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偽情報の王国で、仮面は割れる  作者: 梓水あずみ
紙が先に走る

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10.名を削る手



白い仮面は、冷たい。


冷たいのに、顔に当てると熱が消える。


消えるのは体温じゃない。


余計な迷いだ。


私は鏡の前に立っていた。


白い面が、私の顔を隠す。


隠れたのは顔だけじゃない。


私の“素”も隠れる。


扉の外で、執事が小さく咳払いをした。


「旦那様」


私は返さない。


返さないことで、すでに返している。


「通報が増えています」


「増えた通報の中に、役所の札の話が混ざりました」


私は鏡を見たまま言う。


「混ざるのは、いつも“都合のいい順番”よ」


執事が言う。


「順番……」


「人は順番に弱い」


私は仮面の縁を指で押さえた。


「先頭に立たされるのを嫌がる。だから真ん中に混ぜる」


「混ぜたものは、真ん中で膨らむ」


執事の呼吸が一拍遅れる。


その遅れで、理解したのが分かる。


「札屋の件、でしょうか」


「札屋は入口」


私は言った。


「入口の奥に机がある。机の奥に帳面がある」


私はそこで言葉を止めた。


言い切ると、相手が逃げる。


逃げる前に、相手に“自分で言わせる”余白が必要だ。


執事が続ける。


「帳面の奥に、宰相府の名前が出ますか」


私は笑わない。


笑えば軽くなる。


軽くすると、相手は油断する。

油断は甘い。


「出るなら、出させる」


私は淡々と言った。


「宰相府は条文で縛るのが得意よ」


「だから、条文で縛れる形にして差し出す」


執事が言う。


「危険です」


「危険に見える形は、向こうが嫌う」


私は仮面の内側で息を整えた。


「嫌う形にするの」


執事が黙る。


沈黙は、同意の一種だ。


私は窓の外を見た。


屋敷の外は暗い。


暗いのに、紙の白さだけが浮く。


門の前に、誰かが紙束を置いていった形跡。


紙は夜でも動く。

夜の方が、よく動く。


「……ミラは?」


私は問う。


「裏を見ています」


執事が答える。


「役所の裏。札の搬入。薄箱」


薄箱。


私はその言葉だけで、机の角の窪みを思い出す。


印の窪み。


帳面の線。


「リオは?」


「市の入口。札屋の足」


私は頷いた。


「足が出るなら、明日、手が出る」


執事が言う。


「手……」


私は仮面の内側で小さく笑う。


「手は、札を取る手よ」


「札を取る手は、通報を出す手になる」


「通報を出す手は、首を絞める手になる」


執事が息を呑む。


私は続ける。


「紙で狩るのは、刃物より簡単」


「刃物は血が出る」


「紙は血が出ない」


「血が出ないから、人は自分が狩っていると気づかない」


執事が言った。


「旦那様は……止めるのですか」


私は答えない。


答えないことが答えになるのは、宰相府だけじゃない。


屋敷も同じだ。


私は机へ向かった。


封筒を一つ取る。


封蝋を落とす。


赤い蝋が固まるまでの数秒で、私は“決定”になる。


固まった。


私は封筒を執事へ渡す。


「明朝、役所へ」


「通報受付の札の前に、配給相談を出させる」


執事が目を見開いた。


「……逆にするのですか」


「順番を変えるだけ」


私は言った。


「順番が変わると、声が変わる」


「声が変わると、最初の声が浮く」


執事が小さく頷いた。


「かしこまりました」


執事が去る。


扉が閉まる。


私は一人になった。


白い仮面の内側で、私の声だけが残る。


「……さあ、始めましょうか」

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