから決めます」
オルトが頷いた。
「二か月後に、使いを出す」
「待っています」
◇
集落に戻って、ガルに話した。
「竜がいる山に、行くつもりですか」とガルが言った。
「行くかどうかは、二か月後に考えます。まず、ここが安定してから」
「竜は、危険です」
「竜が全部危険とは限らないです。理から外れていなければ、話が通じるかもしれない」
「話が通じる竜に会ったことが、あるんですか」
「ないですが」
ガルが、深いため息をついた。
「凪様は、いつもそういう言い方をしますね」
「試してみないと、分からないので」
「試して、嵐が来たらどうするんですか」
「そのときに考えます」
ガルがまた息を吐いた。
ルナが、横から飛び込んできた。
「竜って、本物の竜?」
「たぶん、本物です」
「大きいの」
「たぶん」
「会えるの」
「会いに行くつもりです」
「私も行く」
「今回は、難しいです」
「なんで」
「竜がいる山に、ルナを連れていくのは、危険すぎます」
「ナギだって危ないじゃん」
「私は、まあ何とかなるかもしれないので」
「その根拠は」とルナが言った。
「根拠はないですが」
「じゃあ、なんで大丈夫なの」
「気になるから行くだけで、大丈夫とは言っていないです」
ルナが、少し口を尖らせた。
「じゃあ、帰ってこれなかったら、どうするの」
「帰ってこない場合は、また誰かが気になって直しに来ると思います」
「そういう問題じゃない」とルナは言った。「私が、寂しいじゃん」
私は何も言えなかった。
「帰ってきます」と言った。
「ちゃんと言えた」とルナは言った。「でも、帰ってこないと、許さない」
「許さない、か」
「絶対に許さない」
「分かりました」
「約束」
「します」
ルナが、少し満足した顔をした。
でも、目が少し赤かった。
泣きそうなのを、堪えていたのかもしれなかった。
「帰ってきます。本当に」
「知ってる」とルナは言った。「でも、言わないと気が済まない」
「言っていいです」
「じゃあ、もう一回言う。帰ってきて」
「帰ります」
ルナが、頷いた。
◇
夜、シロと外に出た。
秋の夜空だった。
星が、夏より少し低い位置に見えた。
季節が変わると、星の位置も変わる。
「竜、か」
シロが空を見た。
「会ったことある種族じゃないな。精霊より大きくて、古い存在らしい」
シロが耳を動かした。
「怖いかどうかは、分からない。でも、気になる」
シロが尻尾を振った。
「川が減って困っている人たちがいる。山で何かが起きている。竜がいる。全部つながっているかもしれない」
シロが私を見た。
「行くよ、二か月後に」
シロが、また尻尾を振った。
一緒に行く、という顔だった。
「ありがとう」
秋の風が吹いた。
落ち葉が、舞い上がった。
第二部が始まった。
竜のいる山が、どこかにある。
川が減って、農地が干上がりかけている国がある。
何が起きているのか、まだ分からない。
でも、気になった。
気になれば、行く。
それが、凪のやり方だった。
二十五話目、第二部の始まりです。
今回から、エピソードアークを意識して構成します。竜のいる山と、川が減った国セルドの話が、第二部の最初のアークになります。起承転結でいうと、今回は「起」です。問題が提示されて、凪が関わることを決めた。
ルナとのやりとりで「帰ってこなかったら、絶対に許さない」という言葉が出ました。第一部では、ルナはいつも「やだ」や「寂しい」という感情を素直に出していました。第二部では、もう少し感情に複雑さが出てきます。泣きそうなのを堪えながら「絶対に許さない」と言う、というのは、その始まりです。
竜というキャラクターは、第一部で少しだけ触れた世界観、精霊の上位種、理から外れると悪竜になる、という設定に基づいています。凪が会いに行って、何が起きるか。次話以降で、少しずつ動きます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




