第48話「どんな経験をしたら」
「ふぅ……ごめん、遅くなった」
俺は汗を手で拭いながら、村雲さんに笑顔を向ける。
しかし、あられのない姿の彼女を目にして、すぐにバッと勢いよく顔を逸らした。
「先生……!」
だけど、俺の登場により取り巻きの拘束が緩んだようで、村雲さんは気にせず勢いよく俺に抱き着いてきてしまう。
自分がどういう格好なのか、忘れているようだ。
「「ちょ、ちょっと、何をしているの……!?」」
おかげで、物陰から出てきた上条さんと、こちらはなぜかわからないが、美堂さんの不満そうな声が重なる。
上条さんは手に持っていたスマホをポケットにしまい、タタタッと駆け寄ってきては、自分のブレザーを村雲さんの体にかけた。
「村雲さん、まずは前を隠しなさい……!」
「えっ……? ~~~~~っ!」
上条さんに指摘をされて自分の格好を自覚した村雲さんは、一瞬にして顔を真っ赤に染め、グルグルと目を回してしまう。
かなり動揺しているようで、そのまま背中から倒れそうになった。
だから俺は、彼女の背中に手を回し、倒れるのを防ぐのだけど――バシンッ!
と、上条さんに目を押さえつけられる。
「いったぁ!? な、なんで……!?」
「その距離から、生徒の裸を見るのはまずすぎるでしょうが……」
どうやら上条さんは、俺が村雲さんの体を見ないで済むように、目隠しをしたようだ。
言っていることはわかるし、彼女が正しいとは思うんだけど――滅茶苦茶痛かったので、加減はしてほしかった……。
「ど、どうして、先生が……?」
「教師はまだ、学校のはず……」
村雲さんを立たせていると、美堂さんの取り巻きたちがワナワナと体を震わせながら、一歩後ずさる。
決定的な証拠を押さえたのだし、自分たちが追い詰められたと察したのだろう。
「当然、抜け出したに決まってるでしょ? まぁ、教頭に捕まってなかなか抜け出せなかったんだけどさ」
ほんとあの教頭、人が急いでいる時に限って嫌がらせのように、雑用を押し付けてきて……!
この学校では新米だから、とかじゃないんだよ……!
絶対嫌がらせだろ、あれ!
別に急ぎの要件でもないみたいだし、気が付いたら上条さんから連絡が入っていたから、放り投げてきてやったよ!
これが終わったら、理事長ヘの報告ついでにやっておけばいいんでしょ!
――と、俺は胸の中で教頭の悪態をつく。
あの人だけは、一生相容れない存在かも知れない。
「まぁということで、君たちの悪行はしっかりと動画にも収めているから、悪あがきしないように」
俺がそう言うと、上条さんがポケットにしまっていたスマホを取り出して、彼女たちに見せつける。
今回俺がどうしてもほしかったのが、彼女たちがいじめをしている現場を押さえた動画だった。
美堂さんは学校での評判が良すぎる。
誰も彼女が悪行を働くとは思っておらず、そのせいで俺みたいなこの学校に来たばかりの教師の言うことなど、他の教師は信じてくれない。
特に、美堂さんは成績も優秀な子なので、教頭が揉み消しにかかるだろう。
そんなことをさせないためにも、決定的な証拠が必要だった。
その分、村雲さんには辛い思いをさせて申し訳なかったと思うし、上条さんはよく我慢をしてくれた。
もし俺が到着するまでに上条さんが一人で飛び出していれば、返り討ちにあった可能性が高いし、動画も消されていただろう。
頑張ってくれた生徒二人に、俺は心から感謝をする。
「っう……彩花ちゃん、どうするの……?」
「このままじゃまずいよ……。あの先生を、どうにかしないと……」
取り巻きたちは、リーダーに判断を委ねようとする。
だけど、その肝心なリーダーは賢いが故に、全てを察しているように目を閉じていた。
誰の目から見ても、諦めているように見える。
「彩花ちゃん……!」
「お黙りなさい」
取り巻きが再度呼びかけると、美堂さんは叱責し、ゆっくりとした足取りで、俺を目指して歩いてきた。
「――っ」
「大丈夫、そんなに身構えなくていいよ」
上条さんが警戒して構えたが、俺はソッと力を抜くように促す。
今の美堂さんからは敵意を感じない。
だけど、やけくそになっているようにも見えない。
これで終わり、ということはまだないだろうが、かといって何か攻撃をしかけてくるようには見えなかった。
「先生、因果応報って言葉を知っておられますか?」
俺の目の前まで来た彼女は、光を失った瞳で俺の目を覗き込んでくる。
その目は絶望に染まっているが、おそらくこれは、今回俺に見つかったことによる絶望じゃない。
それよりも前――いったい、どんな経験をしたら、こんな目ができるんだ……?








