88.落ちた紙の行き先
帳場へ戻ると、紙の匂いがまた濃くなる。
机の端に、薄い紙が一枚だけ落ちていた。誰かが拾い損ねたのか、わざと落としたのか。
拾う前に、アークは足を止めた。
落ちた紙は、拾った者のものになる。
ミラが一歩先に出る。手は出さない。目だけで読む。
「……役目札ね」
紙の裏に、何かが書かれている。ミラは紙を裏返さない。角度だけで、裏の影を読む。
「裏に書かれていたのは、役目札だった」
《鍵番》
アークは息を吐く。
「鍵番が、ここへ落とした」
リオが笑うように言った。
「落とした、って言い方。落とすのも置くのも、紙だと同じに見えるよね」
ミラが、紙の端の折れを見た。
「急いでる折れ方。指で押し込んで、滑らせた」
「見せたい」
アークが言う。
ミラは頷く。
「見せたいけど、受け取りたくない。受け取った順番にしたくない」
受け取れば、こちらが紙を持ったことになる。紙はそういう順番を作る。
アークは机の配置札を見る。机の札は屋敷の中だけで使う。地図の代わりの配置札だ。
札の位置が、昨日と違う。
誰かが触った。触った者が、先に順番を取った。
「鍵番は、誰に動かされた」
ミラが言う。
「動かされたか、動いたか。どっちでも、今は同じ」
リオが肩をすくめた。
「鍵番ってさ、いつも『鍵』のせいにできるんだよね。鍵がなければ入れない。鍵があれば入れる。誰が持ってたかで、狩りが決まる」
狩り。言葉にしない方がいい。だけどリオは、言葉を軽く使って、重い空気を割る。
アークは紙を拾わない。
拾わずに、順番を取る。
「鍵番の札を、宰相府へ返す」
ミラがアークを見る。
「返した瞬間、向こうの順番になる」
「それでいい」
アークは言う。
「向こうが持ったことにする。持たせる。こちらが持たない」
リオが小さく笑った。
「悪いねえ。ほんとに悪い」
悪い。悪として背負う。まだ先の話だ。
今は、順番だ。
帳場の奥で、戸が鳴った。
誰かが入ってくる気配。
ミラが紙から目を離さずに言った。
「来る」
アークは頷く。
白い紙の上に、次の紙が重なる。
重なった順番が、次の狩りを作る。




