表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
北線の削除

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/157

124.誓約対象

死亡扱いの紙が回った——それでも、俺は止めない。


机の上に、薄い紙が一枚だけ残っていた。


《処理:死亡扱い》

そう印字された角に、朱の線が引かれている。

確認済み。受領済み。照合不要。


俺は紙を裏返さない。

裏を見た瞬間、名前が出る。


ペン先だけを整える。

署名欄は狭い。狭いほど、逃げ道がない。


「……わかった」


声は出したのに、誰も返さない。

返す相手は、もう机にいない。


俺は名前を書かない。

書くのは“役割”だ。


それでも、手は動いた。

紙が先に走る世界で、遅れた手だけが罪になる。


――だから、俺が先に汚れる。


*


帳場の裏戸で、紙の匂いが濃くなった。


ミラは影のまま、役所の腕章の動きを見ていた。

照合の言葉が出た瞬間、黒い腕章の肩が跳ねる。

跳ねた肩は、束を抱える肩だ。


「来る」


リオの息だけが耳に入る。


来るのは人じゃない。

束だ。


黒い腕章が裏戸の内側へ引いた。

引いた足が速い。


速い足は、逃げる足だ。

逃げる足は、芯を持って逃げる足だ。


ミラは一行で定義する。


誓約対象=誓約で“正義の芯”にされる名前。

芯が決まれば、狩りは止まらない。


だから芯を奪う。


ミラは声を出さない。

声を出せば、札が走る。


代わりに、手順を出す。


リオが影で回り込み、裏戸の先——帳場の奥の棚へ滑る。

靴先が油を踏み、音が立たない。


棚の最上段に、薄い束が三つ。


《誓約対象》

《受領代理》

《代》


誓約対象の束だけ、頭が白い。

白い頭は、まだ書ける余白だ。


余白に書かれる一語が、《光》になる。


ミラはそこで読者に迷わせないために一行で押さえる。


《光》=誓約対象に貼られる“呼び名”。

呼び名だから、誰にでも被せられる。


被せられた瞬間、死は正義になる。


黒い腕章が棚へ手を伸ばした。

指先が黒い。

紙粉の黒。


帳の手の黒だ。


黒い腕章は誓約対象の束を引き抜き、胸へ抱えた。

抱えた束の頭が、風で一枚めくれる。


めくれた紙の端に、薄い追記。


《受領済》


受領済み。


書かれた時点で、芯が固まり始めている。


ミラは勝ち筋を変える。


拾うでも滑らせるでもない。


「照合する」


声を張らない。

でも役所の腕章には届く。


役所の腕章が反射で言う。


「誓約対象は……照合が必要だ」


必要。


言った。


必要と言った瞬間、黒い腕章の手が止まる。

止まった一拍で、リオが足で棚の縁を蹴った。


蹴ったのは強さじゃない。

埃を落とすためだ。


埃は舞う。

舞った埃は目を刺す。

刺さった目は瞬きをする。


瞬きの半拍が、束を落とす。


黒い腕章の腕がわずかに揺れ、誓約対象の束の頭が床へ落ちた。


落ちたのは一枚だけ。


一枚だけでいい。


リオが足で拾う。

拾って、靴の内側へ滑らせる。


滑らせた瞬間、紙の端が見えた。


「光」


書かれている。


まだ貼られていない。

でも、もう準備されている。


準備されているなら、次は貼るだけだ。


黒い腕章が叫ぶ。


「触るな! 確認不要だ!」


不要だ、を言うのが遅い。

遅いのは、照合が走ったからだ。


照合が走れば、役所は止められない。


役所の腕章が一歩出る。

出た足が床の油に滑る。


滑った足が、束の方向へ倒れそうになる。


倒れた先で、黒い腕章の袖がめくれた。


袖の内側に、白い札。


《通行(代替)》ではない。


《通行》


本物。


本物があるなら、底はまだ枠を持っている。


ミラの背中が冷える。


冷えるのは怖いからじゃない。

底が“別の枠”を持っている可能性が出たからだ。


リオが息だけで言う。


「逃げ道、塞がる」


廊下の向こうで靴音が増える。

見張りの足。


増えた足は、紙が走った証拠。


ミラは決める。


束の頭は取った。

《光》の準備も見えた。


次は、束そのもの——芯を奪う。


そして、白で受領して逃げる。


ミラはリオにだけ聞こえる声で言った。


「次、誓約対象の束を丸ごと」


「了解」


リオが影になる。


その瞬間、帳場の外から、生活の声が一つだけ刺さった。


「配給、まだだよ」


最初の声。


狩りじゃない声。


その声がある限り、俺は紙に負けない。


俺は、紙の先に立つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ