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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
紙が先に走る

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20.紙が薄い時間



夜明け前の街は、正義が眠い。


眠いのに、掲示板だけは起きている。


木板の前に、誰かが立っている。


立っている背中は、夜の冷えより硬い。


硬い背中は、紙に弱い。


紙が貼られた瞬間に、背中が“方向”を持つからだ。


アークは路地の影で、その掲示板を見ていた。


白仮面は、まだ付けていない。


付けるべき場面は、ここじゃない。


ここは、街の呼吸を拾う場面だ。


掲示板の紙は三枚。


一枚目は配給の告知。


二枚目は通報の奨励。


三枚目は、昨日から貼り続けられている「保護」の通知——セレナの名。


行き先は書かれていない。


それが、街を揺らす。


書かれていないから、誰も確かめられない。


確かめられないから、誰かが“物語”を作る。


物語は、真実より速い。


「……また増えた」


リオが、影の中で小さく言った。


声は出さない。


息だけで言う。


アークは頷く。


「通報の紙が増えるほど、配給の紙が薄くなる」


「薄くなる?」


ミラが短く聞く。


ミラは夜明け前の匂いを嗅いでいる。


紙じゃない匂い——封蝋の匂い、油の匂い、焦げた布の匂い。


「紙の厚みじゃない」


アークは言う。


「“紙の重み”だ。みんなが信じる順番が、通報へ寄る」


掲示板の前で、男が子どもに言った。


「見ろ。誰か隠してる」


子どもは意味が分からない顔をする。


分からない顔に、男が“物語”を押し付ける。


「隠すってのはな、悪いことなんだ」


悪いこと。


原因を決める言葉。


原因が決まれば、人は動ける。


動けるから、狩りが始まる。


アークは一歩だけ前へ出た。


掲示板へ近づくふりはしない。


近づけば主役になる。


主役にするべきは、紙じゃなく目だ。


「……あの紙、角が揃ってる」


ミラが言う。


アークは掲示板の端を見る。


紙の端が、妙に真っ直ぐだ。


貼る側の手が慣れている。


慣れている手は、役所の手か、札屋の手か。


もしくは——宰相府の手。


「貼り替えたのは、夜だな」


リオが言う。


「夜に貼り替えるのは、見られたくないからだ」


「見られたくないのに、貼る」


ミラが言う。


「貼らないと、街が動かない」


アークは息を吐いた。


「街を動かすために貼ってる。街に“動かされた”顔をさせるために」


掲示板の前で、別の女が声を上げた。


「配給、遅れてるのに、通報だけ早い!」


その声に、周りの顔が向く。


顔が向くのが早い。


通報の紙が、顔の向きを練習させている。


女は続ける。


「子どもが腹を空かせてるのに!」


その言葉は、配給の言葉だ。


配給の言葉が出ると、通報の紙は弱くなる。


弱くなるから、向こうは必ず“別の紙”を出す。


「……来る」


アークが言った。


ミラが頷く。


「裏から、紙の束」


リオの目が細くなる。


「薄箱じゃない。巻き紙だ」


巻き紙は、切り替えの紙だ。


条例の附則。


運用の指示。


名目だけ変えて、順番を変える紙。


掲示板の横を、使いが走り抜けた。


紙を抱えている。


抱え方が軽い。


軽いのに、守りが厚い。


守りが厚い紙は、街を殺せる。


「追うな」


アークは即座に言った。


「行き先だけ拾う」


リオが頷き、人の流れに溶けた。


足で拾うために。


ミラは掲示板の前の群れを見た。


「ここ、止めますか」


「止めない」


アークは言う。


「止めると潜る。潜ったら、セレナの線が消える」


ミラの瞳が揺れない。


揺れないから、頼れる。


「じゃあ、どうする」


「薄くする」


アークは掲示板の紙を見た。


通報の紙は厚い。


厚いのは、何度も貼り直しているからだ。


貼り直すたびに、街の目が慣れる。


慣れた目は、狩りを当たり前にする。


「当たり前になる前に、順番を戻す」


ミラが言う。


「配給を先に見せる」


「そう」


アークは言った。


「怒りの順番を、生活へ戻す」


夜明け前の空が、少しだけ白くなる。


白くなるほど、白仮面が似合う時間になる。


でも、今はまだ付けない。


付けたら、街の目が“アーク”へ向く。


向けさせない。


向けさせるべきは、机だ。


帳面だ。


条文の端だ。


「……戻る」


ミラが言う。


「役所の窓が開きます」


「なら、一本拾える」


アークは背を返した。


掲示板の前の群れの声が、少しだけ変わっていた。


通報じゃなく、配給の遅れを先に言っている。


ほんの少し。


でも、その少しが、狩りを遅らせる。


夜明け前の街は、紙が薄い。


薄い時間ほど、動ける。


セレナの時間を守るために。


紙が“当たり前”になる前に。

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