82.鍵と署名
役所の閲覧庫は、朝の鐘より先に鍵の音がする。
帳場の奥。
紙は積めるが、見られる紙は限られる場所だ。
アークは外套の襟を上げたまま、廊下の角で足を止めた。
危ないのは、読むことじゃない。
読んだ記録を残すことだ。
横にはミラ。
少し後ろにリオ。
白仮面は付けていない。
ここで付けると、門が閉じる。
鍵番の男が通る。
鍵束の結び目が硬い。
硬い結び目は、昨夜触った結びだ。
男は閲覧庫の扉の前で一度だけ立ち止まり、鍵を差し込む。
開ける。
中へ入る。
入った瞬間、紙の匂いが漏れた。
新しい紙の匂い。
差し替えの匂い。
ミラが囁く。
「……入れ替えてます」
「何を」
アークが聞くと、ミラは答える。
「通報の正当化に使う記録です」
正当化。
紙が狩りを正義に見せる言葉。
アークは踏み込まない。
踏み込めば閉じる。
閉じたら拾えない。
今は拾う。
拾うのは鍵の順番。
拾うのは入れ替えの匂い。
拾うのは、扉が閉まる音の遅さ。
扉が閉まる音が遅いのは、誰かが中にいる時間を作っているからだ。
リオが足元を見る。
「制服の靴跡、ここにもある」
閲覧庫まで制服の足が来るなら、内側の机はすぐそこだ。
ミラが言った。
「黒点の札、まだ見えません」
「見せないようにしてる」
アークが答える。
「見せないほど、落ちる」
落ちる札を拾えば、門は開く。
扉が開き、鍵番の男が出てきた。
手には紙束。
抱え方が軽い。
軽い紙ほど、よく人を動かす。
男は廊下を曲がり、奥棟へ消える。
アークはその足の向きを覚える。
足が向く先に、机がある。
机があるなら、折れる。
折れるように、外側から順番を崩す。
それが今の仕事だ。




