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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

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68.戻し先の欄

第68話 戻しのない記録


役所の裏手は、朝より夕方のほうが雑になる。


剥がした紙、使い終えた控え、窓口で弾かれた札。

読まれたあとの紙は、誰も丁寧に見ない。


だから残る。


アークは裏庭の石壁に背をつけたまま、丸めて積まれた捨て紙の束を見ていた。

灯りは届きにくい。だが、見えすぎる場所よりいい。


「見張りは」


低く問うと、リオが先に答える。


「裏口に一人、角に一人」

「どっちも役所の番って顔してるけど、立ち位置が狭い」


役所の番なら、人を通す位置に立つ。

いま立っているのは、人を見張る位置だ。


ミラが続ける。


「捨て紙の積み直しは、さっき一度だけありました」

「窓口が閉まってから、若い文官が束を分けています」


アークは頷いた。


「捨てる順番まで作ってるか」


返事はしない。

二人とも、もう同じ顔をしていた。


紙を隠しているんじゃない。

紙の残り方まで整えている。


アークは白手袋を外し、革袋から細い木べらを出した。

丸めた紙を傷めずに開くための道具だ。


リオが口の端だけで笑う。


「ほんとに“ゴミ山を読む”回だな」

「声を作る机は、最後に紙を捨てる」


アークは返す。


「捨て紙のほうが正直だ」

「整えられないからな」


木べらの先で、丸めた紙の端を探る。

紙は一度読まれた紙だ。折り目が癖になっている。

癖は嘘をつかない。


一枚、開く。


窓口の控えだ。

紙の上部には、受付番号と刻印。

下には、簡単な申請内容。


だが、欄が一つだけ空白になっている。


「……ここ」


ミラが息を吸う。


「処理欄」


欄の名前は違う。

だが意味は同じだ。


“この紙の行き先”。


アークは紙をもう一枚開いた。

同じ種類の控え。

同じ欄が、やはり空白だ。


三枚、四枚。


空白が続く。


「抜いてるな」


リオが低く言った。


「抜いて、捨ててる」


「捨てるための紙にしてる」


アークは紙束の下を覗いた。

丸め方が違う束がある。

紙の端が揃いすぎている。


揃いすぎる紙は、捨て紙じゃない。

捨て紙に見せた、残したい紙だ。


アークはその束を引き出し、一本ずつ開いた。


内容は、窓口控えではない。


内部票。

役所の中だけで回る紙だ。


そこにも空白欄がある。


だが、こちらは空白じゃない。


短い記号が書かれている。


《南二》


ミラの指が止まった。


「移送先……?」


「移送経路」


アークが答える。


「場所じゃなく、経路の呼び名だ」


リオが舌を鳴らした。


「誰が考えたんだ、そんな記号」


「誰かにだけ分かるように」


アークは紙を重ねた。

同じ記号が続く。

同じ欄だけが埋まり、他は最低限の線だけで済ませてある。


必要な情報だけ残し、余計な言葉を消す。

それは“効率”の皮を被った殺意だ。


ミラが小さく言う。


「戻しの記録がありません」


アークは頷いた。


「戻す気がない」


「廃棄ですか」


「廃棄という言葉で済ませる場所に送ってる」


リオが目を細める。


「……人を?」


アークは返さない。

返したくない。


紙を見れば分かる。

戻しがないということは、戻せないということだ。


アークは紙の端を指でなぞった。

墨が薄い。

わざと薄く書かれている。

読める人間だけが読めればいい。


「これを書いた机は、どこだ」


ミラはすぐ答えた。


「窓口ではありません」

「内部票です。裏手の処理室が持っています」


「処理室」


アークが言うと、リオが肩をすくめる。


「便利な部屋だよな」

「処理って言えば、何でも飲み込む」


アークは紙束を戻した。

戻すのは、次に取るためだ。

捨て紙の山を荒らしすぎれば、相手が気づく。


「今日、ここで拾えたのは」


ミラが言う。


「経路の記号と、空白欄の存在」


「空白があるのが証拠だ」


リオが言う。


「埋めるべき欄が空いてるってだけで、誰かが埋めたくない何かがある」


アークは頷いた。


「そして」


紙束の下に、もう一枚、硬い紙があった。


木札のように固い。

板札の控えだ。


荷の板札。

人に付ける札ではない。

物に付ける札だ。


だが、板札の控えに、人名欄がある。


しかもその欄は、二重線で消されている。


「……」


ミラが呼吸を止めた。


「これ」


アークは指で二重線をなぞった。

線は焦って引かれている。

整った線ではない。

手が震えた線だ。


二重線の下に、名前の頭文字が残っている。


S。


セレナの頭文字だ。


アークの喉が一瞬だけ詰まる。

すぐ飲み込む。


「ここまで来たか」


リオが低く言う。


「板札に人名が入るってことは、荷扱いってことだ」

「で、消したってことは……」


「消せば、最初から荷だった」


アークが言った。


「人である記録を、荷に寄せる」


ミラが唇を結ぶ。


「戻しがないなら……」


アークは紙を重ね、紐で仮に留める。

本綴じはしない。まだ増える。


「次は南二だ」


ミラが顔を上げる。


「移送経路の記号……」


「たぶんな」


アークは言う。


「場所そのものじゃない。経路の呼び名だ」


リオが口の端を上げる。


「じゃあ、地図読みの夜だな」


アークは灯りを半分落とした。

机の上だけ明るい。


「いや」

「先に、その記号を知ってる口を探す」


誰にでも読める記号なら、こんな欄は作らない。

知っている人間だけが読めるから、紙が先に人を殺せる。


外で、遠くの鐘がひとつ鳴った。

遅い刻の鐘だ。


アークは机の空白欄を見たまま、低く言う。


「……戻しがないなら、戻せない場所に送ってる」


部屋の空気が止まる。


ミラは何も言わない。

リオも軽口を挟まない。


その沈黙のまま、アークは次の木札を引き出しから出した。

何も書かれていない札だ。


墨で、短く二文字だけ書く。


《南二》


置いた瞬間、机の上の線が一段深くなった。

セレナの名前はまだない。


けれど、次に拾うべき場所だけは、もう逃げなかった。

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