第62話「温度差」
「おねえちゃん、ただいまぁ!」
無邪気な佐奈ちゃんは、姉を見つけるなりかわいらしい笑みを浮かべて話しかける。
それに対して上条さんは姉らしく、慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「おかえりなさい、佐奈。えっと……おかえりなさい」
しかしすぐに美鈴ちゃんに視線を向けると、若干ぎこちない感じで迎え入れる。
いつから彼女たちが一緒に暮らしているのかは知らないのだけど、美鈴ちゃんに対して上条さんは距離感を掴めずにいるように見える。
「ただいま、真凛」
それに対して美鈴ちゃんは、とても優しい笑みを浮かべて返しており、大人の余裕が垣間見えた。
多分、変な距離感になっているのは上条さんだけで、美鈴ちゃんは佐奈ちゃんと同じく、上条さんも実の娘のように扱っているのだろう。
「こんにちは、上条さん」
「こんにちは……」
流れに乗って俺も挨拶をすると、上条さんは今度は仕方がなさそうな苦笑いをする。
『お前、またなのか』とか、『もうずっと付き合わされているな』とか、思われているのかもしれない。
もしくは、『なんか家に来るのが当たり前のようになってきてない?』と思われている可能性もあるが。
すべては、佐奈ちゃんが俺を放してくれないからなんだけど――言ったところで、彼女には言い訳にしか聞こえないだろう。
「上条さんは今日も勉強をしていたの?」
俺が家に来るたび、自身の部屋に閉じこもっている彼女は、勉強をしているらしい。
今日も部屋にいたようなので聞いてみると、彼女は靴を脱ぐ美鈴ちゃんを横目に首を縦に振った。
「えぇ、他に特にすることがありませんので」
上条さんはクールの仮面を被り、すかした態度を見せる。
こう言っている彼女だが、本当の性格を踏まえるに、多分成績を維持するために頑張っているんだろう。
彼女の成績は学年トップであり、聞いた話だと首席入学して以来ずっとその椅子に納まり続けているらしい。
勉強の特待生でもあるらしいし、普段から頑張っているんだろう。
素直じゃない性格だから、それを隠しているだけで。
「先生、喧嘩を売っておられますか?」
ウンウンと頷いていると、何やら突然殺気が飛んできた。
飛ばしてきているのは、笑顔で小首を傾げる上条さん。
いつものように、俺が考えていることを見抜かれたらしい。
エスパーか、この子は。
「ふふ……本当に、仲がいいのですね」
殺気を放つ愛娘を見つめながら、美鈴ちゃんは楽しそうに頬を緩める。
何をどう見たら、この状況で仲良しに見えるのかわからない。
「ですが――ラインは、超えないでくださいね?」
そして、どうして追加の殺気が飛んでくるのかもわからない。
いや、厳密には美鈴ちゃんのは殺気じゃなくて、ただただ圧をかけてきているだけなのだけど、底が知れない美鈴ちゃんのほうが、上条さんの殺気よりもよっぽど怖いと思う。
まぁ、娘に手を出されたくないからこそ、というのはわかるのだけど、ダブルで圧をかけてこなくてもいいと思うんだ。
温かいところから急に極寒の地に叩き落とされたようで、風邪を引きそうだし。
「さなも、なかよし……! さなが、いちばんなかよし……!」
美人二人から無言の圧をかけられている中、空気を読まないというか、読めていない佐奈ちゃんが、一生懸命右手を上げてアピールをしてきた。
最初は『自分も交ざりたい!』、という気持ちに見えたが、すぐにお姉ちゃんに対抗を始めたように見える。
もしかしなくても、ヤキモチを焼いたのだろうか?
「そうだね、佐奈ちゃんが一番仲良しだよ」
ここは幼い子を立ててあげるべき、という気持ちで――というよりも、単純に幼い子が言っているかわいらしいことを、肯定してあげるだけ、という軽い気持ちで同意をしてみた。
それにより、佐奈ちゃんは『んっ!!』ととても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
だけど――何やら、気まずそうに上条さんがチラッと美鈴ちゃんの顔を盗み見た。
その視線に釣られて、美鈴ちゃんの顔を見てみると――
『わかっていますよね、白崎さん?』
――とでも言わんばかりの意味深なニコニコの笑みを浮かべていた。
笑顔なのに、冷や汗が出てくる。
不思議な経験だ。
とりあえず俺は、ブンブンと一生懸命首を縦に振った。
佐奈ちゃんに手は出さないと、誓うように。
「……?」
俺のほうを見ていた佐奈ちゃんは不思議そうにキョトンと小首を傾げるが、この子は知らなくていいだろう。
お母さんの怖い部分は、俺だけが知っておけばいい。
まぁ、上条さんもわかっているようだけど。
美鈴ちゃん、絶対に怒らせたらいけない側の人間だしなぁ……。
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