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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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85/157

85.鍵の外の口



乾物屋の裏口で確かめたいのは一つだけだ。


屋敷の合図が、外の扉を開けるか。

それが通るなら、役所の欠け印は“外で回っている”。


三人は同じ角に立たない。


ミラは洗い場の桶の影。

リオは荷車の脇。

アークは貼り紙を読むふりで通りの端。


乾物屋の表は、いつも通りだった。

昆布、豆、干し魚。

客も声も普通だ。


裏は違う。

低い板戸。

棒を落とせば、外からは開かない。


役所の小使いが来た。

腰に鍵束はない。

代わりに薄い紙包みを抱えている。


包みの角に、黒い欠け。


右上。


リオが目を細める。


「欠け印の包みだ」


小使いは板戸の前で足を止め、桶の縁を叩いた。


二度。

間を置いて一度。


板戸が内側から少し開いた。

小使いが入る。


すぐ閉まる。

鍵の音はしない。


棒を落とす、乾いた音だけ。


ミラの顔から色が落ちる。

息を止めたまま、目だけでアークを見る。


アークは小さく言った。


「通ったな」


同じ合図が、同じ扉を開けた。

それが今日の確定だ。


板戸の向こうで、紙の擦れる音。

包みを開く音。


次に、縄がほどける音。

結び直される音。


締める結びじゃない。

開け直す結びだ。


ミラが袖の中で指を握る。


「また、結び直し」


「手順だ」


アークは短く返した。


板戸がもう一度開いた。

小使いが出てくる。


紙包みはない。

代わりに薄い木箱を抱えていた。


箱の側面に、欠け印。


右上。


リオが喉の奥で息を吐く。


「役所の欠け印が、店の裏で“箱”になる」


小使いは角へ消える。


その直後、表口の影から男が一人出た。

帽子を深く被り、視線を落として歩く。


乾物屋の裏へは回らない。

軒先で桶に手を伸ばし、叩く。


二度。

間を置いて一度。


受け渡しはしない。

叩いて去るだけだ。


リオの肩が、わずかに動いた。


「……役所前で、紙を読むふりをしてたやつだ」


ミラは声を出さず、口だけ動かす。


「先に消える足」


男の左靴だけ、乾いた泥。

役所裏の色だ。


男は角を曲がる前に一度だけ振り返った。

こちらを見ていない。


でも、“追う目がいるか”を探している。


リオが前へ出かけて止まる。


アークが低く言った。


「追うな」


「じゃあ、どうする」


リオの声が薄くなる。


アークは桶の縁を見る。

叩かれた場所が、わずかに濡れている。


「合図を拾う」


「叩き方を配った口を探す」


ミラが小さく聞く。


「屋敷の合図が、なぜ外に」


アークは外套の内から、閲覧簿の写しを出した。

偽の署名。

欠け印。


指で重ねて押さえる。


「名は先に書かれた」


「欠け印は外で箱になった」


「合図は屋敷の形で通った」


リオが噛むように言う。


「……内側がいる、ってことか」


ミラは頷かない。

でも否定もしない。


「断定はできません」


「でも、同じ形です」


アークは板戸を見たまま言った。


「戻る」


「帳場で、屋敷の鍵束の出入りを洗い直す」


棒を落とす音が、奥で鳴った。

中で誰かが位置を変えた音だ。


三人は順に影を切る。


最後にアークが歩き出す前、桶の縁の湿り気をもう一度見た。


指の跡は薄い。

でも、消えていない。


屋敷の合図は、もう外に出ている。

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